153話
「……ほんっと、ヴィルって人誑しの才能あるよね」
私の言葉に少し気恥ずかしそうに顔を赤く染めたライが照れ隠しだろうそんなことを言う。
「そうかい? 皇太子としては褒め言葉だな、ありがとう」
「ドーイタシマシテ」
ぶっきらぼうにそう言い放った彼はさっと手を頭皮にかざして魔力を流す。と、同時に毛先の方から色が抜けていってここ最近で見慣れたグレーヘアへと変わっていった。
おそらくその特徴的過ぎる目の色をごまかすためなのだろう色付きグラスの入った眼鏡はかけないまま、カーテンを開けて馬車の窓から流れる景色へと目を向けた。
昨日、彼が七番目のライモンドであると気づいてから、一晩皇太子として、そしてヴィルヘルム個人としてどうするべきかを考えた。
結果、今の形に落ち着いたわけだが、我ながらいい選択をしたと思う。
「ところで、その髪の毛の色を変える魔法は独自のものだろう? どういう原理なんだ? 色変え魔法がないわけじゃないが、一時的ならともかく恒久的に変えるのは魔力が足りなくなるだろう」
「あぁ、……髪の中に元々ある色素に魔法をかけているから、普通の色変え魔法と比べたら必要になる魔力量が少ないんだよ。」
一瞬ためらったようだが、ライは窓の外を見たままそう話す。
表情には出ていないが、膝の上でぎゅっと握られた手のひらから彼が緊張していることが察せられた。
「髪の中の色素、と言うと?」
「髪の毛にはメラニン色素っていう色素がある。で、ざっくり言うとこの色素が多ければ多いほど髪の毛は黒く、逆に少なければグレーヘアに近くなる。俺の場合はメラニンが多い状態だから、魔力を微精霊にあげてそのメラニンを一時的に隠してもらう感じかな。まあ、魔力と微精霊の関係を知る前の子供の時に考えた方法だから、そんなにちゃんとした理論があるわけじゃないんだけど」
「ほぉー……。じゃあ他の緑や紫の髪色にも変えられるのか?」
「いや、緑や紫みたいな髪の毛の色がなんて言う色素によって作られてるか知らないから無理かな。俺ができるのは黒から白の濃淡を変えるだけ」
「ふぅん、そういうものか。で、そのメラニンとはなんだ」
「知らん」
「ならしょうがない。ところで、目の色は魔法で変えないのだな」
「……目って唯一露出してる臓器じゃん。手を加えるの怖くない……?」
「……そういうものか」
やっぱり、彼の知識には偏りがある。
彼自身その偏りに気付いているから今までよほどのことや口を滑らせた時以外披露しなかったんだろう。
結局メラニンとやらがどういうものなのかはさっぱりだし、本当に彼の黒髪にそのメラニンが含まれているのかどうかはわからない。だが、彼が持つイメージが魔力を通して微精霊に伝わったと言うことは、類似物質が髪の毛の色に関わっているのだろう。
もっとも、この研究は下手をすれば王族の色を騙るものを生み出しかねないので世に出すのはまだ時期尚早と言わざるを得ない。
彼が目の色を変える魔法を考えていないのも幸いだ。
すっかり読む気も失せた免疫関係の論文を自分の横の席に放って、私もライと同じように窓の外を眺める。
「……俺さぁ、子供の時はこの世界を冒険したかったんだよねぇ」
「王族としてはなかなかお転婆だな」
「ははっ。まぁ、子供の時なんてキュリロス師匠かマリアくらしか俺の周りにいなくてさ、マリアが母上の故郷の話をしてくれた時に竜騎士の話をしてくれて、それにあこがれたんだよ」
外を眺める緑の瞳に陽光が反射しキラキラと輝いている。それなのに、その話をするライの表情には夢を語る昂ぶりなどなく、ただただ冷めた諦念が浮かんでいるだけだ。
「……さぞ王宮は息苦しかったんだろうな」
「……ソーネ。ま、そういうのぐるぐる考えてると気が滅入るから、できるだけ考えないようにはしてたけど、でも」
わずか眉根を寄せたライが声色は変わらずに、しかし吐き捨てるように言葉にする。
「心底生き辛い」
「その手の感情は私も覚えがある。向けられる感情は違うがな。私は臣下からの期待と無関心に息が詰まった」
一人息子だからという期待。そして、年の割に優秀だったが故の無関心。
対等に語り合える者はおらず、一人で立つ孤独感。
今はもうその感情を表情に出さない程度には慣れたが、なくなったわけじゃない。ライも私も、鈍感になっただけだ。
不意にこちらを見たライがニッと口角を釣り上げて、すっと手のひらを私に向けてきた。
「いえい。おそろっち」
「はっ。とんだお揃いだ」
ハイタッチを交わしたのもライが初めてだ。
彼のおかげで、今はほんの少し息がしやすい。
「オストの血を引いているとはいえ直系ではない君に竜の卵を与えることはできないが、君がいつかオストに来た暁には私の相棒に乗せてやろう」
「ほんと? 楽しみにしてるから、約束な!」
ぱっと輝かせた表情は、今度は陽の光が見せる幻想などではなく彼自身の内から湧き上がったものだった。




