143話
俺とヴィルの不思議な茶会に静けさが訪れたその時、セフェリノさんがカニを振る舞っている調理場の方が俄かに騒がしくなる。
一体何がと身をこわばらせたのも一瞬で、誰かの叫んだ『人が倒れた!』という言葉に俺は未だ群がる人垣をかき分けて騒ぎの中心へと向かった。
「おい!おぅい!大丈夫かぁ!?」
「セフェリノさん!何があったんですか!?」
「お、坊主!いや、カニの身食ったこいつが急に倒れちまってよぉ!」
彼の言葉通り膝をつき、ヒューヒューと苦しそうに呼吸しながら喉を掻きむしる男の姿に俺の体からザッと血の気が引く。
「クッソ!アレルギーのこと考えてなかった セフェリノさん!すぐに井戸から水汲んできて!ヴィル!治癒魔法仕える人探してきて!」
前世も今も、自分に食物アレルギーがないからその可能性を伝えるのを忘れてた!
「この人カニの身どのくらい、何分前に食った!?」
「え、あ、数口をちょっと前だ!」
「じゃあ吐きださせたらまだ何とか……ッ」
水を汲んできたセフェリノさんの言葉を聞いて彼の口の中に手を突っ込むとすぐに吐き気を催したようで今しがた食道を通ったばかりであろうカニの身が胃液と共にあふれ出た。
苦し気な彼に水を飲むよう促して、再度それを繰り返す。
「ライ。私は何をすればよろしいですか」
「ア、メットさん、は……っ」
何を、アメットさんに何をしてもらえれば。
混乱する俺の肩にヴィルの手が触れる。
「落ち着け、ライ。アメットは元従軍医師だ。一通りの治癒魔法を習得している」
「毒の種類は何でしょう。彼は何を口にしましたか」
ぐるぐると色々な思考が交差する脳内に、二人のひどく落ち着いた言葉がしみてくる。
「ど、く……じゃない。毒じゃない。違う。アレルギーだ。食物アレルギー」
「ライ。食物アレルギーとはどういうものですか」
「あ、えっと……、普通の人には害はないのに、特定の人だけ、体が、それを受け付けなくて苦しくなる」
「では解毒の魔法は必要ないですね?」
「いらない 彼がカニを掴んだ手のひらが、赤くかぶれてるから、たぶん、食道とかが炎症起こして気道を塞いでるんだと思う。カニの身は吐かせて、消化もしてなかったから治療が必要なのはカニが触れた手や口、食道、胃のあたりまで」
「わかりました。後はお任せを」
グッと後ろから肩を引かれて倒れた男性から身を引くと、代わりにアメットさんが俺の代わりに男性を支えて俺の言った手や口、喉元のあたりに手をかざして治癒魔法を唱える。
ヒューヒューと荒かった息が徐々に落ち着いていき、呼吸がうまくできずに赤黒く変色しかけていた顔色が元に戻る。
安堵から力が抜けたのかぐらりと傾いた彼の体をアメットさんが支えると、すぐさま彼の家族だろうか。目に涙を浮かべた町人がやってきて彼の身を引き受けた。
先ほどまでの熱気はどこへやら。
新しい食材への期待に沸いていた調理場がひどく静まり返っている。
「ライ、これは人の身に毒になるものか?」
俺を後ろから支えたままのヴィルにそう問いかけられて、力なく首を振った。
「ち、がう。ちがう。ほとんどの人にとっては毒にならない。でも、さっきの人みたいに、体に合わない人が食べたら毒になる。でも、それは何もカニに限った話じゃない。乳も卵も小麦も魚も、それがどんな食材、どんなものでも、体質に合わない人にとっては毒になる」
シンとした空気の中、俺の肩に置かれたヴィルの手に僅かに力がこもった。
「麦も、ということは、パンもか……」
つぶやかれた言葉に一つ頷く。
「…………ライ。これ以上は宿で話そう」
「あ、ああ。わかった」
「セフェリノ。ここの調理場を片付けてくれ。アメット、お前はその人が目を覚ますまで側にいて、目が覚めて問題と判断次第宿に戻って来い」
「お、おぉ……」
「承知いたしました」
町人たちに帰宅を促すセフェリノさんたちの声をどこか遠くに聞きながら、俺はヴィルに体を支えられて立ち上がる。
一瞬ふらついたものの、落ち着くために一つ息を吐くともう大丈夫。
でも、心臓だけはバクバクと嫌な音をたてている。
「ライ、行くぞ」
「あぁ……」
背にあてられたヴィルの手に押され、俺はその場を後にした。




