142話
「ふむ。毒もなく、味もいいのであれば今後我がオストの水蟲で試す価値もあると言うもの。 皇太子として食べることはかなわずとも、この件については必ず父に奏上しよう。…………しかし、せっかく調理してもらったのに捨てるのはもったいないな?」
ヴィルの言葉に俄かに色めきだつ観衆。
サルムルトの食文化ははっきり言って貧しい。
塩害に強いキヌアを主食として食べてはいるものの、それ以外はほとんどが他国からの輸入にたよるしかない。
隣国から輸入できるとはいえ、国内に真水も少ないから生き物も育てにくく肉はなく、塩分濃度の高い塩湖では魚類も取れず。
わざわざ金を払ってまでして冒険者を雇い討伐せねばならない水蟲が食えるとなれば、それはこの国に住まう人たちにとってどれほどの救いになるだろうか。
食えるのならばそれが今まで嫌っていた水蟲だろうか関係ない。それが美味ければなおのこと。
「町の皆さんに処理を頼みましょう。殿下、よろしければもう少しお話しませんか?」
「うむ。君との会話はなかなかに楽しい。許す」
「それではあちらのテーブルに移動いたしましょう」
俺とヴィルが炊事場を離れるや否や、カニに興味津々な町人たちが殺到する。
それを尻目に炊事場から少し離れた位置にある、本来ならば町人たちが集まって団らんするためであろう木でできた粗末な椅子テーブルに向かう。
「……さて、ここまでは予想していた通りだね」
「そうですね。あとは、ここの人たちにカニの味が受け入れられるかですが」
炊事場までの少しの距離を振り返ると、セフェリノさん主導で町人に振る舞われたカニを皆が、初めはおっかなびっくり、しかし一口食べると美味しそうに食べているのが目に入った。
「その心配も大丈夫そうですね」
茶番の間中空気に徹していたアメットさんが本来ヴィルが座るにふさわしくない粗末な椅子テーブルにクロスを敷いてくれたのを確認してから二人で席に着く。
「ここからは俺が手出しできない領域ですね」
「私もイバニェス伯も手を回そうとすると時間がかかる。 彼らが現状から抜け出したいのであれば、彼ら自身が動くしかない」
いつのまにやら準備していたアメットさんによるお茶の場が整えられている。
身分が高いヴィルが口をつけるのをまってから俺も紅茶を口に運ぶと、きちんとした準備のできない旅の途中というのに随分美味しい紅茶で少し驚いた。
「……アメット様有能すぎません?」
「自慢の側近だ」
「はぁー、うらやま」
「ライにも側近くらいいるだろう。能力が足りないなら育てるのも一興だよ」
何気ないその言葉にかちゃりとカップとソーサーが音を立てた。
側近、ねぇ……。
確かに生まれから考えたら側近がいないほうが珍しいけれど、俺は、というか、俺たちは周りの環境的に欲しがってはいけなかったしなぁ。
俺たちというのは、ジャン兄様やジョン兄様のことだけど。
俺の誕生によって波紋が生まれた時、すでに十歳を超えていた上の兄様たちは身の振り方を決められていた。
フェデリコ兄様は言うまでもなく、父上の第一子で正妃の子供ということもあり、次期国王になることが決まっていた。
側妃アナスタシア様の第一子で第二王子であるベルトランド兄様は、本人の希望もあり将来学者の道を進むことを前提に、結婚せずに一代限りの大公の位に就くことに。
アンドレア兄様とオルランド兄様は母親が違うため双子ではないが同じ年の王子として、どちらかを臣籍降下させてフェデリコ兄様の側近に、もう片方は外に出すことが決まっていた。
オルランド兄様がフェデリコ兄様の側近になった場合、スィエーヴィルの姫であるアナスタシア妃の息子であるアンドレア兄様は五大国ではなく周辺小国の王配になることになっていたらしい。
いくら兄弟とは言え、小国の王配が大国の王族と気安く接することはできないので、もしそうなっていたら将来的にアンドレア兄様と交流を持つことは許されなかっただろう。
しかし幸いにも、二人の内どちらをチェントロ国内に残すかの話し合いをしているうちに学園に入学したオルランド兄様がオッキデンスの姫君と恋に落ちた。
チェントロの公爵家の娘であるカリーナ正妃の子供であるオルランド兄様が大国の王配になる分には全く問題がなかったため、オルランド兄様がオッキデンスへ、そしてアンドレア兄様が国内の有力貴族家へ婿入りし臣籍降下するが決まり、そのまま兄弟でありながらフェデリコ兄様の側近に納まったのだ。
と、いう訳で、上の兄様たちの将来はサクサクと問題なく決まっていたのだ。
ベルトランド兄様は治政に関わらないので側近は持たずに学園で身の周りの世話やスケジュール管理をするための侍従と執事を父の伝手で雇い、アンドレア兄様は自身がフェデリコ兄様の側近で将来臣籍降下する都合で王子でありながら下位貴族の子息が側近に付き、オルランド兄様は他国の王配になるにあたり自国の貴族を側近として連れて行くことができないのでベルトランド兄様と同じく侍従がいるにとどまる。
さて、ここまでは何も問題はなかったのだ。問題になったのは当時九歳と五歳だったジョン兄様とジャン兄様だ。
母上が俺を王太子にと推したことにより生まれた波紋はまだ幼く将来の身の振り方が決まっていなかった兄様たちにも影響を及ぼした。
ノトス連合国はその名の通り多種族による集合体。
人族と亜人族の間の子に起こる健康障害の原因が当時はまだ判明していなかったから婚姻による結びつきがほとんどなく、五大国の中でもノトス連合国と他四国は交流が少なかった。
そのため、俺を王太子にできるのであれば、まだ交流の少ないノトスとの国交強化するために二人の内のどちらかを王太子にしてもよいのではないかと考える者が出てきたのだ。
もっとも、それはジャン兄様の体が弱かったことからやはり不完全な間の子が王太子は無理だろうとすぐに話は流れてしまった。
それでもできうる限り争いの芽を生まないようにと二人の母親である側妃ソフィア様は二人に側近を設けることなく、政治に関することからできるだけ遠ざけ、芸術の道へと進ませた。
「……俺に側近はいませんよ」
キュリロス師匠は側近じゃない。あの人はあくまで俺の懐刀。
俺があの人に命じることができるのは、俺の敵を切るか、最期の時に俺の首を切るかのどちらかだ。
俺の最後の命綱。 もしも、俺の努力空しく俺を担ぎ上げたい連中によって家族の命が危険にさらされたなら、家族を愛する俺の誇りが危ぶまれたら……。
「……あー、いやなこと考えちゃった」
舌の上に残った紅茶の渋みが後を引く。




