141話
かくして、道中俺たちはセフェリノさんやヴァレンティナさんから冒険者の話を聞いたり、平民に近い為政者であるイバニェス伯爵と話をしたりと有意義な時間を過ごした。
カニ捕獲作戦では、一人をおとりにしてもう一人が近づいて直接貼って発動させるのは魔物の数が多い繁殖期には使えないとして別の方法をとった。
弓矢にスクロールをくくりつけそれを射ることで遠距離から安全に発動させられるかを試したのだ。
もっとも、固い甲羅相手では弓矢がターゲットに刺さらずにスクロールを狙ったところに発動させることが難しかったりそもそもスクロールの強度が足りずに着弾時に破損して発動しなかったりと問題点はある。
今回は遠距離攻撃ができる武器が弓矢くらいしかなかったからそれを使ったが、今後ヴィルはそれも踏まえてオストで研究開発を進めると言っていた。
スクロールの試用を兼ねていたから町に着くまでの間に気付けば自動車ほどのカニを三体ほど仕留めた。
なお、町までそのカニと同行しなくてはならないと気づいた女性陣は盛大に顔を顰めていた。
「それじゃあ、アタシとセフェリノで町の炊事場を貸してもらえないか聞いてくるわ」
厄介者でしかないカニ、否、水蟲をわざわざ三体も運んで来た俺たちは案の定町人から注目を浴びていた。
そんな中、さっそうとヴァレンティナさんがセフェリノさんの後ろ首を持って調理場を使う交渉に馬車を降りた。
「では、ヴィルヘルム殿下。私が宿にご案内します」
「いや、せっかくだからライがこの水蟲をどう調理するのかに興味がある。宿へはウルリカが代わりに同行しよう」
「はっ。それでは荷物はお運びしておきます」
現在荷物が積み込まれているのは本来ヴィルとイバニェス伯爵が乗る予定だった馬車の方だ。
だから幌馬車からウルリカさんとイバニェスさんの二人が降り、馬車に乗り換えてそのまま町の中心へと向かっていった。
それを見送ってしばらく。ヴィルやイバニェス伯爵の名前のおかげでもあるのだろうがすぐに炊事場を使う許可を取ったヴァレンティナさんとセフェリノさんが戻ってきた、が。
「アタシは宿で残りの旅の備品チェックするから、皇太子殿下のことはアンタに頼むわね」
「お? おぉ! こっちは任せとけぇ!」
ヴィルと接することに多少慣れたセフェリノさんは、元のおおらかな気質もあってかヴァレンティナさんの言葉に鷹揚にうなずく。
馬車に乗りきらず幌馬車に積み込まれていた俺たちの残りの荷物をそのままヴァレンティナさんに預け、俺たちはカニだけ魔法で浮かせて炊事場まで歩いていくことにした。
ヴァレンティナさん、よっぽどカニを見たくなかったんだろうなぁ……。
「それで? 君の故郷ではこの水蟲をどうやって食べるんだ?」
「はい。我々はこの水蟲をカニと呼んでおりまして、カニは刺身として生で食べてもよし、焼くもよし、茹でるもよしの食材です」
「なんと。生でも食べられるのか」
「はい。しかし、生で食べるとまれに中ることもございますので、基本的には焼くか茹でるかして火を通します」
「ではここで一品作るとしたら君ならどう料理する?」
「ここはサルムルトとはいえ幸いにも瀑布の谷に近く水資源が豊富ですので、塩湖水を真水で薄めて塩茹でですかね」
「なんと。死の湖には塩が含まれていると?」
「旅の途中湖水を舐めて見ましたが、塩辛いだけで死ぬことはなかったのでやはり私の知る塩湖、つまり塩を大量に含む水で間違いないかと思います」
「それが真であればサルムルトにとってはこれ以上ない朗報であろう。オッキデンスに到着しだい、私から父に手紙を送ってみるのもいいかもしれんな」
「それで研究が進めば世界が潤いますネ」
と、すでにした話をわざわざ言葉にする茶番。
大きなカニ三体をぷかぷか空中に浮かせたまま町の中心近くにある炊事場へ歩く俺たちはとてつもなく目立っている。
町の人たちは急いでいる人でも一度足を止めて俺たちを見る。そして、中には俺とヴィルの会話を聞いて興味深そうにこちらを伺う者もいる。
俺たちの後ろにはなんだなんだと野次馬が集まり、その集団を見た町人がまた俺たちに興味を示す。
そして前方から後方へ。どうやらあの水蟲を食うつもりらしいとか、ここには塩を含んだ水があるらしいなどといった情報が伝言ゲームのように広がっていく。
さて、炊事場に着くまでに噂はいったいどれだけの広がりを見せるだろうか。
ところで、俺たちが今目指している町の炊事場が何なのかと言うと、祭りや災害時などの際に炊き出しを行い町人たちが集まる大きな広場のような場所のことだ。
普段は隅に屋根で覆われたキャンプ場にあるようなかまどと調理スペース、そして井戸があるだけで他には何もない場所だ。
祭りの日には中心に屋台が設置され、周りに屋台が立ち並ぶ。魔物の襲撃があれば広場に隣接する教会に住民たちは避難し広場にはバリケードが設置され、町の最終防衛拠点へと変貌する。
まあ、つまり何が言いたいのかというと、かなりの数の人が集まることのできる場所ということだ。
「でっけぇ鍋がいるって言うからよぉ、そこの倉庫にある鍋を使ってもいいって許可は貰ってきてるぞぉ」
「ありがとうございます、セフェリノさん」
おそらく祭りに使うのであろう備品の仕舞われた倉庫のカギを開け、なかから大きな鍋をかまどの数だけ全部出す。
「しまった。塩湖の水汲んでくればよかった」
「では調理法を変えるか?」
「んー。いや、今回は水だけで普通に茹でます。塩味があったほうがおいしいですけど、カニの身自体うまいんで、まあ普通に茹でてもうまいです」
魔法で空気中の水を集めた方が楽なんだけど、今回は側に井戸もあるのでセフェリノさんに井戸の水を汲んで鍋を満たしてもらう。
その横で大きなカニの足を切り落し、さらに食べやすい大きさにぶつ切りにしていく。
ヴィルはその都度俺にカニをどうやって食うのかを質問しながらそのさまを見ている。
カニを茹で始めるころになると、壁のない炊事場はカニをどうやって食うのかに興味津々な町人たちで取り囲まれていた。
「ふむ。水蟲を食すなどどういうつもりなのかと思ったが、香りはいいな」
「カニの身の出汁が出ますから、この煮汁に米やヌードルを入れてもうまいですよ」
「水蟲の味はそれほどまでにいいのか?」
「食べてみますか?」
取り囲む人々にも聞こえるように会話をする。平民に見える俺がやんごとなき方に水蟲を食べることを勧めると、観衆がざわめく。
「せっかくの異文化交流。食べてみたいのはやまやまなのだが、これでも将来一国を率いる身だ。 容易に口にすることはできない」
「じゃあセフェリノさん食べます?」
「オぉ! じゃあ貰おうカナ!」
大変大根役者であったためここまで一切口を開いていなかったセフェリノさんがぎこちなくそう言って茹で上がったカニの身を口に含んだ。
すでにカニの身のうまさを知っているセフェリノさんは口いっぱいにカニの身を食み、飲み込むや否やまたかぶりついて黙々とカニを食う。
彼が食べきる前にもう一つカニの身を鍋から上げて渡してやると、さっさと一つめのカニを飲み込んで二つ目のカニの身にかぶりつく。
目は口ほどにものを言う。言葉はなくとも顔を輝かせて一心不乱に、美味そうにカニを食うセフェリノさんはこれ以上ないほど水蟲を食べることに懐疑的だった町民たちにそのうまさを伝えていた。
鍋から立ち上ったカニ出汁の香りは屋根で跳ね返り、屋根を伝って壁のないあずまやの四方へと逃げていく。
そうするとあずまやを取り囲んでいた町民たちもその香りの高さに気が付き、美味そうな匂いにごくりと生唾を飲み込んだ。




