11話
先ほどまでの固い表情とは一変して、優しく微笑んだキュリロス師匠に促されるまま部屋を出る。
久しぶりに東の庭園を除いて外に出た。
「おい、あれ。」
やはりと言うべきか、すれ違う衛兵たちが俺を見ると一瞬ぎょっと驚いた表情を浮かべ、そしてそのままひそひそと話し始めた。
わかっていたこととは言え、何とも言えない気持ちになるのはしょうがないだろう。
こちらを観察する視線から逃れたくて前髪を少し乱した。
普段は少し横に流している前髪が乱したことにより俺の目にかかる。
それだけで視界が狭くなり、ほんの少し安心する。
しかしキュリロス師匠はこそこそと話をする衛兵たちに眉根を寄せて、苦言を呈しようと口を開くので、キュリロス師匠の服の裾をくいっと引いた。
「………………ライモンド殿下。」
「いいよ。なにいってもおれのことをしろうとしないならいみないでしょ。」
「ライモンド殿下は時々私でも驚くほどに達観しておられますな。」
苦笑いとともにそう言われたが、まあそりゃ人生二回目にもなれば多少はそうなるだろう。
元々中身はおっさんだし。
ショタの皮をかぶったおっさんだし。
あ、言ってて自分で悲しくなってきた。
やめよう。
俺はショタ。まごうことなきショタだ。五歳児なのだ。
まあそれはさておき、さすがに気にしないとは言っても衛兵のみなさんの声は煩わしい。
なので、ちらりと視線だけを衛兵の皆さんに向けると、面白いくらいにびくりと体を跳ねさせた。
そのまま指を一本立てて口元に持っていく。
「しー。」
わかりやすいほどに狼狽えた彼らが一斉に口を手で覆った。
その素直な反応に少しばかり笑いが漏れる。
「ふはっ!あんまりおしゃべりしてちゃだめだよ?」
「は、はいッッ!!!失礼しましたッ!」
案外行動に移してみればなんてことない。
言葉がなくなっただけでもだいぶん煩わしさは減る。
しかし依然視線は感じるので、もう一度軽く前髪を乱してからキュリロス師匠の方へと視線を戻した。
「…………末恐ろしいですな。」
「え、どうしてですか。」
「いやはや…………。ライモンド殿下はもう少しご自身の見目を気になされた方がよろしいかと。」
「ジャンにいさまみたいにかっこよくないのに?」
「これは、これは……………。将来ライモンド殿下の周りにいる者たちは苦労しそうですなぁ。」
そんな話をしながらキュリロス師匠に連れられるままに訪れたのは、北の回廊にある一室。
基本的に王宮は東西南北でそれぞれ父上の四人の妻の出身国に合わせて部屋が割り振られている。
王宮の中央には父上と第一王妃のカリーナ様。そしてカリーナ様の子供であるフェデリコ兄様、そしてオルランド兄様の私室がある。
中央にはこの国を模した中庭があり、そこは公式なお茶会の時にも使われるこの王宮を代表する庭である。
その中央の区画からそれぞれ東西南北に回廊が伸びており、その回廊の先にそれぞれ側室とその子供が住む区画と、東西南北の国を模した庭園がある。
東は言わずもがな俺と母上が住んでいる。
南にはジャン兄様、ジョバンニ兄様、そして二人の母親であるソフィア様が住んでいる。
そして西側には謁見の間や文官たちの働く行政スペースだ。
まあ簡単に言えばそんな感じで区画わけされているわけだが、俺が訪れたことがある場所と言えば、東と南だけだ。
つまり北の回廊付近に来るのは初めてなのだ。
少し心が浮足立つ。
「キュリロスししょう!あの、きたのていえんはどんなにわなんでしょうか?」
南のファンタジー色の強い庭はもちろんのこと、日本庭園を彷彿させる東の庭園もなかなかに趣きがある。
残念ながら中央の庭園と北の庭園は見たことがないのだ。
興味本位で聞いた俺の言葉にキュリロス師匠が微笑ましそうに笑みを浮かべ口を開くがおれの疑問に答えたのは聞きなれない声だった。
「北の庭園は二つある。ひとつはスィエーヴィルの花が咲き誇る庭園だ。空の青と草花のコントラストが美しくて私も気に入っている。」
回廊の奥。その曲がり角から歩いてきたのは、長い水色の髪の青年だ。
「ベルトランドにいさま。」
あまり交流はなかったが、この人もれっきとした俺の兄の一人のベルトランド兄様だ。
筋の通った高い鼻に切れ長の緑の瞳。
詰襟のシャツの上から丈の長いコートのようなものを着ている。
上半身がぴったりと体のラインに沿っているのに対し、腰より下はゆったりと余裕がありベルトランド兄様が歩くたびにふわりふわりとたなびく。
イメージとしては、ジョージアの民族衣装と言えばわかるだろうか?
わからない方はぜひ調べてほしい。
なかなかにファンタジーっぽくてかっこいい。
深みのある緑の生地に金と銀で刺繍が施されているそれは、シックでなかなかにかっこいい。
「まあメインはもう一つの庭園なんだがな。言葉で聞くより実際に見たほうが早いだろう。案内しよう。話もそこですればいい。」
ベルトランド兄様が踵を返したことで空気を含んだコートの裾がふわりと浮く。
ちらりとキュリロス師匠を見れば、少し苦い顔で笑みを作りこくりと頷いた。
どうやら俺の話を聞きたがっていたのはベルトランド兄様らしかった。