10話
「あの、ライモンド様。本日も外に出られないのですか?」
「おれがでても へいが けいかいする だけでしょう?へやにいます。」
「そう、ですか。」
残念そうに、そして悲しそうにマリアが俯いてしまった。
それに申し訳なく思うものの、やはり部屋を出る気にはなれない。
なんというか、疲れてしまったのだ。
拗ねているともいう。不貞腐れているのだ。
俺は周りから何と言われようとも気にしないつもりでやってきたし、どれだけ邪険に扱われようともそれに対して嫌味を言うつもりもなかった。
でもこの間母上の発言だけを見て俺自身を見ようとしない兵士たちを見て、どうでもよくなった。
お前らがそう言うつもりなら、こっちも関わりを持つなんて願い下げだ!という心境だ。
子供っぽい?何とでもいえ。俺は今五歳児だ。
「ライモンド様。ジョバンニ様とジャンカルロ様からお茶会の招待状が届いていますが、どうなさいますか?」
「ジョバンニにいさまから?ジャンにいさまから だけじゃなくて?」
「はい。その、南の庭園で、なんですけど。」
その言葉に、今までぽかぽかしていた心の奥がすっと冷めた。
「みなみのていえんは…………いきたくないです。」
もう俺は自分の部屋と東の庭園だけで生きていくと決めたのだ。
めざせハイスペックニート。
まあ王族なのでまったく世間に顔出ししないというわけにはいかないが、せめて社交界にデビューするまで俺のテリトリーから出ないぞ。
なんなら社交界にデビューしても必要最低限しかお外に出たくない。
一般的に王族の社交界デビューは十二歳なので、後七年は引きこもれる。
「それではそのようにお返事しておきますね。」
「うん。おねがい。」
そう言うとマリアは頭を下げて部屋から退出する。
「ライモンド殿下。キュリロスでございます。入ってもよろしいですかな?」
「キュリロスししょう?どうぞ。」
マリアとほぼ入れ違いで部屋に入ってきたキュリロス師匠が、なにか言い辛そうに口を開いた。
「先日の南の庭園での爆発なのですが、ライモンド殿下が本当におこしたのでしょうか?」
あの日以降、俺は誰にその話題を出されても黙殺してきた。
黙秘権というやつだ。行使させろ。当然の権利だろ?
いくら俺が寛大だからと言って、俺のことをはなから疑ってかかっているやつらに話す気にはなれない。
それ故に俺と仲が良く、さらに魔法に関しての知識があるキュリロス師匠にお鉢が回ってきたのだろう。
猫耳はぺしょんと倒れて、顔は悲し気に、申し訳なさげに歪んでいる。
「…………すみません。おれのせいで キュリロスししょうに めいわくを かけてしまって。」
「………いやはや。察しがいいというのも考え物ですな。私は問題ありません。それよりも、ライモンド殿下にこのようなことを聞かなければならないことが心苦しいです。申し訳ありません。」
「そんな!キュリロスししょうは わるくないです。」
とりあえずキュリロス師匠を部屋に招き入れ、椅子をすすめる。
「それで?なにを しりたいんですか?」
「話していただけるのですか?」
きょとんとした表情を浮かべるキュリロス師匠に苦笑いをうかべる。
「おれのせいで キュリロスししょうに めいわくを かけられないので。」
「ライモンド殿下……………。なぜ、ほかの者たちはあなたを見ようとしないのでしょうな。あなたを知っているのであれば、あなたが王太子の座を狙っているなんて思わないでしょうに。」
「それは、あなたたちが しっていてくれたら おれは それでいいよ。」
正直有象無象にどう思われようともどうでもいい。
いや、嘘をついた。多少は気にする。多少ね。
でも、本当にキュリロス師匠やマリア。あとはジャン兄様にわかってもらえたらそれでいいのだ。
「…………あなたは無欲すぎる。」
そんな俺にキュリロス師匠は辛そうな顔でそうつぶやいた。
「まさか。おれはごうよくだよ。ほかはともかく あなたたちは ぜったいに にがさないよ?」
五歳児にしてはさぞや俺は悪い顔をしているだろう。
ニヤリと笑う俺にキュリロス師匠はぱちぱちと目をまたたかせ、次いでふっとほほ笑んだ。
「殿下にはかないませんな。では、ライモンド殿下からすればもはやじじいと呼ぶような歳の私などでよければ、一生あなたの側においてください。」
キュリロス師匠はじじいだろうがそのにじみ出る紳士さ加減は隠せませんよ。
おっさんだろうがじじいだろうが、キュリロス師匠なら大歓迎だ。
「で。けっきょく キュリロスししょうに たのんだひとは、いったいなにが しりたいんですか?」
俺が強欲とかそういう話はいったん横に置いておくとして、一番気になるのはそこだ。
俺が魔法を使った。その事実を知りたいのか、もっと別のなにかを知りたいのか。
そこがわからないと、俺としても答えようがない。
「ああ、あのような大きな爆発を一体どうやって五歳のライモンド様が起こしたのかということですね。」
「ばくはつ………。かんたんですよ?めちゃくちゃ あついものに みずをぶつけてしまえば いいんです。」
「それだけですか?」
「はい。みずはすいじょうきになるとたいせきがなんびゃくばいにもふくれあがるので、ばくはつがおこるんです。」
なんてことはない水蒸気爆発の原理なわけだが、キュリロス師匠は小首をかしげてふしぎそうな表情をしている。
「たいせき………?」
「た、たいせきですよ。そのぶっしつがどれだけのばしょをしめるかのわりあいです。」
「……………少々お待ちいただけますかな?おそらく私が説明を聞いても理解ができないでしょう。もしもライモンド様さえよろしければ私にライモンド様から話を聞くようにと命じた方と直接話していただきたいのですが。」
そういうキュリロス師匠の表情はどこか固い。
「え、ええ。まあキュリロスししょうのことはしんじていますしいいですよ。」
「では、誠に申し訳ないのですが、ついてきていただいてもよろしいですか。」