1話
ごくまれに、前世の記憶を持っている人がいる。例えば一度も行ったことのない街を知っていたり、一度も見たことのない飛行機の操作方法を知っていたり、死んだ人間の家族しか知らない愛称を知っていたりと様々だ。
そして、通常それは同じ世界でまれに起こる事柄だが、神の気まぐれか、非常に稀有なことではあるが、別の世界の記憶を持った魂が世界線を超えることがある。
そして今まさにそんな稀有な魂を持つ子供が、中つ国に産まれ落ちた。
はじめはほんの少しの違和感から始まった。
おぎゃあ!とこの世界に生まれて最初に思ったことは、なぜ視界がこんなに歪んでいるのだろう、ということだった。
何も見えない中で、聞こえてきたのは優しい女性の話す声。
「マヤ様。元気な男の子でございますよ。」
「あぁ…………っ!やっと生まれたのね!さぁ、早く見せて頂戴!」
そしてまるで少女のようにきゃいきゃいとはしゃぐ女の人の声だった。
ひょいっと女性の腕に持ちあげられた時、ん!?と違和感を覚えた。
自分はこんなに小さかっただろうか?
一度疑問と言うものに気づいてしまえば、別の疑問も次々に思い浮かぶ。
「あぁ。きれいな緑の瞳はアブラーモにそっくりだわ!でも髪は高貴なわたくしと同じオスト帝国の黒を継いでいるわね。素敵だわ!」
「顔立ちは国王様によく似ていらっしゃいますね。」
「ええ!そうだわ、この子はきっといい国王になれますわ!」
国王?今この女性たちは国王と言わなかったか?
いったい俺はどこに生まれたんだ。
俺?どこに生まれた?
何を言っているんだ?
なぜ生まれて幾ばくも経っていない俺がこんなことを考えている?
どうしてこんなにも訳の分からないことが次々浮かんでくるのだ。
俺は自分の頭の中に浮かび上がる様々な情報に、思わずほにゃほにゃと泣き声をあげるのをやめた。
これではまるで、
「ライモンド。あなたの名前はライモンドよ。このチェントロ王国の次期国王になるのよ、ライモンド。」
まるで、生まれ変わったみたいじゃないか。
それを理解するとともに、頭の中に流れ込んできた膨大な情報に俺は気を失った。
◆◆◆◆◆
時が経つのは早く、俺がこの世界に生まれてから早三か月たった。
生まれてすぐ、頭のなかに流れ込んできた膨大な情報に脳がオーバーヒートし意識を失った後、随分母や側付きのメイドたちに心配をかけたが、それも最近は落ち着いてきた。
そして、その間にいくつかわかったこと、思い出したことがある。
まず、俺はもともと地球の日本で生きていた生粋の日本人だったこと。
そして、理由は定かではないが俺はどうやら死んでしまったらしい。
なぜそんなことがわかるのかというと、生前、と言ったらいいのか、前世の、と言ったらいいのか。
まあともかく日本人だったころの俺が覚えている最後の光景は目がくらむような閃光と生まれてこの方感じたことがないような衝撃。そして自分の体から流れ出る血の赤い色だけだ。
これから推察するにおそらく車か何かに跳ね飛ばされたか、爆発かなんかに巻き込まれたのだろう。
これ以上思い出すのは精神衛生上よろしくないので、深く考えないことにした。
また、俺が前世でどんな人生を送ったかについては割愛させてもらう。
さして面白くもなんともないただただ平凡な人生をわざわざ人に語る気などおこらない。
何の因果かそんな面白くもなんともない人生を歩んだ俺は、この世界の王族として生まれ変わったらしい。
比喩でも何でもなく、文字通り、生まれ変わったのだ。
若い子からおじさんと呼ばれてもおかしくない年齢だったのに、今ではぷくぷくふっくらもち肌の赤ちゃんだ。
記憶が戻ってすぐの頃は一体なんの冗談なんだと絶望したが、数ヶ月経てば諦めもつくというものだ。
いや、諦めと言うよりも記憶を記憶として処理できた、と言うべきだろうか。
前世と今の俺の間に横たわる無視するにはあまりにも大きすぎるギャップに、俺はあくまで前世という記憶を持っているだけの非力な子供だと理解したのだ。
最もその記憶のせいか子供になりきれず、そして今の俺の心と感情のせいか大人にもなりきれない。
だが、心と体が未熟な俺の中にたまたま前世の記憶があるだけで、俺が俺であることに変わりはないのだと思えばそれはストンと腑に落ちた。
今現在子供の俺が知ることのできる情報は少ないが、それでもわかったことをまとめると、この世界はとても平和で、五つの大国と九十九の小国が存在する。
そして世界の秩序は五つの大国が守っている。
しかも驚くべきことに、その五つの国は対立することで秩序を守るのではなく、互いに協力することで秩序を守っていのだ。
つまりは戦争がない。
自分が知る限り、この世界には小競り合いもなければ紛争もないのだ。
もっと言ってしまえば国ができてから戦争は一度もおこったことがないらしい。
その理由の一つとして、この世界に存在する魔物の存在があげられる。
人よりも力を持っている魔物が跋扈する世界で人同士で争っている暇などなく、ようやく対抗する術ができた今もなおその時代からの協力体制が続いているというわけだ。
五つの国のうち大陸のちょうど中心に位置するのがチェントロ王国。
東の国がオスト帝国、西がオッキデンス王国、南はノトス連合王国、そして北のスィエーヴィル王国だ。
それぞれ中つ国、東の国、西の国、南の国、北の国と呼ばれている。
この三か月でわかったことといえばそんなものだ。
というのも、この三か月の間に俺が会うことができた人物といえば常に俺とともにいる母親のマヤさん、母のそば付きの侍女であるマリアさん、そして父親でこの国の国王でもあるアブラーモさんくらいだからだ。
正直それ以外の使用人たちはちらりと見かけることはあるものの、俺のそばには寄ってこない。
まあその理由は俺の今生の母親にあたる人に理由があるのだが………。
まあそれは置いといて、それだけの人数しか側にいない中なぜここまで情報を集められたかといえば、それはひとえにマリアさんのおかげだ。
新しく連載初めて見たよ。
第七王子に生まれた元日本人の話です。
ぼちぼち連載を続けていきます。