魔法
俺は今、取り調べ室のような部屋で尋問を受けていた。俺があっさりと捕まったあの後そのままここまで連行され、今に至るというワケだ。
「おい、もうさっさと白状しろよ。もう一度聞くぞ。何でお前は裸で町の中で倒れていたんだ?」
四十代位のいかついおっさんが、言葉の端々に疲れを滲ませたような口調で、そんなことを聞いてくる。疲れが見える理由としては、その質問を、もう何度目になるか分からなくなるほど繰り返しているからだろう。
「ですから、先ほどから何度も申し上げている通り、気がついたら裸で倒れていたんです」
だが、何度も同じ質問をされたところで俺の答えも変わらない。
「じゃあ質問を変える。お前は何の目的があって
ここに来たんだ?」
この質問も、もう何時間も前から繰り返されている質問だ。
「ですから、目的云々の前に、そもそもここがどこなのかすら分かっていない状況なんですって」
「はぁ。もうさっさと白状してくれよ。もうそろそろ帰りたいんだ」
ため息を吐きたいのはこっちだ。まぁ、おたくの気持ちは俺も分かるから口にはださないけれど。
何も答えない俺に、はぁ~、ともう一度おっさんがため息を吐いたところでドアがコンコンとノックされ、扉が開いた。
「失礼します。審査長、嘘発見機を持って参りました!」
「おお!やっとか!」
おっさんの部下らしき青年が、大きな水晶玉を持って入ってきた。そして、それと同時におっさんの周りの、どんよりとした空気が一転し、嬉々としたものに変わる。
いや、嘘発見機持っているんだったら最初から持ってこいよ。俺の数時間を返してくれよ。
俺が心の中で文句を言っていると、青年から水晶玉を受け取ったおっさんが、こちらに顔を向けるとニヤリと笑った。
え?何?凄いゾッとしたんだけど。え?怖い怖い怖い。
「いいか?よく見ろ。この水晶玉はただの水晶玉じゃあない。実はこの水晶玉はラノーム遺跡で最近発見された魔道具でな、これに触っている者が嘘をつくと赤く光る。そして本当だったら青く光るという仕組みだ。さあ、これで嘘は吐けないぞ?」
そう言い終わると、またニヤリと笑った。
ああ、笑った理由はこれか。いや、そんなことはどうでもいい。それよりコイツ今、魔道具って言ったよな?いやいやいや、魔道具ってなんだよ。
「すいません、魔道具について詳しく教えて頂けませんか?」
取り上げず、疑問に思ったことをそのまま口に出して言ってみる。
「あん?そんなことも知らないのか?魔道具って言ったら大昔の技術で創られた、魔法の掛かった道具のことだろう。いや、アーティファクトっても呼ばれているんだっけか?」
いや知らんけど。それよりも、新たな謎キーワードが追加されたんだが。魔法。なるほど、魔法か・・・。
魔法、と聞いて俺の脳裏にある推測が浮かぶ。もしかしてここ、ラノベなんかにある異世界って奴なんじゃね・・・?と。
魔法、という言葉だけでここが異世界と決めつけるなんてバカなんじゃないか、と思われるかもしれないが、もちろん俺だってそれだけで決めつけた訳ではない。
異世界だと思った理由その一。まず、いきなりだが今の俺には記憶がない。より正確に言えば自分の名前以外、俺のことに関する記憶が全くないのだ。
いや、うーむ。なんて言えばいいのだろうか。俺が前に読んだラノベの内容なんかは覚えているのに、家族や知人に関しては、そこだけが丁度抜け落ちたかのように全く覚えていないのだ。
だから俺がどうやって育ったか、どうして今ここにいるのかは全く分からない状況なのだ。一般的な常識なんかは覚えているし、日本がどんな場所かもしっかりと覚えているのに。
次に理由その二。俺は、屋根の上から飛び降りて来た聖騎士に捕まってしまった為に今こうして拘束されているワケなのだが、よくよく考えてみると、捕まり方が明らかにおかしいのだ。
だってそうだろう。二階建ての家から全身が重厚な鎧に包まれた人間が飛び降りて、あんな俊敏な動きが出来るワケがないし、余りにも現実的じゃないのだ。捕まった時は混乱の方が大きかったから特に気にも留めなかった。
そして理由その三。今このおっさん達は日本語を喋っている、ワケではない。明らかに、聞こえてくる日本語と口の動きがあっていないのだ。そんなことは普通に考えて有り得ない。
このように全く現実的じゃないうえに、意味不明な出来事が起きているワケだ。だがそこに、「魔法」や「異世界転移」なんて言葉を当てはめると全ての問題が解消するのだ。ここまできたら俺が「ここはもしかして異世界なんじゃ?」と考えるのも分かるだろう。
そしてだ。ここが異世界だとした場合、新たな疑問が生まれる。それは、俺が何故異世界に来てしまったのかだ。何か目的があってのことなのか、それとも偶然こうなってしまったのか。まぁ、この疑問はいくら考えたところで答えが出るワケではない。取りあえずは、ここが異世界だということを前提に考えた上で行動した方がいいな。
そんな風に俺が考え終わるのと同時に、今まで自分の部下であろう青年と何やらか話し合っていたおっさんがこちらを振り向いた。
「よし!魔道具の準備は全て整った。これから改めて尋問を行う。もし嘘を言ったら・・・分かっているな?」
どこか勝ち誇った顔したおっさんが、ニヤリと笑った。
なんだこのおっさん。なんかイラッとくるな。まぁ何かを聞かれたところで俺は本当のことしか言っていないし、大丈夫だろう。もっというと俺記憶ないしな。
そんなことを考えながらも俺は、目の前に置かれた水晶玉に触れた。