魔術大戦編
とある昔、まだ魔術という古めかしい物が実在した頃の話だ。
その時代二つの国が何百年にも続く戦争をしていたという。片方は王国アルン。魔術師を多く抱え込み、数多の戦場を魔術で蹂躙した。もう片方は帝国カイザ。こちらは兵器を大量に生産し、アルンを長年苦しませた。これは、そんな時代を生きた一人の魔術師の話である。
西暦398年、春。アルンの最南端の都市ムラサメにいる一人の魔術師の所に国の役人がやってきた。
「メルル殿は居られるか!」
彼女の名はメルル。優れた水系魔術の使い手だった。
「はっはい!私がメルルですが」
慌てて返事をするメルル。役人はメルルに突きつけるかのように懐から羊皮紙を取り出す。
「貴女は魔術師法第3条により戦争への参加が決まった。こちらにサインを」
魔術師法。この国の国王アルゲイド2世が決めた魔術師専用の法律。これにより、魔術師はいやでも戦争に行かなくてはならない。それが本人の意思に反していても。
「・・・分かりました。では」
メルルは机に立て掛けてあった杖をとるとその羊皮紙に押しつけた。すると、水系魔術師のマークである雫のマークがつけられる。
「よし。では出発は今日の夕方。それまでに準備をしておけ」
そう言い残し役人は帰って行った。
「・・・私もついに戦争か。どうなっちゃうんだろう」
そうつぶやきながらメルルは家にある魔道書や術式がこめられた物を鞄に詰める。そうしていたら家の扉を叩く音が聞こえてきた。
「メルル、いるか?」
「ハイハイ、鍵は開いてるよ」
中に入ってきたのは幼なじみのソルスだった。彼は土系魔術師だった。
「・・・お前も決まったか。前線行き」
「まぁね。逆に今まで来なかったのがあり得ないことなのよ」
「確かにそうだな。んで、いつ出発だ?」
「夕方。そっちは?」
「昼時。じゃあまた戦争出会おうぜ」
とソルスは言い、帰って行った。
静かな部屋で一人黙々と作業するメルル。しばらくするとその目から涙がこぼれ落ちはじめた。
「何で・・・私たちがこんなことになっちゃったの。どうして!」
手に持っていた魔道書を壁に投げつける。それでもこの悲しみは紛らわない。
「せめてソルスだけでも前線には行かせたくなかったのに!どうして!」
すすり泣きながら叫ぶ。しかしそんなことをしても何も変わらない。次第に気持ちが落ち着くとメルルはまた荷造りを始めた。
「・・・そうだ。ゾイが欲しいって言ってたこのペンダント渡しに行こう。もしかしたらこれで最後かもしれないし」
そう言ってメルルは家を後にした。ちょうど昼時だったので通りは人だらけだった。
「ソルスはもう行ったのかな」
そんなことを呟きながらゾイの家の扉を叩く。
「ハイハイ誰ですかーっと。ってメルル、あんた目真っ赤よ。どうしたの」
「あぁ。何でもないの。それより、これあんた欲しがってたじゃない。あげるわよ」
ゾイの手に半分押しつけるようにペンダントを渡す。
「・・・決まったの?」
「うん。今日の夕方出発」
「そう・・・。家よってく?」
「うん・・・」
ゾイの家は物で散らかっていたが気にならなかった。幼い頃から一緒に遊んでいたので、彼女の性格はよく知っていた。
「紅茶でいい?っていうか紅茶しかないけど」
ゾイは笑いながらカップに紅茶を注ぎ、メルルに出してくる。
「そこら辺に椅子あると思うから探して」
「いや、散らかりすぎでしょ。ちょっとは片付けなさいよ」
とメルルは二人分の椅子を探し出しながら答える。
「んで、どうしたの?」
やっと落ち着いてからゾイはそう切り出してきた。
「今日の朝に役人が来て私に前線行きを命じたのよ。そこまではよかったのよ」
メルルも紅茶を飲みながらそう答える。
「したらさ、ソルスも前線行きって聞いてさ。ホント何なんだろう」
「あらそう。恋する乙女は大変ね~」
「なっ何言ってるのよ!私はそんなことじゃ・・・」
「またまた~。知ってんのよ。メルルがソルスの事好きなことぐらい」
「・・・分かりやすかった?」
「そりゃもう絵を書くみたいに」
「・・・言うんじゃ無いわよ。言ったらあんたの家ごと吹き飛ばすからね」
顔を真っ赤にしながらメルルは言う。彼女の心情を表すかのように手に持ったカップがカタカタと震えている。
「分かったわ。それじゃあ二人で帰ってきなさいよ。待ってるから」
「うん、じゃあ言ってくる」
そう言い、メルルはゾイの家を後にした。
夕方。メルル達前線行きのメンバーは荷馬車に揺られ、前線へとむかった。荷馬車の中ではすすり泣く者や十字架を手に祈る者。自分の武器の調整をする者などと各々が様々なことをしていた。そうしてメルル達が前線へ着いたのはもう日が沈み夜が始まる頃だった。
「これより第59魔法大隊、配属式を始める!一同、敬礼!」
「「「ハッ!」」」
メルル達59魔法大隊が配属を始めたのはちょうど月が顔を出した頃だった。遠くの方では砲撃の音と魔法を打つ音が聞こえる。
「メルル志願兵!」
「はい!」
「喜べ。お前はアタッカーだ。チームは他に回復役の上官一人にブロッカー一人だ」
「はっ!了解であります。上官!」
というわけでメルルはアタッカー。つまり攻撃隊になった。
ついでにいうとブロッカーは相手の攻撃から仲間を守ったり、相手に弱体魔術を使ったりする。
「・・・メンバーもう少し増やせないのかよ。さすがに三人は少なすぎでしょ」
「何言ってるんだよ。俺と一緒なんだろ。喜べよ!」
「ソッソルス?!」
「何驚いてんだよ。俺らってあれだろ。夜襲の襲撃部隊だからだろ」
「あぁ。そういうことか」
王国アルンでは昼間の戦闘を捨て、夜襲による攻撃を中心としている。理由としては魔術師の魔力は大気中のルーンオーラを吸収し、魔術へと変換している。そのため大量の魔術師を戦場に投入するとすぐにルーンオーラが切れてしまうため、夜襲の小規模攻撃の方が安全とされていた。
「やぁやぁ。君たちが私の部下かい?私はアトラントス。よろしくね~」
夜襲の話をしていると前から一人の女がやってきた。肩に付いている紋章はクロスした杖。上官の証だ。ついでに二人は志願兵とされているので肩の紋章はルーンになっている。
「「ハッ!よろしくお願いします」」
「うんうん。出発は残り三十分。それまでに重術式用装備でここに集合すること。いいね」
「「了解であります!」」
二人は荷物の置いてある場所まで走ると装備の準備を始めた。メルルは黒のローブに黒のマント、手には使い込まれた杖。ソルスは黒の鎧に黒のマント、手には新調された杖。腰には黒く光っている剣をつけていた。
「そろそろ時間だね。みんないいかい?」
夜の闇に飲まれた戦場。そこには黒色のマントをつけた魔術師六十人が帝国カイザ側の塹壕を眺めていた。指揮をとっているのはメルル達の上官、アトラントス。
「「「ハッ!」」」
「それでは第59魔法大隊精鋭部隊、夜襲を開始する。全員移動開始」
六十人の魔術師は一チームごとに夜襲方面へと移動を開始した。今回の夜襲襲撃場所は敵の中心。到着したら上空に魔術を打つ。すると自陣で待つ五千の魔術師が攻撃を開始しサンドイッチのように魔術で敵を挟むという作戦だ。
「そういやソルス君って何系魔術師なの?聞いてなかったわ」
中腰になりながらアトラントスは鼻歌を歌いながらソルスに質問する。
「自分は土系魔術師です。主に魔法は自動人形町系の召喚魔術ですけど」
「分かった。で、メルルちゃんが水系魔術師だよね」
「はい。そうですけど」
「じゃあ仕事だ。前方五十メートル、敵影二。音を出さずに殲滅して」
「はい。【示せ道よ 我が名の元に】」
メルルは水筒から一滴の水を垂らすとそう唱える。すると空中に二本の水でできた矢が浮かぶ。
「駆け抜けろ!ウォーターカッター」
グオッという音と共に矢は敵の胸を突き刺す。敵の体がぐらっと倒れる。
「ソルス君。ゴーレム作ってそこの敵兵服着させて。おとりにしよう」
「了解であります。【土塊よ 我が声を聞きたまえ】」
すると地面の土が浮かび人の形をとった。その数は二つ。
「この者に命あれ。アースゴーレム」
ゴーレムは敵兵の服を奪い、その服を着てソルスの所にやってきた。
「巡回兵のふりをしろ」
二人のゴーレムはソルスに敬礼をするとそのまま走って行った。
「便利だね。この魔術。」
アトラントスは双眼鏡をのぞきながら呟く。ちなみに彼女は何もやらず敵兵が他にいないか確認していた。
「ちょっと待っててくれますか上官。触媒を採ってきます」
とソルスは先ほどメルルが倒した敵兵を引きずってきた。
「何すんの?そいつ死んでるけど」
「こいつらの心臓を触媒に強化ゴーレムを作れるので。国では一級魔術師のみ使用許可が降りてますが」
「できるの。そんな高等魔術」
「任せて下さい。【我神に祈る者 命を落としたこの者に 神の安らぎを】」
すると心臓を中心に新たな肉が精製される。次第に臓器や顔、髪に至るまで人に必要なものが造られていく。
「動け!クロックゴーレム」
ゴーレムはソルスのことを見ると足下に跪く。
「・・・マスター。ご命令を」
「敵陣中央で魔術が上げられたらお前も俺らと一緒に敵陣に突っ込め。それまでは巡回兵のふりをしていろ」
「イエスマスター」
ゴーレムは先ほどのゴーレムとは逆の道へと走って行った。
「よし、行きますか」
それからは敵陣中央へとただ敵兵を静かにかつ慎重に倒していった。
時には魔術。時にはソルスが持っている剣で相手の喉を切り裂いていったもの
「着いたね。メルルちゃん。魔術を」
「了解です」
ヒューという音の後に敵陣中央に大量の光と水で作られた矢が降り注ぐ。すると自陣の方から雄叫びと共に五千人の魔術師の走る音が聞こええてくる。
「よし、私たちも行くよ!突撃!!」
「「「突撃ーーーーー!!」」」
戦争が始まった。敵は最初は突然の魔術にうろたえていたがすぐに手に持っている銃で応戦してきた。その敵兵を魔術師の矢が槍が体を突き刺していく。
「進め!祖国のために!」
アトラントスの声で士気が上がる。メルルも魔術を連発して敵を倒していった。しばらくするとソルスが召喚したゴーレムが戦場に参加したため戦場はより混戦になっていった。
「メルルちゃん、大型魔術!」
「はい!突き刺せ!刃よ!」
大型の槍が空を飛ぶ。その数約五百。後にその光景を見た者はこの世の終わりと語った。
「ダメだ。敵を押さえつけられない。どうしよう」
しかしそんな状態もじわりじわりと敵が押し戻していった。敵の大砲が火を吹き始めたのだ。一つの砲弾で五人の魔術師が吹き飛ばされていく。
「私が何とかします。上官とソルスは他の隊の援護に回ってください」
「おまえ、そんなの無茶だ。やめておけ!」
「・・・ごめん、ソルス。でも私がやらないと」
「メルル!」
メルルは走った。戦場の中心に到着すると大きな声で叫ぶ。
「【風よ 嵐よ 我の力と共に】」
すると戦場中央を中央とした大きな竜巻が起きる。
「【刃よ 嵐の中 踊りたまえ】」
今度は水でできた無数の槍が風の中で暴れ回る。それはまるで神の鉄槌のように。
「まだ、まだだーー!」
するとかけ声と共に槍の数が増える。その数なんと三十万。
「ごほっ!!げほごほ!!」
口の中が血で埋め尽くされる。そう、彼女は感じていた。この魔術を打てば自分の身を滅ぼすことになると。今も体中の血管が裂け、臓器は次々と潰れている。しかしメルルは最後の言葉を口にする。
「我が魔術は愛すべき者へ!飛べよ刃!」
無数の槍が空を舞った。その槍は月の光に反射し、幻想的な世界を作り出した。
直後轟音と共に槍が降り注いだ。それにより、戦場にいた全ての敵兵は命を引き取ったという。
「メルル!」
だんだんと薄れていく意識の中でソルスがこちらに走ってくるのが見えた。メルルは最後の力を振り絞り伝えたい言葉を口にする。
「・・・ソルス」
「しゃべるな。今、こっちに上官達僧侶組が来るから」
「ずっとずっと言いたかったの・・・。あなたが好きだって」
「そんなことは後でいくらでも聞いてやる。だから今は生きてくれよ!!」
「・・・もういいよ。せめてソルスは楽しんで生きてね。」
メルルは自分の手につけていた指輪を外すとソルスの薬指にはめた。
「あげる。私の一生で最後の魔法具よ。しっかり使いなさいよ」
「メルル・・・」
「じゃあ先に行くよ。早く来たら追い返すからね」
「メルル?おい!メルル!メルル!」
死の舞踏会。後にこの日の大戦はそう呼ばれた。その後の戦場では一人の男が猛威を振るった。剣を振れば五人が倒れ、魔術を使うと敵軍基地が吹き飛ぶ。そして戦争が終わり王国アルンが勝利すると彼はこう呼ばれた。
『死神のソルス』と。
どうもこんにちは。渚小町です。
初めての投稿となりましたがいかがでしたか?
まだまだ未熟な所もありますが、応援よろしくお願いします。