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記憶喪失×騎士編 2章

 ――どこか、様子がおかしいのだ。


 鳴り響くピアノの旋律、優雅なバイオリンの伴奏と共に、綺麗に、何一つのミスなく完璧に踊るヨベルは、内心不安になっていた。


 ――先程から僅かながら……殺意が感じられる。


 それはもはや騎士としての本能であったのだろう。誰が怪しいのか、などと言えるものではない。視線が気持ち悪いのだ。それも複数…そう、複数の敵意のこもった視線を先程から浴びているような気がするのだ。


「……ヨベル?」


「――いかがなさいましたか、ソラン様」


 心配されないように、笑みを作り、腕の中にある彼女に顔を向ける。


「その……なんだか、気分が悪いような顔をしていたから」


 分かってしまうのだろうか、彼女には。連日の実験からしても、彼女の戦士としての本能は殆ど残っていないと判明しているというのに。あるいは、彼女の人を見る力の影響だろうか……。


「…私と踊るのが、嫌、かな…。ごめんね、踊り方もすべて忘れてしまったみたいで」


 いいところまでいってはいるが、勘違いしているのだろう。


「そんなことありませんよ。それに――」


 正直なところ、割と先程まで気を張り詰めていたのだ。それが、彼女の一言で随分なごんでしまった。少しおかしくなって、本物の笑みを浮かべて答える。


「ソラン様が踊れないのは、別に忘れたからではなくて、元からですよ」


「え、そうなの?」


「ええ、それはもう酷い有様です。ソラン様はダンスを覚える才能がまるでなくて、毎回私にリードされてやっと形になるくらいですよ」


 言いながら、彼女の腰を腕で支え、後ろに倒れさせる。


 ――そう、今彼女とはダンスの最中なのだ。今夜は近隣諸国の賓客も交えた、アカデアイ大陸圏議会の前夜祭。アカデアイ大陸所属の全ての国の代表あるいは代理人が集まる一大イベントにて、大陸の未来の交流を決定させる…。といっても、会議内容は既に水面下で全て取り決められていて、形式的に合意などのサインを交すためのものなのだ。


「それにしても、助かりました。ウンリア様不在というこの時に、代理人として出て頂けまして」


「本当に、私でよかったの?聞いた話だと、私は王族ではあっても、特にこれといった役職についていたわけではないんでしょ?」


「問題などありえません。貴女は自他国ともに名を轟かせている英雄なのです。寧ろ、代表としてソラン様以上に相応しいお方は居りません」


「…そんな大層な。でも、私は今の国の情勢も、何も…知らないのよ?」


「大丈夫です、全ては私にお任せください。ソラン様は、居てくださるだけでいいのです。私を信じていただければ、会議内容も…ダンスも、ソラン様の身の安全も、必ず保障すると約束致します」


「…分かったわ」


 その時だった。


 一時的に忘れていたあの視線、気持ち悪さの元凶となっていた視線が、突如強くなったのだ。それも、全身が射抜かれるように、痛いくらいに。


「――ッ!」


 親衛隊隊長としての才能は伊達じゃない。だからこそ、ヨベルはソランの腰に回していた左手で彼女の腕を引いて、自分の背後に。同時に右手で腰にさしてある剣を引き抜く。

 ――刹那、十ほどの暗器が一斉に叩き落される。


「いやぁあああ!?」


 踊り場の内にいた賓客達が、一斉に騒ぎ始めた。突然響いた金属音に、抜かれた銀の刃。優雅な場にはふさわしくないものである。


「……神聖なるカルデリア宮殿内でこのような暴挙に出るなど、無礼極まりない行動です!名乗り出てください。さもなければ、容赦はしません!」



 一瞬、なにが起きたのか理解できなかった。

 いつも優しく接してくれていたヨベルが、突然強く、痛いくらいに自分の手を引いた。

 そして、響き渡る金属の衝突音。


 ――ああ、多分、ここは危険なのだろう。


 怖い。ヨベルに弾かれ空中を舞う暗器が、鋭く光り、それだけで身震いがしそうだった。

 ヨベルは会場内に響く声で堂々と非難する。

 今すぐここから逃げ出したかったが、彼は逃げる素振りを見せない。

 そればかりか、しっかりと自分の手を握っていて、自分の前を庇うように立っている。


 ――この人は、怖くはないのだろうか。


「…ヨベル」


 思わず、声が漏れてしまう。すると、彼は構えを解くことなく少しだけ振り向いて、


「ご安心ください、ソラン様。私は王家親衛隊隊長ヨベル=ベズニードル。この地位は伊達ではありません。貴女が認めてくださった、実力を元に得ていますから」


 そう言うと、何かを察したように剣を握り直し、刀身を光らせる。そして約束されたかのように、彼が刀身を向けた方向から一人、ナイフを手にした男が現れる。


 ザッ


 そのまま手を滑らせると、ヨベルは男の肩を斬った。目にもとまらぬ速さで。


「この程度の実力で、いくら襲ってきても無駄です。あなた方の技は全て知っています。それは不意打ちでもなんでもありません、私にとっては、ただ模範解答を用意するだけで良いのです」


 そう言いながら、続けて襲ってきた男を2、3人斬り捨てる。

 同時に庇うようにして自分を最も安全な場所な壁際まで連れていき、その前に立ちふさがるようにして迫りくる暗器の対応をする。


「ヨベル様!王家親衛隊一番隊、到着しました!これより敵の殲滅に移りますっ」


「その前に賓客の安全を最優先に。こちらは一人でも対応できます」


 廊下より武装した兵士達が駆け寄ってきて、ヨベルに軽く一礼すると、指示を受ける。

 彼らの一部はこの会場より慌てて逃げ出そうとする人々を誘導し、避難させることになった。そして残った少数の人員で刺客達と刃を交えながら、自分の周りに防御陣を作るようにして動く。

 ――実に洗礼された動きだった。


「彼らは王家親衛隊の中で私直轄の兵士、精鋭ばかりです」


 ヨベルは剣を一振りしながら、解説をしてくれた。もちろん振った先ではまた、男が一人倒れることとなる。


「できる限り殺さず、生け捕りにしてください。後で情報部に引き渡します」


「「「はっ」」」


 ヨベルが命令すると、兵士たちは一斉に返事した。

 ――彼らは、強い。こんなに強い人たちに守られているのなら、ここは絶対に安全なのだろう。

 そう思った時のことだった。


 ――轟音。

 立っていられないくらいの揺れ。


「何――っ!?」


 王宮のどこかで爆発があったのだろうか、地面が大きく上下している。天井では、落ちそうな勢いでぶつかり合っているシャンデリアの音。


「ぐああああ」


 何故だろうか、すぐ近くで悲鳴が聞こえる。目を向けるとその先には、敵ではなく、自分を守ってくれていた親衛隊員が一人、血を飛ばしながら倒れていく。


「ソラン様ッ!」


 空中を舞っていた血に意識をとらわれていると、目の前を鋭い風が襲った。至近距離で鳴り響く金属音。――自分の顔の前まで迫っていたナイフを、ヨベルが剣で受け止めたのだ。


「くっ…!」


 彼が力を込めると、ナイフを持っていた者は高く飛び上がり、こちらと距離を置いた。


「ざんねーん。一人殺すだけでお姫様に刃が届くかと思ったら、防がれちゃった」


 ……女だったようだ。甘い声とともに被っていたフードが外れ、長い髪が見える。


「させる訳が、ありません」


 ヨベルの言葉はいつも通り、自分の安全を保証するものだった。しかし、分かってしまったのだ。その言葉に焦りと恐れが含まれていることを。恐らくそれだけ、目の前の女を彼は強敵だと認識したのだろう。

そして、追い打ちをかけるように。


「ほ、報告します!西防衛門が大砲により破られました。と、突如出現した軍勢が、王宮になだれ込んでおります!その数およそ2万!!」


 大広間への入り口に駆け込んだ兵が一人、とんでもないことを叫びだしたのだ。


「こ、混乱により防衛機能は働いておりません!ヨベル様、ご指示をッ!!」


 兵は必死に叫んでいる。腕に矢が刺さったのか血が流れていて、息も絶え絶えである。指示を仰ぐために必死に駆けてきたのだろう。

 ――そして。


「ぐおっ」


 突然目を見開き、後ろに倒れていく。


「うるさいわね。もう少し静かにできないかしら」


 その胸には、先程の女が放ったナイフが刺さっていたのだ。


「ノイス!――よくも、私の部下を二人も」


 ノイスとは、倒れた兵の名前なのだろう。ヨベルが変わらず構えている剣は、怒りからか少し震えていた。だが彼が理性に任せて無闇に切り込むことはない。背中で守っている者を危険にさらしてまで、斬りかかるべきではないと冷静に判断しているのだ。


「あらま、あなたの部下だったのね。へぇ、それじゃあなたが遊んでくれるのね?そこのうるさいのが叫んでるのを聞いてると思うけど、ゆっくりしてられないのよぉ。もうすぐここにも煩い兵どもが流れ込むってわけ。さ、はやくしましょ」


 女がどこからか取り出したもう一本のナイフを投げて遊びながら、ヨベルを挑発する。かなり余裕なのだろうか、既に先に襲ってきたフード服の者たちは全員倒れているというのに、一人で悠然としているのだ。


「…ヨベル様、ノイスはいくら混乱してもでたらめなことを言う者ではありません。彼の言葉が本当だとすれば、ここは今2万の兵に攻め込まれています」


 ヨベルと同じく剣を構えて冷静に状況を判断している親衛隊員の一人が、近づいて小声で告げる。


「今、城内の兵は」


「大陸圏会議のため城下町の警備に当たっている者を除いて、千に満たぬかと…」


「………っ」


 それを聞いて、彼はさらに苦しい表情をする。まるで、絶望的な戦いに挑むような、絶対に引くことはないけれども、覚悟を決めたような、悲観的な表情となる。

 それはこの場にいる、自分以外の全員にも当てはまることだった。


「ちょ、ヨベ……ル?」


 耐えきれず、言葉が溢れ出した。彼は、自分が危険な状況にあると言ったうえで、守ると言ってくれたのだ。まだ出会って日は浅いけれども、彼の隣なら、安心できるのだと感じていたのだ。


「ソラン様……」


 少しだけ視線を逸らして、彼は振り向いてくれた。そして歯を食いしばって、剣を突き出し、命令を下す。


「私がここを押さえます。その間に、動ける者は全員、ソラン様を連れこの城を離れるように!強行突破で構いません!」


「し、しかしッ!」


 隊長の自己犠牲ともとれるその発言に、親衛隊員が納得できず食いつく。その時。


 バァアアン。


 先程よりも、近い、すぐ目の前で響いた轟音。威力は先程よりもずっと小さいけれども、ほんとうに目と鼻の先で爆発が起き突風を巻き起こす。吹き飛ばされそうになったが、気が付くと誰かが身体を支えてくれていた。


「全然ダメなんだけど、隊長さん。逆だよ逆。隊長さんが彼女を連れて逃げなさい」


 自分を支えていたのは、黒髪の男だった。言うならばそう――非常に整った容姿と、華奢な体つきをしていて、女性に人気がありそうだ。


「あれ?ソランさん、もしかして今更僕に見惚れた?」


 黒髪の男はそう言うと、潤んだ瞳で見つめてきた。その瞳になんだか得体の知れないものが感じ取れて、慌てて彼の腕を振り払う。


「あ、あなたはっ」


「――親衛隊副隊長の、ドライアル=ポリストリーです」


 周囲にはまだ白く濃い煙が舞っていた。いつまで経っても消えないところをみると、先程の爆弾は威力以外に目くらしの効果があるのだろうか。とにかく、白い煙の中で手を引かれたかと思うと、そこにはヨベルが居たのだ。


「ほら、早くしてくれる?地下水路を使って離れの洞窟までだよ?正面突破とか聞いて呆れる」


「ですが、ドライアル――」


「何回言わせるつもり?僕は今不機嫌だから素直に従ってくれないかな。ちょっとだけ想定外のことが起きてムカついてるんだよ。隊長さんまで相手してられないんだけど」


 副隊長という割には、隊長であるヨベルに対して口が悪いみたいだが…。

 そして、言い合っている二人を通して、白い煙の向こうで薄く影が揺らめいているのが目に入る。キランと何かが光り――。


「!――ヨベル、前ッ!」


 叫んだ直後、前からナイフが凄まじい速さで飛んでくる。それを声に反応したヨベルが剣で弾き飛ばす。


「敵がまだいます!」


「知ってるよ、こっちは想定内。だから煙を巻いたんだけど見て理解してくれないかな」


 言いながら、ヨベルは手を引いて先程の位置から離れるよう誘導してくれた。


「ぐあああ!」


 煙の中で、悲鳴が響く。親衛隊員のものだろうか。


「っ…!」


 ヨベルの表情が、また引き攣る。彼にとってはこの場にいた人達は全員、大切な部下だったのだろう。


「囲め!ヨベル様が退却するまでの時間を稼ぐんだ!」


「はっ!」


 どこからか誰かの叫びが聞こえる。そして続く、悲鳴。


「――これで分かったでしょう?隊長さんが早く離れないと、被害は増える一方だよ?」


 最後に、諭すようにドライアルが言葉を口にする。それを噛みしめて、ヨベルは剣を下ろす。自分の手を握る力が少しだけ強くなった。


「この国の事、任せました」


「うん」


「ソラン様、こちらです」


 短い言葉だけ交わすと、ヨベルは手を引いたまま駆け出した。

引っ張られるようについていくが、ドレスを着ているためか上手く走れない。転びそうになった身体だが、気が付くと彼が支えてくれる。そして、廊下を曲がった先で、古い本棚に出会う。そこにヨベルが手をかけたかと思うと、本棚は移動し、その奥に地下へ続く階段が現れる。


「……これは」


「緊急避難経路です。森の中の洞窟まで地下水路で繋がっておりますので、ご心配なく」


 そう言って、二人して中に入ると、彼は本棚を元の位置に戻し、入り口を閉じた。


 …中は不気味なほど静かで、光が届かなかった。

 手探りで壁にかけてあるものを手に取ると、ヨベルは器用に何かを擦り合わせた。

 すると、ぱっという音とともに火がつく。


「すごい……これは、ランプ?」


「はい。非常用に備えてあるものです。少し古いので、いつまで持つか分かりませんが…」


 階段を下りきると、少し広い空間に出た。湿った空間で、腐ったような匂い。地下水路として建てられたここは、王宮内の水を引いているのだという。


「ソラン様、ここから先、かなり足場が悪いです。ですので……失礼させて頂きます」


 先に断っておくと、彼は跪き、躊躇せずに自分が来ていたドレスを破いた。


「ヨベ…ル」


 どこまで破るのか身を強張らせたが、彼の手は太ももで一旦止められ、横に一周、ドレスの布地を斬り捨てた。

 地を引くほどのドレスが、ミニスカートになったような感覚だ。


「これで、かなり移動が楽になるかと。…時間がありません、進みましょう」


「う、うん」


 血の付いた剣は既に鞘に納めていて、右手にランプ、左手は相変わらず優しく自分の手を引いてくれて、彼は歩き出す。


 ――どんな、気持ちなのだろうか。部下を殺され、国を見捨てた彼の気持ちは。

 そうしてまで自分を選んでくれたのは、そういう役職だからだろうか。

 なんだかやり切れない感情との向き合い方も知らぬまま、覚束ない足取りで彼の後を追う。

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