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004

 本日も快晴です。

 コート・ダジュールの……いや違った、商業都市ハスラータの海は、紺碧色に輝いています。

 桟橋には、漁船や、人を運ぶ船、荷物を輸送する船、リゾートボートなど沢山の船が停泊しています。朝からとても賑やかです。



 俺と犬耳双子は、今、港にきている。


 俺は東大陸に渡る船の話を聞きに。ジェイスは冒険者協会に、新しい依頼を探しに行った。ジェイス曰く、協会に双子を連れていっても暇を持て余してうろちょろするから一緒に連れていってやってくれ、という事だ。

 そういう訳で、二手に別れる事になりました。


 んん? 俺、何気に子守りを押し付けられてない? 気のせい?





 船舶協会は、水揚げした魚を競売する倉庫の隣にあった。


「おう、いらっしゃい! 何の用だ?」

 カウンターの奥には、巨大なヒゲのオヤジが座っていた。海の男を絵に描いたような、隆々とした筋肉が羨ましい。しかし。


 相手は座ってるのに、立ってる俺が見上げるっていうのはどういうことだ。


 陽に焼けて真っ黒な肩には、大きな入れ墨が彫られている。入れ墨は、ムンクの叫びに似た顔をした巨大魚に、燃え盛る炎に包まれた赤いハートの矢が刺さって……すいませんそのセンス、よく分かりません。いま流行のキモカワイイってやつですか。

 横では、双子が隣の倉庫に入り浸って、水揚げされた色とりどりの魚を見ては、はしゃいでいる。

「こら! レフ! ライ! 魚に触るんじゃないぞ! それ、大事な売り物なんだから!」


 レフト、ライト、と呼ぶにはあまりにも可哀想なので、あだ名で呼ぶ事にした。ト、を外しただけだけどな。レフト(左)!ライト(右)!と呼ぶよりはマシだろう。


「「はあーい!」」

 きゃっきゃと返事をする。本当に分かってるのか。


 ヒゲオヤジが笑った。

「子守も楽じゃねえなあ」

「ほっといてください。ええと、東大陸行きの船に乗りたいんですけど」

「東大陸かあ」

 オヤジがぽりぽりと顎を掻く。

「悪いな。この港からは出てねえ。ここからもう少し北西にいったところに、ここよりも大きな街があるだろ?」

「大きな街?」 


 ヒゲオヤジが驚いて、ぎょろりとした巨大魚のような目で俺を見る。


「知ってるだろ? 海洋都市リバイアだ」

「ああ、海洋都市リバイアですか」


 不審がられたので、ど忘れしてました風を装う事にした。余計不自然だっただろうか? ヒゲオヤジは腕を組んで頷く。特に気にしていないようだ。よかった。


「そこからなら、東大陸行きの便が出てるはずだ。でもあんまり便数はでてないみたいだからな。海洋都市リバイアに、【船舶協会本部】があんだよ。そこで詳しい事は聞きな」

 ヒゲオヤジが、ハスラータから海洋都市リバイアまでの地図をくれた。


 地図だ!


 俺は感動にうち震えた。

「ありがとう、ありがとうオヤジさん!」


 ここへきて、地図のありがたみを嫌と言うほど痛感した。あの、前後左右がわからない恐怖は、できればもう味わいたくない。

 最初に踏み出した第一歩が、今後の生死を分ける、というあの恐怖。

 マップがあるのとないのとでは、精神的な負担がかなり違う。いつでも出口まで帰れる、というのは心の平穏を保つのに大変な効力を発揮する。

 これは嬉しい。その肩のキモカワイイ入れ墨が、ありがたい御神体に見えてきました。思わず拝み倒しそうです。


 ヒゲオヤジが照れたように頭を掻いた。

「そ、そんなたいしたもんじゃねえけどな。喜んでもらえてんなら何よりだ。まあ、頑張れよ。海の女神様の加護が、お前らの航海にありますよう!」

「サンキュー、オヤジさん!」

 




 通りの屋台で、棒の刺さった白身魚フライを一つずつ、チビたちに買ってやった。俺も1つ買って、かじってみる。

「美味っ!」

「「うまっ!」」

 これは美味い。塩胡椒のシンプルな味付けだが、外はサクサク、中はジューシー。もう5本買って、一本はジェイス用に紙に包んでもらった。残り4本はおやつ用。長期保存可能な魔法のポケット的旅鞄に収納。美味い食い物の仲間はずれは、よくない。絶対に。

「よし。俺の用は済んだから、ジェイス迎えにいこうか」

「うん、お迎え!」

「うん、行く!」

 双子が両側から俺の手を掴む。なんだろう。なんだか保父さんになった気分になるんだが。



 歩き出そうとすると、通りの人ごみの向うから、騒ぐ声が聞こえた。

「なんだ?」

 騒ぐ声は近づいてくる。


 人ごみが割れた。


 中から出てきたのは、大股で近づいてくる背の高い女性。


 鍔の反り返ったカウボーイハットを被り、腰まであるボリュームたっぷりな赤毛ウエーブが潮風に靡く。

 赤い瞳は怒りで真っ赤に燃えている。ように見えた。

 股下5センチぐらいしかないホットパンツからは、すらりとした美脚が伸びている。肌は陽に良く焼けており、色っぽいと言うよりは、アグレッシブで健康的だ。

 革製ショートブーツを石畳に響かせて、ずんずんと大股に近づいてくる。


 ──俺の方に。


「え? ちょ、なに?」


 俺はうろたえた。

 え、なんで? なんで俺の方に来るんだ。俺なんかした? 覚え全くないんですけど。


 怒りの形相で向かってくる赤毛美女を躱そうにも、周囲に人垣が出来てしまっていて、動くに動けない。


 女性が目の前で、踵を高く打ち付けて止まった。


 硬直した俺と双子は赤毛美女を恐る恐る見上げる。

 双子のしっぽは緊張で毛が逆立っている。


 女性は俺よりも背が高かった。なんでだ。なんか俺、見上げる事のほうが多くないか? 168センチって、やっぱり微妙なのか。俺だって、これでもいろいろ努力してんだ。努力してこれだけどな。泣ける。

 厚手の生成りシャツの胸元は胸の谷間が覗くほど開いている。その胸元を飾るのは、牙と木と貴石の三連ネックレス。手首には沢山のブレスレット。ていうか。


 胸、でかっ!


 赤毛美女は、俺の前でくるりとターンした。

 あ、なんだ。やっぱり俺じゃないのか。よかった。


 赤毛美女の怒りの視線の先にある人垣から、8人の男達がわらわらと現れた。

 男達が下卑た笑みを浮かべて、近づいてくる。


 ファッションなのか、ずぼらなだけなのか判断しかねる、着崩した服。寝癖なのかセットなのか判別不明な髪形。らくがきにしか見えない入れ墨。濁った白目。言うなれば、場末のヤンキー集団か?

 ダボダボのボンタン風白ズボンを履いた男が、笑いながら前に進み出た。こいつがヤンキー集団のリーダーのようだ。


「なんで逃げんだよ。うちのボスがアンタと話がしたいって言ってんだよ。悪い話じゃないって、言ってんじゃん」

 赤毛美女が腕を組み、ヤンキー男を睨みつけた。

「断るって言ってるでしょう。しつこいわね」

「ボスはあんたを買ってるんだよ。ちいとばかし、組まないかって話じゃねえか。大金が手に入るんだぜ?」

 赤毛美女は鼻で笑った。


「悪銭は身を滅ぼすわよ。あなた達知らないの? ああ、もう身を滅ぼしてるから関係ないのか」


「なんだと!?」

 男達が色めき立った。


 うわあ喧嘩売っちゃってるよ、この人……。大丈夫なのか?


「帰ってボスに伝えなさいな。うちの商会はあんたたちとは絶・対・に・組まないって。それから、しけた商品ばっかり扱ってたら、しけた人間になるわよってね。ああ、もういいのか。どうせあんたらもう湿気ってるから」

「この女! ばかにしやがって!」


 ああ、怒らせた。

 こういうタイプの奴等は、一度キレると手が付けられないぞ。


 男達が各々ナイフや銃や長剣をとり出して構えた。

 弥次馬な人だかりが、悲鳴を上げて三々五々に散っていく。

 いつの間にやら赤毛美女と俺たちの周りには、すっきりと広い空間が出来あがっていた。

 え?


「え? ちょっと」


 皆、逃げるの速くね!?


「力づくで頷かせてやるぜ! 泣いて××しても、○△×○で、××○△なんだぜ!」

 俺は慌てて咄嗟に双子の耳を上から押さえた。


「おいこらあ! 子供の前で汚い言葉つかうなよ!」


「知るかぁ──!」


「ちょっと、君!?」


 赤毛美女がやっと俺たちが後ろにいる事に気づいたのか、ぎょっとして振り返った。

「何してるの! 早く逃げなさい!」

「いや、もう無理」

 囲まれちゃってるし。


 俺は戦闘モードに切り替えた。手元に暝闇の書が現れる。交戦対象リストを表示する。辺りを見回す。こちらに戦意ありを表す赤い文字で【名称不明】が8体表示された。


「 ──我、アイテールを通し土の元素へ干渉」


 魔道書の上に正6面体が光りの筋で描かれ、詠唱に合わせてくるくると回り始める。


「【泥化】」


 唱え終わると同時に、ヤンキー集団の足下の石畳から、土色の泥が沸いて盛り上がった。【泥化】は、雀の涙程度しかダメージがないが、発動の一番早い足止め魔法スキルだ。

 沸騰する湯のように湧き上がり続ける泥は、男達の足首を次々と取り込んでいく。

「うわ!?」

「な、なんだ!? 泥に足がはまって動けねえよ!」

 狼狽えるヤンキー集団の1人が俺を指さす。人様に指を差すな、指を。

「あいつだ! あいつ、魔道士だ!」

 いや、魔道士じゃないんだが。


「レフ! ライ! 向かってくるヤツの足狙え!」

「「まかせる!」」

 双子がショートボウを撃った。運良く泥沼から抜け出して駆けてきた1人の両足に、1本ずつ命中する。顔面から弧を描いて転倒した。交戦対象リストの中の、名称不明8体のうち、1体の文字が【戦意喪失】のグレー表示に切り替わる。残りは7人。足止め効果はまだ継続中だ。


「我、アイテールを通し、土と空気の元素へ干渉」


 正6面体を囲うように、正20面体が描かれて、回る。


「【刃風】」


 周囲の砂塵が舞い上がり、突風と共に飛んでいった。


 火・水・土・空気・天の五大元素の属性の掛け合わせで、多種多様な魔法スキルがあるのが理を解し者職の特徴だ。使いどころが全くないものから、果ては戦況をひっくり返すような大規模なものまで。その種類はやたらと多く、ちょっと懲りすぎな感がしないでもない。きっと、【理を解し者】担当プログラマーに、偏執的に凝り性なヤツがいたんだと思う。


「ぎゃあ!」

 無数の砂塵は、微小な無数の刃となり、ヤンキー集団を縦横無尽に切り裂いた。


 足止め効果が切れる頃には、戦闘は終了していた。リーダー共々戦意喪失状態で全員路上に倒れている。


 【索敵】スキルで他に仲間がいないのを確認し、俺は息を吐いた。

 戦闘モードを解除する。暝闇の書は黒い煙となって霧散し、どこかわからない亜空間へ再び戻っていった。


「君たち、冒険者だったのね」

 赤毛美女は、口と目を丸くして、俺たちを見ていた。

「……人は見かけによらないのね」


 それはどういう意味ですか。


「私てっきり、子供を巻き込んじゃったのかと思って。もう本当、焦ったわ〜」

「ちょ、ちょっと。俺は子供じゃないですよ!」

 赤毛美女がきょとんとし、破顔した。

「ああ、ごめんごめん! でも助かったわ。ありがとう」

「どういたしまして」

「おちびちゃんたちもありがとう」

「「どういたしまして!」」

「それにしても、君、詠唱早いのね。驚いたわ。魔道士って、長々と呪文唱えてる印象が強いから」

「まあ、普通はそうです。俺は詠唱短縮スキルもってるので」

「短縮できちゃうんだ!? いろいろあるのねえ……と、いけない! 早く行かなきゃ会場に間に合わなくなっちゃう!」

 赤毛美女はウエストポーチをがさがさと探り、1枚の名刺を俺に差し出した。

「ごめんね。お礼はあとできっちりするから! 私は、ローザウィ商会のマゼンダ。あなた達は?」

「【蒼銀の風】メンバー、宵月です」

「レフト!」

「ライト!」

「……先にいっておくが、命名は俺じゃないからな」

 マゼンダが笑いをこらえながら頷いた。

「ふふ。【蒼銀の風】ね。本当にありがとう。じゃあ、また後でね!」


 マゼンダは慌ただしく、突風のように駆けていった。



 *  *  *



「と、いうことがあったんだ」

 協会から出てくるジェイスと合流し、宿への道を歩きながら先程のヤンキー事件の報告をする。

「そりゃ、俺は赤毛美女よりは背が低かったさ! でも、子供には見えないよな!?」

「……まあ、そうだな」

「おい。なんでそこで間がある。ちょっと待て。お前、俺が何歳に見えてる?」

「16……17……くらいか?」


「22だ!」


 童顔が、憎い!


 朝、洗面台の鏡を見て再度驚愕したさ! 見慣れた顔が映ってたからね! 髪の色と目の色は変わってるのに! 青い髪してんのに! なんで本来の顔が反映されちゃってんの!?


「お前……成人してたのか」

「酒飲んでただろ!?」


 ああそうさ、缶ビールをレジに持ってくと、胡乱な顔で、学生証の提示求められるさ! 見せても尚疑われる時の、あの気まずさといったら……


「まあ……大変だったな」

 話をそらしやがった。そして終了させやがった。


「そうだ、依頼の件だが」

 ジェイスが数枚の紙を取り出す。依頼掲示板に貼ってある依頼書のコピーだ。

「良さそうなのがいくつかあった」


 俺は紙束を引ったくって、目を落とす。

 1枚目には、血塗られた野兎ブラッディ・ヘア討伐。もうそれはいいです。ていうかまだ他にもいるんか! 

 2枚目には、海洋都市リバイアまでの護衛。お、これいいかも。

 3枚目には、



「東大陸までの護衛急募。募集人数15名程度……」



 俺は紙を握りしめてジェイスを見上げた。


「東大陸までの護衛!」


「やっぱりな。それに食いつくと思った」

 ジェイスが笑う。

「それに決めるか?」

「ああ! ……って、いいのか?」 


 俺が決めてしまっても。片道約30日。少なくても2ヶ月以上は、西大陸に戻ってこれないことになる。


「別に構わん。俺もチビ共も、日々、街を転々としてる気楽な身の上だ。それに、待たせるような奴もいないしな」

「え、いないのか?」


 お前、イケメンなのに。あの受付のお姉さんズの反応を見ても、ファンクラブとかありそうな勢いだったけど。羨ましくないけどな。ああ、羨ましくなどないさ。くそ。


 ジェイスはイケメンな笑みを浮かべながら、俺の鼻を捻った。力いっぱい。

「ふがっ!?」

「お前だっていないだろうが」

「い、いだひ! ふ、ふいまへん!」

 ちょ、鼻がもげたらどうしてくれる! 身体パーツ欠損ありな世界なんだぞ!

「お前らもいいだろ? 東大陸までの船旅だ」

「「わあーい! 船! 楽しみ!」」

 双子が飛び跳ねる。

「いや、お前ら。遊びに行くんじゃないから」 

 俺は再度、依頼書に目を落とす。




《東大陸までの護衛急募

 募集人数 15名程度

 ソロレベル 50以上

 パーティレベル平均 50以上

 報酬 1人につき10万シェル/片道

 依頼内容 海洋都市リバイアより出港し、東大陸スターリィコースト港到着までの護衛

      片道約30日程度の航海予定です

      朝昼晩食事付

 注意事項 船酔い注意 

 依頼者 ローザウィ商会社長 マゼンダ・ローザウィ》

 

   


「あれ?」

 俺は依頼者に見覚えのある名前を見つけた。

「どうした?」

「この依頼者、さっき会った赤毛美女だ」


 しかもあの人、社長だったのか。


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