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003

 街に着きました。

 そこそこ大きな街です。

 五角形をした広い中央広場の真ん中には噴水。瓶を持った美しい女神の石像が三体、瓶から水を降り注いでいます。

 広場の周囲には出店がいっぱい軒を連ねています。

 紺碧の美しい海の周囲をぐるりと囲む、起伏の激しい斜面。 白っぽい壁面の建物が、斜面を埋め尽くすように建っています。いつか、旅行雑誌で見た写真を思い出しました。見開きいっぱいの、青と白のコントラストが織りなすあの美しい風景を。そうです。コート・ダジュールです。

 人通りも多く、積載量オーバー気味な馬車も縦横無尽に行き交ってます。はぐれると迷子になりそうなくらい、ごみごみとしています。

 そして。


 俺の知らない街です。



 ……少し現実逃避してしまいました。


 チビ達がはしゃぎながら前を歩いている。

 危ないな。手を繋いだほうがいいだろうか? しかし──

「……なあ。ここ、なんていう街?」


 隣を歩くジェイスが驚いたように振り返った。お前、驚いてばっかりだな。


「商業都市ハスラータ。知らないのか?」


「知らない。初めて聞いた」

「お前……本当に、何も覚えてないんだな」


 すげえ驚かれた。結構有名な街のようだ。

 でも、以前やってたゲームには、こんな街なかったから。


「俺、【冒険者協会】に行きたい。連れていってくれないか?」

「ああ。俺も行く用事があるから、今から行こう」





 中央広場を横切り、東の大通りへ。

 その中ほどに、白壁仕様のおしゃれな外観をした、三階建ての大きな建物。

 木製に金属を打ち付けた両開きの扉の上に、冒険者協会、と大きく書かれた看板が遠くからでもよく見えた。


 見慣れた筆跡の看板に、俺は深く安堵した。


「よかった。同じだ……」

「何が?」

「いや、なんでもない」


 俺は、はやる気持ちを抑えながら小走りに走って、扉を開けた。かなり重そうに見えたが、扉はするりと動いた。なんらかの魔法でもかかっているのかもしれない。

 中は冒険者たちであふれ返っている。ちょっと汗臭い。この集団の中に、長い間風呂に入ってないヤツがいるな。間違いない。

 目の前には、円形のカウンター。

 中には四人の受付のお姉さんが座っている。

 俺は真ん中のお姉さんの前に駆け寄った。


 さらっとした黒髪のショートヘアがよく似合う、節目がちな表情が大和撫子な、物静かな印象のお姉さんだ。

「すいません」

「はいはあい! 皆様の冒険を陰日向に超サポート!冒険者協会にようこそぉ! どんなご用件ですかぁ!?」


 ……ものすごいエネルギッシュなお姉さんだった。


「あの、聞きたい事があるんですが」

「ご質問ですね!? 冒険者のかたでしょうか!?」

「は、はい」

「じゃ、冒険者証の提示をお願いしまあす!!」

「ど、どうぞ」


 俺は左腕をカウンターにのせ、革のバングルに嵌め込まれた冒険者証の丸い部分を上にした。

 お姉さんは、コードに繋がった、携帯のような形をした読み取り機をその上にかざす。


 光りが浮かび、ポーン、と音がした。


 お姉さんの前にウインドウが浮かびあがる。


「はい! ありがとうございました! ……あれれ?」

 お姉さんが画面をみて首をかしげた。

「どうしました?」

「ええっ何これ!? もう、冒険者番号に、文字が入っちゃってますよ!?」

 もう、て怒られても。

「見間違いじゃないですか?」


 冒険者番号は、数字の連番になってるから、文字が入る事はありえない。


「見間違いじゃないです! ほら! 最後の数字が!」

 お姉さんはウインドウをくるりとこちらに回し、一点を指し示した。そこには俺の名前と、その下には俺の冒険者番号が、

 


 No.0028769I



 と表示されている。


「お姉さん。ちゃんと1、になってるじゃないですか」

「貴方の目は節穴ですか! もっとよく見てください!」

 美人に節穴って言われた……軽くショックを受けながら、俺は顔を近づけてみる。

 そしてようやく気づいた。




「Iになってるじゃねえか!」




「でしょう!?」


 誰だよ、この番号登録したヤツ!?


 カウンターで騒いでたせいか、ジェイスが寄ってきた。

「どうした?」

「ジェイス! 聞いてくれよ! 俺の冒険者番号が!」

「冒険者番号?」

 ジェイスに気づいた黒髪ショートの美人が、ほほを染めた。目が煌めいている。お姉さんは俺を押しのけそうな勢いで、カウンターに身を乗り出した。

「きゃあ、ジェイス様! お久しぶりですう! お元気そうで、ナーユ嬉しい!」

 後ろの三人の受付お姉さんが、羨ましそうにこちらをちらちら見ているのに気づいてしまった。うらやましくなんてないぞ! 

 くそ! これだからイケメンは!


 ふ、と頭の上で息が漏れた。


「……おい。お前、笑っただろ。笑っただろ、今」

「いや、笑ってない」

「笑っただろ! 頭に息がかかったぞ!」

「呼吸だろ。しかし、こんな事あるのか?」

「いえ、私たち協会の管理システムは完璧です! こんなことありえません!」

 お姉さんが胸を張る。

「でも現に1がIに……」

「ありえません! 何かのエラーです! きっと!」

「でも、これ……」

「ありえません!」

「いや、でも、」

「あ・り・え・ま・せ・ん!」


 ありえないのはわかったから、どうすればいいんだ。


 ジェイスが見かねて助け船をだしてくれた。

「直せないのか?」

 お姉さんが頬を染める。恥ずかしそうにもじもじと上目使いに答えてくれた。ジェイスに。

「ご安心下さい! 本部に修正をお願いしておきますから! まあ、今のところエラーも発生してないようですし、問題なく使えているようですので、当分はこのまま使って頂いても差し支えないと思います!」

「だそうだ」

「……まあ、使えるなら、もういいや、これで」

「あれれ? でも、出身地が消えてますね!」



「ちょ、エラー発生してんじゃねえか!」



「そんなこと言われましても、私たちにはどうしようもありません! まあ、何か他に重大なエラーがでちゃったりしたら、もう一度窓口までお越し下さい!」


 やぶ医者みたいな回答をされた。『まあ今のところ大した事なさそうだし、病状が進行したらまた来て下さい』的な。あれはいらっとするよね。悪くなったら来て下さいってなんだよ。何で今治してくれないんだよ。


「他になにかご質問はございますか!?」

 ジェイスの滞在時間を伸ばすためか、お姉さんが次の質問を催促してきた。そうだ、番号問題が衝撃的すぎて、あやうく大事な質問を忘れるところだった。

「そうだ、もう一つ質問が」

「なんでしょう!?」


「俺、ログアウトできないんですが」


「ログアウト?」

「メインメニューの一番下にないんです」

 お姉さんが、不審そうな表情で俺をみた。なんだろう。俺、何か変なこと言ったか?

「違う項目に置き換わってて……て、お姉さん。聞いてますか?」

 お姉さんは、困ったように眉を下げ、ジェイスを見上げていた。

「ジェイス様。今回のご依頼、随分大変だったんですね? 心中、お察し致します! この方、随分とお疲れのようですよ? 幻覚までみるなんて……」


「幻覚なんてみてない! だって、ほら! 見てくれよ! ないだろ、項目が1つ! ログアウト、の項目が!」


 お姉さんが、哀れむような目で俺を見る。それ、やめて。地味にダメージ大きいから。


「稀に、冒険者の方で、そのような事を言われる方がおられますが」


 俺は息を止めた。

 いるのか!? じゃあ、俺以外にもここに連れて来られたヤツがいるってことか!? 俺1人じゃないってことか!? そういえば……と思い出す。あのすかしたスーツの男が言ってた言葉。


 ──規定枠はもう埋まってしまっているから、特別枠でね。


 てことは、他にも俺みたいなヤツがいるってことだ!

 会いたい! 会って、相談とかしたい!


「じ、じゃあ!」

 お姉さんが労るように、俺の肩をやさしく包むように叩いてくれた。


「とてもとてもお疲れの人が、そのような幻覚を見られるみたいです。初めからないものを、あるはずだ、と思い込む。極度の恐怖体験をされた方が、現実から逃げ出したい、という思いから、終了を意味するその項目名を幻想されるのでしょう。大変言いにくいのですが……当協会の冒険者管理システムに、そんな項目は始めからございません!」






 協会内を駆け回って遊んでいた双子が駆け戻ってきて、俺の周りをぴょんぴょんと跳ねながら回った。

「小さくて青いお兄さん、元気ない?」

「小さくて青いお兄さん、元気ない?」

「小さいは外してくれ……」

「「青いお兄さん?」」

 俺は力なく頷く。


 獣人系の種族は、名前を特に重要視するので、めったなことでは本名を使わない。通り名やあだ名で呼びあうのが通例だ。だからレフトとライトという名も、おそらくあだ名であって本名ではないのだろう。結婚相手や家族、信用した人にだけ、本名を教える。

 というゲーム設定だった。そうだ。これはゲームだ。


 ゲーム……だよな?


 肌に感じる空気や気配が、あまりにもリアルすぎて、怖い。


 ログアウトもない。


「「元気出して」」

 双子が俺の両脇に移動し、手を一つずつ握ってくれる。温かい。涙が出そうだ。

「美味しいもの、食べる! 元気でる!」

「あまいもの、食べる! 元気でる!」

「うん……」

 大きな手で帽子ごと頭をかき回された。ジェイスか。

「もう日も暮れる。さっさと宿とって、美味いものでも食おう。協会で、あのボス兎を討伐した事を報告して、素材の一部を引き渡したら、討伐報酬が20万シェル手に入った。パーティで等分配しても、結構な額だ。当分は路銀に困らんぞ」


 冒険者協会を後にして、大通りを歩く。

 夕方だからか、そこかしこから、食欲をそそる匂いがしている。


「なあ」

 俺は双子と手を繋いで歩きながら、前を歩くジェイスに声をかけた。

 ジェイスも確認しておきたいだろうに。気を使って聞いてこないのだ。あの某デーモンを彷彿とさせる本来の姿には驚くが、実際つきあってみると、性格はとても優しい。双子が懐くはずだ

「なんだ?」


「──俺って、狂ってるように見える?」


 ジェイスが肩越しに振り返った。


 灰色の眼が俺を捕らえる。


 そして、にやりと笑った。


「変わってるとは思うがな。別に、普通だろ」

「普通!」

「普通!」


 でも。どうやったら、信じてくれる? 俺の話を。


「俺、……」

「お前と同じような事を言ってた冒険者に、昔あったことがある」

 俺は顔を上げた。


 いま、なんて言った?


「そいつも、ログアウトが表示されない、と言っていた。俺はこの世界の住人じゃない、とも言っていたな。一時的にパーティを組んで戦ったことがあるが、別に、狂ってるようにはみえなかった。他の仲間は、妄想が激しすぎる、と気味悪がっていたがな。それにしては、話している内容は妙にしっかりしていた。いつも遠くを見ていて、諦めたような……達観しているような感じの男だった」

「そ、その人は、今どこに?」

 ジェイスが遠くをみつめる。


「さあな。もう、5年も前の話だ。しばらくして協会にいくと、そいつの話を他の冒険者がしていた。聞くと、次の依頼を達成したあとくらいに、冒険者登録を解消してたらしい。今頃どうしているか……」


「5年!?」


 そんな前から、俺みたいなヤツがいたのか。解消したって……戻ったって事? 

 ──いや。


 もしかして、まだ戻れてなかったりして……?


 俺は自分の想像に背中を震わせた。

 ないないない。

 その人は帰ったんだ。うん。だから解約せざるをえなかったんだ。

 諦めるのはまだ早いぞ、俺。


「なあ、ジェイス。──ウェイフェア・パレスっていう街はどこにあるか、知っているか?」


「ウェイフェア・パレス?」

 ジェイスが目を伏せ、顎に拳を当てて考え込む。


 ゲームを始めたばかりの初心者が必ず最初に訪れる街、ウェイフェア・パレス。

 知らない者など誰一人としていない、街の名。


 俺は息を呑んで、じっと答えを待った。

 そんな街はない、と言われたらどうしようか。立ち直れる気がしないんですけど。


 頼む。

 あると言ってくれ。


 灰色の瞳が、再び真っ直ぐ俺を見る。

 俺は祈るように言葉を待った。



「ウェイフェア・パレスは──隣の東大陸にある」



「と、隣の東大陸?」

「ああ。行きたいのか?」

 俺は縦に何度も首を振った。


 連れてこられる前の俺が遊んでいたのは、東の大陸だったということか。ということは、今、俺がいるのは、別大陸ということになるのか?道理で全く知らないモンスターや、探索エリアや、街が出てくるわけだ。

 あのスーツ野郎。なにが、ちょっと外れるけどいい?だ。


 別大陸じゃねえか!


「行けない事もないが、かなり金がかかるぞ。西大陸と東大陸の間に、霧が大量に発生している海域が横たわっていてな。海流に左右されない特殊な船でいかないと、霧の中に迷い込んで遭難する」

「なるほど。それで、どれくらいかかるんだ?」

「時期によって多少変動はするが……100万シェル前後だと思う」

「100万シェル!? 高っ!?」

 目玉が飛び出す金額とはこのことか。

「詳しい事は、港にある船舶協会に行って聞いてみたほうがいい」

「うん。サンキュ。明日、聞きに行ってみる……」



 俺の所持金は現在10万シェルです。しかも、凶悪兎の討伐報酬分配金5万シェルを含めてです。

 この最強装備作成にかなり散財したからね!

 しかし、あの凶悪兎クラスのモンスターを20匹倒した額か……


 俺は自分の想像に気が遠のきかけた。


 ◆   ◆


 ジェイスが連れて来てくれたのは、人で溢れ返る中央通りからだいぶ離れた、宿屋通り。

 小さな宿が建ち並ぶ中の、一際こじんまりとした一軒の宿屋だった。


 2階建て、客室は全部で7室。

 南プロヴァンス風の外観と内装をした、家庭的な雰囲気のする宿だ。

 猫鳥亭、と彫られた木の看板が、入り口にぶら下がっている。

 扉には、頭に猫耳がついた白い海鳥のステンドグラス。ナルホド。猫鳥ってこんな感じなのか。びっくりだ。


 1泊1人300シェル。朝夕食事付き。

 中級冒険者には丁度いい感じの部屋とお値段。

 しかも、個室にシャワー・トイレ完備。


 ──そうなのだ。

 この世界、風呂もトイレもある。


 長く風呂に入らなければ、当然臭くなる。

 トイレは……食べれる、ということは、必定、出さねばならぬということだ。食事中の方すみませんな話で申し訳ないが。


 ちょっとこれ、どこまでリアルを追求してるんだ。

 というか、嫌な感じにリアルなんですけど。


 まあ、それは置いといて。

 一番の重要ポイントは、おかみさんの作る料理がとても美味かったこと。魚介類を中心としたパエリアとかパスタとかピザが絶品でした。あとでレシピを教えてもらおう。


 がっつく俺と双子をみて、ふくよかなおかみさんが大きな声で笑った。

「おやおや随分お腹空かせてたんだねえ! たっぷりお食べよ。ほれ、ピザ1枚サービス!」

「うおお! おかみさん、愛してます!」

「あらら残念。私にはもう旦那がいるのよねえ」

 冗談に笑いあう。なんだか家族みたいだ。


 家族。

 俺は壁の時計を見上げた。

 8時。

 俺の兄と、双子の妹はいまどうしてるのだろうか。ちゃんとご飯を食べているだろうか。冷蔵庫に冷やしたヨーグルトムースを作っておいたのを、気付いてくれただろうか。

 今、どうしてるんだろう──


「あらら。おちびちゃんたちは、眠そうね」

 おかみさんの言葉にはっとして、意識が引き戻された。

 双子が手にフォークを持ち、椅子に座ったまま、船を漕いでいる。というか、もうすでに眠りに入ってる。

 ジェイスが席を立ち、双子を片腕に1人ずつ、小脇に抱えた。

「寝かせてくる」

「あ、俺も、手伝おうか?」

「いや、大丈夫だ。お前は食ってろ」

「そか。ではお言葉に甘えて、食っときます」

 俺はオレンジソースのかかったパンプティングの残りにスプーンを突っ込んだ。

 とりあえず、今は食おう。食わないと持たない。

 このレシピ、欲しいな。柑橘系のさっぱりとした酸味とプティングの甘味が絶妙だ。

 ジェイスは双子を小脇に抱えて二階に上がっていった。その持ち方はどうかと思うぞ。


 背中を見送りながら、おかみさんがくすくすと笑った。

「なんだかんだ言って、ちゃんと面倒見てるじゃない」

 首をかしげた俺に、おかみさんがおかしそうに破顔した。


「一年くらい前かしら。なにかの依頼の途中に、あの子達を拾ったらしいのよ。それで懐かれちゃって、困ってうちに連れてきたの。うちは子供がいないし、喜んで引き受けたわ。でもおちびちゃんたちが泣いて離れなくてねえ。仕方なく、戻ってくるからって騙して無理やりうちに置いていったの。でも、おちびちゃんたちは追いかけていってしまった。ほら、犬人族は鼻がとても効くでしょう? 結局、置いていく事もできなくなって、そのまま連れ歩いてるみたいね」

「そうなんですか」


 お兄さん、と呼んでるけど、種族違うもんな。不思議な組み合わせだと思った。


「でも、おちびちゃんたちのお陰で、少し丸くなったみたい。昔はもう、本当、無愛想で無口で誰とも関わりたがらない人だったのよ。でも、本当はとても優しい人」 

「ですね」


 俺はとても幸運だったといえる。

 一番最初に出会う人が、かならずしも良い人だとは限らない。

 自分に害意ある人と遭遇していた可能性だってあるし、どこから来たのかも分からない、気味の悪いヤツをパーティに入れてくれるほどお人好しじゃない人と出会う可能性だって、十分あったのだ。




 部屋は一室だけ空いていて、他は満室だった。

 近々大きな卸売り市があるらしく、それで人通りが多かったようだ。

 部屋のドアを開けると、一番に見えたのは、最奥の壁の大きな窓。半分閉じられたカーテンの向こうに、ほのかな街明かりが灯る夜景が見えた。


 左の壁際のベッドには、チビ達が仲良くひっついて丸くなり、すやすやと眠っている。右壁際のベッドにはジェイスが腰を下ろして足を組み、荷物のチェックをしていた。


 俺が入ってきたのに気づいて、ジェイスが顔を上げた。

「もういいのか?」

「腹いっぱいです。ご馳走さまでした」

 俺はチビ達が寝てるベッドに腰掛けた。

「俺はこっちに寝るよ。お前じゃ狭いだろ」

「まあ、そうだな。そうしてくれると助かる。お前なら平気そうだ」


「平気そうで悪かったな!」


 俺は咄嗟に口を押さえた。声が大きかったか。ひやひやしながら後ろを見ると、双子はすやすやと眠っていた。起こしてしまってはいないようだ。俺は声を潜めてしゃべることにする。


「なあ、お前はこれからどうするんだ?」

 ジェイスは作業を再開し始めた。

「どうするも何も。協会に行って、次の依頼を探すだけだが」


 まあ、そうか。そうだよな。


「俺、金がいるんだ。それも結構な額」

「まあ、東大陸に渡るつもりなら、そうだろうな」


「という訳で、しばらくパーティ組んでいてもらえないだろうか」


 ジェイスが手を止めて、顔を上げた。


「都合良いこと言ってるとは思う。でも、俺1人じゃあんな大金すぐには貯められない。頼むよ。レベル96だ。結構役に立つ自信はある。頑張るからさ」

 頼むよ、と俺は手を合わせた。ここで断られたら、俺はソロで稼がないといけなくなる。


 見知らぬ土地の、未だ見知らぬ冒険者と新たにパーティを組む、という手段もあるにはある。けれど、それはできればしたくなかった。

 俺の話を気味悪がらずに聞いてくれる人が他にもいる、とはとても思えない。あの受付のお姉さんの反応が、きっと一般的なのだ。

 それなら、ジェイスたちと一緒のほうが、気がとても楽だ。あの凶悪兎を一緒に倒せたのだ。相性も悪くないと思う。

 それに俺、割と人見知りするし。


 ジェイスの眉間にしわが寄る。


 ダメか。

 ダメなのか。


「HPか? HPの低さは、対応策があるから! 気を抜かなければ、そうそう死ぬ事ないから!」

「いや、そういうことじゃなくてな」

「じゃあなんだよ。何がダメなのか、理由をはっきり言ってくれ」

「お前、いいのか?」

「何が」

 ジェイスが口ごもる。

「何だよ。はっきり言ってくれ」


「……俺は【半竜人】だぞ」


「ああ、その事か。ちゃんとわかってるぞ。誰にも言わないから。俺の食材全部に誓ってもいい」

「なんで食材に誓ってんだ。いや、違う。そうじゃなくて、お前な」

「なんだよ」


「──モンスターと、一緒のパーティでもいいのか?」


 そういえば、【半竜人】はモンスター枠でしたね。


 俺はすっかり忘れていたが。


「なんだよ、そんな事か。どんな理由言われるのかと思って、すげえ身構えて損した! 別にいいよそんな事。俺ら、別に普通のパーティとなんも変わんねえよ?」


 ジェイスが呆れたように肩を落とした。


「いや、変わるだろ。……お前の普通の基準がわからん」

「お前だってそうだろ」

「は。確かに」

 ジェイスが、やっと笑った。俺も笑う。

「じゃあ、オッケーということで」

「お前がそれでいいなら。こちらとしては、回復役がいてくれて助かる」

「おう、任せろ! ……安心したら眠くなってきた。先寝るな。おやすみ」

「……ああ」




 どっと睡魔が襲ってきた。気づかないうちに気を張っていたらしい。着替える気力も沸かない。風呂は、もう、明日にしよう。目を開けていられない。


 もういい。今日は休もう。


 俺は掛け布団をめくってベッドの中に潜り込むと、もふもふとした双子の毛並みに身を寄せて、ほんわりとした気持ちになりつつ、目を閉じた。


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