015
【魔導書探索本部】に高レベルの冒険者が集まっているということもあり、資金面ではかなり潤沢のようだ。
建物を出ると、8人乗りの馬車が10台待機していた。全て、本部の持ち物らしい。
レフとライには、大人だけの大事な用事がある、ということで魔導書探索本部で留守番させることにした。常駐のレタスが面倒を見てくれている。
……ただ、出発の時間になっても、レフとライは部屋に鍵をかけたまま、出てこなかった。
締め切られた扉に向かって、お土産かってくるから、と言ってみたけど、返事はなかった。
* * *
馬車には、パーティ毎に別れて乗った。道中で何があるか分からないからだ。
超特急で雪原地帯に行きたいところだけど、準備は大事だ。
まずは、サンクティ皇国で物資や、雪原へ向かう為の準備を整えることになっている。
「チビ共、見送りしてくれなかったってことは、やっぱり怒ってると思うか?」
6人乗りの馬車の中、向かいの椅子に座る不機嫌な男に声をかける。
眉間に長いこと皺を寄せたままだと、固まるぞ。これ本当。
「……なんだよ。お前も、まだ怒ってるのか」
「お前の馬鹿さ加減に呆れてるだけだ」
「もういいじゃん。諦めろ」
「そうそう。皆なかよく行きましょうねー。何があったかはしらないけどー」
俺の右隣に座るスティングが手を鳴らした。
「そうだぞ。パーティは【連携】が命だ」
ジェイスの隣に座るロッソも腕を組んで頷く。
「そうですよー! 皆さん、なかよく! ね?」
俺の左隣に座ったロージーが、胸に手を当てて微笑む。
道中何があるか分からないので、雪原地帯までパーティごとに別れて馬車に乗っていくことになった。なので、スティングも一緒に乗っている。それはわかる。分かるが。
「なんでロッソとロージーがいるんだ?」
「なんだよ。ああん? てめえ、文句があるってんのかあ?」
ロッソがすごみを利かせて身を乗り出した。片手には酒の小瓶。おい。完全に絡み酒状態だぞ。
「宵月様! 私、お邪魔ですか!?」
潤んだ目で見つめてくるロージー。
「いや、そうじゃなくて。ロッソとロージーのパーティは【風見鶏】だろ。一番先頭じゃないか。なんで最後尾の俺たちの馬車に乗ってるんだ」
「そうだそうだー! ただでさえ花が少ないのに、ロッソが入るとますますむさくるしさ倍増じゃないかー! ロージーちゃんだけ残して帰れー!」
「うるせえ! 作戦の最終調整だ! 時間がねえんだから、馬車ん中でするしかねえだろ」
「最終調整?」
ジェイスが問う。
「ああ。18枚羽の竜の件だ。俺もはっきりと口に出しては言ってねえが、皆も薄々分かってると思う。俺たちの現在の戦力では、交戦した場合、確実に全滅するだろう」
そうだろうな。
雪原には、城塞も戦車もない。
しかも、6パーティそこらで戦うには、戦力差がありすぎる。ラスボス戦にいきなり新米冒険者が挑むようなものだ。
「それに、コクトーが素直に魔導書を返してくれるとは思えん。十中八九、戦闘になるだろう。その場合に備えて、最強戦力を残しておきたい」
なんとなく、ロッソが言いたいことが分かるような気がする。分かりたくないが。
「ロージーは【風見鶏】を脱退させた。今から【蒼銀の風】に入れてくれ。いいな、ロージー」
「かしこまりました。では、宵月様。よろしくお願いします!」
ロージーが、俺宛に【パーティ参加申請】を送ってきた。
「万一18枚羽と遭遇した場合、俺は抜ける訳にはいかんから、ロージーをつける。戦闘が始まったら、お前達はすぐに雪に紛れて退避しろ。俺たちが足止めしている間に、《忘れ去られた祭壇》に向かってくれ」
「そんな……」
「これは総意だ。魔導書探索本部所属の冒険者で、暗殺集団【四ツ目鴉の社】との戦闘経験があり、レベル90越えしてるのは俺らくらいだ。予定外の竜ごときで失いたくない。頼む」
「四ツ目鴉の社?」
ジェイスの問いに、ロッソが答える。
「ああ。ジェイスは知らないのか。東大陸最大級の暗殺集団だ。そこの隠れ家の1つを叩く特殊イベントがあってな。運良く、イベントを発生させるキーアイテム【四ツ目鴉の黒札】が手に入って、やったんだよ。俺らが【ハイジンクス】ってパーティにいた時に」
スティングが両手を上げて首を振った。
「いやー、あれは大変だったよね。とにかく、【四ツ目鴉の社】に所属しているアサシンは、使ってくる技がトリッキーでさ。トラップ仕掛けてくるわ、変装するわ、どこから攻撃してくるのか予測つかないわで、もうー大変」
「そうだ。そして、コクトーは【四ツ目鴉の社】に所属している。同じようなトリッキーな技をしかけてくるだろう」
騎士がどこかの国に忠誠を誓うように、暗殺者もどこかの組織に所属することができる。そのメリットは、特殊固有スキルの取得だ。脱退すれば、そのスキルは消えてしまうけれど。【変装】などが代表的な特殊固有スキルだ。
「頼む。この作戦、失敗するわけにはいかんのだ」
ロッソが頭を下げた。
ロッソなりに、責任を感じているらしい。
「ロッソ……分かったよ。なんとか、頑張ってみる。けど、過度な期待はするなよ
「ああ。ありがとな」
ロッソが安心したように、長椅子の背にもたれた。
「……ジェイス。お前も、気が済んだら早いとこ宵月達を追ってくれ」
ジェイスが黙る。
「そうだぞ。早く戻ってこい。……俺を死なせたくなかったらな」
灰色の瞳に睨まれた。どうも、相当に怒っているようだ。なんでだ。そんなに怒ることないのに。俺は死んでも、お前と違って消滅しないんだから。多分な。まだ1回も死んだことないから、よくわからんけどな。
ジェイスは目を伏せ、深く溜め息をついた後、とうとうそっぽを向いて目を閉じてしまった。
「あららー。随分とご機嫌の悪いことで」
「喧嘩でもなさったんですか?」
「うーん。喧嘩というか……同じ精神的ストレスを共有させたら、怒った」
ロージーとスティングが首をかしげる。
ロッソが頭をがりがりと掻いて喚いた。
「お前等、いいか! 本当に頼んだぞ!」