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013

 魔導書探索本部は、人通りの多い賑やかな繁華街にある建物の、2階、3階、4階を占拠……違った、借りていた。


 1階はパーティ10組は余裕で入れそうな大衆酒場になっている。

 こんな人通りの多い場所に、本部を構えてていいのだろうか。

 酒場に足を踏み入れると、昼間から酒を飲んでいるダメなオヤジたちが、店内に15人程いた。非常に酒臭い。充満してる臭いだけで酔いそうだ。


 俺は鼻を押さえつつ酒臭い店内の端を歩き、奥の階段へ向かった。


「はーい、そこのお客様! お待ち下さいませ。そちらはお手洗いではございません」


 ぱたぱた、と足音を響かせて、黒地のふんわりスカートにひらひらレースの白いエプロンをきたメイドが駆けよってきた。片手には銀製の盆。え。ここって、そういう店?

 薄桃色のふわふわした髪を耳の辺りで切りそろえた、垂れ目の可愛い少女メイドが、にっこりと笑う。

「あの、ここにロッソという人がいると聞いてきたんですが」

「ロッソ様にご用ですか? お名前をお伺いしても宜しいですか?」

「宵月です」


 少女のただでさえ大きな薄紅色の瞳が、目一杯開かれた。


「よ……」

「よ?」


「宵月様だ──!!」


 少女メイドがいきなり抱きついてきた。

「え、ちょっと!」


 店内からブーイングと絶叫と怨嗟が渦を巻く。ちょ、ものすごく目立ってるんですけど!


「君、誰!」

「私のこと忘れたんですか!? 酷い! ロージーです!」

「ロージー? ……あ」

 俺は思い出した。あの悪夢のような光景とともに。

「【紅茶マニアの会】の──」


 撲殺メイド、という言葉は寸でのところで飲み込んだ。記憶を手繰る。あれは……1年前の事だった。パーティ3組で期日限定のイベントをした。その時のボスは、レッドグリズリー。所謂、強大な人食い熊だった。


 そして──


 彼女は、身長の4倍はありそうな熊をタイマンで殴り殺した。血を浴びたピンクの残像は、皆の幻想を打ち砕くには十分な破壊力だった。こんのクソ熊がぁー! いい加減死にさらせやぁー!という雄叫びも幻聴だと思いたい。何故メイドで拳闘士なんだ。血まみれのメイドなんか嫌だ。


「思い出してくれました!? ロージーうれしい!」

「わ、わかったから、離れて」

 視線が痛い。オヤジ共の視線が。もしかしてファンクラブできてますか。

「ああ! 失礼致しました。それにしても、宵月様。なんだか、若返ってません?

 高校生さんみたいです」

 おれはうんざりした。知りあいに出会うたび、説明しないといけないのか。なにこれ。新手の羞恥プレイ?

「……いや。俺だけ、なんか外見がデフォルトになっちゃってて……」

「そうなんですか? 前は大人な感じの宵月様でしたが、今の宵月様もカッコカワイイ感じで、ロージーはいいと思います!」

 そんな、握り拳で力説されても……

「でも、宵月様も連れて来られてしまったんですね……。うれしいなんて言って申し訳ございません……」

「いや、別にいい。君は──」

「はい。1年前に」

 スティングと同じ時期か。

「でも、本当によかった。宵月様が仲間になってくださったら、百人力です!」

 銀盆を胸に抱きしめて、ふるふると震えながら潤んだ瞳で見上げる。背後から、かわいいなあロージーちゃん……と呟く声が聞こえる。騙されてる騙されてる。

「あっと。立ち話をさせてしまいまして、申し訳ございません! すぐにご案内しますね。こちらへどうぞ」


 ロージーが階段へ手を差し向ける。

 俺は背中に視線を突き刺したまま、階段を昇った。



 会議室と書かれた両開きの扉を、ロージーがノックする。

「ロッソ様。お客様がおいでです」

「客う? 誰だよ」

「宵月様です」


 部屋の奥で、椅子やなにやらが盛大に床に落ちた音がした。続いて、慌ただしい靴音。


 両開きの扉が、壁に当たるくらいの強さで開かれた。


 現れたのは、無精ヒゲを生やした、短髪の男。サバイバルベストに、迷彩柄のズボン、硬そうなブーツ。これからちょっと未開地にサバイバルに行ってきます、と言い出しそうな出で立ちだ。


「宵月! ……あれ? なんか、おまえ縮んだ?」


 もう嫌だ。説明したくない。


「俺だけ、なんでか外見がデフォルトになってたんだ。悪かったな!」


「え、いや、悪かあないけどよ。そうか、宵月か! 入れ入れ!」


 背中を何度も強く叩かれ、俺はよろけながら部屋に入った。





 足を踏み入れた途端、歓声に包まれた。

「え? 何?」

 宵月だ! 誰だ? 仲間だ! もう1人いたのか、同志が増えた、等々、一斉に話し出したため、ものすごい喧騒だ。耳が痛い。


 会議室には、20人ばかりの冒険者達がいた。

 会議室の中央には20人掛けのテーブル。テーブルの上には、綺麗な花が飾られている。窓際には、重厚な朱色のカーテン。天井には派手すぎないシャンデリア。床は大理石のタイル。アンティークの調度品類。まるでヨーロッパにある城の広間に通された気分になった。ロージーの趣味全開、といったところだろうか。奥の扉から御主人様とかでてきそうだ。

 上座の背後には大きなボードがあり、大きな地図やメモが張り出されている。


 無精ヒゲの男は上座に座り、俺はその斜め前の右側に座った。ロージーは、お茶をお持ちしますね、と微笑み、楽しそうに会議室を出ていった。


「ここにいる皆は……」

「連れて来られた方々です。その中の、どうにか帰還手段を自力で探そうと集まった特にアクティブな方々、ですね」

 集団の中から、耳のやたら長い、目の細い青年が進み出てきた。真っ白い肌。緑色の長い髪は後ろで一つに括っている。【エルファーシ】という森に暮らす亜人種だ。手には書類とペンを持っている。


 見覚えのある人だった。確か……そうだ。ロッソと一緒に【お宝探し隊】にいた──


「あ! レタスさん!」


 レタスさんがうなだれた。

「……こんなことなら、真面目な名前をつけておけばよかったです……」

「……ご、ご愁傷様です」

「しかし、久しぶりだな! 2年ぶりか?」

「2年ぶり……」


 丁度今から2年前ぐらいに、ロッソが赤本を取った、と皆が騒いでいたのを思い出す。


 ロッソは、ゲームを始めたばかりの俺に、親切にいろいろ教えてくれた人だ。

 生来の世話好きな性格から、時々新米冒険者の世話を焼いていたようだ。俺も世話になった者の1人だ。

 【ハイジンクス】に誘ってもらって。一緒にしばらく遊んだ。

 しばらくして、リーダーのクローバーが海外に行き、【ハイジンクス】は解散。


 ロッソは、自分で【お宝探し隊】というパーティーを作った。

 しばらくして、ロッソは333階の【天への赤き塔】を踏破した。


 その後何故か、ぱったりログインしなくなってしまったのだ。


 きっと赤本を手に入れて燃え尽きてしまったんだろう、という噂がまことしやかに広がって。連絡をとろうにも、チャットもメールもクローズしてしまう撤退ぶりだった。


 あれは──攫われた後だったということか。


 ロッソが俺の肩を叩く。地味に痛いんですけど。

「まあまあ。そう難しく考えるなって! でもまあ、お前には災難だったけどよ、こっちとしては助かったわ。魔導学者の魔法威力は半端ないもんな。HPはしょぼいけど」

「しょぼい言うな!」

 ロッソは大口を開けて笑いながら、酒をあおった。おい。お前も昼間から酒を飲むダメオヤジの仲間か。

「昼間から酒か」

「これが飲まずにやってられるかってんだ。酒ぐらい許せよ」

「あんまり飲みすぎると、影響が出るぞ」

「そうなんです! 私が言っても言ってもきかなくて! 宵月さん、もっと言ってやってください!」

 レタスさんが泣きそうな声で訴えた。


 適度な量なら【ほろ酔い】というステータスになり、飲みすぎると【泥酔】というバッドステータスになって、命中などにマイナス補正がかかってくる。


「あーあーわかった! わかったって! しっかし、お前、今までどこにいた?」

「どこにって……西大陸の森の中にいた」


 レタスさんを含めた全員の視線が集中した。ロッソは目をむいてテーブルに乗り出した。え、なに。ていうか顔近づけるな。酒臭い。


「西大陸の森ん中ああああ!? なんじゃそら! 訳分からんな……」

「俺だって訳わからん」

「ありえません。一体、どういう事なんでしょうか……?」

 ロッソが唸りながら椅子の背もたれに身体を預け、無精ヒゲをなでた。


「誘拐されて放り出される場所は、必ず東大陸にある街の中の《どこか》のはずなんだ。今まで例外はない」


「そうなのか?」

「はい。調べによると、最初の誘拐が今から31年前。ベータ版と正規版が切り替わる前後くらいから、誘拐は始まったようなのです。それから1年ごとに1回。今回で31回目の誘拐になります」

「31回目……。1回につき何人くらい連れて来られてるんだろう」

「調べたところ、時期はランダムで、15人前後だな。多いときで20人くらいか」


 規定枠、という言葉が頭に浮かんだ。あの青年の言葉だ。


「……俺は、本当はその規定枠に入ってなかったんだ。なのに、特別枠とかいうので無理やり連れて来られた」


「特別枠うううう!?」


 またしても視線の集中砲火を受けた。やめてくれ。俺は目立ちたくない派なんだ。


「ああ。でも予定にない事だったらしく、移送許容量オーバーで同じ場所に転送できなかったみたいで、別地点に変更された」

「変更されたって……どなたにですか?」


「──やたらに顔の良い、プラチナブロンドのキザな男に」


 皆の動きが止まった。

 ロッソがゆっくりと顔を上げ、感情が多すぎて読み取れないような視線で俺を見た。

「……お前も、やっぱり会ったのか」

「え。じゃあ、お前も?」

 ロッソとレタスが顔を見合わせた。

「……ああ。きらきらした金髪の、すかした野郎だろ?」

「……やたら顔の良い、気障ったらしい人でしょう?」

 俺は力一杯うなづいた。

「え、もしかして、皆、会ったことあるの?」


 その場にいる全員が、重苦しい表情で頷いた。


 ロッソが長く息を吐いた。目を閉じて、疲れたように眉間を揉む。


「……俺は、赤本を手に入れた時に、会ったんだ。そいつは、盛大なファンファーレと共に現れた。そして俺に、『おめでとう。君は選ばれた。次のステージへの切符を進呈するよ』といって1枚の番号札を差し出した。俺は何か新しいイベントへの招待状なのかと思って喜んで受け取った。受け取っちまったんだ。失敗した」

「番号札……」


 なんだそれ。


 ロッソは目を細め、皮肉げに口角を上げる。


「ああ。この世界への片道切符さ。お前ももらっただろ?」


「俺はもらってない」


 ロッソがぽかんと口を開けた。他の皆も。


「貰ってないんですか!?」

「貰ってないのか!? なんだそりゃ。お前……ことごとくイレギュラーな奴だなあ」

「悪かったな!」


 背後で扉が開き、ロージーが銀色のカートを引いて入ってきた。

「お待たせ致しました!」


 アールグレイの柑橘系の爽やかな香りが漂う。 ロージーが紅茶とお茶請けをテーブルに手際よく並べていく。お茶請けはプレーンなスコーンに、2種類のジャムとサワークリーム。紅茶のポットには保温カバー。2煎目用に、暖めたミルク。さすが【紅茶マニアの会】。なかなかやるな。


「……その件は後にしよう。それで、お前、今1人か?」

 紅茶を一口飲んでから答える。美味い。さすがだ。

「いや? パーティ組んでる。スティングから聞いてないか? スティングとはスターリィコーストで偶然会って、ここまで一緒にきたんだ。街についてすぐ別れた。ロッソ本部長に連絡に行くっていってたんだが。来てないか?」

「……来てねえ。あの野郎……すぐ道草しやがる」

「宵月さんからも言って下さい! スティングさんに、報告はすぐにするようにと!」

 レタスさんが泣きそうな声で訴えた。苦労性のオーラが背中に滲んでいます。

「ま、まあ……仕方ないよ。波間を漂うワカメみたいな奴だからな」

「ははっ。確かに」

 笑い事じゃないです!とレタスが血走った目でロッソに詰め寄った。

「わ、わかったわかった。じゃあ、宵月。今度の作戦についてなにも聞いてねえな?」


「作戦?」


「ああ。実はな、赤本が盗まれてなあ」


 俺は思わず紅茶を吹いた。


「はあ!? 盗まれた!?」


 ロッソ以外の全員が、沈痛な表情で首を縦に振る。


「ど、どういうことだ?」

 ロッソが難しい顔で、手招きする。耳を貸せ、ということらしい。酒臭いから近づきたくないが仕方ない。耳を寄せる。

 ロッソが口に手を沿え、声を潜めた。

「これは極秘事項だ。他言無用に頼む。実はな……」


 話の内容を聞いて、俺は怒りで気が遠くなった。

「いや、まあ、あれだ。うん。酒は怖いネ」

「この、飲んだくれオヤジが! 酒に溺れてしまえ! そして身を滅ぼせ!」

「しっ! 声がでかい! だって変装しててわからなかったんだもん! すっげえ美女に変装してたんだもん! 胸がでかかったんだもん!」

 ロッソが声を潜めて主張する。俺もつられて声を潜めて応酬する。

「酒と女か! なお悪いわ! このエロオヤジが! 一遍昇天させてやろうか!」

「お前だって、すっげえ美女に、私も貴方の為にお手伝いがしたいのよ、どんな本か見せてちょうだいな……って迫られたら、見せちゃうだろ、普通!」

「見せんわ! 怪しいだろ!」

 ロッソの胸ぐらをつかむ。瞬間、ロージーにタックルされて俺は床に沈んだ。恐るべき拳闘士の反射神経。

 ロージーも声をひそめて訴えた。

「落ちついて下さい宵月様! お怒りはわかります! でもPKはダメです! ロッソ様が色香に惑って酔いつぶれた隙に、盗んでいってしまったんです! 計画的犯行です! でも、犯人は分かっていますから!」

 押さえ込まれて、俺は何一つ返事が出来なかった。息が出来ない。腕が軋んで涙が出そうに痛い。ちょっと、これ、技かかってるんじゃないのか。意識が遠くな……

「おい、ロージー。宵月が白目むてるぞ」

「きゃあ! す、すみません宵月様! 私ったら思わず……」

 頬を染めて潤んだ目で見つめられた。俺は血の気が引いた。思わずで殺されたら身が持たない。


「──それで、犯人は?」

 席に戻り、尋ねてみる。

 なんとなく、分かる気はする。分かりたくないけど。


 【変装】はアサシンの有名な専用スキルだ。相当な高レベルで取得できるため、手に入れるにはかなり大変だと聞く。


 レタスが溜め息とともに答えた。


「──コクトー様です」


 コクトー。

 アサシンのソロプレイヤー。行方不明だとあの青年が言っていた。


「なんで……」

「あいつの考えてる事は、俺でもよくわからん。今まで行方しれずだったのに、いきなり接触してくるしよ。ただ、分かってるのは──あいつは自分が助かる方法しか考えてねえってことだ」

「居場所はわかってるのか?」

「ああ」


 ロッソはボードの地図を親指でさした。

「あちこち行って、目撃情報やらを集めた結果、どうやら《忘れ去られた祭壇》にいるらしいという情報は掴んだ。ただ……」

「ただ?」

 なんだ? なにか空気が重くなった。


《忘れ去られた祭壇》は、確か──

 極寒の北方面にある、雪に埋もれ、忘れ去られた遺跡だ。

 遺跡のある雪原地帯は、俺も何度か死んだことがある面倒なエリアだ。防寒対策をちゃんとしておかないと、どんどん【体温低下】して死に至る。

 しかも周りが雪で白い為、吹雪にでも遭遇した日には、高確率で遭難してしまう。それでも危険を冒して訪れる冒険者は後を絶たない。なぜなら、珍しい希少な素材が手に入るからだ。


 レタスが書類に目を落として答えた。


「……近辺で、18枚羽の銀竜を見た、という情報が数件集まっています」


「18枚羽……!?」


 うそだろ。


 それ、大人数でやる特殊クエストのボスですよね。


 18枚羽の竜は、世界に数匹しかいない、伝承に残ってます的な幻に近い竜だ。

 俺は一度だけ、大規模イベントで戦った事がある。城塞の砲撃や戦車の砲撃も合わせ、多数の死者をだしながら倒した。

 俺と【ハイジンクス】のメンバーは最前線にいたが、全滅するパーティが続発する中、全員運良く生き残れたのは奇跡と言っていい。


「運悪く遭遇してしまった場合、まず無事じゃ済みません。作戦には精鋭部隊で望みますが、それでも下手すると全滅の危険性があります」

「お前なあ、そう悲壮になるなや! たとえ全滅しても、俺らは最初の街に【死に戻り】するだけじゃねえか」


「いや、俺は西大陸の薄暗い森の中なんだが」

「あ。そうだったか。まあ……頑張れ」

 なにを頑張るんだ。おい。ふざけんな。


「さて。では作戦について説明しよう。6日前の夜、コクトーが本部に押し入り、就寝中の俺を襲撃し、赤本を奪って逃走、《忘れ去られた祭壇》へ逃げ込んだ。我々は急いで追跡部隊を編成し、奴の後を追う。最優先事項は赤本の奪還。そして、コクトーのもつ白本も合わせて確保する」


「おい。前半部分、事実がすり替わってないか」

「……宵月。上に立つ者の苦労、お前ならわかるよな」

「いや、俺は上に立った事がないからわからん」


「と、いうわけで、だ」

 話は終了とばかりに、ロッソが両手を打ち鳴らした。


「宵月。ぜひとも作戦に参加してほしい。出発は明日の朝。追跡部隊は俺の隊を含めて既に10組6人で編成済みだ。お前は俺のパーティ【風見鶏】に──」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。パーティの二重登録はできない」

「あ。そういやあ、パーティ組んでるって言ってたな。じゃあ、そいつらも一緒に参加──」

「はできませんよ。あなたは何を言っているんですか」

 レタスが大きく息を吐いた。


「こちらの世界の方は、僕たちのように【死に戻り】ができません。万一死んでしまった場合、消滅してしまいます。死なせたくないのなら、連れて行かないほうが無難でしょう」


 ロッソが頬を掻いた。

「そうだなあ。俺らみたいに、やり直しがきかないもんな。一緒にはいられないか」

 俺は紅茶に目を落とした。


 ここで、あいつらとも、お別れになりそうだ。

 俺達は【死に戻り】を保険にした旅の計画を立てている。

 死んだらそれっきりの奴に、一緒に行かないか、など口が裂けても言える訳がない。

 俺には俺の目的が会って、ジェイス達にはジェイス達の目的がある。それが偶然重なって、とうとうここまで一緒に来てしまっただけなのだ。

 その偶然が、ここで終わるだけのこと。

 


「……うん。わかってる。戻ったら、【パーティ脱退申請】しておく」

「説得できそうか? もし無理そうなら、俺が一緒に──」


【脱退申請】をし、リーダーが【了承】すれば、脱退できる。割と気軽に出入りできるシステムだが、あまりに頻繁な申告や、了承拒否など悪質な場合、ちゃんと制裁措置が待っている。前のシステムが踏襲されているならば、だが。


「いい。大丈夫だから」

 優しい奴だから、話せば分かってくれる。




 外はいつの間にか日が暮れてしまっていて、藍色に染まった空には、光る砂みたいな星々が瞬いていた。


 店が賑やかに建ち並ぶ通りを、ゆっくりした足取りでロッソと並んで歩く。


 ロッソは途中まで送るわと言って、ついてきた。送ってもらうほど俺は柔ではないが、それが理由ではないのは分かっていたから、二人で頷き、本部を後にした。


「しっかし、マジでお前が来てくれて助かったぜ! まあ、お前にとっては災難だったんだが」

「それを言うなら、俺もだよ。ロッソがいてくれてよかった。これで、【クローバー】がいてくれれば心強いんだけど……あの人は、此処へは来てないのか?」


 途端にロッソの眉間に皺が寄り、唸りながら頭をがりがりと掻いた。


「あいつはなぁ……一応は、来てるんだが」


 なんだと!? 


 それを早く言えよ! もう勝ったも同然と言っても過言ではないではないか。


「それならよかった! クローバーは、今どこに!?」 


「うむう……。おそらくは、まだ西大陸のどっかにはいるんじゃねえかと思うんだが……」

「おそらくは? 思う?」


 歯切れの悪いロッソの言葉にいぶかしげに首を傾げると、ロッソはやれやれと肩を落として腕を組み、大きな溜め息をついた。


「……俺がこの世界にきたばっかの頃、偶然、運良くあいつとスターリィ・コーストで会ってな。一緒に行こうといったら、『私は私で、この世界について調べてくる』と言って、さっさと行っちまいやがったんだ。それ以降、いまだに連絡は取れてねえ」


「えええ〜!?」


 なんてことだ。

 あいかわらずのゴーイングマイウエイなマイペースぶりだ。

 俺は懐かしくも落胆を禁じ得ず、ガクリと肩を落とした。


「不用意におまえらに期待を抱かせるのもアレだし、ああ言う時のあいつは、誰も邪魔するなってことだし。だから今まで誰にも言わなかったんだがよ。こういう非常事態だから連絡とりてえところだけど、今から連絡とろうにも、現状、【転移門】が機能していない上、しかも居所がはっきりしてねぇ。探して会いに行くには、今からだとあまりにも時間がかかり過ぎる」


「そうか……そうだな……」


 ということは、今回の作戦において、クローバーの助力は得られないという事だ。


 いたらすごく頼りになるのに、残念すぎる。あの人はものすごく冷静で頭が良いから、現状を打破する最善の策をきっと考えついてくれていたに違いないのに。腹黒、違った、黒衣の策士、天才と変人は紙一重、いや、希代の天才学者と呼ばれていたのは、あながち冗談ではない。


「──宵月」

 名を呼ばれて振り返ると、ロッソが珍しく神妙な顔で立ち止まっていた。


 指で手招きされる。酒臭いから近づきたくないが、仕方ない。俺はロッソに近づいて、見上げた。


「……もう一つ、話しておきたくてな。例の噂についてなんだが」


「例の噂?」


「ああ。お前は聞いたこと無いか? 神様が願いを叶えてくれるっていう噂話を」


 あれか。神様が造った三冊の書を集めたら、神様が現れて、何でも一つだけ願いを叶えてくれるのだという。


「知ってる。道中、知り合った人達に聞いた」

「そうか。なら話は早い。お前は、どう思った?」


「どう思った、って聞かれても……そんな御伽噺みたいな話、信じろと言われても……なかなか難しいところだと思うけど」


 ロッソが意味有りげに含み笑い、ニヤリと口角を上げた。


「……その様子だと、ロッソは、噂を裏付ける何かを見つけたみたいだな」


「おうよ。褒めろ。雪原に行く途中、サンクティ皇国を横切る事になる。その時に、寒冷地用の物資の補充をするから、そこで一泊する予定にしている。到着したらそこそこ時間が空くだろうから、サンクティの王立大図書館に行ってみてほしい。お前も確信するだろう」


「サンクティ王立大図書館?」


 東大陸にある、最大級の図書館だ。


「ああ。その最奥の書庫に納められてる。司書長を呼んで、これを見せれば入れてくれるだろう」


 そう言って、ロッソは銀色の腕輪を私に差し出した。


 それは、十字と百合を組み合わせた柄──サンクティ皇国の紋章が刻まれた細身の腕輪だった。


「三冊の魔導書に関する本を、と言えば分かってくれるはずだ。それを読んで、お前なりに考えてみてほしい。だいたい、俺ぁ考えるのは苦手なんだ! こういう仕事は、元々クローバーか、お前の役目で、得意分野だろうが!」


「あのなあ……まあいいけどさ。分かった。調べてみる」


 それからいくつか世間話や昔話をして、気づいたらもう宿屋に着いてしまっていた。ロッソは、じゃあまた明日な、と手を振って去っていった。






 宿の部屋に戻ると、ジェイス達は外出から戻っていた。


 駆け出しの冒険者の頃、かなりの頻度でお世話になった、リーズナブルな宿【鳥犬亭】。

 カントリー風な内装が、とても気分を落ちつかせる宿だ。


 カーテンが半分だけ引かれた窓際には、木製のテーブルと2脚の椅子。

 テーブルの上には買ってきたらしい品々がのっている。ジェイスは椅子に座り、それを一つ一つ確認しながら、荷物に収めていた。

 レフとライは、2つあるベッドのうちの、右側のベッドの上で寝息を立てている。雑貨を散らかしたまま。

 明かりはテーブルランプだけが灯っていて、窓際だけほんのりと明るい。


「……ただいま」

「おかえり。遅かったな」

「うん。話が長引いた」

 レフとライが仲良く丸まって眠るベッドの上は、全面に荷物や色とりどりのお菓子が散らばっていた。

「……また、えらく散らかしてるなあ」

 ジェイスが笑う。

「こいつら、お前と別れてから寝るまでずっとふてくされてて、大変だったんだぞ。沢山おいしいものあげたら、一緒にいてくれるかもとか言って、さっきまで持ってる菓子全部をかき集めてた」


 この、散らばりまくった菓子の山は、そういうことだったのか。


「菓子……俺、そんなに食い意地張ってるようにみえる?」

「まあ、何かしら食ってるからな。お前」

「悪かったな!」


 だって、食べるの好きなんだよ。美味しいものは幸せです。

 俺はひとまず端に落ちてる色とりどりのキャンディーをかき集めた。


 仲良く眠る双子に、向こうの世界での妹たちの姿が重なる。

 どこまでも俺の後を追いかけてくる小さな姿は、本当に、うちの双子によく似ていて──

 ──ああ。そうか。


 とても、よく、似ているんだ。


 重ねていたのだ。無意識に。

 むこうの世界と、とても似た環境だったから。

 歳の離れた兄と、幼い双子の妹。

 だから、人見知りの俺でも居心地が良かったんだ。


 ジェイスは、兄によく似ている。コンプレックスも吹っ飛ぶほどのスーパーマンで。うざがられるほどの心配性で。でもそれはしかたのない事。兄は、事故で亡くした両親の代わりに、たった1人で俺たちを養って育てていかないといけなかったのだから。1人で双子を養っていかないといけないジェイスと重なる。


 俺が、1人かもしれない、帰れないかもしれない、と何度も不安に襲われても、発狂しなかった訳だ。疑似的な家庭環境に身を置いて、気を紛らわせる事ができたからだ。

 本当に、幸運だったのだ。

 ジェイス達には、感謝してもしきれない。

 だから。


「……ジェイス」

「なんだ?」

「俺さ、やっと、帰れる目処がついたんだ!」

 ジェイスが手を止めてこちらを見た。俺は双子の荷物を片づけながら続ける。

「今までありがとうな! すげえ感謝してる。ジェイス達に会えなかったら、俺はここまで来れなかった。本当に助かったよ」

 俺は双子の鞄をベッド脇に置いてやってから、意を決してジェイスを見た。


「……俺はこの街に残るよ。だから、【パーティ脱退申請】するから、【了承】してくれないか?」


 ジェイスは頬杖をついて、俺をみる。沈黙が重い。


「そうだ、御礼に、俺の持ってる高級食材一式とレシピあげるな! 黄金鴨のローストとか漆黒本マグロの刺し身なんて、ほっぺた落ちるぐらい美味いぞ!」

 無言だ。

「足りない? じゃあ、俺が持ってる希少素材【オリハルコン】も3つプレゼント! 伝説級の武器が造れるぞー」


「……宵月。どうやって帰るんだ?」


「え?」

「帰る方法だ。どうやって《向うの世界》に戻る?」

「方法……は、お前も聞いただろ? 船の上でさ」

「三冊の魔導書が揃ったのか?」

「ああ。もうすぐ、──揃うよ」

「コクトー、という奴が見つかったのか?」


 くそ。よく話を覚えてるなあ。


「居場所がわかった。明日、ロッソ達と……話にいく」

「……俺たちも行こう」

「ダメだ!」


「どうして。異世界に戻る方法なんて、相当珍しい。見てみたい。それに、チビ達はすっかりお前に懐いてる。最後ぐらいは、見送りたいだろう」


「だ、ダメだ。コクトーがいるのは、雪原地帯なんだ。大変だろ?」

「別に、防寒対策していけば十分だろう。雪原は何度か行ったことがある。西も東も同じだろ」

「いや、本当、危ないから。な?」

「危ないなら、尚更だ。お前の仲間が何人いるのかは分からんが、人数は多くても問題ないだろう。逆に、多いほうがいいんじゃないか?」

「いや、ダメだ。本当、マジで、危ないから! 【死に戻り】するかもしれないし!」


「【死に戻り】……? お前、知人に会いに行くのに、なんで死ぬ可能性がある」


 なんでこの人、こんなに鋭いの! やっぱりスーパーマン属性ですか! 恐るべし。

「【死に戻り】は、噂で聞いた事がある。神に祝福された冒険者は、死んでも復活するんだ、と。あれは本当だったんだな」

「いや、だから……」

「宵月。理由が他にあるんだろう?」


 俺は俯いた。言えば、ジェイス達は優しいから、きっと気に病む。できることなら、もう俺のことは気にせず、旅を続けて欲しい。


「──宵月」


 俺は思わず背筋を伸ばしてしまった。いや本当、怒った声の調子が、兄によく似ていますね。


「言わんと、チビ共を起こして言うぞ。置いていこうとしてるって」

 反則だ。

 俺が答えずにいると、ジェイスは溜め息を付いて立ち上がった。


「……わかった。お前が言わないなら、これから魔導書探索本部に行って聞いてくる。場所は地図があるから分かってる。お前のパーティリーダーだ、と言えば通してくれるだろう」


 俺を通り過ぎて、扉へ向かう。

 俺は取りすがった。足は止まらない。俺は引きずられた。軽い自分が、憎い。

「ま、待って! 待ってくれ! 本当に、だめなんだ! 分かった、言うよ! 俺たちが行く雪原には、18枚羽の銀竜が出るらしい。遭遇すれば、激戦になる。もしかしたら、全滅してしまうかもしれない。だから……」


「18枚羽の銀竜……?」


 ジェイスが立ち止まった。

「そうだよ、だから──」

 いきなり両肩を掴まれた。かなり痛い。みしっていったぞ。

「それは、本当か!?」

「え、あ、うん。その雪原に行った何人かの冒険者が言っていたって」

 ジェイスが堪えるように目を閉じた。

「ジェイス?」


 名を呼ぶと、目を開けた。

 灰色の眼光には、いつもと違う、暗く、底の見えない感情と、強い意思が宿っていた。


「やはり、俺も行こう。いや、連れていってくれ。頼む。俺は、ずっと、そいつを探していたんだ。その為に、冒険者になった。冒険者になれば、いつか必ず奴の情報が入ってくる──そう信じて」



2020.10.31 一部修正

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