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012

 半日かけて山を下り、山沿いの街道を走る定期馬車に乗り、さらに1日。

 6頭の馬が引く定期馬車は、20人乗りの小型バスのような造りをしている。

 運行は朝昼夕方の三回。

 夕方の便になんとか乗る事が出来た。


 朝焼けの中、ようやく、辿り着きました。



【ウェイフェア・パレス】

 放浪者の殿堂、という呼び名を持つこの街。

 

 冒険者協会の本部が設置されていることもあり、街中には冒険者が溢れています。

 色とりどりの看板、露店、武器屋、防具屋、道具屋、酒場、遊び場、占い屋、劇場、様々なものを詰め込んでごちゃまぜにして積み上げた、びっくり箱のような街。

  建物が複雑に組み合わさっている為、細い路地や絡み合う階段の先が、何処に繋がっているのかもわかりません。まるで立体迷路です。

 新米冒険者をもれなく迷わせると評判のこの街。

 ですが、次第に慣れて近道が分かってくると、結構便利な配置をしてる事に気づくことでしょう。

 要は、とにかく自分の足で歩いて、新しい物事を発見していく。それが冒険の始まり、ということなのです。


 〜街ガイドNo.1より〜




 俺は、懐かしさに涙が出そうになった。

 俺の、知ってる街が、あった。

 ちゃんとあった。

 見覚えのある、街並みが。いまここに。



 大きな通りが6本交差する中央広場は、多くの露店や人で溢れ返っていた。


 やっぱりここも、スターリィコーストと同じように、街の規模が相当大きくなっている。

 ゲーム内のウェイフェアパレスは、こんなに広くはなかった。

 サーバやスペックの都合上、大幅に削らざるをえなかった、という事なのだろうか?



「さあてと。じゃあ俺様は、ひとまずボスに報告しにいくわー」

 スティングは大あくびをしつつ、ゆらゆらと背伸びをした。ワカメのように。

「ボス?」

「そ。我らがボス、ロッソ本部長殿に。俺、北へのルート調査に行ってたんだよねー。海側のルートは、なんかモンスターがやたら強くなっててキツかったわー。宵月君も行くよね? 一緒にいく?」

「いや、おれはこの人を《魔導医術院》に送っていってから行くよ」

 スティングはちらりとジェイスに背負われた女性騎士を見やり、呆れたように肩をすくめる。

「そこまで面倒見なくてもいいのに。お人好しだねー。じゃ、また後で。お疲れー」

 ひらひらと手を振り、スティングは人ごみに消えていった。


「それじゃあ、魔導医術院に……どうしました?」

 ジェイスの背中で、女性騎士が唇を噛んで、うなだれていた。


「……あの男。依頼達成報告書を受け取らずに行ってしまった」


「ああ、そういえば。ウェイフェア・パレスまでの護衛が依頼だった?」


 任務を達成したら、依頼者から【依頼達成報告書】をもらえる。それを【冒険者協会】に持っていけば、報酬やアイテムを得られるシステムだ。

 ウェイフェアパレスまでの護衛、なら、スティングは依頼を達成したことになる。


「そうだ。サンクティ皇国第7騎士団ガロ隊のうち、隊長以下3名失ったが、私が生き残り、目的地に辿り着いた。減額はされるだろうが、そこそこの報酬は得られるだろう。なのに……」

「アイツは報酬よりも、《竜の通り道》を通り抜けることだけが目的だったんだろうな」


 女性騎士が、不思議そうにこちらを見た。

「冒険者とは……そういうものなのか?」

「まあ、人それぞれ、かな? 変わり者が多いのは確かかも。アイツは特に変人だし」

「確かに」

 女性騎士が笑い声を立てる。強ばった表情に、やっと少し笑みが戻ってきた。


「ああ、そうだ。申し遅れてしまって、重ね重ね本当に申し訳ない。私は、サンクティ皇国第7騎士団ガロ隊副隊長、シーリアスだ。この礼は騎士の誓いにかけて必ずする。【蒼銀の風】よ。すまないが、しばらく待っていてくれ」





 * * *



 シーリアスの案内で、【魔導医術院】はすぐに見つかった。

 初めて見る建物だ。

 外観は、ステンドグラスや彫像で彩られた西欧の教会によく似ている。出てきたのも、神父がよく身に付けている黒い立ち襟の祭服に似た服装の、初老の男性だ。

「では、これより【再生】施術を行います。お連れの方々は、中庭か待合室でお待ち下さい」




 シーリアスの失った手足を再生する施術が終わるまで、俺たちは中庭で待つ事にした。

 うららかな日差しの中でベンチに座って、ウェイフェア・パレスの地図を眺めて唸る。

 隣に座ったジェイスは背もたれに頭を乗せ、手は腹の上で組み、足まで伸ばして眠りの体勢。

 チビ達は花の咲き乱れる中庭を駆け回っている。しかし。


「広すぎる……」


 俺の呟きに、ジェイスが片目を薄く開けた。

「そうだな。海洋都市リバイアと同じ……いや、それ以上かもしれん」

 ジェイスが感想を述べる。


 違うんだ。

 俺が知ってるウェイフェア・パレスは、こんなに広くなかった。規模が2倍以上になっている。広すぎる。単純にスペックの問題なのか。


「ジェイスはこの後どうする?」

「俺か? そうだな……宿をとってから、備品を補充しに道具屋へ行って、それから武器屋巡りするかな。これだけ店が揃ってれば、掘り出し物もあるかもしれん」

「そうか。俺はロッソに会いに行ってみる。終わったら……本屋を覗いて、夕方5時頃ぐらいには宿に戻るよ。アルグリフィの研究書よりもいい魔導書がないか、探したい」

「わかった。俺もそのくらいには宿に戻る」


 ひとまず本日の予定を、お互いに確認しておく。

 面倒だが、お互いの動きは把握しておかなくてはいけない。

 以前のゲームだったら、お互いフレンド登録していれば、チャットやメールで連絡をとりあう事もできただろう。それが、ここでは消えてしまっていた。リアルタイムに連絡をとりあう事ができなくなってしまったのだ。

 携帯電話で同時進行的に連絡をとりあうことに慣れた現代人にとって、これは非常に痛い。

 冒険者証バングルに時刻が表示されるので、それを頼りに場所を指定して待ち合わせするしかない。

 非常に不便極まりない。極まりないが。


「ないほうが、時間にゆとりがある気がする……?」

 なんだろう。この、ざっくりとせざるをえない時間配分の所為だろうか。不思議だ。メールやチャットがあるほうが、時間を無駄なく効率的に使えるのは確かだ。けれど、効率的に使えるからといって、時間に余裕ができる、というわけでもない。ないほうが時間的余裕ができる、なんて。ちぐはぐだ。

「なんだ?」

「なんでもない。結構、無ければ無いでどうにでもなるもんだなあ、って思ってさ」

「なんだそれは」

 俺は笑った。



「──すまない! 待たせたな!」

 渡り廊下から、シーリアスが駆けてきた。


 30分程度しか経ってないのに、ちゃんと右腕と左腕がついている。

「すごいな。ちょっと、見せてもらってもいいか?」

「ああ。見た事ないのか?」

 俺は頷く。だって、以前のゲームには魔術医療院なんてものはなかったのだ。


 触れてみると、ちゃんと体温を感じる。肌もしっとりとしてるし、脈もあるし、血管も見える。全く生身とかわらない。


「すげー! 本物みたいだ。義手、というより、再生したみたいだな」

 シーリアスが驚いたように瞬きした。


「貴殿は本当に知らないんだな。《魔導医術院》では、薬では回復できない状態異常の治療や、失った身体の治療をしてもらえる。失った身体の治療法は二つ。一つは、【模造】。手っ取り早く、安いが、動きがいかんせん悪い。日常生活がなんとか可能なぐらいだ。もう一つは、【再生】。これはかなり高額だが、自分の本来の手足がつく。利き腕を失ったら、高くても【再生】することをお勧めする。ちなみに、腕1本【模造】で2万シェル。【再生】で、30万シェルだ」


「なるほど……教えてくれてありがとう」

「こちらこそ、改めて、助けてくれてありがとう。それから──」


 シーリアスが徐に胸元を開き、首飾りらしき白い紐を掴み、俺たちに見える様に表へ引き出した。


 俺がちょっとでもなく動揺して目のやり場に困っていると、それをジェイスの目の前に掲げてみせた。



 白い編み紐の先で揺れているのは、手のひらに収まる程の大きさの、真っ白な女神像。

 太陽を象った白い十字架を背に、肩に白い小鳥を乗せ、胸には白百合を抱き、やわからな長い髪をなびかせながら、穏やかで優しげな微笑みを浮かべている。



「これは、我が国の大聖堂に安置されている、創世の聖母神サンクティーリア様の像を模したペンダントだ。どうか我が命を救ってもらった御礼として、受け取ってほしい。そして、これは騎士団に入団すると聖皇様より下賜されるものだから、裏には騎士団の紋章が刻まれている。それを見せれば、騎士団関係者として優遇してもらえるだろう」


 俺とジェイスは思わず顔を見合わせた。


「そんな大事な物……いいのか?」


「ああ。貴殿達の旅に、少しでも役立ててもらえるなら、幸いだ。どうか、持っていて欲しい。きっとサンクティーリア様が、貴殿の旅路を照らし、守って下さる事だろう。私も、何度も救って頂いた。これは幸運のお守りでもあるのだ」


「……そうか」

 ジェイスが頷いて受け取ると、シーリアスも嬉しそうに笑みを浮かべながら頷いた。


「シーリアスは、これからどうするんだ?」 

「私は、サンクティ皇国へ戻る。ここまで来れば、私一人でも任務は達成できるだろう」


 サンクティ皇国は、ウェイフェア・パレスを東にいった先にある。

 間には、【クアットグラス草原】が広がっている。

 ゆるやかな岡が続く、おだやかな草原地帯だ。

 それに、サンクティ皇国までは石畳の街道が敷かれているので、迷う事はない。

 出現するモンスターも、小さな兎や鼠ばかりで、新米冒険者の戦闘練習場としてはぴったりのエリアでもある。

 騎士なら1人でも十分だろう。


「では、また会おう。【蒼銀の風】」

 シーリアスは優雅に一礼すると、赤い外套を翻し、颯爽と去っていった。




「さて、と。用事も済んだし、俺たちも行くか。……ジェイス?」


 振り返ると、ジェイスはまだベンチに座ったまま、じっと女神像を見つめていた。声を掛けると、はっとした様子で顔を上げた。その無機質な灰色が、珍しく揺らいでいるように見えた。


「どうかしたのか? 大丈夫か?」

「……ああ。なんでもない。ただ……少しだけ、昔を思い出して……」

「昔を?」


 ジェイスが己の昔話をすることは珍しいから、俺は聞きたくて、身体ごと振り返って話の続きを促す様にじっと見つめた。

 すると灰色の目が僅かにそらされて、苦笑混じりの溜め息をつかれた。


「……たいした話じゃない。ただ、この首飾りは、母さんが……していたものに、よく似ていたから。少しだけ、懐かしく思っていただけだ」


 ジェイスはそれだけ言うとベンチから立ち上がり、首飾りを無造作に俺に突き出してきた。

 有無を言わせぬ勢いに、思わず受取ってしまう。


手のひらを開くと、真っ白な女神像が光を浴びて、白く、淡く光ったように見えた。


「これは、お前が持っていろ。そもそも神聖系のアイテムとは、俺は相性が悪いしな」

「何言って──」


 どこか自虐的な感じのする冗談めかした口調と笑みに、俺は言い返そうとしたけど、それが事実でもあるから否定することもできなくて、かといって認めたくもなくて、言葉が思い浮かばなくて、唇を引き結んだ。



 バッタを追いかけ回していたレフとライが、駆け戻ってきた。

「「お兄さんたち! 用事、終ったの? 行く?」」


 俺は小さく息を零して、首飾りを身に付け、インナーの内側へ仕舞いこんだ。


「……うん。行くよ。でも、俺はちょっと用事があるから、レフとライは先にジェイスと一緒に宿に戻っていてくれるかい?」


 途端に、双子の眉毛と耳と尻尾が下がった。


 え。なに? なにがどうした。


 がっしりと両側からしがみつかれた。


「「青いお兄さん、また、海、落ちる……」」


 俺は頬を引きつらせた。

 不吉な事を呟かないで欲しい。


「……いや、ここ、海ないから。もう落ちないから」


 双子はまだ俺をがっしりと掴んでいる。信用がなさすぎて辛い。俺はジェイスに助けを求めた。

「ジェイス、なんとか言ってやってくれ──ジェイス?」


 ジェイスは空を見上げ、目を細めていた。

 何かを、じっと睨んでいる。

 その灰色の瞳には、少し剣呑な影がさしているような感じがした。


 俺も見上げてみたが、見えるのは、青空に大きな雲が漂っている穏やかな風景だけだ。


「何か、見えるのか?」

「……あ、いや。なんでもない」

 ジェイスは視線を外すと、首を振った。なんなんだ?


 ジェイスは視線を下に向けて少し逡巡した後、


「ロッソという奴に会えば、お前は帰れるのか?」


「そうだな、おそらくは。すぐには、無理かもしれないけど」


 レフとライの顔が、くしゃりと歪んだ。俺にしがみついて、ぶんぶんと首を横に振った。


「「青いお兄さん、帰るのか? 帰る、ダメ! 一緒、いる!」」


 ジェイスが溜め息をつきながら、双子の首根っこを掴んで俺から引きはがした。


「我侭いうんじゃない。迷子の奴が家に帰るのは、当たり前だろう?」

 あ。おまえの中での俺の認識って、やっぱり《迷子》ですか。

 

「「うう……」」


 ああ。そんなにしょげられると、心が痛い。

 また会いに来るから、とも言ってあげる事が出来ない。

 世界を渡るなんて、そんな簡単にできることじゃない。


「ごめんな。家で、俺を待ってる人たちがいるから……」

 すっかり垂れてしまっている犬耳を撫でてあげたい。けれど、どうしても、手を伸ばせなかった。


「ほら、行くぞ」

 ジェイスは双子の首根っこを掴んだまま、出口へ続く回廊に足を向けた。

「「ううう〜……」」


 俺はかける言葉を上手く見つける事ができないまま、後を追った。

 回廊の先で、ジェイスが立ち止まる。


「──もしも」 


 続けて何か言っているけど声が遠くて、上手く聞き取れなかった。

「なに?」


「もしも……帰れなかったら……」


 ジェイスの灰色の瞳が、俺を見た。

 鈍い灰色。

 建物の影になって、表情はよく見えない。


「……いや。なんでもない」

 ジェイスは視線を戻すと、また回廊を歩き出した。




 帰れなかったら。

 一緒に、行かないか。


 もしかして。そう、言おうとしてくれたのかな。


 でも、それは──



 二度と、元の世界には戻れないということなのだ。



 俺は小さく息を吐くと、ネガティブ思考を吹き飛ばすように頭を振り、ジェイス達の後を追った。


2020.10.31 一部加筆修正

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