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 この星、全ての命を背負って

 黄泉の国と人間界の狭間――『煉獄(れんごく)』。


 死者の魂が流れてゆく大河と、暗緑色の砂に覆われた大地が続く。煉獄(れんごく)を照らす恒星はなく、ただ永久(とこしえ)の淡い闇があるばかり。


 川面に落ちた花弁のように流れてゆく魂は、白い光を放ちながら審判の時を待つ。だが時折その流れから外れ、あるいは淀みに捕まり、川岸へ打ち上げられて彷徨うものもある。


『……ここは? 俺は……死んだんだよ……な?』


 戸惑うようにつぶやく魂は、暫くの間岸辺で右往左往していた。しかし、やがて川辺りに建つ一軒の旅籠(はたご)ヘ吸い寄せられてゆく。

 人間界で見かける「古い洋館」に似た外観を持つ建物は、まるで聖邪を混ぜたような、不可思議な雰囲気を漂わせている。


 ギィ……とドアが開くと、フワフワと浮かぶ魂は、中へとその身を滑り込ませた。

 決して広くはない玄関の天井には「鬼火のランプ」が揺れて、辺りをやんわりと照らしている。暗い廊下が奥まで続いているが、ポッと明かりが灯る。


「ようこそ、『魂の旅籠(はたご)』へ」


 闇の向こうから聞こえた声に、魂はギョッとしたように跳ねた。


 その声は涼やかで透明、それでいて迫力のある声だったからだ。うら若き少女のようでもあり、落ち着き払った年齢不詳の女将にも思えた。あるいはその両方か。

 廊下の向こうへと続く闇の中から、ゆっくりと姿を現したのはゴシック調の漆黒のドレスを身に纏った美しい顔立ちの少女だった。


 『迷い魂』は、鬼火が照らす玄関で、その精緻なドールのような姿に目を見張った。

 整った顔立ちには幼さと愛らしさが同居し、やや切れ長の目に、赤い瞳。綺麗な黒髪は腰に届くほどに長く、前髪はパッツンと整えられている。いわゆる「姫カット」と呼ばれる髪型をしている。

 肌は病的なまでに白いが、紅水晶のような瞳は内に秘めたる強い輝きを宿している。


『あ、貴女は誰ですか……?』


 魂は少年の声で、意外にも丁寧なものだった。むしろ気弱、といった雰囲気の。


「わたしはエンマ。この旅籠の主であり、魂の行く末を定める審判員(・・・)さ」


 甘く紅をさしたような唇が弧を描く。


『審判員……エンマ? 閻魔? て、ことは……まだ地獄や天国ですらない……?』


 魂は白いオタマジャクシのような姿をしているが、肩を落としたように見えた。


「おや、察しがいいねぇ? 物分りの良い魂は嫌いじゃないよ。そうさね、ここは『煉獄』。天国でも地獄でもないさ」


『俺は……自殺したんです。……地獄……行きですか?』


 その言葉に、エンマは目を細めた。


「地獄や天国は、喜びか苦しみしかない極端に退屈な世界さ。そのどちらも、あたしゃお勧めはしないよ。あそこは……人間の世界で言えば造られた感情を与える『アミューズメントパーク』みたいなものだからねぇ。まだ、可能性を宿した魂が行くべきところじゃない」


『……? よくわからない。俺は……全てが苦しくて、学校も、親も……全部が嫌で逃げ出したんだ。だから地獄でもいい』


「魂の行く末は、自分の犯した罪の重さで変わるよ。下手をすると、地獄よりも辛い異世界に、転生(・・)をするかもしれないよ」


『異世界……転生?』


「あぁ、最近は人間の若者の間で流行っているんだろう? 煉獄という場所も、流行には意外と……敏感なのさ」


 エンマは小さな手帳のようなサイズの「四角い板」を持ち上げた。

 ガラス面にいろいろな文字や記号が浮かび上がり指先で操作する。人間界のスマートデバイスそっくりのアイテムだ。


 ――煉獄デバイス『ジャッジペディア』。


 あらゆる時間と空間を超越し魂の記憶に直接アクセスする煉獄科学の結晶。

 魂がここにやってくる経緯や、その者が生前に行った行為すべてを、閻魔十尊と呼ばれる煉獄の審判査定員たちが時空を超越して審査を行う。

 申請側の体感時間は僅か数秒――本当に僅かな時間で「審決」を出してくれる。


 スラスラと指先で操作して数秒、ピロリン♪ と音がして、10秒足らずで審決が出たようだ。


「ほら、出たよ。なになに……? アリハラ・カズキ15歳。罪状は……履行義務違反(・・・・・)。社会貢献、親孝行、子孫繁栄、つまりは社会生活を営む事で、当然行われるはずの義務や責任を、反故(ほご)にした罪だね」


『……? 自殺は、自分を殺した罪って……聞いたけど?』


「カズキ。君のような自殺者はよく『自分を殺した殺人罪』と勘違いすることが多いさね。だけど……実際は違うのさ。責任から逃げた罪こそが重いんだよ。」


『責任から……逃げた?』


「そうさね、『生きる』という責任さ」


 エンマが手に持った煉獄デバイスを眺めていた鋭い視線を、カズキに向ける。


『俺は……どうなるの?』


「転生が決定したよ、少なくとも元の世界じゃないがねぇ。惑星系(・・・)が違うからね」


『……? 俺みたいな役立たずの親不孝者でも……また生きられるの?』


「あぁ、今度は責任から逃れられないけれどね」

 エンマが微笑むと、途端にカズキの魂は光に包まれた。そして、旅籠の廊下の闇が巨大な獣の口のように変わる。


『う、うぁあああ……!?』


「お食べ、ヨミル」


 ――いただきます。


 バクン……! 暗き廊下は、彷徨える魂を一口で飲み込んだ。


「よい旅を、カズキ」


 ◇


「滅び行く定めの我らが一族に授かった最後の……新しき生命よ」


 しわがれた、だが朗々とした長老のような声が響く。


「神が授けて下さった奇跡の卵!」

「おぉ、最後の……希望じゃ」


 ――ここは? 俺は? 一体?


 ドクン……と、心臓が脈打った。


 カズキとかつて呼ばれていた魂は、僅かに生前の記憶を残していた。卵殻(・・)の内側からまだ 良く見えない目で外の様子を窺う。


 そこは褐色の太陽と、弱く赤みを帯びた光が照らす場所だった。乾いてひび割れた大地が続いている。唯一の構造物は、天に向けて聳え立つ、黒い甲虫のようなもので作られた巨大なタワーだった。

 どうやら、カズキはそに中心に居るらしかった。卵の中の幼生として。


 カズキを覗きこむのは、見た目は人間に近いが、羽毛の生えた人類種だった。その誰もが年老いているようで皺だらけだ。

 瞳は濁り、身体をかつては覆っていたであろう羽も抜け落ちている。


 その顔は悲壮感と同時に、最後に見出した「希望」への想いに満ちていた。


「我らの最後の希望! 我ら一族いや、この星全ての……生命を授けよう」

「不死に近い……再生の力を!」


「この星を捨て……新たなる天地を目指せるほどに」


「星の旅を……長き星の旅に……幸多からんことを」


 ――え、えっ?


 この星が天の川銀河の中心星域から2万光年離れた、年老いた恒星系の一角にあることなど、カズマにはわからなかった。寿命を終えて燃え尽き、褐色となった小さな太陽系。

 生命居住可能領域(ハビタブルゾーン)の境界線上で公転する惑星だということも。


「生きて欲しい。我ら一族いや、この星、全ての命を背負って」


 一族の長老はそう言うと、静かに甲虫生体を組み合わせた射出装置(カタパルト)のスイッチを押した。


<了>


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