決意
「よしっ、かったるい授業も終わったし、帰るぞ光太っ!」
「あぁ・・・鬼子も帰るだろ?」
授業道具を片付けている鬼子に聞いてみた。
「あ、あたしは今日ちょっと残らないといけないから、先に帰ってて!」
「鬼子が残るなんて珍しいなぁ・・・あ、まさかテストの点数が悪くて先生に呼び出されたかっ!?」
謙一が楽しそうに大声で叫ぶ。
「それはあんたでしょ!部活に用があるのよ、あんたこそ早く職員室行ってきたら!?」
「さて帰ろうぜ光太!」
「しかとなの!?」
俺を簡単に持ち上げて驚異の速さで学校を後にする謙一。これだけ体力があるのなら、職員室に行くくらいなんてことないと思うのだが、それは言わないでおこう。
「ふぅ・・・さて、どっか寄って帰ろうぜ、光太!」
謙一はいつもどこかに寄って帰りたがる。恐らく、家に帰ったら毎回成績の話や進学の話でうるさいのだろう。謙一のお母さんは、そういうことに敏感なタイプらしいから。
「・・・今日はどこ寄って帰るの」
「まずはそこのコンビニ!俺に着いてこい!」
俺に笑顔で言うと、青になった信号へ走り出す。
「待てよ・・・」
めんどくさいと思いながらも、俺も信号に向かって走り出す。
キーーーッ、ドンッ
「えっ・・・」
それは一瞬の出来事だった。
目の前で起こった現実。
目をそらすことも、ましてや瞬きすることも出来ないほどの時間。
こんなこと、俺の周りで起きるわけないと思っていた。
それは紛れもない事実。
俺の親友は、信号を無視してきた車に引かれたのだ。
目を疑うような悲惨な光景だが、赤い液体が嘘ではないことを生々しく物語っていた。
逃げるようにいなくなった車、動かなくなった親友。
「謙一・・・?」
今起きてることが頭では理解できているのに、体が動かない。
「おい・・・謙一」
さっきまでの笑顔は、血に染まって見る影も無くなってしまっていた。
「け・・・謙一っ!」
「お、おい、誰か救急車を呼べっ!」
集まってくる野次馬たちだが、そんなこと気にしてられる訳がなかった。
重くなった体を無理矢理動かし、謙一に近寄る。
「謙一・・・頼むっ・・・死なないでくれ!!お前が死んじまったら・・・俺は・・・俺はぁぁぁあっ!!」
返事をしない謙一。体はだんだん冷たくなってきている。
「頼むから・・・俺を置いてかないでくれぇぇぇえっっ!!」
それから何分経ったかわからないが、救急車が現場に到着した。俺も救急車に乗り込み、緊急手術が終わるのを病院で待たされている状態だ。
「・・・こ、光太!謙一は!?」
ドタバタと走ってきた人を見てみると、そこには鬼子がいた。待ってる間に、俺は謙一の両親と鬼子に連絡を取っておいたのだ。
「まだわからないが・・・かなり危ない状態だとは思う」
俺は目の前で起こった真実を全て鬼子に話した。
信号が青だったこと、車が突っ込んできたこと、しかもそのまま逃げたこと。俺が止めていたら、もしかしたら現実が変わっていたかもしれないこと。
鬼子は俺の顔を見て、少し時間を置いたあとにこういった。
「・・・ごめんね」
「えっ・・・?」
その言葉とほぼ同時に、手術室の光が消え、中から医師が一人、此方側に近づいてきた。
「最善は尽くしたが・・・出血量が多く、意識が戻らない。恐らく今日中に戻らなければ、残念だが彼は助からないだろう」
「そ、そんな・・・」
「今日中に彼にお別れを言っておいた方がいいかもしれないな。両親の方々にも伝えておきたいのだが・・・」
医師は苦虫を潰したような顔をしながら、話していた。
助かる可能性が低いことは、その表情から誰にでもわかっただろう。
「謙一っ!!・・・謙一はっ!?」
気が付くと後ろに、謙一の両親二人がいた。
慌てて走ってきたのか、汗だくで息もかなり切らしている。
医師はさっき言ったことを、またさっきの通り分かりやすく伝え、親御さんにしか話せないことがある、と言って謙一の両親と個室へ姿を消した。
残された二人、廊下の静けさ。
受け入れがたい現実が、俺と鬼子に突き刺さる。
鬼子になんて声をかければ良いか、今はなんて言えば正解なのか全くわからず、ただただ沈黙だけが流れる。
こんなとき、謙一ならなんて言ってただろうか。
その謙一がなぜ今死にかけているのか。
考えても意味ないことだとはわかっているのに。
理解は出来ているはずなのに。
どうして俺の涙は止まらないのか。
「あ・・・あいつのことだからさ・・・」
先に沈黙を打ち破ったのは鬼子だった。
「あ・・・あいつのこと・・・だからさ・・・ひくっ・・・何事もなかったように・・・起きるよね・・・?」
声を上ずらせながら、現実を受け入れられない様子の鬼子がくしゃくしゃになった顔をこちらに向けてきた。
「なんで・・・あいつは毎回・・・こんなにぃ・・・心配かけんのよぉ・・・!」
涙を堪えることも出来ずに、ひたすらやるせなく叫んでいる。
「俺が・・・俺がもっと周りを見ていれば・・・っ!!」
俺も人の事を言えないくらいに酷い顔をしていたと思う。
現場に居たのにも関わらず、助けることが出来なかったのだから。
「くそぉおおおっ!!」
非力な自分を、注意していなかった自分をこんなに責めたことはない。
なぜあの時俺は・・・。
「君が坂下光太君かい?」
後ろから聞こえた声に振り返ってみると、そこには警察が二人立っていた。
俺は泣き止もうとしながら、軽く頷いた。
「・・・申し訳無いんだが、今回の事件の目撃者として、ちょっと話を聞かせて欲しいんだが・・・いいかい?」
「・・・はい」
鬼子には心配をかけさせたくなかったこともあり、俺はその場を離れて話すことに了承を求めた。
警察は快くそれに応じ、離れた空き部屋で話を聞く許可を看護師に取っていた。
その空き部屋で俺が知ってること、全てを洗いざらい話した。
はっきり言って突然の事だったのであまり覚えていなく、大した情報提供は出来なかった気がする。
「ありがとう、必ず犯人を見付け出すから」
そう言って警察は帰っていった。
・・・俺はさっきいた廊下まで戻ると、そこには一応泣き止んでいる鬼子と、謙一の両親がいた。
「もう遅いから京子ちゃんを車に乗っけてくけど、光太君も乗らないか?」
鬼子も、あんたも乗ってくしょ?とこちらを見る。
「・・・すいません、俺は歩いて帰ります」
申し訳ないとは思ったが、どうしても車には乗りたくなかった。
「・・・そうか、なら気を付けて帰りなさい」
俺は軽く頭を下げて、車に向かう3人を見送った。
心配そうな顔の鬼子だったが、車が嫌なのだと察してくれたようで、そのまま謙一の両親と帰っていった。
「・・・さて」
俺は決めていた。
「謙一・・・お前を轢いたやつを必ず見つけ出してやるからな」
決意を固め、一歩踏み出した。