7.除幕式
本日2回目の更新です。
その日。合衆国のナントーカ市にて、「ゼクトールの虐げられた少女像」の除幕式が盛大に行われていた。
著名な市民団体の代表。手隙の政治家。各会を代表する著名人。
合衆国内にとどまらず、海外のテレビや新聞マスコミも大勢集まっていた。
なぜなら、ケティムの私設市民団体が、嫌がらせで招待したゼクトールの国連大使が出席の返事を寄越してきたからだ。
なに考えてんだゼクトール?
ケティムはゼクトールを叩く気だぞ。
反論するつもりだろう?
ゼクトールの代表は子供だぞ。ケティムは、これでメシ食ってる弁士達だぞ。
――ゼクトールは、絶対言い負かされる――
誰が考えても面白そうな事件が起こる匂いがプンプンしていた。
小さな像の除幕式に、招待されたされていない含め、10万人単位の客が訪れた。
空には何機ものヘリコプターが舞い、道路は警察の手で閉鎖された。黒い服に黒いサングラスをかけた屈強な男女が要所要所に配置されている。
そんな中、除幕式がはじまった。
ケティムは言う。
ゼクトールは、絶対王政の国であり、国民に主権が無い!
ちなみにケティムは、「ケティム民主共和国」が正式名称の、一党独裁国家である。
続けて言う。
ゼクトール国内に主要産業は無い。重工業は一つも無い。
大人の男達が海外へ出稼ぎに出なければ、生活にに支障が出る程の極貧国だ。
それは合っている。
代々の国王は、国内生産力をあげる努力を放棄し、国民からその富と人命を搾取し続けてきた。
ゼクトールの前国王は、貧困に喘ぐ国民を尻目に、贅沢三昧を繰り返し、政府要因と偽り国中から美女を集め、酒池肉林の毎日を過ごした。
それも合っている。
前国王は怠惰な生活が祟り、高血圧、糖尿病、肝硬変、尿道結石を併発して死んだ。
そして後を継いだ現国王は、政権運用に際し、大臣など重大政府要員を、年端もいかぬ少女達で固めた。
現国王の意思ではないが、事実としてそれは合っている。だから、エンスウはじっと耐えていた。
全世界に向け発信されているが、だまって耐えていた。それが、本国の命令だからだ。
そのエンスウの姿を見て、ケティム出身の市民は、言葉に挑発的な要素を盛り込んでいく。さあ、何か言えとばかりに。
招待客からざわめきが漏れる。ケティムが仕込んだ招待客がその中心だった。
ざわめきは、野次馬たち群衆へ広がり、マスメディアは活発な動きを見せ始めた。テレビのレポーター達も、声のトーンを上げた。
ただ……合衆国AZWのレポーター、ロゼ・ガードナー女史だけは冷ややかな目をケティムへ向けていた。
ケティムの演説は続く。
その体制を破壊し、ゼクトールの国民を解放するためにケティムは軍を起こしたのだと言った。
これは嘘である。
エンスウはぴくりと反応した。しかし、王の命令は絶対である。舌を噛み千切ってでも黙っている覚悟で来ている。
その態度を見たケティムの市民代表は、後一押しと感じた。
それがいけなかった。
「現国王トーヤは、前国王の悪政を見習い、大臣に選んだ少女達を言いように弄んでいる! 全員未成年ですぞ! 現代社会において、国際的な児童保護の憲章を無視し、私利私欲に走る絶対君主! まるで暗黒の中世では――」
「違うーっ!」
エンスウが絶叫した。
ケティムが言う年端もいかぬ少女が、目にいっぱい涙を溜め、真っ赤な顔をして、叫び声を上げた。
泣き叫ぶ美少女。彼女は理性のたがが外れている。論破するのが容易くなった。望み通りの展開。
してやったり顔のケティム市民代表。
「トーヤ陛下はそんな人じゃないーっ!」
「だが事実だ!」
ケティム市民代表は、エンスウの感情を理性で抑えた。
「トーヤ陛下は未成年の童貞よっ! オナシャスしかしたことがないんです!」
カミングアウトの内容に、ほんの数秒間、ケティム市民代表の対応が遅れた。
その数旬の隙が、ケティムの命取りとなった。
「妹をいじめるヤツは、おまえかーっ!」
悪鬼の形相。エンスウの兄パイオンが、その隙につけ込んで飛び出した。
律儀にも、タンクトップに短パン姿。
ゼクトールを代表する美少年。
ここにマスメディアと、お茶の間の奥様方が食いついた。
「妹を泣かすやつは俺の敵だーっ!」
「お兄ちゃん!」
エンスウを庇い、前に飛び出すパイロン。
ケティム市民代表は我に返った。
「ゼクトールの人権問題は世界の問題だ! 君は世界を敵に回す気か?」
決め台詞だ。
「妹を守る為なら、全世界を相手に戦ってやるー!」
パイロンがケティム市民代表に飛びかかった。
黒服たちがパイロンを押さえに割って入る。
タンクトップから、パイロンの乳首がこぼれた。お茶の間の腐女子達からも涎がこぼれた。
「お前、自分のやってることわかってんのか!」
「たった一人の妹を守ってっ――何が悪いっ!」
パイロンはボコられ、口の端から血を飛ばしながら反論する。
魂だけでも殴りかかれないものかと、暴れまくる。
おへそ丸見えで。
そこで画像がスタジオに代わった。
司会者の男女は、何とも言い難い表情をしてる。
桃果の手によって、スクリーンはシャットアウトされた。
「バカじゃないのあの兄妹?」
桃果のこめかみに青筋が浮いていた。
「ぼ、僕は……また……全世界に……」
別の方面でがっくり膝を付く桃矢。
「サラ! エンスウに緊急連絡! ただちに撤収しなさいと告げなさい!」
「残念ですが……」
サラが青い顔をしている。
「この映像は6時間前のもので、ネットより拾ったもので、いかんともしがたく……」
「またなの? 伝統なの? 天丼なの? どうしてあんた達はリアルタイムで情報を仕入れようとしないの!」
桃果の怒りがマックスとなった。天が割れるかもしれない。
「えーと、この件について、各マスコミやSNSの反応は八割方ゼクトール擁護に動いてますぜ、モモカ様」
「え?」
情報収集が得意の国土交通委員長エレカが、またも紙の束を用意していた。
「パイロンのバカが言ったセリフ『全世界を敵に回しても妹を守る』これがウケた! いわゆるお涙頂戴ってヤツだ」
ケティムは情報管制を敷いている。敷く能力があるからだ。
対して、ゼクトールにその能力はない。
使っている最新のOSが98なのだから、これはどうしようもない。まして海外に手出しなどできない。
外宇宙技術を使えば? という思考もなかった。
情報ダダ漏れである。
今回、それが上手い方向に働いた。
「ってなワケで、理屈理論はそっちのけで、十三歳の少女を泣かせたケティム。妹をかばって戦う十五歳の兄って構図が、一人歩きしてるみたいだな。知的な理論より、無知な感情論が頭をとったってトコロだ。ケティムが運営してる『ゼクトールの虐げられた少女像』関連のSNSが、世界規模で大炎上してるぜ。十二億アクセスってなんだよこれ?」
動きを止める桃果。彼女らしくない間抜けな顔をさらしている。時が止まったようだ。
そして、時が動き出す。悪巧みも動き出す。
「文部科学委員長ミラ・ロコモコ君」
桃果は、能面のように感情を殺した顔で、とある委員長を指名した。
ミラは無言で席から立ち上がった。
賑やかなゼクトール気質が多い中、異質な無口キャラである。
「ゼクトール国営のSNSを適当に立ち上げなさい。そして、有ること無いことケティムの市民団体の悪口書くの。考えつく限りの挑発的な文言を使って頂戴。文書作成専門の文官に手伝わせても良いわ。ああ、そうそう。ついでに人権団体とか自然保護団体とか、めぼしい団体にも喧嘩ふっかけといて。必要経費はミグ売った金で支払うわ。できるわよね?」
三秒の間を置いて、こくりと頷くミラ。……できるんだ。
ここでエレカが手を挙げた。
「オレもいっちょ噛みしていいかな? 面白そうだし」
イタチが笑ったらこんな目をするだろう。
「適任ですね。大いに協力してあげてください」
これに対し桃果は、もし狐が笑ったら? 系の目で答えた。
「ちょっと待ってくださいモモカ様」
「なあに? ミウラさん?」
桃果は、やけに優しい反応だ。
「そんな文章を公表すれば苦情の嵐です。炎上してしまいます!」
「当然ね。それでどうしたの?」
初めて見せる、柔和な桃果の表情。
「言うまでもないけどミラ、広告は貼り付けておいてよね? できるだけ大手のを」
人、それを炎上商法と呼ぶ!
その後。合衆国並びに全世界のゼクトール少女の像は、どうなったか……。
像に、いろんな覆面を被せた写真をアップする遊びが流行った。
像にではなく、像が設置された広場に色とりどりのペンキが、連日ぶちまけられ、ご近所の皆様が迷惑された。
ネット動画で合成の材料にされた。主にお笑い系。
東南アジアの某国素人より出された、ケティムの理論を完全論破する論文が、合衆国某サイエンス紙別冊に掲載された。
日本で、腐女子が大規模なパイロン・ファンクラブを立ち上げた。(桃矢が総受け)
等々、等々、etc、etc……
次回より、いよいよ反撃開始です。
次話「木の神、ヴィム・マクス」
お楽しみに!