6.ケティム民主共和国
数日前に遡る。
ケティム民主共和国の南に位置する軍港より、数杯の軍艦が抜錨した。
艦隊名は「世界平和維持夢希望艦隊」である。
この艦隊は、ゼクトールのような侵略軍ではない。
その証拠に、侵略行為の象徴である空母や、強襲揚陸艇は同行していない。
この艦隊の任務は、第一次討伐艦隊のような、極秘任務ではない。
正々堂々とした艦隊である。
全世界にケティムの正義を示すため、非人道主義路線を走るゼクトールの開放をめざし、その政府に鉄槌を下すための力である。
……作戦では、ゼクトールの政府、すなわち、国土にミサイルや砲弾を叩き込む事も、主目的の一つに入っている模様だが。
ケティムは、ここ数十年の急速な輸出量増強により、国民総生産量が世界で五指に入るまで成長を遂げた国である。
……といっても、昨今ケティム貨幣の対ドル高、ならびに労働者賃金の上昇によるコスト高で、輸出力は落ちているが。
反ゼクトールを老若男女全国民の合い言葉とし、一致団結して乗り切ろうとしている。
海底油田を独占し、他国へ輸出しようとしないゼクトール。
女子供に、過酷な労働を強いるゼクトール。
社会正義の理を貫くために、二年前より、労働者保険を国内の全会社・工場に導入した。
要求を満たす能力のない中小企業は、次々と潰していった。
これで先進国並みの労働条件が整い、どこからも文句が出なくなったのだ。
……逆に言うと、メイド・イン・ケティムの安価な商品は、本来労働者に対して支払われるはずの保険料を払わないで成立していた。
つまり、労働者の犠牲の上に成り立ってたことを意味するのだが。
絶対王政と非民主主義を標榜するゼクトールでは、電気やガス、水道が設置されていない。
……もっとも、ゼクトールは珊瑚礁が隆起した島なので山が無い。よって地下水など無く、真水の保有は雨に頼らねばなぬ。よって、水道システムを頼る国民など、どこにもいない。
代わりに、貯水タンクが発達している事実を伝えるケティム国民もいるが、いつの間にかいなくなってしまうのだ。
不思議なことに。
あまつさえゼクトールでは、国民はブタか馬のように扱われているのである。
……国に資材もこれといった産業もないゼクトールで、金を稼ぐには海外へ出稼ぎに出なければならない。
まさか、女子供を風習も食事事情も宗教も違う海外へ出稼ぎに出すわけにはいかない。
よって、成年男子が海外へ辛い出稼ぎに出る。
結果として国内には女子供と引退した老人しかいなくなる。
この事実も、第一次ゼクトール戦の後、僅かな期間ケティム国内に流れた。僅かな期間だけで、なんらかの力によりツブされた。
ゼクトールでは多数の未成年が第一次産業に従事している。
……大人の男がいないのだから、女子供だって魚を捕ったりする。第一、一次産業のどこが悪いのか?
ちなみにゼクトールの海は、魚の好む珊瑚礁。さらに遠浅である。
桟橋からエサの付いてない釣り針を垂らそうものなら、ほんの十秒で大型の魚が釣れたりする。
船を使えば、ものの十分でマグロや鰹などの大型魚が釣れる。
朝ご飯は、起きて、魚を釣ってから食べる。
ゼクトールの目下の悩みは、生活が楽すぎて自堕落になる少女対策だ。
国家責任者の無能な政治運営により、とうとうゼクトール経済が破綻。
十京ゼクトール・ドル札が発行されるという。
ゼクトールの貨幣は紙くずになってしまった。これは全て国王と無能な閣僚の責任である。
……さて皆様。最低限の生活でよければ、是非ゼクトールへ移住していただきたい。
ゼクトールでは事故などにより、海外から帰ってこない男も多いので、生き残った老人は尊敬されている。
それゆえ老人を敬う習慣が根付いている。他人の老後だって面倒を見てくれるだろう。
魚は手づかみで捕れる。浜辺をうろつけば、今朝捕れたばかりのマグロの中落ちが落ちている。
働かなくても食べていける。むしろ、この国では、真面目に働いたら負けなのかもしれない。
税金なんか有ってないようなもの。
気の利いたおばちゃんが、タロイモや魚を新聞紙に包んで王宮へ持ってくる。それが最も価値のある税金だ。
なにせ食えるんだから。
正義のケティムは、大義により正義の艦隊が出発した。
世界平和のため、諸悪の根源ゼクトールを断固粉砕するため、選りすぐられた勇敢にして、決意と闘志を眼に秘め、平和戦士……もとい平和「闘士」が、全国民の……全市民の、無事に帰れよの祈りを背に受け、溢れる涙を袖に隠し、万感の思いと共に船出するのである。
がんばれケティム海軍の闘士諸君!
諸悪の権化、ゼクトールに正義の鉄槌を下すのだ!
ゼクトールがこの世から消えるまで!
ゼクトール憎し! ゼクトールを壊せ!
卑劣な手段を用い、第一次派遣艦隊に残虐で非人道的な仕打ちをしたゼクトール!
ケティム市民の手により、海底油田を再開発する時は近いだろう。
全世界に、ケティム市民の手を通じて流通されてから、頭を下げ、偉大なる国家、ケティムに許しを請うがよい。!
反省するのは今からでも遅くない!
世界から尊敬されているケティムに、謝罪せよ!
さあ同志諸君!
親切と人道的見地、ならびに普遍的な正義のため建立した「ゼクトールの虐げられた少女像」の前で、全世界的な恥をかかされた汚名をそそぐため!
今回の正義艦隊派遣により汚名は返上され、全世界はケティムの正しさを涙と感動をもって迎えるであろう!
ゼクトールのための艦隊「世界平和維持夢希望艦隊」は白波を蹴立て、勇ましくも南下する。
第一の目的地は、公海上の岩礁を密かに埋め立てて建設した秘密中継基地。
そこは戦力が集中しつつある。
後発の戦略爆撃機も後日出発する。この力強い味方は、空軍の正義である。
途中「世界平和維持夢希望艦隊」は、空母と強襲揚陸艦、ならびに陸上戦隊の輸送艦と落ち合い、南へと向かうのであった。
次話「除幕式」
お楽しみに!