57.国連、停戦協定の場
某月某日。
国連内のとある会議室。
ケティムとゼクトールの終戦協定斡旋の会議が開かれていた。
このままじゃ、この戦争は終結しない。
核ミサイルのオウンゴールで、軍指導部、並びに主だった政治家、官僚を喪失したケティムは、意思決定能力を無くした。
生産品を輸出できなくなった。
必需品を輸入できなくなった。
典型的な輸出国であるケティムの経済は、その根底から崩れつつあった。
ぐちゃぐちゃになったケティムに、無情にもゼクトールは、とどめを刺そうと艦隊を出撃させた。
全世界から総ツッコミが入った。
常任理事国並びに主だった国家が、総出で仲裁に入った。
ケティム側は即時停戦、あわよくば戦争終結を求めた。当然であろう。
ゼクトール側は、先の3カ国分割統治案と、戦争賠償金2兆4650億ドルの要求を引っ込めない。
停戦がなってないのをいい事に、再編成したゼクトール艦隊をケティムへ向かわせている。
旗艦はブレハートⅡ。
指揮はコマンダー・ゼロの意志を継いだソルジャー・ブルーと名乗る青い髪の少女。ただし、寿命が尽きかけたエスパーではない。
水に落ちた犬は叩け。ゼクトール、やる気満々である!
休戦協定会議は長時間に及んだ。
エンスウは若い。その体力にものを言わせ、29時間連続で徹底抗戦を張っている。
「そこっ! 神聖な国連の場で居眠りするとは! どこの国の代表ですか?」
老域に達した某国代表を休ませない気配りもしっかりしている。
背後では、パイロンも怪しい動きをして牽制している。
警備員のMPがどんどん減っている。
いろんな意味でドロドロした展開となっていた。
デスマーチである。
ここで、とうとう合衆国代表がキレた。
大声で叫び、大幅なゼスチャーでエンスウ(13歳)に挑みかかった。
「合衆国は、ゼクトール相手に国連平和維持軍(PKO)を編成派遣する用意があるッ!」
と叫んだ。
エンスウは、一瞬ポカンとして可愛い口を小さく開けていた。
が、何かを思い出したように、ピンクのリュックをガサゴソやり出した。
想定問答集だ。
それを見た合衆国代表は両手を額に乗せ、己の迂闊な行為に対し、神に許しを請うた。
PRC代表は、手にしたボールペンを合衆国代表に投げつけた。
韓国代表は「てめぇで尻ぬぐいしろよな!」的な冷たい目で睨み付けた。
日本代表は「馬鹿か、てめぇ!」的な顔で唇を震わせた。
ロシア代表は、無性に私製ウォッカを飲みたくなってきていた。
エンスウが手にした冊子を読み上げる。
「平和維持軍とは、正義の艦隊の事ですか?」
「当たり前だ!」
どうとでもなれ! 合衆国代表はヤケクソになっていた。
エンスウは問答集をめくっている。
「肯定の場合は45ページ……と」
合衆国代表はキレつつも、己の短絡を認識し、頭髪と頭皮をクシャクシャに揉みほぐしている。
エンスウは該当ページを開いた。
「ならば正々堂々と雌雄を決しよう。場所はケティム中継基地近海。時間は今から3日後の正午」
「何を言い出すのかなこのガキ?」
「正義の艦隊ならば、正々堂々と決闘を受けるべし!」
合衆国代表は両手を額に乗せ、己の不幸を天に呪った。
その時、合衆国代表の携帯がバイヴレーションした。
解放された会議なので、特別に外との連絡も自由であったのだ。
「どうした?」
こんな時にかかってくる電話だ。余程の緊急事態なのだろう。
合衆国代表は、顔を後ろに向けて電話に出た。
「なに? AZW放送局が艦隊決戦の独占放映権を得た? ゼクトールが放映権を売ってきただと? あいつらマジでバカか?」
携帯を左手に持ち替えた。
「あ? ゼクトール艦艇の乗組員の名簿がAZWに渡ったって? 平均年齢17.3才? 女子ばっかり? ご両親と一緒に映ってる笑顔の写真付き紹介状付き? 『この戦争が終わったら、わたし、こんなことするんだ』のコメントと恋人募集中の案内も付けて?」
どんどん、合衆国代表の顔色が悪くなる。
空いた右手が、胃の位置に置かれている。
「その情報をマスゴミが公表しただと? 合衆国の世論85%並びに彼女いない独身男性100%が平和維持軍派遣に反対?」
脂汗を流しながら、右手は胃に指を立てている。
胃が痛くなってきたんだろうなぁ。
「選挙? 知るか! ボケェー!」
携帯を切って、振り返る。
土色をした顔があった。
「頼む。休会にしてくれ。休会にしてくれたら、これからは今まで信じてきた神を捨て、エンスウさんを女神として信仰する」
キョトンとするエンスウ。
そして、手にした問答集をめくりはじめた。
あああああああああ、この言葉もNGワードだったかぁぁぁぁぁぁ……。
「宗教上の問題なので、会議が終わった後のインタビューで答えさせてもらう」
会議が終わっても騒動が続くのかぁ……。
今度は個人的な……。
合衆国代表は、肩口からドウと崩れ落ちた。
隣の席に座っていたヨーロッパの某国代表が、体を揺すっている。
「おい! 大丈夫か? いかん、痙攣している! だれか! 医者を呼べ! この中にお医者さんは居られませんか?」
神経性胃痙攣である。
とうとう病院送りが出た。
さすがに戸惑うエンスウ。
この隙を百戦錬磨の議長は逃さなかった。
「合衆国代表、君の犠牲は無駄にしない」
「無茶しやがって!」
強制的に一旦休会を宣言。ゼクトル代表を除く全員が賛成した。
エンスウが何か言う前に議長が休会を宣言した。
「まだ話は終わっていません!」
金切り声で叫ぶエンスウから、逃げるように会議場を後にする各国代表達。
「こうしている間にも、我が艦隊はケティムに向け航行しているのです! それを見逃すのですか!?」
エンスウが脅迫するものの、会議場はごったがえしていたので、代表達は聞いてないフリをしていた。
――ゼクトールに関わりたくねぇ!
――ケティムの二の舞は御免だ!
だれもがそう思っていた。
閑散とした会議場で、ケティム代表は疲れ切った表情でこう言った。
「誰でもいい。誰か、ゼクトールを止めてくれ!」
どうやら、国際政治の力では、ゼクトールを止められなかったようだ。
しかし、政治以外の心ある組織が動いた。
休会中、ゼクトール本国で成り行きを見守っていた桃矢の元に、一本の電話が入ってきた。
日本からだった。
日本の兄からだった。
その内容を聞いて、桃矢は慌てた。
国家存亡に関わる内容だった。
大急ぎで艦隊を率いる桃果に連絡を取った。
「どうしたのよ桃矢? 慌てなくとも、新必殺兵器・超弦歪曲六次元砲の整備は完璧よ! 大陸棚ごとケティムを吹き飛ばしてやるわ!」
桃果の声は、ずいぶん肩を怒らしたものだった。
「艦隊派遣は中止だ! すぐ引き返すんだ。ケティムとの終戦協定斡旋にのらなきゃならない!」
「いったいどうしたの?」
桃矢の慌てぶりに、桃果は何かあると感づいた。
「日本の某所から訴えられている」
「なにが? 特許でも侵害した?」
「ゼクトール海軍軍歌を、ほら! アレにしたろう?」
中間基地壊滅船に出港し際に採用した、2199的なアレだ。
ゼクトール小学校吹奏楽部演奏のアレだ。
「したした! それが何か?」
「版権を持つ大手レーベルから訴状が出された。無断で戦争関連に使うとは何事か! と怒られた!」
「え?」
「著作権侵害で訴えるって! もの凄い勢いで怒っている!」
「ななななんですって! 一大事じゃないの!」
良くも悪くも日本人。
とかく版権に弱い首脳二人であった。
「ただし、取り下げる条件として、国連から出された終戦協定斡旋に応じる事となっている」
「なんですと!」
「話し合の席につくだけで、新品の給水車を一台プレゼントしてくれるとも言ってきている! 今日中に返事したら、さらに中古をもう一個付けてくれる!」
「それはお得ね。了解したわ! ただちに帰還する!」
条件は悪くない。
ゼクトールでは、ケティムの国土なんかより、給水車一台の方が遙かに価値がある。
ミサイル100発分に相当する!(どんな使い方だ?)
つーか、……、桃果も桃矢も落としどころを探していたのだ。
こうして、全世界を巻き込んだケティム・ゼクトール戦争は、その終焉へと向かうのであったのであった。
次話、最終回「戦争の終結」
お楽しみに!




