53.対潜戦闘②
駆逐艦ブレハートを先頭に、二隻のフリゲート、カゲロヲとオボロが後ろに続く。
敵は二隻の攻撃型潜水艦と静かに潜行する原潜アモス。
「敵潜水艦、二隻とも魚雷発射管開きました」
ブレハートの探査士より報告が上がる。
「戦闘は力ずくこそ華。予定通り魚雷飽和攻撃!」
桃果が命令するも、敵の方が早かった。
「敵潜水艦、魚雷射出。数4。各艦2本づつ」
「こちらも発射!」
駆逐艦ブレハートの喫水線下の発射管より、6本の魚雷が発射された。
双方の魚雷は、互いに交差しつつ、獲物に向け突き進む。
「回避!」
基本、魚雷は操艦によって躱す。
多数のデコイを放出し、右へ大きく舵を取り、速度を上げる。
桃果は耳に差し込んだイヤホンに注意を向けている
4本の魚雷は、ブレハートの左後方でクロスし、海中へ消えた。
「速度元へ!」
「敵潜水艦に魚雷着弾!」
特に光が見えるでなく、炎が上がるでなく、探査士の報告のみで撃沈が確定される。
微妙な顔をする桃果である。
「なんて地味な――」
「魚雷2本! 近づく! これは?」
「アモスからのどさくさ紛れよ! 早く回避なさい!」
結果として、味方潜水艦2隻を囮にし、ブレハートを危機に落とし込めたのだ。
「機関全速! 左舵! デコイ出せ!」
急速機動を行いつつ、魚雷を振り切ろうとする。
「食い付かれました! 振り切れません!」
気づくのが遅れた。
魚雷命中確率が操作できないタイミングになっていた。
「詰んだ?」
桃果が自嘲気味に笑う。
『ブレハートは進路そのまま!』
オボロより入電。
ブレハートの後方で、斜めに交差していくオボロ。
連続して立ち上がる2本の水柱。
柱が赤い光を放つ。
ウンもスンも無い。まともに魚雷を食らった。
「ああっ! オボロが!」
誰かが叫んだ。黄色い声だ。
フリゲート艦オボロは爆沈した。
「進路前方、さらに魚雷2」
進路を予想されていた。
『後はお願いします』
カゲロヲより入電。
真っ直ぐ魚雷へ突っ込んでいくカゲロヲ。
カゲロヲの脇腹に魚雷が消えた。
吹き上がる2本の火柱。
「カゲロヲが盾に?」
三つに折れたカゲロヲは、ものの数秒で海に沈んだ。
「右舷より魚雷4接近」
アモスの艦長は魚雷戦を知り尽くしていた。
先手先手を打ってくる。
「対魚雷魚雷!」
ブレハートの舷側より、4本の魚雷が放たれた。
ヴィムお手製の対魚雷用魚雷である。
航跡を描いて2本の魚雷に襲いかかる対魚雷。
1本目が外れた。
2本目は近接信管で自爆。しかし、敵魚雷に影響は無い。
3本目が右の魚雷を捉えた。残り2本。
4発目が残りの敵魚雷に軌道を変えるが、既に遅い。
2本躱された。
「右舷艦中央に直撃!」
「全員、衝撃に備えろ!」
ゴウゥゴゥウン!
ブレハートの中央部より、白い水柱がそそり立つ。
「ゼクトール駆逐艦被弾!」
遠くから鷹の目で戦場を見ている者がいる。
合衆国の偵察機の一機だ。
「ECM出力低下。レーダーはダメだが通信使えるぞ」
偵察機コクピットより、双眼鏡で観察していた。
「ゼクトール艦惰性で航行中。機関を損傷したようだな」
「首の皮一枚でケティムの勝ちか」
機長が言うように、駆逐艦ブレハートは全ての動きを止めていた。
右側に傾いでいる。
「当たり所が良かったのか、沈まないとは運が良い」
「それも時間の問題だろう。もう少し近づくか」
偵察機はゆっくりと弧を描き、戦闘があった海域へ近づいていく。
ここは海中に座するケティムの原潜アモス。
「おめでとう御座います艦長!」
副長が、艦長の手腕を褒め称えた。
「コマンダー・ゼロ。結局素人だったな」
気に入らなかったのか、いかめしい顔をして艦長が答えた。
「聞けば、年端もかぬ子供達が乗船していたという。それにしては、あっぱれな行動だった」
艦長は旗艦の盾となって沈んだ2杯のゼクトール船を思っていた。
「よし!」
声を張り上げ、艦長は気持ちを切り替えた。
「浅深度に浮上。SLBM発射態勢に入る」
原潜アモスが厳かに浮上を開始した。
太陽の光がアモスを明るく照らす。
美しい海。美しく泳ぐ魚たち。
まるで幻想境。
アモスを遮れる力を持つ者は、この海にいない。
これからアモスは悪魔の中の悪魔、魔王を生み出す。
物質は小賢しい音を立て、エネルギーはほくそ笑み、魔王を生み落とす準備を整えた。
「ミサイル、発射」
高圧ガスによりミサイルは防水皮膜を突き破り海中へと滑り出る。
人の思いを打ち破り、人の思いを乗せ、魔王は産道を通り、羊水をくぐり抜け、空気に触れた。
チャポンと海面に飛び出すと、ロケットに点火。
力強く上昇をはじめる。
「ケティム、SLBM発射! あいつら本当にやりやがったぞ!」
合衆国の偵察機から悲鳴が上がった。
「止められないのか?」
合衆国には止める理由がない。
偵察機が戻るまで、発射の事実を合衆国は知り得ない。
「主砲、照準合わせ」
沈黙していた駆逐艦ブレハートの127mm単装砲が抜き放たれた。
「この時を待っていたわ」
ブレハートの戦闘艦橋内で、桃果がトリガーを握っている。
「主砲、連続発射!」
実弾砲に偽装したグラビティキャノンが火を噴いた。
一発目外れ。二発目外れ、三発目――。
命中!
推進用燃料を打ち抜いた。
灰色の煙と炎が膨れあがった。
爆発!
「やったー!」
湧き上がるブレハートの艦橋。
桃果は胸を反らして外部スクリーンを見下している。
鼻が天狗になっていた。
「せっかく浅瀬に上がって来てくれたんだから、お土産を持って帰ってもらわないと……え?」
桃果の伸びた鼻が、ポロリと音を立てて落ちた。
スクリーンの中央に巨大な光球が現れたのだ。
どうやら、ケティムの核ミサイルには近接信管が仕込まれていたらしい、それが、爆発に反応したのだ。
いわゆる核爆発に分類される現象だ。
「どうかしましたか?」
死角になっている場所から副長が聞いてきた。
「いえ、大したことじゃないのよ。ねぇ?」
桃果は能面のような顔で、探査士に同意を求めた。
「そうですね、みんな笑顔であいさつしてます」
ノリの良い探査士でよかった。
超高密度熱エネルギーが花を咲かせ、海の水を爆発させた。直下のアモスは風に吹かれたジグソーパズルのように吹き飛ばされる。
駆逐艦ブレハートを飲み込んだ光球は、一気にエネルギーを四散。
有り余ったエネルギーが天高く伸びてゆき、禍々しいキノコ雲を形成した。
次話「……帰還」
お楽しみに!




