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51.報道

 翌翌日の昼過ぎ、一機のチャーター機がゼクトールに向け飛んでいた。

 間もなく到着だ。


「おい! ゼクトールが見えてきたぞ!」

 外を見ていた男が仲間に声をかけた。


「なんて美しい海なんだ! コバルトというか、なんというか!」

「平和と戦争の演出のためだ、カメラ回しとけ!」

 撮影用カメラが回る。


 彼らは、合衆国放送局AZWのクルーだ。


 ケティムの核攻撃宣言。この状況でゼクトール国内よりの中継。

 成功すれば視聴率がっぽり。あと、生きて帰れればボーナスが出る。


 後先考えていない大馬鹿者達であった。


 合衆国はゼクトールへの渡航を禁止した。

 第三国を経由すればどうとでもなるのだが、目的のゼクトールが入国を規制したのでどうにもならない。


 どうしたものかと悩みつつ関係方面へ連絡を取っていたら、元同僚のロゼが手を回してくれた。

 招待と言うことで、入国OKの運びとなった。


 できる女は何かが違う!

 愛しているぜロゼ!

 ガチャン! ツーツーツー

 おいロゼ! もしもし! もしもし!


 ピーカンの空。チャーター機は何事もなくゼクトール国際空港へ着陸した。


「暑いなー!」

 タラップから下りる撮影クルーが周囲を見渡したところ――。


「お、おい!」

 ディレクターがある方向を指さす。


 そこは滑走路の端っこ。真っ赤に塗られた戦闘機が三機、翼を並べていた。

 

「ゼクトールのたった三機の戦闘機だ! カメラ回せ!」


 三機は三機とも、各整備用パネルを開いていた。整備士だろう、一機当たり複数の整備士がたかっていた。

 赤い飛行服を着用したパイロットらしき三人が、屋内へ入っていくところだった。


「ゼクトールはまだ、戦闘機を出していないようだな」

「不調じゃないのか? みんなで覗き込んでるぞ」

 整備士の物腰が、浮ついているように見える。


「今回のゼクトールは全力を出せないでいるのか?」

 悪い意味でワクワク感がとまらない。


 とその時、整備士の一人が、撮影スタッフに気づいた。


「やばい! 撮影機材を没収されるぞ! 走れ!」

 クルーは、入国管理棟へと走り出した。



 

「撮影は許可を取ってもらわないと! たたき出されるわよ!」

「すんません」

 一部始終を見ていたらしいロゼが、撮影隊を叱っていた。


「通路を離れて撮影なんかして! 捕縛されたら私にも止められなかったわよ! ホント危ないところだったからね! 私が案内するところ以外撮影禁止よ! 私の顔に泥を塗らないでよ! 別にABZでも良かったのよ!」


 ABZは彼らAZWのライバル社だ。

 ロゼの怒りはそこまで高かった。


「本気で悪かったと思っている。許してくれ。今後あんたに従うよ!」

 ここまで来て、放り出されては元も子もない。撮影隊は平謝りだ。

 

「いいこと? 私のコネとカンで、ギリギリアウト的な所を撮影させてあげるから、タイミングを含めて、完全に私の言うとおりに動いてよ! そうすれば、海軍基地と、出撃準備中のゼクトール艦隊を間近で撮影させてあげるわ! これって軍機密漏洩よ、どう?」


 軍の機密を撮影できると聞いて、舞い上がらない撮影クルーはいない。

「絶対服従を誓います!」

「よーし!」




 道すがら、ロゼの顔で民間人と、軍人までインタビューしつつ、軍港とは名ばかりの港へ到着した。


 警備兵の少女に気軽に話しかけるロゼ。

 何か解らないけど、話が弾んでいる。


「今のうちだ」

 カメラが港の奥へ向けられる。


 目隠しの屋根付き港。薄暗い奥に、何隻かが縦に並んでいる。

 ……まだ船が港にあった。


「インタビューの話が付いたわ。聞きたい事色々あるんでしょ?」

 ロゼは、警備兵の少女を指さしている。


「いいの?」

「私が用意できるのはこのレベルの人だけだけどね」


「せめてコマンダー・ゼロ……いえ、なんでもないです」

 ディレクターにとって不満があるが、ロゼを怒らす事はできないのでじっと我慢だ。


 ヒヨコを連想させる警備兵を相手に、レポーターが話を始める。


 カメラマンとディレクターの横にロゼが立った。

 そして口を動かさずに、声だけ出した。


「カメラ。レポーターと警備兵の間」

 その殺伐とした雰囲気に、事を察したカメラマンは、僅かにフレームを動かした。


「奥の兵舎の窓。ズーム」

 窓の向こうに三人の人影。

 ずいぶん厳しい表情の三人だ。


「グレーの軍服は、この国の国防委員長ミウラ。黒い服は、国王トーヤ」

「なんだと!」

 小さな声で驚きの声を上げるディレクター。大物じゃないか!


「もう一人。黒い水着に、白のセーラー、長い黒髪。左目に黒いアイパッチ」

「まさか!」

 もう一度小さく叫ぶディレクター。


「世界がその絵を欲して止まない、あれがコマンダー・ゼロ」

「ゼ……」


 ディレクターは絶句した。カメラマンは震えを必死でこらえている。


 謎の人物コマンダー・ゼロ。

 ケティムが終戦協定の条件に名を出した人物。

 ゼクトールを2度も勝利に導いた謎の天才美少女(桃果談)軍師!


 絵を捉えたのはほんの一瞬だけだった。

 窓の向こうの三人は、移動中だった。すぐに壁の向こうへ消えていった。


「撮ったか?」

「ほんの3秒ほど」

「大スクープおめでとう。さて、艦船を映しておかなくていいのかな?」

「あ、ああ」

 カメラは港の奥に向く。

 

 一番手前は……望遠カメラが艦名を捉えた。フリゲート艦カゲロヲだ。

 艦尾のどこかで青白い光が間欠的にこぼれている。


「修理がまだ済んでないみたいね」

 ロゼによると、あれはゲン爺さんとやらが放つ溶接の光らしい。


 その奥のフリゲート艦はオボロ。その奥は、遠すぎてピントが合わないが、一回り大きな艦影だ。旗艦ブレハートだというのは、想像に難くない。

 大勢の人員が動員され、船に物資が積み込まれているシーンをカメラは捉える。


「艦船はまだ港で補修と補給中。たった3機の戦闘機は、基地で整備中。ゼクトールは完全に出遅れているわ」


 事前取材を済ませていたのだろう、やたら要領の良いロゼである。不思議なほど要領が良すぎる。


「……貴重な情報、ありがとう」

 それはそれとして……、ディレクターは頭の中で、構想を練っていた。


「そろそろ引き上げるわよ」

 ロゼが歩き出した。


「待てよ、もう少し……」

「これくらいが潮時なのよ。それに、私が潜り込んでいる一族の族長会議がもうすぐはじまるわ。戦争の裏側が見られるわよ」

「よし行こう!」

 ロゼの後に付き従い、撮影隊が歩き出す。


「その前に、今の絵をAZWへ送っておいた方が良いわ。なにせコマンダー・ゼロよ! 世界初の大スクープを強制没収されちゃ死んでも死にきれないわ!」

「おう! それもそうだ」


 撮影隊は、ロゼの言う「世界初」「大スクープ」の言葉に浮き足立っていた。

 急ぎ、大容量通信設備を仕込んであるチャーター機へ向かうのであった。


 謎の参謀コマンダー・ゼロ。

 ゼクトール艦隊未だ出撃せず。

 当然のごとく、この画像は大スクープ扱いされ、合衆国国内並びに業界内で撮影隊は一躍有名となった。





「行ったか?」

 軍港の兵舎で、ミウラがカーテンの影から外を見ている。


「ヤレヤレだぜ!」

 眼帯をあてた少女が頭に手を置いた。


 長い黒髪が、ずるりと落ちる。

 眼帯を外して、化粧落としのティッシュで顔をぬぐう。


 厚い化粧の下から現れた顔は、エレカのものだった。


「背筋を伸ばして偉そうにするのって、どうも慣れねぇな」

 身長と胸の大きさがほぼ一緒だったので、影武者に抜擢されたのだ。


「ロゼさんの協力が無ければこうはならなかった」

 桃矢も緊張を解くため深呼吸をしている。着ている軍服は、ジーク・ゼクトールの時の一品だ。


「さすが『ゼクトール報道委員長』。あの手際は神だ!」

 ロゼは、とっくの昔にゼクトールに下っていた。今ではすっかり政府の重鎮としていい顔になっている。


 ミウラは港に停泊している艦船に視線を向けた。

「先の戦いで、駆逐艦とかフリゲートとか潜水艦とか空母とか、合わせて16隻も鹵獲しましたからね。偽装ならいくらでもできます」

 

 桃果は、予定通り昨夜の内に出撃している。ここに浮かんでいる船は、アリバイ工作のための物。

 こういう時、同型艦は助かる。名前をペンキで書く「だけ」で良いのだから。


 撮影隊が見た赤いフランカーは、偽物である。


「桃花ちゃんと相談した結果だけど、いつ、ゼクトールを艦隊が出航したのか? それが解らなければ、ゼクトール艦隊の足の速さも解らない。解らなければ、常識の範囲内で勝手に結論が付くさ」


 たとえば、ずっとずっと前に、何らかの悪どい目的で出航していたとか、その出撃自体を隠すために偽装工作をしていたとか、世間にはそんな説が流れるだろう。

 なにせ、あのゼクトールだ、なにをしでかすか解らないぞ、とも思わせておきたかった。


 重たいコスプレ衣装を脱ぎ捨てた桃矢は、明るい外へと出た。

「あとは、桃花ちゃんしだい。任せたよ」


 北の空を見上げる桃矢である。

 空はどこまでも青かった。






 駆逐艦ブレハートが、時速250キロで大海原を突っ走る。

 海上艦艇にはあってはならない速度だ。


 艦首左右に白いペンキでカゲロヲと書かれたフリゲート艦、同じくオボロと書かれたフリゲート艦が後ろに続く。

 少し離れた後方に空母ファムが続く。


 今回、作戦と戦闘海域を限定し、さらに大急行便かつ諸々の作戦事情であるため、ただでさえ少ない1艦あたり乗組員定数約60人の2/3、約40人で運営している。


 空母を除くと総員120人。それでも通常乗組員の半分以下というから、驚異を通り越して無謀である。

 さらに2直で運営という、精神的特攻スタイルであった。



 


「スーパーキャビテェーションって言葉があるだろう?」

 ヴィムが推進システムの説明をしてくれた事がある。


「あれの応用だ」

「ふーん……」


 スーパーキャビテェーションがなんなのか全く知らない桃果は、黙って知ったかぶりを決め込んだ。どうせ解りっこないんだから、質問しても時間の無駄である。


 桃果にとって、必要なのは理屈じゃない。速度である!


「良い生徒だ」

 説明を終え、満足げに去って行くヴィムの後ろ姿が、なんだか哀れだった。





「モモカ艦長。そろそろ予定海域です」

 副艦長のお姉さんが報告を上げてきた。


「総員、各部署の戦闘艦橋へ入れ!」

 ゼクトール艦隊は、臨戦態勢へと入ったのであった。




次話「対潜戦闘」


お楽しみに!


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