47.帰国騒動記
翌、出発の朝。
「行ってきます」
湿っぽい挨拶は昨夜済ませた。
桃矢は胸を張って玄関を出る。政府関係者が手配してくれたワゴンを待たせてある。
警備のパトカーが前後に付いている。
表が騒がしい。
騒がしいのはいつもの事だ。早く静かな……賑やかなゼクトールへ帰りたい。
それにしても騒がしい。
何で騒がしいの?
デモ隊が繰り出してきていたからだ。
「早くゼクトールへ帰れ!」
「戦争反対!」
そんな字が躍る横断幕を先頭に、行列が左からやってきた。
桃矢の姿を認め、シュプレヒコールを上げる。
「戦争犯罪者!」「早く帰れ!」「戦争犯罪者!」「早く帰れ!」
ご一同が、綺麗に唱和する。
ご近所の方々も、何事かと顔を出している。大変恥ずかしいから、止めていただきたい。
と、遅れて右からもやってきた。
……で、それは何か違和感満載のデモ行列であった。
「早くゼクトールへ帰れ!」
「戦争反対!」
先に左から来たデモ隊と同じ「ような」文字が書かれている。
どこかが桃矢の琴線に引っかかる。
そうか、「ゼクトール」の「ル」が「ノレ」になっているからか……。
……よく見れば「戦争反対」の漢字が、なんか……こう……
綺麗に印刷されているのだが、明朝体じゃない。
ゴシック体でも、ましてやメイリオでもない。
字体の名称が解らない。なぜなら、日本人に馴染みがない字体だから。
少なくとも、二月堂高校で使用されている和文フォント集に、その字体は収容されていない。
そして、デモに参加している人々の……ファッションセンスというか……着ている服が……。
少なくとも、コニクロでは売られていない。しまむろのデザインラインではない。
「戦争犯罪者!」「早く帰れ!」
先頭の二人だけが「日本語」で叫ぶ。後ろの人々は「おー!」としか叫ばない。
この辺の違和を感じたのは、桃矢だけではなさそうだった。
最初にやってきたデモ隊の方々も、同様に異質さを感じ取っていた。
「試してみましょう」
桃矢の疑念をいち早く察知した白ファールが、疑惑が持たれるデモ隊に声を掛けた。
『恥ずかしくないのか! この負け犬共が!』
『なんだと! この売女が!』
以上、ケティム語による応酬である。
しんと静まりかえるご町内。
桃矢は、
お知り合いですか?
と言った意味の仕草を、プロ市民団体に聞いてみた。
ぶんぶんと手を振る市民団体の方。
どうやら否定しておられるらしい。
「さ、トーヤ陛下、参りましょう」
ミウラは、状況を理解したくなさそうな「日本人」デモ隊を尻目に、桃矢をワゴンに押し込んだ。
「父ちゃん、お母さん、またね! 兄ちゃん、死ねよ!」
手を振る両親とあかんべーをする兄と、泣きながら手を振るパオラに別れを告げ、桃矢達は車の中の人となった。
政府が用意した道順で空港へ到着。政府が用意した通路を使って通関をパス。
無事、桃矢を乗せた旅客機が、南の空へ向け出発。
ゼクトール直行便は無いので、一旦中継国へ寄る。
空港は、海に面した都市。風向きによっては、ほのかに潮の匂いがする。
懐かしい匂いだ。
飛行機が次の日までないので、現地のホテルに素泊まりする。
チェックインしている最中、フロント要員がかかってきた電話を取った。
「トーヤ・アシハラ様ですか? お電話です」
ピンポイントで電話を掛けてくるとは、ゼクトールのインチキ能力を使った桃果しかいないな。モモカ様もお寂しいのでしょう。はあ? 意味わかんないす。等とワイワイ言いながら、桃矢は受話器を耳に当てた。
「もしもし? 我々はお前に恨みを持つ者です。いま空港に着いたところです」
ガチャリ。
切れた。
ケティム訛りの日本語だった。
その話をすると、ミウラは露骨に引いた。宿泊施設を変えようと言い出した。
それに対し、白黒ファールは、にべもない。
「場所が割れているのですから、どこに泊まっても一緒です。この施設に宿泊致しましょう。その方が、陛下を守りやすいのです」
この二人が言うのなら任せようと、ミウラも同意した。
部屋の鍵を持って、廊下を歩いていたら、壁に沿え付けられた電話が鳴った。
まさかね? と言いながら、ミウラが受話器を取ってみる。
「もしもし? 我々はお前に恨みを持つ者です。今、もよりの駅に着いたところです」
ガチャリ。
切れた。
「どこのメリーさんだろう?」
どこからか見られているようで、なんだか気持ち悪い。
その夜。
みんなでご飯を食べに行こうかとワイワイ相談していた時である。
部屋に備え付けられている電話が鳴った。
今度は白ファールが電話を取った。無言で耳に受話器を当てる。
「もしもし? 我々はお前に恨みを持つ者です。今、お前達が泊まっているホテルの前にムグッ! ガサゴソ……」
ガチャリ。
また一方的に喋って切れた。
ただ、最後らへんで、誰かに口を塞がれて、違う者の手で受話器を置かれたような状況が伝わってきていた。
無言のまま、受話器を下ろす白ファール。
いつの頃からか、黒ファールがいなくなっていた事に今更気づいた。
白ファールは、耳に軽く手を置いた。黒ファールから未知の手段をもちいた連絡が入ったのだろう。
「何度もコンタクトを取れば逆探知を……。陛下、約25分間、この部屋を空けます。わたくしが帰るまでノックするものがいても、ドアは開けないで下さい」
狼と子ヤギですかい!
バシュッ!
白ファールの姿が消えた。
それ以後、電話はかからなかった。
2分を過ぎたあたりで、ドアがノックされたが、母羊の言いつけ通りドアは開けなかった。
その直後、ドアの外で揉み合う音がした。
静かになった。
23分間、静かな時間が過ぎた。
バシュッ!
ドアを開けず、白と黒のファールが帰還した。火薬の匂いがしていた。
「お騒がせ致しました。もう大丈夫です。――永遠に」
と、黒ファール。
「この国をゼクトールと思っておくつろぎ下さい。――すべて処理しました故」
と白ファール。
遠くで消防車のサイレンが鳴っていた。
翌日の地元紙夕刊に、どこかの一軒家が全焼。焼け跡から8人の焼死体が見つかった記事が小さく載っていた。
この国のケティム大使館で大きな花火の音がして、近所迷惑になった。との内容の、こぼれ話コーナーは、その翌日の朝刊であった。
これは誰も知らない事だが、この国から出て行く飛行機に、桃矢達が乗った形跡がなかった。
とある組織が途方に暮れたという。
「密入国じゃないのかな?」
深海を進むブレハート・ドノビ内部で、ミウラに尋ねる桃矢。
「超法規的処置です」
しれっと答えるミウラであった。
そして、その報を受けたケティムでは――。
弾道核ミサイルを搭載した原子力潜水艦に、出撃命令が出た。
次話「会議室」
お楽しみに!




