45.ケティムの事情
桃矢が日本に旅立とうとしていた頃。
ケティムの動きに、僅かな変動があった。
自国内向けの報道規制、並びに報道誘導はだいたいうまくいけていた。
政府が喧伝する勝利の報に、世論は湧き上がっていた。
我らがケティムは偉大なり! 連日のお祭り騒ぎに戦勝記念日の閣議決定。盛り上がりに盛り上がる。
とある年老いたケティム人も、戦勝の祝いという軽いノリで合衆国へ旅行にでた。
合衆国へ移住した親戚を訪ねる目的もあった。
そこで入ってきた情報は――
ケティム敗戦!
海外に居を移しているケティム系の人の耳はふさげない。
親戚の若者が言うに、海外の評価は、ケティムの完敗一色。それを事実といって憚らない。
「そんなばかな!」
老人は激怒した。若者を口汚く罵った。
「そこまでいうなら、テレビを見ろよ! 新聞読めよ!」
「ああ見てやるよ、売国奴め! 戦勝の証拠を突きつけてやるから謝罪しろ!」
テレビがついた。英語はわからなかったが、雰囲気と数字は見てとれた。
テレビの解説者が異口同音に述べていた。
曰く、経済の面ででケティムは莫大な損害を被った。
曰く、艦隊を2個失うことによる、辺地域への将来的軍事影響力の致命的な低下。それによる合衆国艦隊の近海侵入。
曰く、PRC陸軍の活発化。ロシアとの経済交流一時中断。
曰く、のほほんと暮らしている戦勝国ゼクトールの様子(ロゼ撮影)。
等々。
これに、老人のプライドが傷ついた。
ケティムは大国である!
国民総生産世界第3位(ケティム発表)!
核ミサイル保有国!
自分たちが信じなければいけない事実。つまり、勝っていなければならない本当の事実と、現実の事実が違う!
それは――、
この世が間違っている!
間違いは身をもって正さねばならぬ!
「ゼクトールの虐げられた少女像」
合衆国の某公園入り口に建てられた像の前で、焼身自殺事件があった。
「全世界は、ケティムの勝利を認識し、これを報道、謝罪せよ!」
との遺書を残して。
この事件が、次の大きな変動へのきっかけとなる。
地元新聞では、色物として大きく取り上げられた。
世界へは小さく発信された。
ケティム本国で、政府が大々的に取り上げた。戦意高揚と自国民の不満を海外へ向ける手法であった。
結果として、これがいけなかった。
海外のケティム系の人々が働く職場で、彼らの子供が通う学校で、母国を敗戦国扱いされる。
国内より、ケティムの完全勝利を求める声が、極めて高まった。
一部地域でデモを誘発し、それが全国に広がった。
暴力沙汰、商店の商品略奪、婦女暴行、外国人襲撃までは、政府も見逃していた。むしろ助長させていた。不満の行方が政府に向かなかったからだ。
気がつくと、ゼクトールに対し、武力攻勢に出なければならぬ状況に追い込まれていた。
悪いことに、この頃より、海外からの情報が盛んに入るようになった。
ケティム政府は、否が応にも行動に出なければならなくなった。
なにせケティムはゼクトールに勝ったのだから、行け行け状態の設定である。
事実上の敗退により、とても艦隊を派遣する予算など組めぬのが現状。
ならばどうするのか?
ケティムは、暗い作戦に着手した。
次話「暗殺」
お楽しみに!




