44. 兄
戸籍とか、いろんな手続きを済ませて実家へ帰ってきた。
帰り着いたのは夜半過ぎ。
家の前に人だかりができている。
照明が家を照らしている。
「なんだろう?」
不審に思った桃矢は、早足で家に近づいた。
「あ! 帰ってきたぞ!」
マイクを持った人。カメラを持った人。一斉に桃矢の方に体を向ける。
「今回の戦争について――」
「日本の皆さんに一言――」
「ケティムは勝利したと言ってますが――」
「コマンダーゼロとは何者ですか?」
なんか囲まれた。
色んな事を口々に聞いてくる。
もみくちゃにされた。
「危険です! これ以上近付かないでください!」
桃矢の前に割って入ったミウラが、報道陣を押しのけるの、ライオンの前の蟷螂の鎌だった。
「押さないで下さい! 陛下の身に何かあったら――」
「やっぱゼクトール国王なんだ!」
余計に騒ぎが大きくなった。
ミウラがもみくちゃになっていた。
ザン!
音にならない音がした。
騒がしい声が消えた。
桃矢と報道陣の間に空間ができた。
空間に黒ファールが立っていた。怖い目で明後日の方向を見ている。
『制圧・威嚇・恐怖、並列起動』
桃矢のミトコンドリア受動体が、ファールの声を拾った。
「さ、陛下」
後ろに立つ白ファールが、桃矢とミウラの背中を押す。
芦原家の門柱をくぐると、白ファールが報道陣に振り向いた。
「ここはゼクトール駐日大使館!」
白ファールが指さす看板は「ゼクトール王家御用達修理工場」……指を水平移動して……「ゼクトール大使館」の看板。
「一歩でも踏み込めば、外交官特権により、直ちに処罰する。覗き見も法に抵触するものと思え。また、法を犯した報道機関は、主権侵害で日本国政府に正式に通達させてもらう」
ざっと報道陣を見渡す白ファール。
「よろしいか?」
よろしいも恐ろしいもない。
『強威圧・無気力』発動。
報道陣は、三歩下がった。
「では諸君、解散だ」
有無を言わさず、玄関ドアを閉めた。
晩メシ食って、風呂入って、ソファーでくつろぐ。
「はー、大変な目にあった」
桃矢は、ミックスキャロットを飲みながら、溜息をついた。
白黒ファールは警備に立っている。ミウラはお風呂。母は片付け物。父とパオラは帳簿付け。
1人になると、昼のことを思い出す。
この戦争に、ゼクトールが勝ったとしよう。
でも、ケティムは嫌がらせを続けるだろう。そんなふうにシステムができてしまったからだ。
合衆国だけじゃなく、全世界に「ゼクトールの虐げられた少女像」を建てて回るだろう。
戦争は終わらない。
戦争が終結したら……桃果だったら、どんな風に考えるだろう?
「次は、全ての像に爆撃敢行!」
……もとい、ミウラなら、どんな風に考えるだろう?
「はっ! 勝って兜の緒を締めます!」
……もとい、ジェベルさんなら、どんな風に考えるだろう?
「べつに? 椰子の木を燃やされたわけではありませんから」
そう答えるだろう。にっこり笑うだろう。
ゼクトールの人々には、戦争より切実な悩みがある。
水問題だ。
明日は雨が降るだろうか?
それが大事。
一に雨。二に椰子の木。三、四がなくて五にタロイモ。
明日の問題は明日考えれば良い。
ねえ君、悩んで生きてて、楽しいかい?
それが南国気質。
どこからか声が聞こえてくる。
「明日は明日の風が吹く」
桃矢はニンマリと笑った。
「気持ち悪いヤツだな!」
「うわ、びっくりした!」
桃矢の隣で、兄・一郎が顔を歪めていた。
「い、いつからここに?」
「何か一人でぶつぶつ言ってたぞ。それより桃矢――」
一郎の目が色と欲で輝きだした。
「教えろ!」
「何を?」
一郎はニヤリと笑い――
「どうやってケティムに勝った?」
兄は、どのレベルで聞いてきているのだ?
「夏前のは、接近戦とちょっとしたトリックで」
「嘘だ。二回戦は?」
「引き上げた艦隊で……」
「世間ではそういってるよな?」
「実際、勝ったんだから不思議としか……」
「世間様はその不思議を見ないで現実だけ見るからなぁ」
一郎は、ヒゲの生えかかった顎を撫で回している。
「なあ、桃矢、これ以上詮索されたくなかったら俺の提案をのめ」
昔から、この兄は要領が良かった。なにかに気づいているのだ。
「べつに、詮索されてもされなかっても、融通は利かすよ。なにさ?」
桃矢は、どうとでも取れる言い方で逃げた。
「何か欲しい物はあるか? ゼクトールとして、日本の商社にできることはあるか? と聞いているんだ」
拍子抜けする提案だった。
桃矢は少し考えて、要求を出した。
「水。水を運ぶ車が欲しい」
「給水車だな? よしよし、なんか考えておこう」
それきり、一郎は何も話すことなく、自室へ引き上げたのであった。




