42.実家
お下げ髪のちっこい少女だ。東洋人っぽい顔立ちだが、日本人とはあきらかに違う。目が緑色をしている。
「おや、お忘れですか? 駐日特命全権大使、パオラ・シャオンです」
「あ、ああ! 思い出した。任命したっけ!」
あれは二ヶ月前のケティム戦直前のこと。大勢の人々(少女達)を一度に任命していた時期があったが、その中の一人だった。
「桃矢ー! 元気にしていた?」
母がパオラの後から顔を出した。
「お母さん、久しぶり。父ちゃんは?」
「工場よ。それより早くあがんなさい。あ、後ろの三人さんも!」
ごくフランクに、ミウラ達に声を掛ける母。三人も挨拶もそこそこに中へ入っていく。
「何だ、生きてたのか」
居間のドアを開けて、長身の若い男が顔を出した。桃矢とは年の離れた兄、一郎である。
チャラくさいイケメンである。
「生きてたかはないだろう? 兄ちゃんこそ、なんで平日に家にいるんだよ?」
「有給休暇だよ有給!」
昨年、某中規模商社に就職した、いわゆる勝ち組である。
「いい企業に入れたのも、小中高と必死で勉強して、いい大学に入れたからだ。これから彼女だってバンバン作るぞ! お前も――」
「失礼致します」
ミウラが入ってきた。桃矢と同い年。きめが細かい浅黒の肌。後ろに撫でつけた金髪。
アイスブルーの瞳が人形さんみたいに綺麗。
そのようなスペックを持った美少女が、兄一郎を見下して立っていた。ツンデレのツン要素バリバリで立っていた。
「お邪魔します」
続いて、白と黒のファールが入ってきた。
目が怖いけど、長身の美女である。一郎より背が高い。できる系のお姉さんである。
「――も、もげろ」
一郎は、人生に挫折した。
それなりの大きな食卓であるが、6人座ると狭かった。
桃矢と両親、兄とミウラ、それとなぜかパオラの6人である。ファールは護衛なので、席を外している。
海老フライが乗っていた。タルタルソースである。桃矢の大好物だ。
キムチ鍋が乗っていた。熱々である。秋とはいえ、鍋はいかがなものか?
そして、おにぎり。
「お母さん、鍋におにぎりって酷くない?
「何言ってるの?」
母は目を丸くして驚いていた。
「全部、桃矢の大好物じゃない!」
「それはそうだけど」
「おいしいでスー! サクサクでスー! 辛いでスー! 食べやすいでスー!」
パオラは、遠慮という言葉を知らない人らしい。手を回転させながら、食材を片っ端から消費していく。
「ところで、パオラ」
おにぎり片手に桃矢がパオラに面と向かう。
「なんでスー?」
パオラは口の周りをタルタルソースだらけにしていた。
「ここは首都じゃないよね? なんで地方都市にゼクトール大使館があるんだい?」
「それは――」
ミウラに口の周りを拭いてもらうパオラ。
「トーキョーで土地を探したでスが、とても高かったでスー。赤坂近辺だと、予算月三万円で貸してくれる屋敷はないでスー」
「そりゃないわな」
「藁をもつかむ気持ちで、トーヤ陛下の実家に電話したでスー。こっちにおいでと言われたでスー」
「パオラはまだ子供だ。困っている。そして桃矢の関係者だ。手を差し延べる理由は、それ以外いらんだろう?」
父がよそ見をしながらビールをあおった。シャイな人である。
「家賃三万円でお風呂とトイレ付き、賄い付きでスー。好条件でスー。陛下のご両親には感謝しているでスー。熱いでスー」
キムチ鍋がな。
「大使館は首都になければならないという法はないでスー」
「じゃここで大使館業務をしていると?」
父が海老フライに箸を突っ込みながらぶっきらぼうに答える。
「業務の傍ら、俺の仕事を手伝ってもらったり、家事を手伝ってもらったりしとる」
まとめよう。
この男は、未成年者に三万円払ってもらって、なおかつ仕事をさせているのだ。
ケティムの主張は正しいのかもしれない。
「ミウラさん……でしたね?」
兄、一郎が男前の顔をキープしている。
「もし、明日お暇でしたら、あなたの国王の兄である私めに、この辺の案内をさせていただけませんか?」
「お断り致します」
ミウラの返事はにべもなかった。
「わたしはゼクトールの国家安寧を司る立場たる国防委員長の身。公務でない限り、トーヤ陛下の側を離れるわけにはいきません」
一郎は、この程度で引き下がるチャラ男ではない。
「ならば、私の弟である国王陛下に許可をいただきましょう、ちょっとくらいいじゃありませんか」
白い歯がキラリと光る。
「なあ桃矢?」
そう言って桃矢に振った。
「んー、明日は学校へ挨拶に行こうと思ってたから……」
もの凄く悲しい顔で桃矢を見るミウラ。
「……ミウラさんにも付いてきてもらいたいな。護衛として」
ミウラが突然立ち上がった。
「我らの忠誠は良き猟犬のごとし!」
つられて、パオラも立ち上がる
「王の言葉は、神をも凌ぐものなり!」
2人で、いつもの誓いを唱和した。
「そ、それって、桃矢から、今夜寂しいから添い寝してって言われたら、添い寝する?」
ミウラの顔はみるみる真っ赤になっていく。
「そ、それが主命であれば喜んで!」
「わ、わたしもでスー」
パオラまで頬をピンクに染めている。
「た、ただし、モモカ様が先に、であります!」
「桃矢」
「え?」
「死ねばいいのに」
残ったのは、桃矢の家族だけ。
食事会が終わり、ミウラとパオラが荷物を片付けにダイニングを出てすぐである。
「桃矢、お前はこれで良いのか?」
桃矢の父が、桃矢を真正面に見据えていた。
「お父さんはどう思う?」
「はぐらかすな!」
父の語調が強くなった。
「僕はゼクトールの王になった。……言えない理由が多いけど、運命だと思う」
父はじっと桃矢の目を見つめていた。
「じ、自分で言うのも何だけど、似合っていると思う」
なんでかしら、言葉を続けなくてはいけなくなって、口だけがしゃべり出した。
「納得いかんな。桃矢はまだ17歳だ。親元を離れるには早すぎる」
どう反論すれば父に勝てるのか? 桃矢には良い考えが浮かばなかった。
「桃花ちゃんは?」
今度は母親だ。
「桃花ちゃんは、ゼクトールの人になった。あの子は、二度と日本の地を踏まないと思う」
言葉が続かない。
「で、お前は?」
父が、続きを促した。これだけでは説明が足りないのだろう。
「僕は、桃花ちゃんを助けたい」
桃果は、両親のことで苦しんでいる。大人びているが、まだ17歳。子供の頃から理想と現実の間に挟まれ、苦しんでいた。
何度か言葉にしてみた。何度も言葉にできなかった。
父の目がずっと桃矢の目を捉えたままだ。桃矢がそらしても、いつまでも見ている。
時間が過ぎていく。
父が、桃矢から目をふとそらした。
桃矢は緊張を少しばかり解き、鼻から息を――。
「だから?」
父はこのタイミングで問いを発した。
「桃花ちゃんを守ってやりたい」
桃矢は、虚を突かれたのだ。
父の視線が元に戻る。桃矢と合わさった。
「それなら、納得のいく理由だ」
父はにっこりと笑った。
「体に気をつけろ」
そういって、残りのビールをコップに移した。
次話「先生」
「戦争行為は校則違反です!」
お楽しみに!




