40.外遊
「僕、思うんだけどさー。昨日の一件でさー。思うんだけど――」
朝の会議。冒頭、桃矢が曰くありげな話を始めた。
曰くに心当たりのある委員長達は、みな一様に恐れをなした。
「けじめを付けようと思うんだ」
けじめ?
男のけじめ?
これは、アレかもしれない。
昨日のアレがアレな方で、桃果に対する男のけじめだ。
委員長達9人、18対の目が桃果に集中した。
「え? なに? なによ、あたしが悪いとでも?」
こちらも、曰くに心当たりのある桃果。額にうっすらと汗が浮かんでいるが、なにも気温のせいではあるまい。
あのあと、一堂に会していた理由は誤魔化されたが、ジェベルの主導で、桃矢の誤解だけは解いておいたのだ。
やたら信用度が高いジェベルの奥の手。「十年に一度の嘘」である。
タチが悪い。
「ああ、そのまえに、なんで僕はパンツ一丁なんだろう?」
朝、桃矢が目覚めると、なぜか会議室(特設テント)の床で寝ていた。パンツ一丁で。
時間は会議が始まる直前。
致し方なく、そのまま会議に入った。
昨夜の記憶が無い。正確には記憶の一部がない。
それを感知した桃果が、かさに被ってきた。
「ふ、ふふん! 寝坊したんだから、ちょうどいい懲罰代わりよ!」
「寝違えたのかな? 首筋がズキズキするんだ」
桃果は横を向いて、知らん顔をしている。ギクギクという効果音が背景に使われていた。
「で、なにをけじめるというの?」
横を向いたまま、桃果が尋ねる。
9人の委員長達は、期待に胸を膨らませていた。
「日本へ」
「……はぁ?」
「日本から拉致同然で連れてこられたから、向こうで中途半端になってることがいっぱいあるんだ」
拉致という言葉に、ミウラがビクリと反応した。他の委員長も大なり小なり共犯者なのだが、実行犯はミウラである。人一倍、責任を感じている。
「高校だとかさ、家のこととかさ、国籍はこっちで勝手にやれるけど、手続きだとか、挨拶くらいはしておかないと」
本人は、拉致に対して何とも思っていないようだった。
「一絡げにいうと、けじめって事になるんだけど、ゼクトールに骨を埋めるにあたって、後顧の憂いを無くすってことかな?」
「陛下!」
ミウラの目が潤んでいた。
「骨を埋める……。そこまで我らとゼクトールのことを……」
彼女は感激していた。
「トーヤ陛下!」
9人の委員長が一斉に立ち上がった。テーブルから離れ、桃矢に向かって膝をつく。
「我らが王よ。我らの忠誠は良き猟犬のごとし! 王の言葉は、神をも凌ぐものなり!」
隷属の礼だ。誓いの言葉も、マイナーチェンジがなされている。
「いや、そこまで持ち上げてくれなくていいよ! 君たちのためだけじゃない、僕の為でもあるんだから!」
委員長達の礼は直らない。みんな涙を床にこぼしている。
桃果だけが、困った顔の桃矢を見てニヤついている。
「桃果ちゃんも来るだろう? 女の子は男の僕より何かと物要りなはずだろ?」
真っ赤な顔の桃矢が、桃果に救いを求めたと翻訳しても良いだろう。
「あたしは行かないわ」
「え?」
「高校はどうせ中退だし、ゼクトールの方が面白いし、対ケティムの仕込みもあるし、日本行きは桃矢に任せるわ」
ヒラヒラと手を振る桃果。
「でも、挨拶しといた方が良い人もいるだろう?」
桃果の両親のことだ。ゼクトール行きの前夜に離婚したと言っていたが、話すことがいっぱいあるだろう。
「挨拶する両親はいないしぃ」
桃果の中に両親はいないようだ。
「家族を破壊する者は敵よ。だから、両親も敵なの。顔も見たくない」
桃果は桃果で……何処か歪んでいる。
仕方ないか、と、桃矢は諦めた。
「じゃあ、誰か日本行きを手配してくらないかな?」
「では、わたしが!」
外務委員長であるサラが部屋を飛び出した。行動力のある子だ。
それを機に、委員長達が顔を上げる。
「トーヤ陛下」
ジェベルさんが、胸に手を当てていた。
「護衛、および身の回りの世話役として、人をお付けいたします」
「はい! はいはい!」
委員長の間から盛んに手が上がっている。
「別にいいよ、行き先は日本だもの、一人で行けるよ」
ものすごくがっかりした顔が並んだ。
「ゼクトールから、日本への直行便はありません。英語の案内か現地語の案内しかないローカル空港を三つ四つ乗り換えていただいて、やっと日本ですが……大丈夫ですか? 乗り損ねたりした場合、チケットの再手配は可能でしょうか? その日の宿泊は?」
「だれか付いてきてください」
「では――」
ジェンベルさんはにっこりと笑った。
「ミウラを連れ行ってください」
「は? はぃっ!」
ビシリと敬礼するミウラ国防委員長。凛々しい眉がきりりと吊り上がる。
「ヒソヒソ」
「まあ、ミウラさんなら」
「ミウラさんなら、トーヤ陛下に手を出す恐れは皆無」
「これがエレカだったりしたら、安心できませんが」
「なんでオレだったら安心できねぇんだよ!」
そんな会話が小声で取り交わされる。
誰からも反対意見が出ないようだ。
「では、ミウラ国防委員長、ゼクトール宰相の名で命じます。国防委員長自ら、トーヤ陛下の付き添いをなさい!」
「ははっ! この命に代えて!」
水着を着た朴念仁、ミウラが命に代えてと言ったら、本当に命に代えてしまうだろう。
「途中、トーヤ陛下に何かあった場合、旅客機諸共自爆して果てる所存」
現にミウラは、左手にダイナマイトを握っていた。
「いや、だめだからそれ! ただの航空機テロだから!」
慌ててダイナマイトを取り上げる桃矢。
その光景を見て、桃果は一人腹を抱えて笑っていた。
次話「日本」
お楽しみに!




