3.ケティムとは……
ケティムが『ゼクトールの虐げられた少女像』なるものを、他国である合衆国国内に建設を進めている。
「痛いところを突いてきたね」
現に、九人の委員長達、すべてが女子。宰相のジェベルが最年長。でも二十四才。
OLが一人。高校生が五人。中学生が三人。平均年齢、十六.八才。
つーか、日本の法律では、ジェベル以外全員未成年。
そんなのが国家を運営しているのだ。危なっかしいことこの上ない。
政権が変わる度、政治家と呼ばれる者達も代替わりする。
家督制を敷いているため、子供が立場を引き継ぐ。
男は外へ出稼ぎに行くたので、島に残るのは女だけ。よって、代々、各家の女子が政治家として後を継ぐのである。
これは引き算の問題だ。
ゼクトールではそうやって生きてきた。そうせねば、とっくに滅んでいた。
「オレ様が急いで情報を集めたところ、ケティムの宣伝工作は、思いのほか進んでいるみたいだな」
エレカが、紙の束をめくりながらそう言った。
こういう事に気が利く国土交通委員長である。越権行為なのだが、誰も止めようとしない。むしろ頼っている。
「いつから? どの程度?」
桃果の機嫌が悪い。
「悪口を言い出したのは、ゼクトール沖に海底油田が見つかったって、世間に知られた頃からだったよな?」
エレカが、隣でお茶を入れているジェベルに確認を取った。ジェベルは、それに対し静かに頷いた。
「なにそれ? 見え見えのゴリゴリじゃないの!」
どんどん、どんどんどんどん桃果の機嫌が悪くなっていく。
「各国に駐在しているケティムの外交官が手分けして、担当国の政治家や人権団体、市民団体にゼクトールのことを有ること無いことボロクソに言い回っているんだ」
「それは先王の話でしょ! もう過去のものなのに! なんてケツの穴の小さい連中なのかしら! まるで小学生、いいえ、西一ね!」
桃果の口は悪い。最低人間、西一の名前を引き合いにまで出した。
「直近だと、先の戦争でケティム軍人に対し、国際法より逸脱した捕虜取り扱いをしたとか言ってたな」
「捕虜? 捕虜なんて取った覚えないよ」
桃矢が横から口を出した。全てのケティム兵士は、遠征軍の船に乗せて送り返したからだ。
「それどころか、ケティム軍に怪我人は出たけど死人は出てないよな?」
桃矢は、戦死者が出ることを極端に恐れていた。
「桃矢、次は死人が出る事を覚悟しておいてほしいわ。ケティムにね」
桃果の目が、すーっと細くなっていく。
「あ、あと最近、ゼクトールの外洋でツナ漁に出る漁船に妨害してくる船があります」
ノア農務委員長からの報告だ。
「なぁに、それ?」
優しい言葉。桃果の精神状態がおかしい。
「シー・セントバーナード(SS)を名乗る環境保護団体所属の船です。ゼクトールは海洋資源を捕りすぎだと主張。これを阻止するため実力行使に出ていると宣言してきました。大口スポンサーの一つはケティムです」
「エンスウに連絡! SSを海賊行為で連邦裁判所に訴えるように!」
桃果の目が据わっていた。
「エレカ、『ゼクトールの虐げられた少女像』の話を続けなさい」
「え、えーと、色々あって、合衆国の市政レベルの政治家を上手く丸め込んで、件の像を複数設置していったんだ」
さすがのエレカも、言いよどんでしまった。
「誰も反対しないの?」
「反対する者の方が多いんだけど、勧める者の方が、でかい声してるんだよ。署名運動とか、顔役を抱き込むとか、攻める方が主導権握ってるからやりたい放題なんだわ」
論戦において、喧嘩において、戦争において、攻める陣営が有利なのは言うまでもない。ましてや、反対する者、守る者にまとまりがない。
銅像を設置できない方がどうかしている。
「これって、国際問題にならないのかなあ?」
桃矢が腕を組んで首をかしげている。
「うーん、これはタチが悪いわね」
桃果も考えている。
「たぶん……市民レベルの運動だから、国家レベルの発言者は、口を出せないんじゃないのかな? それにほら、人権問題ってお題目が乗ってるから、下手に手を出すと火傷しちゃうでしょ?」
エレカが、レポート用紙を何枚かめくった。
「富裕層が後押ししてる形跡があるって噂だな……。PRCはノーコメント。国交の無い韓国が噛むはずないし、ヨーロッパ勢は無関心ぽい」
「エレカさん、脱線している。話を戻して下さい」
桃矢が話を促した。
「そうそう! で、今回、合衆国のナントカっていう都市で、何番目かの『ゼクトールの虐げられた少女像』の除幕式が催されるってて事だ」
「わざわざ他国を陥れるモニュメントを建てるなんて……品位のない都市ね。第一、その話の裏を取ったの? 根拠がないのに、なし崩し的に既成事実化してない? ナントカって都市は?」
エレカは、さらにページをめくる。
「あ、こりゃだめだ。ケティム系の移民が多い街だ。政治家は選挙を睨んでるな、これは」
「これだから民主主義は堕落するのよ!」
たいへんアブナイない会話が続いている。
「除幕式には、市の市議や市民団体、人権団体に市立の学生、海外からの留学生や全世界テレビ中継……おいおい、エンスウにまで招待状が出されているぜ! ノコノコ出てきたら袋にするつもりだ、こいつら。嫌みもここに極まれしだな!」
もともと直球勝負を好むエレカ。憤懣やるせないといった表情を浮かべ、鼻から盛大に不満を吐き出した。
こういう時に、ネコの耳を触って気持ちを落ち着けたいのだが……。
桃矢は、辺りを探すものの、こういう時に限ってネコは一匹もいなかった。
「どんな戦術を行使するのも当事者の自由でしょうけど、どうしてもそこには国の品格が顔を覗かせるわ。ケティムは気づいてないでしょうけど、一連の戦術は――」
桃果はそこで言葉を一旦切って、息を継いだ。
「下品ね!」