28.ゼクトール艦隊、北へ
ここはゼクトール艦隊旗艦、駆逐艦ブレハートの戦闘艦橋。
六方を厚い装甲板で囲っているので、内部は狭い。
正面モニターの右下にカコミで小さな画面が出ている。
ケティム旗艦が、波に巻かれて横ロールしていた。
白い波が、巻き寿司の海苔みたいだ。もちろん、具はケティム艦だ。
それを見ていた桃果が口を開いた。
「まあ、穴だらけだけど、あの程度なら復元する可能性が――」
「右より波迫る。40メートル級です」
気象士の報告である。
ケティム艦が波に巻かれた位置に、記録的な大波が覆い被さる。
「えーと……」
「さらに左よりもう一つ」
「ああっ!」
三方向より押し寄せた波が三角波を形成。残りのケティム艦を突き上げ、トップから放りっぱなしのバックドロップ気味に、海面へ叩き付けた。
「……動画、記録してるわね?」
桃果が気象士へ無表情の顔で問うた。
「はい!」
「彼らの犠牲は無駄にしない。帰国後、NAROUチューブにアップして、アフェイで荒稼ぎ……もとい、国庫収入を増やすわよ!」
一転して、言葉が狂気を帯びた。
後日談であるが――。
世界を制覇しているとの呼び声も高い全世界的な動画サイト・NAROUチューブにアップされた、ケティム駆逐艦沈没のシーン(5分30秒にまとめられたディレクターズカット版)が、全世界に発信されるのであった。
「タミアーラの技術を使えば、波を読むのも簡単だとはいえ、みんな、良くやった」
戦闘艦橋の最後方脇の予備シートに座っている桃矢が、乗組員を褒める。
ちなみに、最後方中央は桃果が座る艦長席である。
気象士が操るコンソールの一角に、未来予想システムを組み込んだ気象、および海面情報予報システム「多次元式未来予想モニター」、別名「こんなこともあろうかとモニター」が設置されているのだ。
「まともに撃ち合っても、押し勝てるんだけどね!」
桃果が豪語する。
54口径127㎜単装グラビティ・カノンや、37㎜連装重レーザー機関砲を使えば、遅いミサイルなど止まった的だ。
敵の砲弾だって撃ち落とせるのだから。
あえて「状態異常・強」は使わなかった。
「最後に海面下のブレハート様が巻き起こした、ロングウエーブの巨大波がとどめだったけどね。……帰ったらゼクトールの海で波乗りしたいわね!」
ブレハート・ドノビの能力の一つ。「自然現象介入」を使えば津波クラスのうねりを発生させることも可能なのだ。
「ゼクトールには初心者用の波しか立たないから、練習にはうってつけだよ。僕もはじめようかな?」
桃矢は、女子の濡れた水着を妄想していた。
いつも目のやり場に困りつつも、水着は見慣れている。乾いた水着ばかりだ。
桃矢は思う。強く思う。
水着とは、濡れてこそ真価を発揮するのだと!
「なにニヤケてるの?」
「いえべつにかってうれしいかなとおもってたかな?」
桃果の感は超鋭いので、侮ってはいけない。
「台風から出て、ファム達と合流するわよ! 慣性制御装置作動! 両舷全速!」
「ようそろ。慣性駆動装置出力あがる」
チンチン!
使っているマシンは超科学の産物だが、レバーの操作がアナログである。
「機関出力上げ! 両舷全速!」
チンチン!
女の子がレバーを操作すると鳴る音である。
他意はない。
「安全のため、台風の影響から抜ける時点まで各戦闘艦橋でお仕事続行よ!」
遅まきながらの追記説明であるが――、
桃果の趣味だけで戦闘艦橋と呼んでいるわけではない。
各部門事に戦闘時指揮所があるのだ。
機関科は機関科で、甲板科は甲板科で、それぞれ戦闘時指揮所が分散して存在する。
集中指揮がとれる利点以外に大した設備はない。
核兵器の直撃があっても、外壁が焦げる程度の装甲板で囲まれているだけだ。
欠点の方が多い。
元々、小さな駆逐艦なので、狭いことこの上ない。
閉所恐怖症気味の桃矢は、この環境に不満を抱いていた。
例えば桃矢が鎮座する戦闘艦橋。肩が触れそうな位置に、探査士が座っている。
天井も低い。息苦しい。二酸化炭素濃度が……。
この二酸化炭素、環境に詰めている女の子の体から出たモノじゃね?
桃矢は、静かに深く長く息を吸い込んだ。
何か良い匂いがする気がする。
女の子って、二酸化炭素以外の何かを放出してね?
「嵐の領域を抜けました」
「よろしい。総員直解除。通常直へ戻す。指揮を通常艦橋へ」
桃果は荒々しく戦闘艦橋の隔壁を開け、真っ先に外へ出ていった。
「わーい!」
女の子達もワラワラと外の空気を吸いに飛び出していく。
外の冷たい空気が侵入してくる。
「ふぅーっ」
桃矢も、新鮮な空気を肺いっぱいに詰め込んだ。
新鮮なはずの空気なのだが、世間ズレした黒い空気に思えて仕方ない。
なぜだろう?
戦いで大勢死んだ。
意識下で、嫌な気分が広がっているためだろう。
桃矢は、あきらめ顔で首を振りつつ、席を立った。
今度は、女の子が詰めていて、隔壁を閉じているはずの、通常艦橋の空気を吸いに席を立った。
空母こと、戦術航空巡洋艦ファムと、護衛のフリゲート・オボロの2艦と合流できたのは、日が海に沈む直前であった。
心配されていたが、戦術航空巡洋艦ファムは、赤い三連星を無事に収容し終えていた。
「第一作戦終了。こちらに機材、人員とも損害がない事を幸せと思いなさい」
桃果の演説が全艦に流れていた。
「桃矢陛下より、お言葉を賜ります」
桃果が桃矢にマイクを渡す。
「皆さん、ご苦労様でした。今夜は、手の空いた人からお風呂に入って体を休めて下さい。僕は最後に入ります。実働した皆さんが先に入るべきです!」
念のため。お風呂の優先順位に他意は無い。他意は無い。2回言った。
「この後、第二作戦が待っています。万全の態勢で臨むことを期待します。以上です」
ゼクトール艦隊は、北へと向かった。
入浴中の少女を乗せて。
ケティムが設営した中継基地を潰すためである。
次話「ケティム合同作戦本部」
お楽しみに!




