27.嵐の中の殴り合い②
目標は、2杯からなるゼクトール艦隊。
気圧は850ヘクトパスカルを切っている。
風速は60メートルを超え、70メートルに迫ろうとする、まれに見る大きな嵐の中。
斜め後方より、70メートルを越えようとする大波が、ゼクトール艦隊後方に迫る。
ケティム艦4杯より射出された、大量のミサイル群も迫る。
「あの位置で大波に対応しようとすれば、相対速度が遅くなる。ミサイルを捌ききれまい。回頭し損ねたら海難事故発生だ」
ケティム艦隊は絶妙な舵取りで巨大波より遠ざかっていく。
ゼクトール艦隊は……。
巨大波に対し、僅かに舵を切った。
「あいつら、諦めたな」
ゼクトール艦は、波を真後ろに背負う。
「おい、あの波、100メートルないか?」
信じられないが、大自然の驚異。そしてそれはケティムの味方をしてくれる。
こちらから見て、二杯は併走している形となっていた。
このままだとどうなるのか?
波とは、海水の上下運動であり、前進運動ではない。
海に小枝を浮かべてみると、絶対的な位置は(あまり)動かず、単にクルクル回るだけ。
ゼクトール艦は、艦尾を上にして、波の山に引き上げられていく。
言い換えれば、海水がゼクトール艦の底に潜り込み、山のように盛り上がった海面へ艦体を押し上げていくのだ。
山頂部がオーバーハングしている。あそこまで持ち上げられたら、波に巻かれ、縦一回転して海面へ叩き付けられる。
ゼクトール艦隊は、ケティムとの戦闘中に海難事故で沈没し、全世界に恥をさらすのだ。
「バカな民族には、おあつらえ向きの結末だ」
バウアは白い歯を見せた。
「命令だ。笑え」
ロウィ司令は艦橋の面々に陰湿な命令を出した。
その命令に、敵への尊厳は一切ない。
艦橋要員は、気の利いた命令をうけ、ねちっこい笑い声を上げた。
嵐の中、幾つかのミサイルは行方不明となったが、多くはゼクトール艦になんらかの被害を与えるコースを保つことができた。
ミサイルに対し、ゼクトール艦より火線が上がる。
大量のミサイルを片っ端から撃ち落としていく。まるでルーチンワークのように。
見事な腕前だが、山のような大波は容赦なくゼクトール艦に迫る。
もう間もなく巻き込まれるだろう。
「波よりもミサイルをとったか?」
ゼクトール艦隊後部に、山のような波の裾野が接触。駆逐艦もフリゲートも前のめりになる。
ゼクトール艦という対比物ができた。山の高さは異常な高さの70メートルだ。いや、もっと高い!
あっという間に艦尾が山の中腹へ。見た目、45度の逆立ち状態となる。
「後、数秒で前転だ」
オーバーハングする部分まであと僅か。艦尾は中腹の位置を超え、オーバーハングする山の頂に到達し、山頂を越え……。
超えない!
うねりの前進速度と、ゼクトール艦艇の前進速度が同一となっていた。
この位置で、速度が同じになるよう意図的に調整したのだ。
そして、……ゼクトール艦が、巨大波の斜面を落下するように前進しだした。
「な、なにをやっとるんだ?」
ロウィ司令達が唖然とする中、ゼクトール艦は方向を右いっぱいに切った。
波の進行方向に対し、垂直の方向へと滑るように移動している。
大波という山からの落下運動を横方向への移動に変換……。
ロウィは、この光景に見覚えがあった。
「サーフィン?」
でも現実だ。
――海洋民族――
また、その言葉がロウィの脳裏を横切る。
ゼクトール艦隊は、唖然としている全ケティム艦隊に追いつき……。
「衝撃に、ぅお!」
信じられないことに、砲撃を加えてきた。
いや、波の麓をほぼ水平移動しているから、ゼクトール艦の姿勢は安定している。
二杯掛かりで、最後尾のカシウに集中砲火。被弾。火災を起こしたのか、この嵐の中、黒煙の細い糸を引きながら脱落。
移動に伴い、最後尾から2番目のコヨウが、次いでウシウが、最後に――
「回避! 左いっぱい!」
ケティム艦隊旗艦ジムイは、波よりも被弾回避を優先した。
ゼクトール艦が転舵してから今まで、……反応が遅かった。
ガツン! ドツン! ガン! ガツン!
グシャッ!
一発が、航行用の艦橋に命中。
艦橋の一面をゴロッと持っていかれた。
「ぶぉっ!」
幸い、脱落者は出なかったが……
穴はまともに風上だった。
風速70メートル超えの風が、大粒の雨粒と共に艦橋内へ雪崩れ込んできた。
機器は正常に働いていたが、人間が正常ではいられなかった。
舵は艦橋だけにあるのではない。予備の場所で操作できるが、引き継ぎが成されなかった。
艦橋の異常に他の部署が気づくまで、タイムラグがあった。
ゼクトール艦隊が乗り切った100メートル越えに発達した波が、旗艦ジムイを真横から飲み込む。
オーバーハングした白波が、ジムイを手荒に包み込んでいく。
ケティム艦隊旗艦駆逐艦ジムイは、海中で、最低でも一回転はしただろう。
後日、世にも珍しい、戦闘中に海難事故で沈没した軍艦の動画が、ゼクトールの手により世界に向け発信されるのであった。
次話「ゼクトール艦隊、北へ」
お楽しみに!




