25.ゼクトールvsケティム、艦隊決戦・第二回戦③
時間は少し遡る。
爆撃を受けたケティムの正空母が、真っ二つになった頃。
海面下のケティム原子力潜水艦二杯は――、
「誘導線、切断。アクティブホーミング……くそっ! ロストした」
――謎の敵と対峙していた。
「化け物か?」
未確認潜行船。潜水艦であることは間違いない。大きさや、形式がわからない。
スクリュー音を捉えられない。ソナーも打ってこない。
位置すらロストしまくり。
こちらから、ありとあらゆる攻撃を加えたが、全て回避された。
こちらの攻撃をあざ笑っているに違いない。
複数の潜水艦隊による編成ではなかろうか?
艦長の頭には、そんな事も浮かんだ。
いや、違う。
敵は一杯だ。
長年にわたり潜水艦乗りとして生きてきた勘が、そう告げていた。
「何か射出した。二つ。注水音無し」
聴音手の声がこわばる。
「魚雷か?」
艦長の誰何が飛ぶ。
「音、遠ざかる」
発令所に詰めるクルーは、ほっと胸をなで下ろす。
「爆音一、いやもう一つ。これは、……空母にとどめが刺された?」
敵潜水艦の目的は、破損した艦艇のとどめらしい。
有り難いことに、こちらは片手間で付き合ってくれているようだ。
「なめやがって! こいつが第一次攻撃隊を壊滅させた魔物だ!」
みな、うすうす感じていたが、艦長の断言に、改めて背筋を凍らせる。
「ああっ! また敵をロスト」
これで何回目だろうか? 見失うのは。
流体力学を無視する機動を可能とせねば、こうはいくまい。
どこの国だ?
ゼクトールの皮を被ったシャチは?
これはPRCじゃない。合衆国か、日本か? あるいは両方の合作か?
国王の経緯が経緯だ。両方という線の可能性が高い。
合衆国の新型試作艦を日本の技術供与で仕上げてきた。そんなところだろう。
ガツン! ガン!
前触れ無く、艦体に乾いた音が響いた。
「着弾か? いつ放った?」
艦が揺れた。皆、下腹に力が入った。
「艦首右魚雷発射管室に浸水。不発弾の模様」
また胸をなで下ろした。
その時、一切の明かりが消えた。
瞬時に赤色灯が灯される。
しかしそれもすぐ消えた。一切の明かりがない。
備え付けのランタンの場所は体が覚えていた。手に取ったものの、不思議なことに明かりが付かない。不良品か? ケティム軍備品ではよくある話だ。
艦内は真っ暗。
鼻を捻られてもわからない状態。
クルーが、各部署に連絡を取ろうとしたが、通話装置が死んでいる。
「艦内の電源が全て落ちました」
電源が全て落ちた?
原子力潜水艦で全ての電源が落ちた?
原子炉を制御する電源もか?
ケティム艦隊の潜水艦は、二杯とも行方不明となった。
海上のケティム艦隊が、嵐に突っ込む少し前。
旗艦ブレハートと、フリゲート艦カゲロヲの二隻が、嵐の中、波に揺られていた。
空母……もとい、戦術航空巡洋艦ファムは、護衛のオボロを付けて、後方待機中。戦闘機隊の帰還に備えている。
「戦闘機による奇襲はうまくいったようね」
お空の上からのぞき見しているファム様から、実況が入っていた。
その戦果に、桃果はご満悦である。
「大気圏外からの垂直降下。ましてや真上からの爆撃。ステルスを越えた『隠密』装置と『迷彩』で、各種観測に引っかからないし近づくまで見えないし。おまけに『状態異常』なるECMっぽい『何か』で攪乱。さらに、命中精度は『未来予定』式射撃管制システムによる補正で命中率100%。これで攻撃が成功しないわけないわ!」
前の夜に、お空のファム様が、フランカー1号機と2号機を取りに来てくれた。
電子戦専用3号機とタイミングを合わせ、セットポジションからの全力投球。射出速度音速超えで、フランカー2機を真下に放出。
大気圏外から海上の敵空母まで、1分で到着。
成功しないわけがない。
ちなみに、
1号機は空中格闘戦に特化したタイプ。
2号機は爆撃に特化したタイプ。
3号機は電子戦に特化したタイプである。
ヴィムが一晩で仕上げたにしては、完成度が高い。
3号機が放つ「強状態異常」発生装置は、ソナーにまで影響を及ぼす次世代型だ。
どの世代からの次世代なのか、ヴィムがはっきりしたことを言わないので、目下のところ不明である。
ちなみにゼクトールの各艦・各機とも、「状態異常耐性・強」装置を積んでいるので、ECMの影響は受けない。
海面下に潜むブレハートから、潜水艦を密かに仕留めたとの連絡が入った。
空母、兵員輸送艦、揚陸艦、補給艦、潜水艦。第一目標は全て屠った。
順調である。
「あれ?」
観測員が変な声を出した。
「あれ? では解らない。何が起きた?」
いっぱしの艦長を気取って、桃果は嬉しそうに声を荒げた。
レモンを浮かべたティーカップを、キャスター付きのテーブルにコトリと置く。
大荒れの天気に大波でもみ洗い状態だが、艦内はいたって平静を保っている。
慣性制御装置が働いているので、凪の海を行くがごとしの状態を保っているのだ。
「はい、気配感知装置が警告を発しました。一時の方向になにかがいます。戦闘力を持っています」
気配感知とは、次元と空間を超越した探査装置である。
自艦に影響を及ぼすレベルの「気配」を感知する装置である。現代地球人に理解できない理論とメカで動いているので、魔法としか説明のしようがない。
「ケティム艦隊じゃないのかな?」
桃矢も同じテーブルに、飲みさしのカップを置いた。桃矢はミルクティ派であった
「あの人達って、腐っても本当の軍人なんだし。僕らの作戦を見越して、こっちへやって来たんじゃないかな? 艦隊決戦って得意そうじゃん」
間違った意見である。
今時、艦隊決戦なんてする国はない。
「それもそうね」
桃果が、間違った意見を採用し、腕を組んで考え込んだ。
「嵐に紛れて、ケティム艦隊の後ろに回ってびっくりさせ、混乱に乗じてやっつけようとした計画が見透かされたみたいね」
「今から考えると、ザルな作戦だったかも……」
ザルが聞いて呆れる大穴作戦であった。
「上のファム様から神託です。ケティム残存艦隊が、方向を変えてこっちへ向かっているそうです。構成は対潜駆逐艦3、旗艦の電子戦駆逐艦1」
ケティムの生き残り4隻だった。上から、目で見ているのだから確かだ。
「あああああぁあぁ!」
「やっぱり! やっぱり!」
桃果と桃矢は頭を抱えた。
「ふ、ふふふふ……」
頭を抱えたまま、桃果が笑った。
「全艦、砲撃戦用意。総員、各持ち場の戦闘艦橋へ移動!」
ここでいう戦闘艦橋とは、戦闘指揮所に相当するものである。だが、桃果の趣味……もとい、暗号という名目で、戦闘艦橋と名付けられている。
旗艦ブレハートのみならず、フリゲート艦カゲロヲも急いで戦闘準備に入った。
「水面下のブレハート様に連絡。ワレニツヅケ! 以上」
「水面下のブレハート様より連絡。『ちょっと忘れ物をした。すぐ追いかけるから先に行っててくれ』以上」
「……なに忘れ物?」
「原潜を沈めたのだけど、原子炉のことを思い出したのでフォローしてくる。とのことです」
「……よし!」
常軌を逸した大波をものともせず、ゼクトール艦隊は前進を開始。
ちなみに、全艦、慣性駆動補助システムを搭載している。この程度のうねりなぞ、小石を投げた水面程度程度の波。航行に障害はない。
出撃前の説明会で、
「あれだ、ヨットは風上に向かって進めるだろ? あれの応用だと思って間違いない」
ヴィムは自信を持ってそうコメントした。使われた単語はよく知っているものだが、それをどう応用しているのかが解らない。
「なるほどね」
聞き返すと負けた気がするので、桃果は知ったかぶりを決め込んだ。
よって、どんな応用なのかは誰も知らない。もう魔法でいいじゃん!
だいたい、そんな感じで、ゼクトール魔法少女艦隊2隻は決戦の場へ進むのであった!
魔法少女艦隊、何処かで聞いた名だ。
雨樹先生、ゴメンナサイ。
次話「嵐の中の殴り合い」
お楽しみに!




