2.戦争準備
超光速外宇宙航行用移民船タミアーラ。全長12,000メートルの葉巻型巨大宇宙船である。
戦闘力を持たぬ船であった。だが、各状況を想定した超兵器を四つだけ搭載していた。
三百メートル級恒星間航行用超弩級破壊型戦列戦艦ファム・ブレイドゥ(体重極秘)。
四百五十メートル級級超深海対潜対艦対軌道対地攻撃潜液艦ブレハート・ドノビ。
再生保全工作機器ヴィム・マクス。
対人戦闘兵器ファール・ブレイドゥ。
四つの兵器は、一つの鍵で封印し、一人の管理者にゆだねた。
やがてその子孫は、平和の内に世代を重ね、自然と偉大な科学文明を忘れていったのだ。
「全員、神殿半島の作戦司令室へ移動だ!」
桃矢が命じる。
九人の委員長と桃果は、椅子を蹴って……もとい、椰子の葉で編んだ座布団より立ち上がった。
ひっくり返ったテーブル……もとい、角が捲れ上がったベニア製卓袱台の、足を畳んで片付けた。
急いで日の当たる外へ飛び出す。
四本の椰子の木に、テント生地をくくりつけた簡易ターフだったので、行動は素早い。
先の大戦で空爆を受け、瓦礫になったままの旧王宮を横目に見て、各自車に伸び乗った。
そう、ゼクトールは貧乏なのである。
夜、外で寝ても、常夏の国なので風邪をひかない事が不幸中の幸いであった。
また、この時期、決まって夕方にだけ雨が降る。シャワーや飲料水にと貴重である。よって雨対策もバッチリなのだ。
「全員乗ったか?」
桃矢が確認する。
全員、自転車に跨がっている。イルマは桃矢の後ろだ。
再度言う。ゼクトールは、貧乏なのでガソリンを買う金がない。
ゼクトールは、隆起により珊瑚礁が海面に顔を出した島。狭い上に平坦なので、自転車での移動が便利なのだ。
とうぜん、電気もない。一部にしかない。それが普通の生活なので、国民から不満は出てこない。
「よし、行くぞ!」
チャリの集団が、走って五分の場所にあるタミアーラ半島へと急いだ。
当たり前のように桃果が先頭である。先ほどのかけ声も、桃果である。
桃矢は最後尾。力の差ではない。最後尾だと、みんなの可愛いお尻がよく見えるからである。
桃矢、17歳の夏である。
「確かに、方角的にはゼクトールね。前回の遠征軍と同じ航路を辿っているし」
桃果がスクリーンに映し出された地図を見ながら、腕を組んで唸っている。
「空に上がられたファム様と、クシオ様が導き出された進路予想地点が一致しのじゃ。間違いはない」
イルマが機嫌悪そうな声で、補足した。
「別にファムとクシオの能力を疑ってるわけじゃないのよ」
珍しく、桃果が言い訳がましいセリフを吐いた。
ファムの正体は、巨大船移民船タミアーラに搭載されていた護衛用の宇宙戦艦である。
しかし、二千年にわたる時間経過がファムをして、戦神に祭り上げられてしまったのだ。
……ちなみにファムの見た目は、ピンクのレオタードを着た、少女のお人形である。
同じように、クシオはタミアーラのメインコンピューターである。最高神クシオ様として島民より崇め祭られている。
これはゼクトールの超機密である。これよりの話も超機密である。
イルマのフルネームは、イルマ・フタフタ・ゼクトール。
読んで字のごとく、王家とはその根源を同一としている。
イルマの一族、ゼクトール家の分家フタフタ一族は、タミアーラの船内環境を維持する役目を代々受け継いできた。それは限定的ではあるが強力な権限であった。
彼女ら巫女が有するミトコンドリアに、クシオと通信できる因子が仕込まれていたからだ。
しかし、文化レベルが落ちてしまった島民にとって、フタフタ家の仕事は神との交流に関わるものとしてその目に映っていた。
そのため、いつの間にか宗教行事と見なされるようになっていった。
それに引きずられ、フタフタ家はクシオ神の司祭という地位に安定してしまったのだ。
先の大戦で、桃矢がタミアーラの船長継承者として認められた。そのため、タミアーラの全システムが起動できた。
現代地球人の科科学レベルから見て、ファムは、まさに無敵の能力を持つ戦神であった。
その勇姿の前に、ケティム艦隊は秒殺であった。
……ファムの見た目は少女のお人形であるが。
桃矢、絶対国王伝説の開幕であった。
閑話休題。
そんな訳で、ファムとクシオはゼクトールの宗教問題。
さすがに桃果も、この辺の微妙な(めんどくさい)心理状態に心配りをする必要があったのだ。
「ちゃっかり中継基地まで作ってるんだから、そうとうの力の入れようね」
桃果は、たむろしているネコの喉を撫でながら、眉間に皺を寄せている。
合衆国戦の後あたり、またはゼクトール観光化の最中、一時的に外国観光客が増えた。
その辺から、ゼクトール国内にいないはずの猫が増えだしたのだ。
神殿内部にを住み家とするネコも増えた。
ネズミを捕ってくれるので、むしろ島民にありがたがられている。
種類は、尻尾と足が長く、耳がピンと立った野性的なフォルムが共通の雑種である。
「ファム様の目を通せたから発見できましたが、まさか、ゼクトール攻略のため、途中の岩礁を土台にして基地に作り替えるとは。合衆国も感知していないはず。むむむ……」
国防委員長のミウラが唸りだした。
「……何のためでしょうか?」
一国の国防の長たる者が発するその質問に、桃果は頭痛がする想いで、こめかみに指を当てた。
「二ヶ月前のケティム防衛戦は、ゼクトールの海底油田を横取りしようとしたのが発端。そして、ケティム本国とゼクトールに横たわる大海という気の遠くなる距離。油田開発事業と、ケティム・ゼクトール間の距離を考えれば、どうしても途中に中継基地が必要となるでしょうが!」
桃果の怒声が響き、ネコが逃げ出す。
ミウラはポンと手を打った。
「なるほど! 資材は一度に運べない。ケティム海軍は沿岸防衛を主とした艦船構成で、軍艦の足も長くはない。ならば、一度船を休める泊地が必要なのですね」
ほー! なるほど! さすがモモカ様! いやいや、あれだけの情報で敵の真意に辿り着いたミウラ委員長も凄い!
委員長間に感嘆の声が溢れていった。
桃果は、器用にも口をギザギザに波打たせ、それに耐えていた。
「直接戦闘はまだ先だよね。今の間に打てる手はないのかな?」
桃矢が委員長達に向け、議題を出した。
主として、国防、外務の委員長が対抗策を練るのが当たり前。だが、この二人が、すがるように視線を向けているのは桃果である。
「まずはミウラ」
「はっ!」
国防委員長のミウラは、配下に呼び捨てにされ、直立不動の姿勢をとった。
ちなみに桃果の肩書きは、軍事参謀長。国防大臣の下のポストである。
「ミョーイ島沖合会戦で沈めたケティムの船の修理改造、ならびに乗員の教育を急がせなさい!」
「はっ!」
教科書通りの敬礼。たいへん凛々しい姿のミウラ。黒の水着が眩しい。
「来たる決戦の日まで、土日はなしよ! 睡眠時間を三時間に削りなさい!」
「了解!」
世が世ならブラックであるが、ゼクトールは絶対王政である。王の命令の前に、国民の人権はない。これが二千年続いたゼクトールの国民気質である。
桃果は国王ではないが!
「次にサラ!」
「は、はい!」
緊張しまくるサラ。彼女は、この国の外交を一手に司る外務委員長13歳だ。
「中継基地の件を国連大使兼合衆国大使であるエンスウに連絡。環境の面から嫌がらせをするよう通達しなさい!」
「はい!」
何度も言うが、桃果は軍事の参謀長だ。外交に直接口を出す権限はない。
ちなみに、エンスウはサラと同じ十三歳。まだまだスーツに着られているお年頃。中学生の少女に過度の期待と、国家運営を左右する重大な任務が発令された。
その時! 神経に触る電子音が一つ鳴った!
「皆さん、お茶が入りましたよ。クッキーも焼き上がったことですし、おやつにいたしましょう」
宰相のジェペルお姉さんが、水着エプロン姿で登場だ。
作戦司令室に備え付けられている、宇宙電子レンジが奏でるチンであった。
「わーい♪」
甘いバターとシナモンの香りに、年相応の食いつきをみせる会議メンバーであった。
「そうそう、エンスウちゃんから報告が入ってましたよ」
「え?」
ジェベルは、ノアに可愛い花柄の封筒を差し出した。
「わーい! エンスウちゃんからのお手紙だ!」
この二人はご近所同士の親友である。
クッキーを口にくわえたまま、ガサゴソと不器用に封を切る。
中の便せんは桜色だった。
これは郵便ではない。暗号通信文を解読し、プリントアウトしたのだ。桜色の用紙に。
わざわざピンク色の封筒に封印して、手渡すのがゼクトール品質!
「拝啓。ノアちゃんお元気ですか?」
時候の挨拶からはじまった。
それを桃果が横から覗き込む。
「なになに? 仕事が辛いから辞めたいって書いてあるんじゃないでしょうね?」
「そんなわけないもん! わたしはエンスウちゃんを信じてるんだもん!」
ノアが信じているのは、エンスウの人柄であって、能力ではないのだが、それを言ってはいけない。
「続き読んで」
「……はい」
ノアは1回深呼吸をしてから、続きを音読した。
「突然ですが、ケティムによる『ゼクトールの虐げられた少女像』なるものを、合衆国国内に建てる計画が進んでいます。人権無視根絶のシンボルとして政治利用するようです。どうしましょう?」
――どうしましょう?
ちなみに、
前回のお話はここです↓
http://ncode.syosetu.com/n0753z/
手の空いた時にでもお読みいただければ、このシリーズの背景が、よりおわかりになると確信致しております。