18.特派員ロゼ・ガードナー②
ゼクトールでは、一つの部族が一つの町となっている
ここは空港にも王宮にも近い町だ。立地がよい。
勢力的には、中堅の上といったところだろう。
ロゼが客員として呼ばれた部族会議の会場は、町長の家だった。
一家の主を含め、町長の家の男衆は、全員海外へ出稼ぎに出ている。
よって、町長はこの家の長女。十七歳になったばかりの、おでこが可愛い美少女である。
同じような理由で、この町の有力者は全て少女ばかり。
ゼクトール女子の正装は水着。よって、正式な集まりは正装、つまり水着となる。
水着の少女が十五人ばかり。相談役の年寄りが三人(水着ではない。ご安心を)。ロゼが一人。合計十九人である。
先に集まっていた人々(少女達)は、果実汁やパイナップルタルトを手に取り、先を争うようにして口に放り込んでいた。
ジョー老人は部族会議といっていたが、中身は部族内有力者会議だった。
驚いたのは、ジョーが、そこそこの上座に座っていたことだ。
最上座に座る町長(十七歳)が、議事を進行するようだ。
「今回の議題は、ゼクトール艦隊出撃に際してです」
ゼクトール艦隊出撃!
あまりの重大事項に、ロゼは目を見開いた。
「そうですよね? ジョーお爺ちゃん?」
町長は、口の端に付いたタルトの破片をとりつつ、ロゼの隣に座るジョー老人に話を振った。
「旗艦は駆逐艦。その名もブレハート・ドノビ!」
部屋中にザっという音が渡った。
「え?」
ロゼが狼狽えている
街の有力者達は居ずまいを正したのだ。
「ゼクトールの国教、ヌル教は多神教。主神クシオ様を守る四柱の守護神、水の神ブレハート・ドノビ様。その名を冠した船だ。旗艦に相応しかろ?」
ジョー老人はロゼの耳元で囁いた。
「空母、ファム・ブレイドゥ」
「四神の一柱、炎と戦の神じゃ。強そうじゃろ?」
今度は声が大きかった。
その場にいる全員の視線がロゼに突き刺さった。
「は、はい」
ロゼはその返事以外、答えることを許されなかった。
にしても、空母?
元ケティムの艦船だろうけど、この国の人たちに動かせるのだろうか?
空母運営は、一つの都市運営に匹敵すると聞いているが……。
「その他はフリゲート二隻。合計四隻での出撃です」
おでこ……町長は表情をきりりと引き締めて、軍事機密を寄り合いの席で発表した。
「なお、今回はトーヤ国王御自ら艦隊を率いて出撃されます」
おおー!
親征である。
部屋中が、感嘆符で満たされた。
一人、ロゼだけが冷めていた。
「宣伝ね」
「君主が先頭に立って戦地へ赴く。戦意高揚の常套手段よ。もう少し冷静な目で物事を見つめてみなさいな」
ロゼは、場の空気を読まない子である。職業柄、反体制の体質が骨の髄まで染み渡っているのだ。
「そうではない」
皆の刺すような視線を言葉で遮るジョー老人。
「どう違うんです?」
子供や老人が睨んでも、何も怖くない。
「トーヤ陛下は、一番の被害者じゃ」
「どうして?」
ロゼが疑問を口にする。
「トーヤ陛下は、前国王崩御の折、祖祖母様が王族であったというだけで、無理にゼクトールへ連れてこられたお方。この国の地を踏むまで、連れてこられた真意をお知りにならなかった」
ジョー老人は、何かを考えるように、少しだけ間を開けた。
老人の顔は罪を犯した者の顔に変わっていった。
「戦争に巻き込まれたのじゃ。儂らが、平和な国の少年を戦争に巻き込んだのじゃ」
集会に出た有力者達はみな、顔を下に向けた。
「あの戦いで、全国民が玉砕するつもりじゃった。各委員長の任命式が終われば、すぐに帰ってもらうつもりじゃったのに……。だのに陛下は帰らなかった。儂らのために、命をかけて戦ってくれた。まったく関係ない国の、知らない人のためにの……」
老人は二ヶ月前の戦闘を思い出しているのだろう。遠い目をしていた。
「儂らは、恩人に何をすれば良いのかのう?」
子供のような目をしてロゼを見る老人。
「わたしの姉が、フリゲート艦オボロの艦長職を拝命致しました」
ハイティーンの少女が、立ち上がった。
「我が一族が、全力でオボロの艦内物資を集めました。皆様には運搬のお手伝いをお願いします」
「はい!」
「皆の者、立派にお役目を果たすよう!」
その案件は、全員一致で採用された。
「ちょっと待ちなさい!」
ロゼが声を荒げた。立ち上がっている。
「そんな大事なこと……いえ、国家機密じゃないの! その話を聞いた外国人であるわたしが、合衆国やケティムに漏らす可能性は考えなかったの?」
その場にいる少女達と老人達。
隣の人の目を見て、斜め前の人の目を見て……、
見苦しいくらいに狼狽えだした!
「いや、ちょっ! ロゼさんちょっ! この事はどうかご内密に!」
ジョー老人を先頭に、十八人がロゼに傅いた。
「考えてなかったのね……」
ロゼは溜息をついた。
「で? わたしが情報を漏らしたら、どうする?」
「仕方ありませんな」
ジョー老人の目が据わっていた。後ろの少女達から殺気が漏れる。幾人か、隣の部屋から、何やら火薬臭い木箱を運んでさえきていた。
「くっ!」
ロゼは身構えた。
護身術を習っているものの、この人数で押さえ込みに来られたら自信がない。
「軍機漏れは我らが失態! 漏れた際は、我ら全員、町長宅を枕に自爆して果てる所存!」
木箱の中は、ぎっしり詰まったダイナマイト。
導火線に火を付けた!
「危ないから! 止めなさいって、アチチッ!」
ロゼは、慌てて火をもみ消した。
さっきの殺気は、島民自らに向けられたものだった。
「で、ではこの件は……?」
すがるような目でロゼを見上げる、老人と水着の少女達。
「黙っててあげるから。墓の下まで持って行ってあげるから、安心なさい!」
全く、である。
ロゼは、深い溜息をついた。
それはロゼの敗北宣言。
ロゼが、ゼクトールを好きになっていたことを認めた瞬間であった。
次話「ゼクトール主力艦隊出撃!」
おたのしみに!