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17.特派員ロゼ・ガードナー①


 週一度の定期便が、ゼクトール国際空港に降り立った。

 タラップを下りる人々。その中に、一人の外国人女子が混じっていた。


「久しぶりね。……相変わらず太陽と抜けるような青空以外、何もない国ね」


 ビジネススーツとタイトスカートに包まれた、ボンキュッッッバァーンな体。カツンカツンなハイヒールが攻撃的。男を見下すような長身が素晴らしい。

 ブルネットの髪。知的な目。スゲー美人。


 この体だけで10年はメシを食っていける、合衆国AZWテレビの美人キャスター、ロゼ・ガードナーである。


 ゼクトールの虐げられた少女像事件で、おなかいっぱいになっていた合衆国国民の一人でもある。


 彼女は以前、戦後取材のため、撮影クルーと共にゼクトールに降り立った経験を持つ。

 今回は一人だ。


 ゼクトールは戦争地域に指定されている。渡航レベル4の退避勧告地域。

 退避を勧告します。渡航は延期してください、である。 


 渡航には許可がいる。前回、その許可がうまい具合に出た。出たままで引っ込めていない。当局のサボタージュである。

 よって、何ら問題なくゼクトールへ入国できたのである。


 報道に携わる者として、ゼクトール入国は必須に思われたが、なぜか国務省関連からの許可が下りない。

 ケティムの手が回っているとの噂だ。


 国務省内部のとあるポストで、ケティム系の人員が暗躍している。それは公然の秘密だ。

 だから、ロゼは観光目的に偽装して、一人でやってきた。

 祖国が嫌になってきたのだ。


 合衆国政府は、いつから横の連絡が取れなくなってきたのか?

 外国の思惑に影響されすぎだろう?

 合衆国は、同じ価値を共有する一枚岩ではなかったのか? 合衆国の正義はどこへ行った?


 気がついたら、一人でビデオを抱えてゼクトールの地に降り立っていた。


 二ヶ月前、彼女は撮影クルーを引き連れ、意気揚々とこの地に降り立ったのに比べると、なんとも淋しいことである。


「懐かしい…」

 ロゼはひさしのように額に手を当て、青い空を仰ぐ。


 たった二ヶ月前の出来事なのに、なぜか懐かしいと思った

 あの時は、自転車に轢かれ、テント生活する貧乏な国王を撮影した「だけ」だった。

 視聴者が求める悪の枢軸たる絵は撮れなかった。そんな物は最初からなかったのだ。

 結果、会社の期待には応えられなかったのだ。 

 特番は、微妙な空気に支配されてエンドロールを迎えたのだった。


 ロゼは、手持ちのビデオカメラで、空港周辺を撮影して、はたと気づいた。


 戦争中なんだし、一度は戦った合衆国人だし、機材もってるし、さぞかし厳しいチェックが……。


「ビジネス?」

「イエス」

 パスポートに入国印がポンと押された。特に審査されることなく。


「良き滞在期間でありますように」

 外国人に対して、やたら無防備。


 いいのか? これで!?


 空港ロビーやら、搭乗口にネコが多かったのも気になった。他人事ながら、早急に対策を取った方が良いと思う。

 もっとも、ネコを持ち込んだのは自分たち外国人だろうから、偉そうなことは言えないとも思ったが。


 貝殻の置物や、ペナントばかりで飾られている免税店の前を通りがかった時だった。


「おや、あんた、いつぞやの……なんたっけ? テレビのお姉さんじゃねぇか?」


 日本語だった。

 シワシワの老人が、免税店のカウンターから声をかけてきた。

 ロゼは日本語が喋れる。意味は通じた。


「……あ、あの時取材に応じてくれたお爺さん!」

 ロゼは、老人を思い出した。


「観光かのう? 宿は取れたかの?」

「いえ、まだ。前に泊まった花柄のホテルに行こうかと」

「あそこは休業中じゃぞ」


 ……となると、あてがなくなった。

 ロゼは困ってしまった。まあこの国は、英語と日本語が通じるから何とかなるか……。


「なんだったら、儂んとこ泊まるか? 離れの客間が空いとるでな」

 老人は、カウンターからよっこらせと出てきた。ずいぶんと背の高い老人だ。


「ありがとう。でも長期滞在になるわ。ご迷惑をかけることになるし」

「長期割引で安くしとくぞ。なんにせよ暇じゃから、遠慮することないて」

 深く刻まれた皺の奥にある目は、優しい色をしていた。


「ワシはジョー。ジョー・ガルバじゃ」

「わたしはロゼ。ロゼ・ガードナー」


「よろしくな、ロゼさん」

 ついておいでと手招きをし、老人は歩き出した。


 ビジネススーツとタイトスカート、そしてハイヒールで武装した美人キャスターは、一般人の家にステイすることとなった。



 この日の出来事は、今日から五日ばかり前のことであった。

 今は……、


 胸元を弛めた襟なし白シャツ。薄地のキュロットスカートに、男物のサンダル履き。頭には、ハイビスカスを飾った古い麦わら帽子。


 化粧っ気なしだが、ロゼは素でも美しい。


 ラフでイケイケな女子が一人。夕日が美しい浜辺を歩いていた。

 手にしたカメラは、美しい自然を映すことにのみ傾注している。


「おーい、ロゼさんやー!」

 ジョー老人が道から手を振っている。


「お爺ちゃん。どうかした?」

 ロゼは手にしたカメラをジョーに向けた。


 老人は、外孫を見るようにニコニコしていた。


「緊急で部族会議が開かれるんじゃ。ロゼさん、暇だったらあんたも参加せんかね?」

「部族会議?」


 戦時中の部族会議。なんらかの秘密が聞けるかも知れない。この国の生の声が聞けるかも知れない。


 ス・ク・ー・プ・の・幼・×・→・予・感。


「わ、わたしなんかの部外者が参加しても良いの?」

 ロゼは笑顔を絶やさぬようにし、恐る恐る確認してみた。


「いいともさ。五日もここにいりゃぁ、国民みたいなもんだぁね」


 明け透けにも程があった。




次話「17.特派員ロゼ・ガードナー②」

お楽しみに!


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