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14.カウンター攻撃

 その日の夜。


 浜辺に腰を下ろす桃矢。見上げれば満天の星空。そろそろ見慣れてきた星座群。

 いまだに南十字星の場所がわからないのだが……。


 昼間の暑さがどこかへ行った。ゼクトールの夜は涼しい。

 海からの風に椰子の葉が揺れる。

 桃矢の脇で、白い毛並みのネコが穴を掘っている。ヤドカリでも探しているのだろうか?


「夕涼み?」

 腰にパレオを巻いたビキニ姿の桃果だ。


「うぇ?」

「なに嫌らしい目で見てるのよ!」

 胸を手で押さえる桃果。しかし、桃矢が見ていたのは、おへそより下の部分である。


 微妙な間を開けて、桃矢の横に桃果は座った。  

 ゼクトールに来て、初めての水着姿ではなかろうか? これは貴重である。


 そういう桃矢も、ベージュの開襟シャツに、膝下丈のダブダブズボン姿である。

 ゼクトールの人種の多様さも相まって、国王とその黒幕である、などと誰も思わないだろう。


「綺麗な星空だよね?」

 桃矢がそっと呟いた。


 風に揺れる椰子の葉の音。寄せては返す波の音は単調に聞こえて実は複雑だ。


「そうね」

 桃果も普段と違う声を使っている。


「なんか、このままの時間がずっと続けば、幸せのまま生きていけそうな気がするわ」 

 風の音、波の音、ネコが砂を掻く音、時たま街から聞こえる生活の音。


 ほんの少し、桃矢は砂に置いた手を桃果に近づけた。

 桃果も、桃矢の手に触れんばかりに近づける。

 微妙な距離が、確実な距離へと変わる。


「ねえ――」

「あのさ――」

 二人は同時に口を開いた。


 息を止め、目を見つめ合う。

 どちらからともなく、顔を近づけて――。


「お夜食のコーヒーゼリーをお持ち致しました」

「うぉい!」


 宮廷付き料理人、ブロスが、二人の間に悪魔のように黒いゼリーを差し出した。


「ハセン、つくづく気の付かん男よの!」

 同じく宮廷付き料理人のハセンが、困った顔をして立って。


「いや、気をつけるとか付けないとかじゃなくてぇ!」

 桃矢が慌てて両手を振った。


「そ、そうよ、何にもないんだから!」

 桃果も頬をピンクに染めている。


「こんな夜は、チーズケーキに限るだろう?」

 ハセンが、何かに気を利かせたようにして、そっとチーズケーキをのせたトレイを差し出す。


「あ? なにがチーズケーキだ?」

「はぁ? チーズケーキも知らんのか?」


 二人の間から見える星の数が多くなった。重力レンズ効果の為、空間が歪みはじめたのだ。


「あ、桃花ちゃんはチーズケーキを食べなよ。僕はコーヒーゼリーにするから!」

「そうね! 今夜はチーズケーキな気分だわ!」

 二人の機転により、空間転移は避けられた。


「それにしても、お二方」

 ハセンの顔が引き締まった。


「護衛も付けずに夜の逢い引きとは、無防備にも程がありますぞ!」

「「いや、逢い引きじゃないし!」」

 必死で抵抗する桃果。


「お二方に万が一のことがあれば、我ら二名はもとより、ミウラ辺りが銃で頭を撃ち抜きますぞ!」

 ブロスは、海を背にした立ち位置に変わっていた。


「もっとも、その格好では、自ら名乗らなければ、お二方とは気づきませんでしょうがな! ハッハッハッ!」

 凄まじく大笑いする二人の料理人。夜だと、昼より怖かった。


「にゃーん」

 いつの間にか近くで遊んでいた白猫が、桃矢の足下にすり寄ってきていた。


 ブロスが大きな手を開く。

「さて、そろそろテントへ戻りましょう。皆が心配……」

 ブロスとハセンが海の方へ体ごと向き直った。

 気配が入れ替わる!


 ザバリと音を立て、海中から黒い影が立ち上がった。

 真っ黒なウエットスーツ。手には同じく黒いケース。


 その物腰、どう見てもゼクトールの人間ではない。

 黒づくめの曲者は、一瞬でケースからサブマシンガンを取り出し、構えた。


「ちょうどよい。国王陛下に会うためにはどこへ行けばいいのかな?」


 黙っていればいい。

 だれもここにいる桃矢が、国王その人だとは思わない。


 ハセンが叫び、桃矢に覆いかぶった。

「曲者め! トーヤ陛下! お下がりください!」


「いや、ちょっと!」


 巨体を生かしたブロスが、両腕を広げ肉の壁となって立ちはだかった。

「陛下! 早く安全な場所へ!」


「ちょっと黙っててくれる?」   


「そうか、お前が国王。トーヤだな?」

 遅かったようだ。


 そして連射音。近距離射撃。


 弾は桃矢を庇ったハセンの背中に打ち込まれていく。


「おのれ!」

 サブマシンガンの前に飛び出すブロス。


 残りの弾がブロスの胸と腹に、水っぽい音をたてて吸い込まれていく。


「ハセンさん! ブロスさん!」

 桃矢は桃果を守るように体の後ろへ追いやって、後ずさっていた。


「ギャース!」

 変な声を上げ、白猫が襲撃者に飛びかかる。


 全弾をブロスに叩き込み、マガジンを落とす黒い男。

 予備の弾倉を手にしようとした格好のまま、突っ伏すように倒れた。


 倒れた男の頭を踏み抜くように、前足をかけた獣が立っていた。


「え? 猫がライオンに?」


 大きさは虎かライオン。

 いかにも肉食獣然としたたたずまい。体は、白銀の長毛に覆われ、背中から太い触手が四本飛び出してうねっている。


「総司令、お怪我はありませんか?」

 獣が、流暢な日本語で喋った


「ど、どちら様ですか?」

 桃果がウルトラマンポーズで身構えている。


「ひょっとして……」

 ライダー一号ポーズをとる桃矢の額。星形の痣が、青く鈍く光を放つ。


「……鉄の神ファール・ブレイドゥ?」


 獣はこくりと頷いた。


 その縦長に瞳に浮かぶのは知性。


「いかにも。私はタミアーラ搭載対人戦闘兵器、ファール・ブレイドゥ。普段は姿を変え、猫に身をやつし、総司令閣下の身辺警護に当たっているのです」


 ゆらゆらと触手をたなびかせ、ゆっくりと歩を進めるファール。


「この者達は惜しいことをした。動かないでくれたら私が対処したのに。いや武士(もののふ)に対しそれは言うまい」

 砂浜で倒れ伏し、ぴくりとも動かぬ老人二人を哀愁のこもった目で見下ろしている。


「……まだ、コーヒーゼリー食べてないのに……」

 桃矢の目から涙がこぼれた。


「せ、戦争に犠牲は付きものなのよ」

 桃果の言葉に揺らぎが生じていた。


「しかし、あっぱれである。我が最後もかくありたい」

 ファールは、桃果の動揺を重んじ、倒れた二人に敬意を込めて話を始めた。


「九㎜弾を十発以上、叩き込まれて――」

「さすがに痛かった」

「陛下、お怪我はありませんか?」


 ムクリと起き上がるハセンとブロス。


 桃矢と桃果の目が丸くなった。ファールの目も丸くなった。


「ハセン! ブロス!」

 桃果の目から涙がこぼれていた。


「弾が、体に!」

 桃矢は血だらけになった二人の体を見ていた。


「弾ですか? むうん!」

 二人は全身の筋肉に力を込めた。


 ハセンの背中が、ノートルダムの怪人のように盛り上がる。

 ブロスの胸筋と腹筋が、パンプアップする。


 ボトッ! ボトボトボトォッ!


 音をたて、二人の体から弾丸が落ちていく。


「九㎜弾なら、ワシらの筋肉を通ることはできない。心臓とか喉とか顔とかはまずいがのう!」


「ふふふ……うっ!」

 突如、ブロスが片膝をついた。

 ……左胸に赤いシミが広がっていく。


「し、心臓を!」

 桃矢が駆け寄った。


「ご安心めされい!」


 俯いたまま、ブロスは左胸のポケットに手を入れた。

 二本指でシルバーの一ドルコインをつまみ出した。


「お守りのおかげで命拾いしたわい!」

 見上げるように、ニッと笑う超獣ブロス。スゲー格好いい!


「この一ドル銀貨、もう手放せないですね……あれ?」


 よく見ると、コインに大穴が空いていた。

 弾が貫通していた。


 目を細めて1ドルコインを見つめるファール。

「あの近距離で9㎜パラペラム弾だ。銅とニッケルの薄い合金程度では紙も同然!」


 1ドルコインの意味が無くね?


「結果オーライじゃから、いいんじゃね? ブワッハッハッハッ!」

 豪快に笑い飛ばすブロス。


「よし、どこまでイケルか挑戦しよう! 次は50セント硬貨じゃ! フワッハッハッハッ!」

 バシバシとブロスの肩を叩くハセン。


「ではトーヤ陛下、ワシらは明日の仕込みがありますので、これにて」

「明日の朝食は、血のように赤いトマトが挟まったBLTサンドですぞ!」


 二人は宮殿へと、「普通」に歩いて帰っていった。 


「赤チン、あったかな?」

「唾つけときゃあ治る!」

 そんな会話が遠くから聞こえてきた。


「……えーと、トーヤ様」

 ファールが頃合いを見計らって、惚けた二人に声をかけてきた。


「ここ以外にも四カ所で敵狙撃兵の上陸が確認されました。それぞれの場所で、我が分身が適切に対処致しました。国内の守りは万全です。どうかご安心を」


 ファールは凄いことをやってのけた。

 でも、あんまり凄いことに思えないのは、相対的なモノが原因であろうか?


「私は、個にして群。群にして個。無限増殖可能なファールにお任せを!」


 鬼神的な活躍を見せたファールが気持ち激しめのアピールを見せるが、桃矢と桃果はウンウンと頷くのみで、なんだか可哀想だった。 



次話「ゼクトール御前戦略会議」


お楽しみに!

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