12.ケティム爆撃機隊
ケティム艦隊が駐留する絶海の孤島。
ただし、ここは元々海底山脈のてっぺんが顔を覗かせた岩礁地帯。そこを足がかりに埋め立て、軍事基地を建設した。
象徴的なのが、軍事基地の中央を斜めに横切る滑走路である。
ある日の早朝。
滑走路の端に、その巨鳥は羽を休めていた。
ロシア製爆撃機Tu-16バジャー改。
中距離旅客機並の大きさを誇る爆撃機は、二基のジェットエンジンに火を入れた。
ゆるゆると滑走路を走り出したバジャーは急加速。
六トンの自由落下爆弾を搭載した大型爆撃機は、滑走路いっぱいを使って飛び立った。
途中で護衛戦闘機フランカー三機と合流した。
空軍機の護衛につく海軍のフランカーは、他と違い、青い塗装がなされている。
「おう! 海軍のエースの登場だぞ」
彼らは特別小隊だった。
ケティムの海軍のトップ・エースが率いる小隊なのだ。
「先輩、所属の垣根を越えてお供しますよ」
エース小隊の隊長より無線が入る。
「うむ、これは空軍と海軍の共同作戦だ。頼りにしているぞ」
爆撃機機長と護衛機隊隊長は、高校の先輩後輩の関係であった。
コンビネーションは良好。たまには軍も気の利いたことをする。
ゼクトールの主力は、高性能潜水艦であるとケティム軍首脳部は判断した。ケティムだけではなく、合衆国をはじめとした各国も同意見だ。
今回のケティム艦隊は、対潜能力を大幅に上げて臨んできた。潜水艦対策だが、逆に言えば、ゼクトールは潜水艦以外、ろくな戦力をもっていないという判断の現れ。
よって、潜水艦の守備範囲外の、航空機戦力による攻撃も主戦力の一つとして組み込まれているのだ。
旧式のミグしか持たぬゼクトールに、爆撃機は一機もあれば充分だろう。
爆撃機隊は燃料節約と、ケティムのミグ対策のため、高度飛行を行っていた。
南に向かって飛んでいるので、前が眩しいほど明るい。まるでケティムの未来を示しているようで、気分がよい。
「さて、もうすぐゼクトールの領海に入る。無線封鎖を解け! 直解除! 各員戦闘配備!」
爆撃機の機長兼部隊長から、各員に通達が入った。
「護衛機! ゼクトールからの反撃はないだろうが、十分注意しろ」
爆撃機隊の戦闘準備が整った。
「大丈夫ですよ、小隊長。ゼクトールにここまで上がってくる機は存在しませんよ!」
護衛のフランカーは、重いミサイルを搭載せず、代わりに特殊な増槽をゴテゴテと取り付け、空中給油まで行なって足を伸ばしていた。
「ふふふ、それもそうだな。いや、気を緩めるな。そろそろ低空飛行に――」
計器が反応した。
「敵襲ーっ!」
各機、一斉に散開!
「先輩ー!」
パジャー爆撃機が被弾していた。
コクピット周辺に穴が空き、進路を不自然にそらした。
空中戦のセオリーを無視して、正面から機銃弾が撃ち込まれたのだ。
ケティムの戦闘機・青いフランカー三機と、所属不明の赤い機体一機がすれ違う。
抜けるように鮮やかな明るい赤色だ。戦場に似つかわしくない明るい色だ。
「あの赤いのはフランカー!」
爆撃機を襲撃したのは同型機だった。戦闘機隊は増槽を捨て、一気に身軽となる。
「近づくまでレーダーに映らなかったぞ!」
味方戦闘機三機は、赤い戦闘機を迎え撃つため。赤い戦闘機は、追撃を与えるため、双方とも反転した。
赤いフランカーはケティムの青いフランカーを無視、一直線に爆撃機へと向かい、その後方を取ろうとしている。
青いフランカーに、赤いフランカーの後ろを取る時間も余裕もない。
ミサイルを積んでいれば……。
「エースの名は伊達じゃないぜ!」
正面からの機銃攻撃に賭ける!
ゼクトールの小娘にできて、ケティムにできぬはずはない!
青いフランカー隊の隊長一機で、赤いフランカーに挑む。彼は、魂を込めトリガーを押し込んだ。
生涯における最高の一撃だった。
命中! するかに見えたが、赤い機体は右下に滑ってこれを回避。
「落ちろー! 落ちろー!」
二射目。赤い機体は左横に高速平行移動。
三射目。真上にスライド。これで元の位置に。
赤いフランカーは、エースの射撃を悉く回避した。
「なんて腕をしてやがる!」
両機の距離が縮まる。
すれ違い様、赤いフランカーが、機銃を三点バースト。
お前にはこれで充分だ、とばかりに。
隊長機の右サイドが爆発。主翼が吹き飛んだ。
「隊長!」
やっとのことで、赤いフランカーの後方へ回り込んだ青いフランカー二機は、爆散する隊長機を見た。
――脱出はしていない。
「あっ、ああーっ! 爆撃機が!」
悠々と爆撃機に機銃を浴びせる赤いフランカー。翼をもがれた爆撃機は、炎に包まれながら落下。
赤い戦闘機は、役目を終えたとばかりに、ゼクトール方面へ向け、アフターバーナーをふかしている。
作戦終了。排気口がそう言っていた。
冷徹なまでの作戦敢行能力。
残されたケティム戦闘機パイロット二人は、何もできないことに気づいた。
増槽は落としてある。機内燃料は多くない。
追えばガス欠で墜落。
例え引き返したとしても、空中給油機との合流地点までたどり着けるかどうか、ぎりぎりのところだ。
腹に爆弾をしこたま抱えた爆撃機が、海面に激突。
爆弾に火が入ったのか、赤い水柱が海面より上がった。
ゼクトールに、正義の鉄槌を下すはずの爆撃機が、海に落ちた……。
派遣軍戦闘機隊の中心になるはずの隊長が、開戦前に戦死してしまった……。
きっとこれは何かの悪い夢だ。幻だ。
ケティムの正義が破れるはずないのに!
「作戦は失敗だ。帰投する」
二機の青いフランカーは、力なく機首を返した。
「ゼクトールの近くで、台風が発生するみてぇだな」
国土交通委員長のエレカだ。
「こっち来るの?」
絞りたて100%パイナップルジュースを飲みながら、桃果が聞いた。台風銀座日本生まれのの桃果と桃矢は心配顔になっている。
ところが、気象に敏感な役職である農務委員長のノアは、平然としたものであった。
他の委員長も、さして気にとめていない。
報告をもたらしたエレカのしゃべり方自体が、うわさ話的な気軽さだった。
「ゼクトールへは、来ねぇさ!」
エレカは、自分のバナナジュースに手を伸ばしている。
「ジェベルさんから聞かなかったのか? ゼクトールに台風が来るのは数十年に一度程度だぜ。二ヶ月前に一度来てるから、あと二十年は来ねぇだろうな」
「そういやそうだったね。でもあの時は最悪だったよな。嵐とケティム艦隊の二重苦だったもんな」
桃矢はテントの外に目を向けた。雲一つ無い青空が広がっている。
「でも、風は吹くから過ごしやすくなるぜ。つっても、――ズコズコ――まだ発生はしてないよ。あと二、三日ってところだ」
エレカは、ストローで無理矢理バナナジュースをすすりながら、国王陛下と対話している。
「え? なんで解るの?」
「イルマ神官長経由、クシオ様発の情報だ。……信用度は絶対だな」
「絶対だな」
うんうんと頷く桃矢と桃果。
「あ!」
一陣の強い風が吹き、エレカが咥えようとしたストローが明後日の方向を向いてしまった。
低気圧が近づいてきている証拠だ。
次話「知将vs女子高生」
お楽しみに!