11.荒御霊降臨!
「三日で終わったぞ!」
現れたのは、スライム。
緑色だった体が青紫色に変色している。想像以上にハードだったのだろう。
気を荒げている。荒ぶる神だ。
「こ、この者は?」
ミウラが腰の拳銃に手を置き、尋ねてきた。なんとなく、桃矢や桃果と知り合いっぽいので、いきなりの銃撃は控えている。
「ヌル教が誇る四神の一柱、木の女神にして生けるものを育てる神、全てに力を与える青のヴィム・マクス様よ。あんたらの神様なんだから、覚えておきなさいよ」
育成と力の神が、過労死寸前なんだが。
「はっ! ははーっ!」
その場にいる委員長達全員が、頭を床に擦りつけた。
敬われて機嫌が悪くなるはずない。ヴィムの機嫌が直った。
「う、うむ、苦しゅうない。面を上げい」
全員が、恐る恐るご尊顔を拝し奉る。
スライムは、胸を反らしていた。単細胞である。……生物学的に単細胞なのだから、当然と言えば当然だ。
「モモカよ。約束通り、三日で三艦を仕上げてきたぞ」
「明日朝までにフランカーを三機仕上げて頂戴」
「え?」
「敵が長距離爆撃機を持ち出してきたのよ。予想だと明日のお昼に攻撃を食らうわ。対抗できるのは航空戦力のみ。戦において予定変更はよくある話よ」
「え? ちょっと意味わかんないっすね」
モモカは、ここで表情を引き締めた。
「これは、タミアーラ墜落に匹敵する危機よ。あなたもゼクトールを守護する一員なんでしょ? 神様なんでしょ? あなたのがんばりが無いと、ここにいる子達はもとより、戦う術の無い幼子達や、出稼ぎからの帰りを待ってる女達が大勢死ぬのよ!」
ご丁寧に目をうるうるさせている。
「よ、よしわかった! ワタシも神と呼ばれた者! ゼクトールに命を捧げた者だ!」
プルプルと震えるヴィム。実にチョロい。
「明日朝と言わず、日が昇るまでに仕上げてやろうじゃ――ブベシ!」
ドアが勢いよく開き、ヴァムが壁との間に挟まれてペシャンコになった。
「トーヤ陛下、おやつのチーズケーキで御座います。このハセンが腕によりをかけてこしらえた至高の一品です」
ヌッと顔を出したのはテンガロンハットをかぶった大男ハセン。老人である。
二メートルにわずか足りない長身。金髪でボブカット。立派な髭を鼻の下に蓄えている。細い目と相まって印象を与えるが、その筋肉量、その足捌きが、見る人に危険な匂いを感じさせている。
「トーヤ陛下、おやつのコーヒーゼリーで御座います。このブロスが腕によりをかけてこしらえた究極の一品です」
こちらは二メートルをかるく超える巨漢の老人ブロス。ちりぢりの黒髪を肩まで垂らしている。顎髭が濃くて長い。
ハセンと同じく、戦闘民族臭がする。……のだが、その正体は、二人とも王室お抱えのコックである。
コック故、おそろいで、ピンクのエプロンを掛けている。
「むっ! 貴様ブロス、ワシが先に陛下のおやつをこしらえたのだ。その方は下がっておれ」
ハセンの細い目の中で、瞳が魔界の光を放つ。
「今回は俺に花を持たせておけハセン。だいいち、チーズケーキなど女子供が喰うものと相場が決まっておる。大人の階段を上りたがっておられるトーヤ陛下には、俺のコーヒーゼリーが一番なのだ」
悪鬼がごとく目を見開き、ハセンを睨み付けるブロス。こちらは魔獣の王の風格だ。
「やんのか、こら?」
「あ? 何言ってんだバカ?」
「バカ言ったなこコラ!」
「じゃあマヌケで手を打とう」
そっとおやつをテーブルにのせ、二人の野獣……もとい、コック達は闘気により空間を歪めだ。
「や、やめよ!」
ぺしゃんこになったヴィムが、よろけながら二人の間に立つ。
「ここはトーヤ陛下の御前でギュル」
ハセンがヴィムの体を片手で掴んだ。
「喰らえ! ゼクト古式武術奥義、超音投擲法!」
全身の筋肉を連携使用して、ハセンはヴィムの体を投げつけた。
銃器が未発達の頃、戦場では石礫を投げ、敵にダメージを与えていたという。
弓すら無かった太古の昔、礫こそ人類が初めて手に入れた長距離攻撃法であったのだ。
何万年の昔に開発された兵器なら、何万年もかかって進化を遂げて、何の不思議があろうか?
それこそが「ファール古式武術・超音投擲法」なのである。
ヴィムの体は音速を超えて、宙を飛んだ。
「なんの! ブレハート水神武甲殻呼吸法! むん!」
ブロスの体が一回りも二回りも膨れあがった。装備していたピンクのエプロンが引きちぎれる。
中から現れたのは、鋼を打ち付けたように黒光りする筋肉。
人が猿から進化した時、真っ先に捨てたのは毛皮である。
陸上を生息地とするほ乳類にとって、毛皮とは唯一己を守る鎧。
毛皮をなめてはいけない。剣の達人といえど、動き回る毛皮の生物に対し、一撃必殺は不可能と言われるほどの防御力を持つのである。
なぜ人は大事な毛皮を捨てたのか?
服を手に入れた?
ならば、人類になろうとしている猿、一斉に服を手に入れたというのか?
その答えの一つが、ブロスの使う呼吸法である。
(二つとも、ゼクトールに伝わる古式武闘術の書「みんなのかくとうじゅつ」より)
スライムを音速で放つハセン。それを寸鉄帯びぬ裸で迎え撃つブロス。
「うわー!」
部屋を揺るがす大衝撃波。
一般人は頭を抱えて床へ伏した。
揺れが納まり、桃矢は顔を上げた。
そこには、にこにこと笑い、お互いをたたえ合う超獣コンビ。……の足下に、ボロ雑巾のようにクシャクシャになっている何か。
「バフーッ! ベフーッ!」
苦しそうな声を上げるヴィム。本当に苦しそうな声を上げるヴィム。
もはや他人の目を気にしている状態ではないのだろう。実に無知性的なうめき声を出している。
「さあさあ、ヴィムさん、おっきしましょうね」
モモカがヴィムに手を差し伸べた。優しく立たせてあげている。
「ゲフォーッ! ボフォーッ!」
「明日、日が昇る前までにフランカー三機を仕上げてね」
鬼だった。
鬼なのに、可憐な花のように愛らしく笑う。
「時間を前倒ししたのはヴィムさんよ。超獣コンビのじゃれ合いにちょっかい出したのもヴィムさんよ。わたし達は仲裁を頼んでなんかいないわ」
どこまでも鬼だった。
「オブッ! オブォー!」
真っ黒に変色したスライムが、足を引きずるようにして(足は無いけど)部屋から出て行った。
フランカーを仕上げるために。ゼクトールを守る為に。
ヴィムが去った後には、転々と謎の液体が落ちていた。
それはヴィムの血液か、はたまた涙なのか?
わかっていることは、ゼクトールがブラックだったって事だけだな!
…まあ、なんですな、
私が書くスライムは、みなこんな感じですな。
次話「ケティム爆撃機隊」
ついに戦端が開かれます。
お楽しみに!