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10.風雲


 それから三日の後……。


 ゼクトールの中枢は、それなりに忙しかった。


 行政部門は午前中に、テント……もとい、臨時宮廷で。軍事部門は、午後のお昼寝の後、神殿半島(タミアーラ)にて細部が煮詰められていた。

 ケティム海軍による二度目の侵攻に対し、対抗手段が次々と決議されていた。


「どうやら、先の一件でケティムが冷静さを失ったようです」

 国防委員長のミウラが、問題点の一つを提示した。


「あら、あの国に『冷静』だとか『成熟』なんてボキャブラリーがあったの?」

 桃果が目を点にしていた。真剣にだ。


「どういう風に?」

 国王桃矢が、ミウラの話を促した。


「ゼクトールの侵略を防ぐためと称し、我が国に対し、主権の放棄と、ケティム移民の受け入れを戦争終結の条件に追加してきました」


「ケティムに、侵略戦争の定義を教えてもらいたいところだな。それを受け入れたら、また条件が追加されるんじゃないのか?」

 桃矢は、ケティムという国を信用しなくなっていた。

 列席している委員長達の間からも、溜息が漏れていた。


「モモカ様! モモカ様も何か言い返して下さい!」

 法務委員長のアムルが、テーブルを小さい拳で叩いている。慌て者だが厳格な正確で知られている。正義不正義に対する潔癖さが顕著なのだ。


 たいして、桃果は、腕を組んで首をかしげ、長考に入っていた。


 おもむろに口を開く。

「……言い出しっぺはどこ?」


「ケティム国民です。デモだとか新聞だとか、大多数の意見が一刻も早いゼクトール打倒に傾いています」

 ミウラは、海外の新聞記事を切り抜いたスクラップブックを広げていた。


 最貧国にして、南海の孤島ゼクトールに、そこまでデスる理由が解らない。――外の国のから見てみれば。


 桃果は、ゼクトールに骨を埋めると決意宣言してはいるが、2ヶ月前まで日本で女子高生だった17歳少女である。

 悲しいかな、外からの目でケティムを見られるのである。 


 腕を組んだ桃果は、テーブルに視線を落とし、シミの外周をなぞった。次いで斜め上を見上げ、テントの構造材に浮いた錆のを端から端まで目で追った。

 やがて、視線はミウラに移った。


「なるほど……そういう方向へ民意を誘導しないと、国家経営が立ちゆかなくなったのね。……なんて哀れな……」


 金食い虫の艦隊が一個、無くなったのだ。いや、無くなっただけならまだマシだが、幾つかの船が、憎むべき敵であるゼクトールの手に渡ったのだ。


 ひょっとしたら、その件は隠しとおすつもりだったのかもしれない。隠しきれると思っていたのかもしれない。

 そんな意図が感じられた。


 だとしたら悪い事してしまった。

 艦船を鹵獲した件は、桃果が意図的にリークさせたのだから。


 この場合の「意図的」とは、「嫌み」と同義語である。  


「望み通りゼクトールが滅んだら、連中、今度はどの国を標的にするんでしょうね?」

 自分なら、敵を生かさず殺さずの状態に持って行くけどね。と肩をすぼめておどけてみせる。


「先の大戦で叩かれ役の日本とは関係なかったしね。この件はケティムが負けを認めても政治体制が変わらない限り終わりはないわ。だから聞かなかったことにしてシカトしましょう。……ところで――」

 桃果は気持ちを切り替えた。


「ケティムにガス田の苦情は行ってるの?」

 白ネコをお膝の上にのせた桃果が、会議を仕切る。


 これに対し、国土交通委員長のエレカが答弁に立った。

「ケティムのチン『自主規制』野郎は、ガス田の機材は第三国の会社が出資運営している。だから攻撃しても、ケティムに被害は無いとぬかしやがる。PRCに並ぶ大国のくせに小賢しすぎて、片腹痛ェぜ!」


 紙の束でテーブルを叩きまくるエレカ。何度も言うが、彼女は国土交通委員長だ。 

 ゼクトールには、情報局に相当する部署が無いので、適正値(スキル)的にエレカが兼任している。もちろん、なし崩しにだッ!


「女子供相手に寝技の好きな大国ね。立ち技で来なさいよ! 立ち技で!」

「ちげーねー。オレもそう思う。男だったら直球勝負でこいや!」

 数多くの寝技を持ち、かつ、決め球が縦に変化する変化球である桃果とエレカ。二人は似たもの同士だった。


「次! ケティム侵略軍の全容は解明できているんでしょうね?」

 桃果の誰何が飛ぶ。


 これに答えるのは、ブチネコの耳を触っている国防委員長のミウラだ。


「はっ! 高軌道上のファム・ブレイドゥ様よりのお告げによりますと、空母1、電子戦駆逐艦1、対潜駆逐艦3、ケティム式イージス1、対空フリゲート1、原子力潜水艦2、補給艦1、兵員輸送船3。各艦の名称並びに明細は、お手元の資料に」


「うむ!」

 桃果は裏側印刷の再生コピー用紙にプリントされた資料を手にした。


「やっぱ出てきたか、空母……」

 桃矢が眉を寄せる。


 今度の空母はアングルドデッキを備えた正空母だ。

 ケティムは空母運用に熟練の技を持っている。中古空母を「持っているだけ」の国とは戦力・火力・運用力が違うのだ。


「ゼクトールの海は遠浅。座礁しない海域からだと、艦砲射撃の射程がギリギリ。とても精密射撃はできないわ。ケティムはトマホークタイプを持ってないから、ミサイル攻撃も効率が悪い。よってゼクトール攻略には航空機戦力が不可欠なのよ」


 桃果は書類に目を落としたまま、解説をやってのけた。


「でも、さすがに数が少ないわね。2ヶ月前の侵略艦隊は何じゃかんじゃで、正面艦隊として19隻も動員してきたわよね?」

 首を捻る桃果である。長くてさらさらの髪が、肩に触れる。


「お金の問題じゃないかな?」

 桃矢が桃果の綺麗な髪を見ながら、そう呟いた。


「あり得ますね」

 相づちを打ったのは財務委員長のマープルだ。自慢の金髪を掻き上げている。


「艦隊を動かすだけで燃料やら食料やら、莫大なお金が消費されますから。それに、艦隊が一個無くなったのですから、いかにケティムといえど、動員する艦船数に限界があったのですよ!」


 そんなところだろう。

 不幸中の幸いだ。前回の勝利が、こんなところで生きている。喜ぶべき事であろう。


 さらに、ミウラの報告は続く。

「侵略軍の旗艦は電子戦用駆逐艦ジムイ。艦隊は、現在中継基地にて補給中」


「情報チートって最強だと思うの。さすがファム。鮮明なカラー写真ね! 褒めてあげる」

 ゼクトール国民より神と仰がれ、かつ、オーバーテクノロジーが美少女型になった宇宙戦艦に、お褒めの言葉が飛んだ。


「さ、さらにファム様よりお告げがありました」

 神を卑下した態度に釈然としなかったのだろう。ミウラはことさらファムを持ち上げた。


「本国より長距離爆撃機が一機と、空中給油機が一機、中継基地に向かいました。これが写真です」


 ホワイトボードに貼り付けられたA4の写真には、大型の航空機が映っていた。

 シルエットは旅客機に似ている。大型だ。


「ロシア製バジャーのコピーね。給油機も同型機改造版だわ」

 桃果は、あっさりと型名を見抜く。

 空軍機オタク健在である。


「さ、さすがモモカ様」

 この辺の情報に疎いのがゼクトールである。絶海の孤島故、情報集めに苦労するのだ。


「中継基地からなら、ゼクトールまで充分手が届くわ。帰りの燃料は給油機があれば問題ないし。……あたしだったら護衛の戦闘機も付けるわね!」


 第一次ケティム戦は、白兵戦にもつれ込んだので、ゼクトール本来の陸上戦力でもなんとかなった。

 海上艦船も、人の手が届く距離まで来てくれたので、何とかしてしまった


 しかし、敵の航空戦力には、いいようにあしらわれてしまった経歴がある。

 実際、爆撃により空港は穴だらけにされ、復旧に苦労した。軍司令部が入っていた王宮は、粉微塵となったままだ。


「まあ、普通に考えて、……ゼクトールの空中戦闘力は無いと判断されるでしょうね。対空戦闘能力も右に同じでしょう」

 恐ろしいことをサラッと言ってのけるが、その態度は落ち着いたものだ。


「そこが穴なのよね」


 この場合の穴とは、ゼクトールにとってなのだろうか? それもとケティムにとってなのだろうか? 桃果は明言を避けた。


「ちなみに桃花ちゃん。ケティムの侵攻はいつと予想されるかな?」

 会議に最初からいた桃矢は、資料から目を上げ、桃果に見解を求める。


「まずは爆撃機によるゼクトール本島の空爆で先制パンチね。これは明日の正午前後で間違いなし! 帰りの燃料を空中給油する必要があるから、明るいうちに帰りたいでしょうからね」


 会議室に集う一同がざわついた。明日、ゼクトールは爆撃を受ける。


「ゼクトール側としては、領域内で戦闘したくないわね」

 桃果は大げさに両肩を自分の腕で抱き、震えてみせる。


「ヤダヤダ! 鉄と油の固まりが、珊瑚礁の海に落ちるなんて、ぞっとするわ」

「じゃ、どう対処するの?」

 桃果の腰は落ち着いている。桃矢にも心当たりはある。


 三日前に、木の神ヴィムと打ち合わせした。そのことだ。


 しかし、いまのところ使えそうなのはスーパーイージス化した駆逐艦だけ。

 だけど、乗組員の練度どころか、訓練そのものをしていない。


 桃果はにっこりと笑い、

「神頼みよ!」

 と、のたもうた。


 あの桃果が神頼み。


 ゼクトールの委員長達は、絶望に天を仰いだ。


 その時!


 バン! と音を立て、会議室のドアが勢いよく開かれた。




次話「荒御霊降臨」


おたのしみに!

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