ミリアの怒りと悲しみ
舞踏会も中盤に入り恐れていた事が起きた。クラウドの母である王妃が入ってきたのだ。入ってくるなり、アリアに近づきほうを思いっきり叩いた。アリアは倒れた。その衝撃でアリアは意識を失った。そんなアリアが倒れないようにミリアは意識を集中させ代わりに立ち上がった。
「出て行きなさい。」
王妃は甲高い声で怒鳴った。その響き渡る声にみんなが事の事情を知ろうと見ている。
「いいえ。出て行きません。あなたは私が嫌いですか?」
瞳の色に気づかれないように下を向きながらでもはっきりとミリアは聞いた。
「嫌いよ…大嫌い。この世で一番見たくない顔」
ミリアはここまでひどい言葉を言われた事はなかった。でも今の私は引けない。
「あなたが私を嫌いな理由が分かりません。」
本当は少しわかっていた。ミリアは霧の中攫われるとき王妃と言う単語が聞こえたよいな気がしたからだ。
「話にならない。妃はミシャイン!貴女でいいわ」
ミシャインはまさか…というような顔をしながらも苦笑いを浮かべ、嬉しいですわ。と答える。
「ちょっと待ってよ。母さん。急過ぎるし、僕にも考えさせてくれ」
とクラウは母を止めようと母を追いかけようとしたその時扉が開きミシャインといつもいた家来が入ってきた。
「そうだ。そいつは考えた方がいい。そいつは王子なんかじゃない。その女と愛人の間に生まれた王族とは関係のない赤の他人だ。」
そう大声でいい家来はクラウの出産記録を撒き散らした。貴族たちはそれを拾い集め次々に叫びだす。
青ざめた王妃はそそくさと部屋に戻ってしまいクラウはただ立ち尽くす事しか出来なかった。そんなクラウに多くの罵声がとんでくる。裏切者。国の恥…物を投げる者まで現れはじめた。ミリアはとっさにクラウの手を取り走った。階段を駆け上がり大きな窓の近くの踊り場で少し止まり下を見た。追っ手が追いかけてくる。
「これが…国の頂点で国を動かす人々の行動なんですね。あなたが他人と知った瞬間こんなの…あなたが時折魅せる寂しそうな顔の意味がはっきり分かりました。でも今は私を信じてください。そしてその辛さ…私にも分けてください。」
ミリアはそうつぶやきクラウの顔を見た。クラウの目から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「君には重過ぎて腰いためちゃうよ」
クラウはそう言ったが確かに微笑んでいた。
ミリアは窓を開けて下を見た。
この高さからなら行ける。そう思ったミリアはクラウを抱きしめそのまま下に飛び降りた実体を借りているミリアは思ったよりも軽く着地する事が出来た。クラウもミリアと共に着地した。窓から追いかけてきた貴族達と追っ手が驚いた顔でこちらを見ている。
「すごいっ。こんな高くから飛び降れるなんて」
他人事のように驚いていたクラウだが下の追っ手が追いかけてくるのを見て今度はミリアの手を取り走り出した。あまりの速さにこけそうになりながらもミリアはなんとかついて行き、追っ手を振り払う事が出来た。
「ミリア…痛むところはない?」
ぱっとてを離しクラウが顔を覗き込む。
「大丈夫です。王子は大丈夫ですか?」
「だから〜王子じゃなくてクラウでいいってば」
はっと我に戻る。ミリア、今ミリアって言ったような。
「ミリアがあんなところから飛び降りるから」
とクラウは切ない笑顔を見せた。
「いつからですか。いつから私がミリアだと気づきました?」
とミリアは恐る恐る聞いた。
「内緒」
とだけクラウは答え歩き出した。小さい声でありがとうと聞こえたような気がしてミリアはこれ以上今聞くのはやめようと心に決めた。森を抜けてきたので辺りが暗くなりはじめると周りは何も見えなくなってきた。二人は歩くのをやめて一晩休憩する事にした。
クラウはおもむろに寝転がり空を見ていた。
「ミリアも疲れたよね。ごめんね、僕のせいでこんな危ないところに来ちゃって」
気の影でクラウの顔は見えないがクラウは声から悲しい表情だと伺える。
ミリアは黙ったままクラウの横に寝転がり空を見上げた。するといつかも見た綺麗な星空がそこにはあった。
「僕、知ってたんだ。本当は王の子どもじゃないってこと。僕…こう見えてそんなにばかじゃないよ…」
ミリアはクラウがこのまま消えてしまうような気がしてクラウの手を握った。するとクラウもミリアの手を握り返し今度は確実にありがとうと聞こえた。
こうして手を握っているとあの時の事を思い出す。死んでしまったお母さんの手は冷たくて、頼りなくて、いつも支えてくれる手はまるで人形のようだった。ミリアはそう思い出すだけで胸が張り裂けそうになる。クラウはミリアの手を強く握った。そこから感じる熱がミリアに伝わり、ミリアはこの手を離したくなかった。そして疲れたミリアは目を閉じた。頭の奥でクラウの声が聞こえた気がした。
「あれは…嘘じゃないから」
意味は分からないままミリアは夢の中へと入っていった。
朝になると木の間から漏れる光で目が覚めた。繋がれた手はそのままだった。アリアはあれから意識を戻していないのか意識の中にアリアは現れなかった。ミリアが起きるとクラウも起きて二人はまた歩き出した。クラウはどんな危ない道でも確実にミリアを安全に通れるようにしてくれた。
「そういえばアリール姫とミリアは確実に違う人だよね?」
ふと気づいたようにクラウが振り返った。
「私の体はどこかに連れていかれたんです」
ミリアはそう言った後にひどく後悔した。こんな話信じる人なんかいないだろうに。
「やっぱりそうだったんだ」
予想外の返事にミリアは驚いた。
「僕ミリアの体の場所分かるかもしれない。」
ミリアは体の場所が気になると同時に本当に自分が生きているのか怖くなった。ミリア自体も攫われたあと目が覚めるとアリアと体を共存していてその間の一週間の記憶が全くないのだ。
「メイド達が噂してたんだけど人形の部屋にまるで本当に生きてるかのような人形がいるらしい。」
もし違っても見てみたいなぁとクラウはいつものように緊張をほぐしてくれる。
「私このままでもいいです」
ミリアはそう言った。このまま…2人で話していたい。もし本体を見つけたとしても死んでいたとしたら…もう私は貴方の声を聞く事すら出来ない。それなら一秒でも長くこの時間が続けばいい。ミリアはそう思うようになっていた。
ミリアは何かこみ上げるものを感じた。
「死ね…」
後ろから声が聞こえる。と同時にクラウがミリアの腕を引き腰に入っていた短剣で背後からの剣を受け止めた。そのまま体の各所に隠し持っていた短剣で相手の足を狙い相手の動きを華麗に止める。クラウは決して相手に致命傷になるような傷を負わせないよう配慮していた。また追っ手もクラウに傷を負わせないように捉えようと必死になっていた。五人の追っ手相手に戦うクラウは流石小さい頃から鍛えられてるだけあって強かった。しかしミリアは気づいてしまった。その殺意むき出しの男の瞳を。先ほどミリアを狙ったのもこの男だった。様子がおかしい。その男が全く動いていない。ミリアは気づいた男が剣を振りかざした。思ったよりも体は軽かった。この時の為になら私は実体がなくて良かった。
完全に後ろを気をとられ気づかなかった。気づいた時にはもう死を覚悟して目をつむってしまった。
ドス…目の前に何かが倒れる音。男達は青ざめた顔をしながら逃げて行く。生暖かい血が当たりを一気に染める。目の前にミリアが倒れていたのだ。
「ミ…ミリア…嘘だよね?誰か!誰か助け…」
しかしその叫びはミリアによって塞がれる。
「私は…大丈夫です。この体を抜ければアリアの傷は治りますか…ら…」
クラウは何の事を言っているのか分からなかった。
「泣かないで…下さい。」
ミリアがすごく切ない顔でクラウ涙を拭いた。その手が冷たくてクラウの目からは更に涙がこぼれ落ちる。
「あの時の返事…私は貴方と…」
ミリアはふと思い出したかのように話し始めたが言葉と共に目を閉じてしまった。吹き替えるように息をし始めた。瞳は琥珀色になっていた。