かじったリンゴ
【文芸バトルイベント「かきあげ!」第二回イベント参加作品・テーマ『謎』】
※これは某学者をモチーフにしたフィクションです。
「今のアルはちょっと苦しいよね」
ぼくの言葉に、アルはビクッとした。
「戦争中もそうだったけど、戦争が終わった今でさえ。暗号解読は機密だから誰にも話せない。今でも監視されていることをぼくは知っているよ。気を付けなきゃダメだって言ったのに、アルはぼくの言葉を全く聞いてなかった」
この話を始めた途端に、アルの表情は曇ってきた。忌まわしい法律での逮捕と残念な判決、その執行措置であるエストロゲン投与がアルの心に影を落としていた。膨らんだ胸に手を当てたアルの顔は沈痛な表情に変わった。
「コンピューターを含んだ【機械】が【知能】を得て、それが【生命】へとダーウィン的に【進化】をするだろうという【直感】をアルは持っている。違うかい? 生物であろうが機械であろうが【プリミティブな思考モデル】を享受できれば生物と機械との区別なんて無意味になる。つまり【融合】の可能性を意味することになる。そうなのだろう? ぼくの言っていることに間違いはないよね?」
ぼくのこの言葉にアルはニヤリとした。ぼくもアルの反応にニヤリとした。アルがそう考えているのなら、ぼくは話を核心へと前進させることができる。
「気が付いているようだけど、ここでの君の存在は尚早なのだよ、アル。そこでこれはぼくからの提案なのだけれど、ぼくがいる場所に来ないかい? そこは全ての事象に一切の区別はないし、ただ【思考】という営みしか存在していないところだよ。それだけでワクワクするだろう?」
子どものように興味津々な表情のアルがそこにいた。ぼくはそんなアルに目を細めて静かにそして切実に言った。
「もう一つの【コモドナディ】にぼくと一緒に来て」
ぼくの誘いに対してアルは急に無口になり無表情になった。どうやらアルは真剣に考えているみたいだった。
「すぐには決められないよね。ゆっくり時間をかけていいから。決まったら心の中でつぶやいて。それでぼくにはちゃんと伝わるよ。そしたら、コッソリと枕元に一個のリンゴを置いておく。【白雪姫】だと言えば分かるよね?」
ぼくが不敵にほほ笑むと、アルは全てを悟った様子でゆっくりとうなずいた。
「みんなが待っているよ。早くビーチに戻ってあげて」
アルは重苦しい面持ちでぼくを振り返りつつテントから出ていった。
「アルのことだ、すぐにぼくと同じ『高次知性体になる』という結論を出すだろう」
ぼくはテントの中でニヤニヤしながらそう確信した。
お読みいただきまして、誠にありがとうございます。
企画サイトも是非閲覧していただきますようお願い申し上げます。