城塞殺し
「身体は基本的に重心を中心に置くんだ。身体の中心にまっすぐ棒が通っている様なイメージで、体幹を意識しろ。そんで、相手の動きをよーく見て、相手の重心に注目するんだ。そっからが戦闘の始まりだ」
街に帰って来て、ドランさんと共にギルドへ依頼達成の報告をした後、僕はドランさんに体術の基礎的な部分を教わっていた。ミニエラ同様ギルドの裏手に訓練場があり、そこで教えを受けている。
ちなみに、レイラちゃんとリーシェちゃんは宿に戻って貰った。ニコちゃんもいるし、今回はレイラちゃんも渋らなかったね。リーシェちゃんは何故か顔色悪かったけど。
ああそうだ、ジェネラルオーガの依頼を達成したことで、レイラちゃんのランクがBに、リーシェちゃんのランクがEに上がった。
ドランさんが付いていたとはいえ、Cランク魔獣のジェネラルオーガと、Dランク魔獣オーガを6体倒して尚全員無傷、それを見れば実力がそれだけ高いことが分かるのだろう。
ランクアップを断る事も出来たけれど、2人共実力不足というわけではない。故に、ランクアップを素直に受け入れ、そのランクを1つ上げた。
僕? 僕は上がらないよ。Hランクの冒険者は、たとえAランクの魔族をソロで打倒したとしても、そのランクを上げることは出来ない。まずはFランクの冒険者になってから出直せといったところだね。
ということで、僕はHランクのままだ。まぁ、フィニアちゃん達を取り戻したらランクアップを考えないでもない。
「えーと……こんな感じ?」
「そうだ。実力者であるのなら、自分の身体に振り回される奴はまずいない……あくまで身体の主導権は自分自身、身体を上手く動かせない奴が上等な剣を振るった所で、身体の延長線である剣を上手く扱える筈もないだろ?」
「なるほどね……それで?」
ドランさんの教えは、中々解り易かった。
一つ一つ、積み重ねて行く様なやり方だ。才能に奢らず、天才に追い付こうとする凡人と同等以上の努力を重ねる。出来る様になったからといって、けしてそれに対する努力を怠らない。出来たのなら、次はそれを完全に扱える様になろうとする。
あらゆる方面に手を伸ばすのではなく。敢えて狭い幅で、自分に必要な技術のみを極めんとするその姿勢は、紛れもなく天才であるにも拘らず、凡人のそれと同じだ。
けれど、けして嫌味に感じない所は彼の人柄だろう。
「身体の動かし方は、基本的に力の流れに逆らわない様に。まして、見る限りお前は先手必勝ではなく、後の先を取るスタイルだからな」
「うん」
「だから、お前が意識するべきことは2つ」
ドランさんは言った。
1つは、『相手の攻撃に対応出来る姿勢を崩さないこと』。
1つは、『相手の攻撃の幅を狭め、かつ自分の攻撃の幅を広げること』。
この2つが、僕がまず意識すべきことだと。
「わけは言わなくても分かるだろうが……まず、相手の攻撃に大して対応出来ない状態を作るのは、後の先を取れないから論外だ。いつでも行動出来るように、戦闘中は出来る限り姿勢を整えろ」
「分かった」
「で、2つ目だが……これは相手の攻撃に対して、攻撃対象である自分の位置関係を調節することで、攻撃し辛くするんだ。これだけでも近接戦闘で優位に立てる……だが、それで自分まで攻撃し辛くなるのは愚の骨頂。つまり重要なのは、相手が攻撃し辛く、自分が攻撃し易い様に動くこと」
成程、つまり自分と相手の位置関係と、攻撃に対処する姿勢を気を付けるのが重要なのか。
うん、解り易い。これだけでも結構やりやすくなるんじゃないだろうか。
「教えてくれてありがとう、ドランさん」
「何、後進を育てるのも上の役目だ」
「それじゃ、僕は宿に戻るよ」
「おう、噂の魔族を調べるから、しばらくはこのギルドで活動してる。なんか困ったら力んなるぜ」
そう言って、僕らは一旦別れる。基本は教えてくれたし、後は僕がそれをどこまで力に出来るかだね。
耐性は十分上がったし、後は体術的な技術の向上と、『初心渡り』を筆頭に詳細不明なスキルの理解を深めて行くこと、そうすればもっと強くなれる筈だ。
「あ、そうだ」
3歩程歩いて、ふと立ち止まる。そしてくるっと体の向きを反転させ、ドランさんの方へと身体を向けた。
すると、ドランさんはまだそこにいて、僕を見ていた。振りむいた僕に、怪訝そうな表情を浮かべている。
「どうした?」
「ちょっと試したい事があるんだ。ドランさん、軽く僕に殴り掛かって来てくれないかな?」
「あん? ……まぁ良いけど、怪我しても知らないからな?」
僕が今回手に入れたスキル『城塞殺し』について、気になることがある。
僕は、あのスキルを手に入れた時のことを思い出す。このスキルを手に入れたのは、オーガの拳を自分の身体で受け止めて、カウンターした時だ。
そして、同様に雑魚を相手にした時……僕の筋力からは到底出る筈もない攻撃力になったようだった。一度、雑魚相手に自分から攻撃してみたけれど、やっぱりカウンター時よりも威力は出なかった。
となれば、その攻撃力の差は『城塞殺し』が埋めている可能性が高い。
試す価値はあるだろう。
「じゃ、どうすればいい? 殴って良いのか?」
「えーと……じゃあまずは、僕から殴るから……とりあえず受け止めて欲しい」
「了解……じゃ、来い!」
で、殴ってみた。教えられた姿勢に注意して、殴った後も行動出来るように体幹を意識しながら、殴ってみた。
ドランさんは軽々と受け止めたけどね。
「おー、そんな感じだ。今のは良い感じだったぞ! まぁ、威力はそうでもないけどな」
苦笑しながらも、今の拳を悪くないと評価してくれるドランさん。威力不足なのは否めないけれど、それでも攻撃後、次の行動へすぐに移れるように、姿勢は崩れなかった。
これで威力があって、直撃していたとしたら、戦闘でもそれなりに使える一撃になったかもね。
「うん、まぁそんなもんだよね。じゃあ、次は軽く殴り掛かって来て頂戴」
「あいよ……まぁなんか考えがあるんだろうが、怪我しても恨むなよ?」
「勿論」
そして、僕は『先見の魔眼』を発動させて、姿勢を整える。
ドランさんの動き自体は素でも見えるんだし、あとは先読み出来れば躱す事も出来る。で、そこから『城塞殺し』で反撃する。そうすれば、Bランクのドランさんだ、最初の拳と『城塞殺し』の拳の威力の差を把握してくれる筈。
構える僕と、拳を鳴らすドランさん。
常に『先見の魔眼』で注視して、ドランさんの動きを先読みする。
そして、瞬間……ドランさんの幻影が、5m程の距離を一息で埋めてくるイメージが見えた。『先見の魔眼』による先読みだ。僕はそのイメージの予測に対して身体を動かす。
すると、イメージではなく、本物のドランさんが動く。地面を蹴り、一瞬で距離を詰めてきた。僕の目の前に拳を振りかぶった状態で現れる。
でも、それは既に魔眼で予測済み。僕は振り下ろされる拳に対して、盾の様に片腕を構える。
そこへ、ドランさんの拳が叩き込まれた。地面が揺れる音が響く、身体を大きな振動が奔る感覚がした。でも、痛みは無いし、腕も無傷だ。
そのことにドランさんは、眼を見開いて驚愕していたけれど、僕はその隙にドランさんの拳を振り払い、ガラ空きになった胴へと……拳を叩きこむ―――!
「ッ―――チィッ……!」
でも、ドランさんは僕の拳を防ぐべく、もう一方の手で受け止めた。
流石はBランク、僕に教えた通り、攻撃後も動けるように体幹も重心も一切ブレていない。
けど、さっきの一撃とは違って……ドランさんの身体は大きく後ろへ吹き飛んだ。
空気を切る音と共に、ドランさんの大きな身体が地面を転がる。でもちゃんと受け身は取っているようで、すぐに体勢を立て直し、立て膝の状態で止まる。
顔を上げたドランさんの表情は、驚愕に染まっていた。それもそうだろう、僕の拳の威力が段違いに向上しているのだから。僕も驚いているくらいだ。
でも、これで分かった。
この威力は、僕の筋力じゃあり得ない。完全に別の力が働いている。
それを可能にしているのが、『城塞殺し』。おそらくこのスキルは―――
「防御後の一撃の威力を、『耐性値』の分だけ向上させるスキル……か」
そう、耐性の高い僕だからこそ発現したスキル。このスキルは、その耐性に物を言わせて相手の攻撃を無力化し、カウンターで攻撃する戦闘法そのものであり、耐性値の分だけその威力が向上する。
高い耐性値を持つからこそ、欠けてしまっている攻撃力を補うスキル。
とどのつまり、カウンター時に限って、僕の3万もの耐性値がそのまま筋力にプラスされる訳だ。
まさしく―――城塞の如き防御力。
「ってぇ~……なんだ今の威力、上手く受け流せたが……あのジェネラルオーガよりも威力があったぞ……?」
ドランさんが受け止めた手を揺らしながら、苦い表情で歩み寄って来る。
ちょっと予想外の威力だったから、少し罪悪感が湧いた。嘲笑を浮かべながら、頬を掻いた。
「ごめんごめん、そんなに威力があるとは思わなかったよ」
「で、試したかったってのはこれの事か?」
「うん。どうやら新しいスキルを習得したみたいだ」
「そうか……すげぇモン手に入れたみたいだな……もっと体術的に技術が向上すれば、かなりの武器になるな」
ドランさんも認めてくれる威力の様だ。
まぁ、3万といえばレイラちゃん並だもんね……筋力もまだ上がるようだけど、この調子なら耐性が上がる分だけ、僕の攻撃力も上がるってことじゃないか。まぁ、カウンターに限り、だけどね。
これで勇者気取りの股間殴ってみたいなぁ。絶対勇者気取りの攻撃力超えたでしょ、コレ。
「うん、ありがとうドランさん。お礼にご飯奢るよ」
「お、そいつは良いな、遠慮せず奢られるぜ」
「じゃ、一旦宿まで帰るから、一緒に来てくれるかな?」
「ああ、今日は美味い飯が食えそうだ」
他人の金で食べるご飯は美味しいってことか、同感だね。皆で食べればもっと美味しい。フィニアちゃんにご飯を分けていた頃が懐かしいや。
まぁ、この分なら……フィニアちゃん達を取り戻す日も、近いかもしれないな。
そう思いながら、僕はドランさんと宿へと向かった。
桔音君に、攻撃力が加わりました。