レベル1に
それからしばらく歩いた所で、ドランさんを加えた僕達パーティは林の深い場所へとやって来ていた。馬車で通ってきた所は大分日も差す明るい道であったんだけど、此処はそこと比べると大分薄暗い。目の前には山なのか、高い壁がある。そして、その麓には大きな洞窟があった。
あれだね、この世界にやって来た時に森の中で見つけた洞穴を思い出すよ。まぁあれはただの洞穴で、奥行きもそんななかったけどね。
で、今僕達はその洞窟を隠れて覗いている。ドランさんによると、あの洞窟の中にジェネラルオーガの住処らしい。洞窟を住処にするなんて定番中の定番だなぁ、テンプレにも程があるよ。あ、久しぶりに天ぷら食べたいなぁ、この世界天ぷらあるのかな?
まぁそれにしても洞窟に住んでたら地震一つで一網打尽だな。流石オーガ、イメージ通り頭が悪いらしい。笑っちゃうね! といっても、レベル的には僕より断然高いんだろうけどね!
「……いいか、ジェネラルオーガはCランクでかなり強い。まぁサシでやり合えば俺が負けることはない、だが奴の周囲には普通のオーガが数体いるからな。まぁそれでもやりあえるっちゃやりあえるんだが……ちと厄介だ」
「てことはつまり、その周囲にいるオーガとかいう肉塊を僕達でぶっ殺せばいいんだね?」
「オーガに対する評価が随分だが……まぁそういうことだ」
「よし、レイラちゃん食べちゃっていいよ」
「ホント? あはっ♪ やった♡」
ドランさんに聞こえないように、僕はレイラちゃんにそう指示を出す。すると、この天然ヤンデレ魔族は本当に自分に都合の良い様に捉えたのか、僕の腕を取って大きく口を開けた。
「あむっ♪」
「おおう!?」
そして、そのまま喰らいつこうとした。咄嗟に腕を引いてそれを躱す。あっぶね、もうちょっとで今度は腕を失うところだったよ。マジ止めて欲しい、そういう展開はレイラちゃん以外誰も望んでないんだよ。しかもドランさんのいる前で大量出血とか洒落にならないから!
「あれ?」
「あれ? じゃないよ馬鹿、誰が僕の事を食べて良いって言ったんだ!」
「えー、だってきつね君食べて良いって……」
本当にこの残念魔族は……しばらく大人しいと思ったら油断ならないなぁ全く。そう思ってレイラちゃんをジト眼で睨む。
コラそこ、テヘペロするな。わざとか? わざと勘違いしたのか? よし、お前後でお尻叩きの刑な、泣くまで叩き続けてやる。
その為には、今回の依頼でレイラちゃんの耐性値を超えないとね! たしかレイラちゃんの耐性値は2400、僕の筋力は前見た時は600だったから、あと4倍か。まぁなんとかなるだろう。オーガだけでも僕のレベルは大幅アップする筈だ。
よし、頑張るぞ! なんてったって、
「レイラちゃん、後でお尻叩きの刑ね」
「え?」
レイラちゃんのお尻に合法的に触れるからね! やる気が湧いて来た!
「ッ! お前ら、静かにしろ。おでましだ」
すると、ドランさんが鋭い声音でそう指摘してきた。その言葉通り、視線を向けると洞窟からオーガが数体出て来ている。身体は赤く、その身体は腹が大きく出ているけど筋肉が見て取れる。大きさ的には、平均3m程かな? 棍棒を持っている個体もいれば、何も持っていない素手の個体もいる。戦闘スタイルとしては、やっぱり見た目通り押せ押せのパワータイプか。
ジェネラルオーガは? そう思って洞窟の奥を覗いてみると―――
「……見ろ、あれがジェネラルオーガだ」
―――ジェネラルオーガが、その姿を現した。
オーガと違って、赤黒い身体をしており、頭には無骨な角。身体はオーガに比べてかなり大きく、4m位ある。放っている威圧感と強者の気配は、Cランクの名に恥じない代物だ。身体が大きい割に、動きが遅いわけではなく、僕からすれば全く隙が見当たらない。
流石は、剛鬼と名高いオーガの大将……凄まじいな。
「まだ動くなよ、あれはお前の想像を遥かに超える怪物だ。アレの相手は俺がするが……自分の身は自分で護れ、一応お前らに危害が及ばない様に戦うが……俺も確実にお前らを護れる訳じゃないからな」
「分かってるよ、死んだとしても文句は言えない。死ぬ気は無いけどね」
「そいつは結構なことで……それじゃ、まずは奴らが背中を見せたら先制攻撃するぞ。出来れば頭を狙え、人型の魔獣は大体頭を潰せば死ぬからな。無理な様なら足を狙って動きを止めろ」
「了解」
やっぱりドランさんBランクだけあって的を射たアドバイスをくれる。頭か足ね、うんうん、了解了解、バイオハザード的なアレだと思えばいい訳だね。まぁ銃火器はないけどね。
そして、洞窟の前でキョロキョロと視線を動かしたジェネラルオーガは、方針を決めたのか僕達とは真反対の方向へと歩き出し、オーガ達もそれに追従する。
「……まだ、まだだ……」
ドランさんが僕達の前に手を出し、出るべきタイミングを見計らう。オーガ達が完全に背中を見せるのを待つ、待って、待って、待って、タイミングを見計らう。
そして―――
「今!」
ドランさんの声で、僕達は一斉に草陰から飛び出した。そしてオーガ達が気付く前に近づいて、先制攻撃を……っ!?
「はぁっ!!」
僕が草陰から踏み出した時、ドランさんは既にオーガ達の下へと辿り着いていた。速い、ドランさんはパワータイプだったはずだけど、そのスピードもすば抜けている。しかも、足音すら聞こえなかった。
「!」
見れば、ドランさんの足跡がくっきり残っている。地面に深く残ったその足跡は、それだけ強く地面を蹴ったという事が理解出来る。更に言えば、足跡はオーガ達の下まで4歩程度しかない。初速からトップスピードまでの移行がスムーズ、かつ歩幅を最大限まで伸ばすことで歩数を減らし、オーガ達の下へと辿り着いたのか。
ステータスだけの速度じゃない、これは紛れもなく技術的なものがある。
そして、僕達がオーガの下へ辿り着いた時、ドランさんはジェネラルオーガの周囲にいた6体のオーガの内、2体を瞬殺し、その身体を踏み台にジェネラルオーガに飛び掛かっていた。
勇者気取りと同等位のステータスだったのに、経験と技術が加わるだけでこうも違うのか。僕が彼と同じステータスを持っていたとしても、こうも上手くオーガを殺すなんて無理だ。
「成程……ステータスだけ高くても意味は無いってことか。それを使いこなせなきゃ宝の持ち腐れって訳だね」
オーガの目の前まで踏み込んで、そう呟く。流石はBランクの冒険者、学ぶべきことをいっぱい持っている。
そして、オーガ達が急な襲撃で困惑し、ジェネラルオーガに飛び掛かっていくドランさんに気を取られている隙に、僕達が追撃を掛ける。それぞれ1体ずつ相手に、リーシェちゃんは斬りかかり、レイラちゃんは拳で顔面を叩く。
僕は―――
「ま、これが僕の戦い方だよね」
『不気味体質』を発動させた。オーガどころか、ジェネラルオーガの視線が僕に集まる。さぁ、恐怖しろ、怖れ慄け、逃げたい奴は、無様に醜く尻尾を巻いて逃げると良い、強者の威厳なんて弱者が全部圧し折ってやる。
僕の戦いは―――いつだって『下剋上』だぜ。
「グルァァアア!!」
「さて……僕がこの世界に来てから、一番最初から考えていた戦闘法だけど……試してみるかな!」
真上から叩き落すように拳を振り下ろしてくるオーガ、僕はその拳を、
「おりゃ」
自分の上で受け止め、受け流す。オーガの顔が、驚愕に染まった。
それはそうだろうね、なんてったって人間がオーガの拳をただ『受け止め』て、『受け流し』たんだから。しかも、その腕になんの負傷もない。
残念、僕の耐性は超高いんだ。真正面から受け止めるのはちょっと無理そうだけど、受け流す程度なら、オーガの攻撃力でも僕の防御力なら耐えられる!
「隙だらけだよ!」
「グルァッッ!!?」
そして、受け流して前に出ることでオーガの懐に入る。瞬間、手に瘴気で形成したナイフで、オーガの腹の出た身体を切りつける。
赤黒い、血が出た。あはは、やっぱり血は赤い色が良いよね。生きてるって感じがするし。オーガも人間と一緒なんだ、なら何も怖いことはない。
「ウグァ!!」
「それは『視』えてるよ、おりゃ!」
斬られた怒りか、アッパー気味に拳放ってきたオーガ、でもそれは『先見の魔眼』を発動して事前に視えている。回転する様にその拳を躱し、今さっき斬った同じところに、ナイフを突き立てた。
「ガァァァアアア!!?」
叫び声をあげるオーガ、やっぱり同じ場所を斬られるのは痛いかな? あはは、此処も人間と同じだ。ますます怖くない。
とはいえ、僕もレベルを上げたい訳だし、早々に倒させて貰おう。
突き立てたナイフの、オーガの体内へ入り込んだ刃先から瘴気を流し込む。それは血管を伝わり、オーガの全身へと浸食する。
細胞は瘴気へと変換され、その身体は瘴気で包まれた。
「一丁上がり!」
オーガをそのままそっくり瘴気へと変換して、僕の勝ち。またレベルが上がった感覚がする。
ステータスを覗いてみる。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv42(↑41UP)
筋力:2400:STOP!
体力:12350
耐性:24100
敏捷:9980
魔力:8920
【称号】
『異世界人』
『魔族に愛された者』
『魔眼保有者』
【スキル】
『痛覚無効Lv5』
『直感Lv5』
『不気味体質』
『異世界言語翻訳』
『ステータス鑑定』
『不屈』
『威圧』
『臨死体験』
『先見の魔眼Lv6』
『瘴気耐性Lv6』
『瘴気適性Lv6』
『瘴気操作Lv5』
『回避術Lv1』
『見切りLv2(↑1UP)』
『城塞殺しLv1(NEW!)』
【固有スキル】
『先見の魔眼』
『瘴気操作』
『初心渡り』
【PTメンバー】
トリシェ(人間)
レイラ(魔族)
ドラン(人間)
◇
わぁお、レベルが一気に41も上がったよ。流石はDランク魔獣のオーガ君、レベル1の状態でぶっ殺したらこんなレベルが上がる! 絶好のカモだぜ、ひゃっはー。
さて、レベルアップに喜ぶのは此処までだ。重要なのは此処からだ。
「『初心渡り』……これまでは勝手にレベル1に戻っていたけれど……」
ここで、意図的に発動させてレベル1に戻せるのなら……この力の詳細も何か掴めるかもしれない。
僕はステータスを覗いた状態のまま、『不気味体質』を発動させる感覚で『初心渡り』を発動させるべく意識を集中させる。でも、視界にオーガを捉えておく。
一応、レイラちゃんが2体目のオーガに喰ってかかっているから、僕がオーガに襲われる心配はなさそうだ。
「……っ」
発動、しろ。発動しろ。発動しろよ、出来るだろ? だってコレだって僕の力なんだから。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv42
◇
変われ、変われ、僕のレベルを―――最初に戻す。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv%$
◇
ほら、あとちょっと。戻せ戻せ、一番最初まで。
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv-"
◇
「……出来た」
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv1
◇
出来た出来た、意図的にレベル1に戻せた。ステータスも変動は無い。上手くいった。
まぁ、今まで自動でレベルが1に戻っていたんだし、出来ないことは無いよね。僕の力なんだし、出来ない方がおかしい。リーシェちゃんみたいに、魔眼に適性がないとか、そういう理由があったら無理だっただろうけど。
「レベルを1に戻すことが出来るスキルなのかな……?」
固有スキルである以上、かなり強力な力の筈だけど、レベル1に戻すこと以外の使い道は無いのかな? あればもっと可能性が広がりそうなものだけど。
まぁ、分からないものは仕方ない。少しづつ知って行けばいいか。
「きつねくーん♪ こっち終わったよ!」
「はぁ……はぁ……はぁ……こっちも……終わったぞ……!」
すると、レイラちゃんとリーシェちゃんが対照的な様子でオーガ討伐を報告してきた。見れば、レイラちゃんの足下には頭や足が無く、腹も大きく食い千切られた2体のオーガが、リーシェちゃんの背後にも数々の刀傷のある1体オーガが倒れている。
リーシェちゃんはオーガの返り血で身体中を真っ赤に染めているが、どうやら怪我は無いらしい。対して、レイラちゃんもオーガの返り血で口元を中心に身体中を真っ赤に染めているけど、食べたな? ちょっと食べたな? まぁ、無傷な上に疲労感もないようでなによりだけどさ。
「うん、僕も倒したよ」
「……? それにしては、オーガの死体が見当たらないが……」
「ああ、オルバ公爵の時と一緒一緒」
「……なんだろう、オーガに同情している自分がいる」
「あはは、オーガに同情なんて面白い事言うね」
リーシェちゃんがガクッと肩を落としている。その隙に転がっているオーガを瘴気に変換出来ないか試してみたけれど、無理みたいだ。
まぁ瘴気変換術は生きている細胞じゃないと出来ないから、死体のオーガは変換出来ないか。
「ドランさんは?」
「ああ……まだ戦っているな」
視線を移すと、ドランさんとジェネラルオーガはかなり遠くまで戦闘の場所を移動していた。多分ドランさんが僕達から離すべく誘導したんだろう。遠目だけど、ドランさんが優勢に見えるし、大丈夫かな?
「とりあえず援護に行く?」
「む……まぁ私はともかくレイラならあの戦いにも介入出来る、か」
「観戦しておいて損は無いと思うよ。格上の戦いから得られるものもきっとある」
僕達はとりあえず、ジェネラルオーガとドランさんの戦いの場へ向かうことにした。出来る事なら、ジェネラルオーガを瘴気化して量増やしたい所だね。
桔音君の耐性ががんがん上がっていきますね、勇者気取りの攻撃はもう効かなそうです。