地味にあっさりと
僕達の前に現れた冒険者、多分過去出会った中でも一番大柄な男の冒険者、その名前はドラン・グレスフィールドといった。
最も大柄ということは、最も屈強な肉体を持っているということ。そして、Bランクの冒険者と彼は名乗った。それは、魔族を相手に戦うことが出来る冒険者ということだ。聞くところによると、冒険者のランクは、依頼を達成し続け、ギルド側が一定以上の実力に達していると判断した場合、ランクアップする事が出来る。勿論、ランクが上がることで得られるメリットとデメリットがある故に、ランクアップを断る事も出来る。
冒険者にとって、ランクが上がることは名誉なことではあるが、ランクが上がるに連れて背負うべき責任もある。例えBランク冒険者であるとしても、その実力はBランクの範疇を越えている事もあるということだ。
事実、僕達の前に現れたドランという冒険者は、このギルドの中でも最も実力のある冒険者らしく、元々はもっと大きなギルドに居たらしいけど、魔族が現れたという情報を得てここに来たらしい。
で、ステータスを覗いてみた。
◇ステータス◇
名前:ドラン・グレスフィールド
性別:男 Lv64
筋力:10800
体力:10000
耐性:210:STOP!
敏捷:8650
魔力:5460
称号:『冒険者』
スキル:???
固有スキル:???
◇
ステータス的には、極端なパワータイプ。筋力値が他と比べるとかなり高いことから、ソレが窺える。でも、レベル的にもAランクの冒険者とそう変わらないんじゃないだろうか。
そう言ったら、能力値見たのかよと突っ込まれたけど、ため息交じりに教えてくれた。
「あのな、確かに俺はパワーならAランクの領域にも届いているかもしれないが、マジのAランク冒険者は俺なんかよりももっと強い。パワーにおいても、技術においてもな」
「本当? 凄いなAランク」
「ああ、少なくとも能力値が耐性以外五桁を超えて初めてAランクとしてやっていける位だ。ま、耐性はSランクでも大して上がらないんだけどな」
コレはあれだね、僕の耐性値は明かさない方が良さそうだ。でもそうだなぁ、このドランさんの言う事を信じるのなら、勇者気取りはAランク冒険者の領域に達してるけど、Aランク冒険者としてはまだまだやっていけないってことか。
リーシェちゃんのお父さんもAランクとは言われてたけど、騎士と冒険者じゃ基準値が違うのかな? まぁ大体が人間相手の騎士とは違って、魔獣と率先して戦いに行くしね、冒険者は。
でもそうなると、レイラちゃんは冒険者基準で言えばSランクにも行けるってことだよね。まぁ魔族だから当然なのかもしれないけど。
「つっても、例えAランク冒険者でもAランクを超える魔族は勝てるもんじゃねぇけどな。Aランク冒険者で相手に出来るのは精々Bランク魔族位だ。それも、複数のパーティで部隊を組んで掛からねぇと無理だけどな」
「Sランク冒険者ってのは?」
「ありゃ完全に人間辞めてる。正真正銘、化けモンだよ」
さてさて、ちなみに今だけど、ギルドで出会ったドランさんと一緒に依頼を受けた所だ。Bランク冒険者でも、彼はどうやらソロ活動のようで、その時その時で他の冒険者とパーティを組むらしい。
今回は、レイラちゃんのランクがCであることもあって、僕達と組んでくれた。まぁ僕のランクがHランクだからちょっと微妙な顔してたけど。
受けた依頼は、僕としては破格の依頼で、ランクはCランク依頼。
内容は『ジェネラルオーガの討伐』ときている。あのゴブリンキングと同等のランクで、ゴブリンの上位種であるオークの更に上、Dランク魔獣であるオーガを束ねる魔獣、それが『ジェネラルオーガ』だ。
サイズはゴブリンキングよりも二回りほど小さいけれど、そのパワーとスピードはゴブリンキング以上。ランクにしてCランクの魔獣だ。Cランク下位に位置するとはいえ、その強さは凄まじい。Cランク冒険者が数名いてなんとか倒せる相手だ。
しかも、ジェネラルオーガは傍にオーガを数体侍らせているのが通常。Cランクのジェネラルオーガに加えて、数体のDランク魔獣を相手にしなければならないのだ。
とはいえ、今回はBランク冒険者のドランさんに加えて、Sランク魔族であるレイラちゃんも居るんだ。なんとかなるだろう。ドランさんも、無理ない程度で達成出来るレベルの依頼を選んだ筈だし。
「そういや、きつねはなんでHランクなんだ? 俺は相手の能力値を見ることは出来ねぇが、ある程度の実力位気配で分かるつもりだ。お前、Hランクに収まるタマじゃねぇだろ?」
「Hランクのタマって言われると、なんだかエロい感じがする」
「滅茶苦茶くだらねぇ返答だなオイ!」
「まぁ実際の所、僕はそんなにランクにこだわってる訳じゃないんだよ。魔獣討伐依頼を受けるだけならリーシェちゃん達が居ればいいし、此処に来てまで試験を受けるとか面倒臭いじゃないか」
帰るつもりではあるけど、異世界にまできて試験を受けたくない。Fランクに上がるには教導官に認められないといけないんだろ? 無理無理、僕は実力的には大したことないんだから。
一応二人の固有スキルパクったせいでそこそこ戦えるようになったけれど、それでも僕の攻撃力はたかが知れてるんだ。瘴気だって、僕の筋力に応じた攻撃力な訳で、リーシェちゃんが斬りかかって来たのを瘴気で受け止めた場合、受け流せない以上は普通に押し負けるからね。
「いいんだよ、Hランクで。別に損は無い」
「……そうか、まぁランクを上げないといけないってルールはねぇからな。ただ、そのまま冒険者を続けるとなると、この先苦労するぜ? 冒険者ってのは周囲の評判とも切り離せねぇ存在だからな」
「あはは、批評される程の価値もないんだ、評判とは無縁の関係だよ」
「Hランクってのはある意味冒険者の底辺だ。周囲は見なくとも、プライドの高い冒険者は格下を見下す。俺が言ってるのはそういう意味も含めてだ」
そんなことは知らないけどね。僕としては、プライドの高い奴ほど相手にし易いし、そういう奴ほど大したことないから。本当の強者っていうのは、僕みたいにイケメンで、優しくて、清らかな心を持ってて、健全で、超格好良く行動出来て、笑顔の素敵な冒険者の事を言うのさ!
「……きつね、笑顔が気持ち悪いぞ」
「リーシェちゃん、僕の今世紀最大級に素敵な笑顔になんてこと言うんだ」
「うふふうふふふ、きつね君今凄い不気味な笑顔してるよ♡ きもーい♡」
「きもーい♡ ってそんな満面の笑顔で言う台詞じゃないよね。君も中々僕の心を抉ってくれる」
「お前ら仲が良いのか悪いのかどっちなんだ?」
知らないよ。この子達普段は一切味方してくれないんだ。自分の都合のいい時だけは全力で背中押してくるのにね。あーあ、ルルちゃんが恋しいよ、あの子だけだぜこの世界で唯一の僕の癒しは。今頃どうしてるかなぁ……勇者気取りになんかされてないと良いけど。まぁあのヘタレチキン野郎は幼い少女に手を出せる様な男でもないか。精々あの腹黒巫女とよろしくやってれば良い。
フィニアちゃんも付いてるし、いざとなればルルちゃんには必殺の急所潰しがあるし、きっと大丈夫さ。
「あ! こんな所にオーガがいる! ぶっ殺せ!」
「俺はオーガじゃねぇよ!? 暇だからって斬りかかってくんじゃねぇ!!」
そんな感じで、僕達はジェネラルオーガの下へと向かう。
◇ ◇ ◇
一方その頃、勇者一行はというと、普通に使徒の前に倒れ伏していた。
いや、少し語弊がある。倒れているのは勇者と巫女だけであって、ジークとシルフィは未だ使徒と交戦している。
結局あの後、巫女と勇者は連携してステラと戦ったが、ステラがちょっと本気を出したら簡単にノックアウトだ。死んではいないようだが、意識はもうないらしい。まぁ説明すると少し不憫というか、桔音的には大爆笑物なのだが、巫女セシル―――
―――腹パン一発で気絶。
凪もびっくりの瞬間だった。まさか『えぅっ!?』という女性らしからぬ短い呻き声を上げて、口から涎を垂れ流しながら白目を剥いて気絶するとは思わなかった。セシルはセシルでそれなりにステータスが高い筈なのだが、やっぱり桔音程の耐性は持っていないのだ。ステラの超手加減した腹パンは、彼女が気絶するには十分すぎる威力だった。
いや、ステラがその気になれば普通に腹パンで殺せたのだが、ステラにとっても予想外だったのだ。勇者一行なのだから、これ位の拳は牽制程度にしかならないだろうと予想していたのに、まさかのノックアウト。殺すつもりというか、殺す余地がなかった。
そして、その後ステラと凪達の間に数秒の沈黙が訪れたのだが、ステラは気持ちの整理が付いたのかセシルをその辺に投げ捨てると、戦闘を続行した。
で、その結果セシルがやられたことに対して硬直していた勇者は、終始押され気味で敗北。ステラもセシルの件もあったのか力加減に気を使っていたようで、勇者も数発殴る蹴るしたら意識を飛ばした。
ちなみに、ステラは既に青白い稲妻の槍を仕舞っている―――というより、既に戦意も失せている。元々勇者が目的だった上に、悪意も持っていないジーク達相手に戦う意思は持たない。勇者達を殺すというのも、セシルがあまりにも地味に、普通に、あっさりと沈んだことで、そんな気も失せてしまった。
故に、ステラは正直とっとと立ち去りたい気分だった。槍を仕舞い、迫りくる剣と魔法の攻撃を軽やかに躱し続けながら、ジークとシルフィの体力切れを待つ。
するとその中で、ちらりとルルとフィニアを一瞥する。
「ルルちゃん、ある?」
「ちょっと待って下さい……えーと……あ、ありました」
「あった? 良かった取り戻せて」
ルルとフィニアは戦闘には参加していない。お尻を突き出すように地面に倒れ伏しているセシルを転がして、その懐から狐のお面をちゃっかり回収していた。
セシルがお面に施した、破壊・盗難防止の結界は彼女が気絶したことで解除されている。今がチャンスとフィニアはルルとお面奪還の行動を開始したのだ。
「どうしますか?」
「んー、とりあえずルルちゃんが付けとくと良いよ。私は持ってられないから」
「分かりました」
「……うん、似合う似合う♪ グッドだよ!」
「ぐっど……ですか?」
「可愛いってことだよ」
無事にお面を取り戻したフィニアは、ルルの頭に桔音同様お面を掛けた。犬耳が片方隠れるが、中々似合っている。ちょっと大きめのサイズである事もあって、ルルの顔の小ささが良く分かる。
フィニアはお面を取り戻した事の安心感か、それともルルがお面を付けている姿が嬉しかったのか、桔音と離れて久しく見せていなかった笑顔を見せた。
「……あれがあの少年の家族、でしょうか……」
ステラはそんな二人を見ながら、そう呟いた。