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勝手過ぎ

「弱すぎる……? どういうことだよ……!」

「貴方は勇者として、あまりにも弱すぎます……少なくとも、私がこの程度の力しか出していないのに、此処まで一方的な展開であるのは違和感を覚えます」


 凪達と、使徒ステラの戦いは、ステラの動きが止まったことで一旦状況はストップしていた。

 ステラの疑問は、勇者が勇者としてあまりにも不足していること。少なくとも、過去に出会った勇者とは実力が大きく掛け離れている。固有スキルのせいでステラもある程度力が制限されてはいるものの、ステータス的にも実力は凪より上、少なからず手加減はしていた。無論、凪を殺せる最低限の力で戦ってはいる。


 だが、それでも此処まで一方的になるのはおかしかった。ステラが見た所、凪には経験が足りていないことや、戦いの世界に身を置いてまだそう時間が経っていないことは、ちゃんと読み取っていた。その時点で、自分に勇者は勝てないことを察していた。

 でも、それでも基礎能力が低すぎる。過去の勇者達の中には、確かにステータス的にはそう高くない者もいた。しかし、それは勇者として、それを補って余りある固有スキルや、別の能力を持っていたからこそのステータスの低さだ。凪の場合、固有スキルもそれを補える様な力ではない。


 ならば何故凪はステラに対して歯が立たないのか?


「……まさか……彼は世界の歪みに関係無いのでしょうか……? しかし、異世界からやって来ているのも事実……」

「な、なにブツブツ言ってるんだ……」

「……一応、確認しておきましょう」


 すると、何やら呟いた彼女は、雷の槍をくるりと回して構える。凪達は、その挙動に身体を震わせ、警戒心を強めた。

 ステラの言葉に、凪は揺れている。勇者としての自分が、崩壊してしまいそうな感覚に囚われていた。桔音によって植え付けられたトラウマのせいもあるのだろうが、凪の心には『勇者とは何か?』という疑問が渦巻いていた。


「最後に一つ聞きましょう。あのきつねという少年は……異世界からの来訪者ですか?」


 ステラは凪に対して、最後通告とばかりに問いかける。そして、それに対して凪は、頬を伝う冷や汗を感じながら答える。


「……ああ、どうやら俺よりも先にこの世界に来てたらしい……あの人は、気が付いたら森の中に居た、とか言ってた」

「そう、ですか……となるとみすみす見逃してしまった訳ですね……ありがとうございます」


 それでは、とステラは戦闘を再スタートさせようとした。



 だが、それを遮る様にセシルが前へと歩み出た。



 全員の視線が、セシルへと向かう。巫女服姿の彼女は、緋袴を翻してステラを見ていた。白いドレスの少女と、紅白の巫女服の少女が対峙し、視線を交わす。


「一つ、気になることがあります」

「……なんでしょうか?」


 セシルの言葉に、槍を構えたままステラは無表情に問い返す。


「異世界からの来訪者のせいで世界が歪むというのなら、過去召喚された勇者を貴女は殺したのでしょうか?」

「いえ、異世界人によって世界が歪んだのは今回が初めてです。私が過去に召喚された勇者と出会ったのは、偶然です」

「ならば、何故世界が歪んだ原因が異世界からの来訪者だと言えるのでしょうか? 過去、勇者が召喚された時、世界は歪まなかったのでしょう? だったら、今代の勇者であるナギ様が原因というのは、些か納得がいきません」


 セシルはずっと考えていた。ステラの言う世界の歪みというものが、本当に勇者召喚によってやってきた勇者によるものなのかと。

 過去召喚された勇者達の時は、世界の歪みなど発生しなかったということは、例え異世界からの来訪者が原因だとしても、勇者がその原因に当たるのは妙だ。寧ろ、今回の場合は桔音という二人目の異世界人が存在しているのだ。原因は桔音にあるという可能性の方が断然高い。


 なのに、何故ステラは勇者が原因だと言い切れるのか。セシルにはソレが疑問だったのだ。


「……世界が歪む原因足りえるのは、世界に干渉する程の何かです。言ってしまえば、世界の壁を越えて異世界に干渉するという行動自体がそれに当たります。故に私は、異世界へと干渉し、強制的に連れて来られた勇者を原因だと見ました」

「しかし、過去四度に渡って勇者は召喚されているのです。しかも、今回はもう一人異世界からの来訪者が存在しています。そうなると、世界の歪みの原因は勇者ではなく、寧ろもう一人の異世界人にあるのではないのでしょうか?」

「……確かに、その可能性はあります」

「それに……ナギ様は勇者で、あの少年は幼い少女の奴隷を虐げる様な残虐な人間……人格の善悪から見ても、まずはあの少年を打倒すべきではないのですか?」


 セシルは、桔音の存在を利用してこの場をやり過ごそうと思っていた。ステラが異世界からの来訪者を世界の歪みの原因だと考えているのなら、それは凪ではなく桔音の方が可能性が高いのだという結論を振りかざし、その矛先を桔音へと向けようと、そう思っていた。


 しかし、その他者を利用しようというその考え、それは……紛れもない『悪意』だ。


 そして、彼女はその『悪意』の存在を認めない。



「―――(きたな)いですね」



 だから、ステラはそう告げた。原因がどうこうではなく、他者を蹴落とし自身を生かそうとするその魂胆の汚さを感じ取った故に、そう言った。


「ッ……!」

「少なくとも、私から見た彼は……誰かを虐げる様な人間には見えません。寧ろ彼は、家族の絆を奪われたと言っていました。そして、もう何も奪わせないと、命懸けで立ち向かって来ました」

「なっ……そんな!?」


 ステラの言葉に、凪は目を剥いて驚愕する。



 『家族の絆を奪われた』



 『もう何も奪わせない』



 『命懸けで立ち向かった』



 何だそれは。それではまるで、自分が引き離してしまった奴隷(ルル)を、家族として傍に置いていたみたいではないか。そう思った。

 そしてもしも『そう』だったとするならば、自分がやったことは―――ただ家族の絆を引き裂いただけだ。


「……ルルちゃん……もしかして、きつね先輩は……君を……虐げていなかったのか?」


 恐る恐る、凪は背後に居たルルに問う。目の前に居るステラという脅威が目に入っていないのか、揺れに揺れた凪の心は、既に亀裂が入っていた。

 もしも、もしも、もしも、頭の中に浮かぶもしもの話が、本当だったとするのなら―――



「―――はい、きつね様は……私を家族と言ってくれました。虐げたことなど、一度もありません」



 ―――それの……何処が『勇者』だというのか。


 凪の膝が崩れ落ちる。言われて当然だ、勇者を名乗っておきながら、やったことはただ家族の仲を引き裂いただけ。ソレのどこが勇者だ。

 周りを見ず、己の考えが絶対だと信じて、馬鹿正直に行動した結果がこれ。しかも、勇者として城から出て、初めて出会った同じ異世界からの来訪者と、この世界に生きる人々に対する行動だ。つくづく自分が嫌になる。



 人を救おうと思って、行動した結果。人が救われると、勝手に思って行動した結果。



 凪は理解する。人を『救おう』とする人間に、決して人は『救えない』。勇者とは、人を救おうとする存在ではないのだと。

 だがもう遅い。それを理解するには、何もかもが遅すぎた。桔音に対してやったこと、ルルに対してやったこと、フィニアに対してやったこと、全ては取り返しがつかない。


 あの時、自分が満身創痍に追い詰めた桔音という男は、自分の悲しみや怒りを押し殺し、本当は心身が引き裂かれる様な想いだった筈なのに、ルルとフィニアを手放した。

 どれほどの痛みだっただろう。どれほどの辛さだっただろう。どれほどの悲しみと怒りを押し耐えての行動だったのだろう。全く、想像も付かない。


「……くっそ……すげぇな、あの人。俺より勇者らしいじゃねぇか……」


 凪はそう言って、崩れ落ちた足に力を込め、立ちあがる。その表情には、自分への嘲笑が浮かんでいた。勇者としての自分を、完膚なきまでに破壊された気分だった。


「次会ったら……とりあえず謝ろう。許しては貰えないだろうけど、なんなら土下座で謝ろう……話はそれからだ」


 剣を構えて、多少揺れていた心も落ちつきを見せていた。ステラは露草色の瞳を細めて、セシルを見ている―――いや、睨んでいる様にも見えた。


「……ねぇルルちゃん、勇者気取り君なんか勝手に清々しくなってない? 私なんだかちょっとムカつくんだけど」

「それは……そうですけど、あまり言わない方が良いのではないでしょうか?」


 勇者の背後で、なんだかすっきりした様子の勇者をこそこそと軽くディスっているフィニアとルルは、正直面倒臭くなっていた。

 どうやらステラの目的は勇者であり、自分たちではないという事を察したのだ。寧ろフィニアの中では、このまま放っておけば、上手いことお面も取り戻すことも出来、そのまま桔音の下へと戻れるのではないかという算段まで立っている。


 とはいえ、戦闘の規模からして巻き込まれるのは避けられない。警戒は解けなかった。




 ◇ ◇ ◇




 とある少女が、林の中を歩いていた。まるで夜空の様な瞳をした少女。黒いコートを着て、頭にはぴょこんと跳ねたアホ毛が見える。

 この場に少女以外の人間がいれば、おそらく彼女のある一点にのみ視線を集めただろう。それは、彼女の瞳ではなく、身形ではなく、特徴的なアホ毛でもない。彼女の肩の上、そこに乗っていた『肌色の生物』。


 あのゴブリンキングが現れた時、そのDランクという脅威を数の力で喰らい尽くしたSランクの魔獣。不気味な姿形をしており、この世界の共通認識で、手を出してはいけない生物。



 そう、その名は『喰らい手』。



 少女は、肩に一匹の喰らい手を乗せて歩いていた。普段は人間を襲わないと言っても、彼らは肉食……ともすれば少女の首筋に何時喰らい付いてもおかしくは無いというのに、少女はまるで仲の良い友人の様に喰らい手に話し掛けている。


「うーん……此処は何処です? はぁ……近くに街でもあれば良いんですけど……困りました」

「ピャー!」

「え? なんですか? 何言ってるか分からないんですけど……」

「ピャー! ピョー! ピュー!」

「…………とりあえず励ましの言葉と解釈しておきますね」


 喰らい手は言葉を話せない。だが、少女が困っているのをなんとなく察したのだろう、肩の上で跳んだり指をトントンと動かしたりしながら、ピーピーと泣く。実は近くに街があると言っているのだが、少女は喰らい手の言葉を理解出来ない。

 間違った解釈をして、大きく溜め息を吐いた。


「あはは……とりあえず、歩きましょう」


 少女は、力なく肩の上でくたっと項垂れる喰らい手を見て苦笑しながら、更に歩を進めるのだった。その進む先に街があり、少女がそこに辿り着くのは、あと二時間ほど後のことである。


「はぁ……近くに居れば良いんですけど……姉さんは方向音痴だから」


 夜空の様な瞳の少女は、その鴉の濡羽色とも言える艶のある黒髪を揺らしながら、そう呟いた。


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