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使徒VS勇者

「アンタ……誰だ……!?」


 勇者が、そう言った。


 目の前に佇む、自然災害と同等な程と言うべき、圧倒的な力を持った白い少女に対して、誰もが沈黙を禁じ得なかった中で、震える唇を動かし、掠れるような声で絞り出した言葉。

 彼の喉はその一言を紡ぎだすだけで、一気にカラカラに枯れてしまった。二の句を紡ぐことが出来ない。いや、寧ろ言葉を紡ぎ出す事が出来た時点で褒められるべきだろう。


 それほどまでに、目の前の白い少女は神々しく、そして圧倒的だった。

 

 何が圧倒的か、それは『実力』ではない。そんなものは相対しただけでは把握出来はしない。では『威圧感』? それでも違う。いや、それもそうだが、凪達が一目で理解したのは、圧倒的なまでの『存在』の差だ。『格』と言っても良い。格が違う。


「そうですね……自己紹介が遅れました。俗世間のことにはあまり詳しくないもので」


 すると、精神的にも追い詰められている凪達に対して、そんなことは意にも介さず淡々とした口調でそう言う白い少女。

 彼女は若干姿勢を正し、露草色の瞳で凪達を見据えると、その口を開く。そして、無表情のまま己の自己紹介を始めた。


「私の名前は、ステラ……序列第二位『使徒』、ステラと申します。どうぞ、お見知りおきを」


 彼女は己の名前を、ステラと言った。そして、序列二位だと言った。それが、なんの序列であるのかは分からないが、自分自身の事を『使徒』と呼んだ。

 それは彼女よりも上の存在がいるという事実と、彼女が人間の領域から逸脱している事を、凪達に嫌でも理解させる。


「……こういう時、自己紹介には自己紹介を返すものではないのですか? 私の思い違いでしょうか……」

「っ……あ、ああ……俺は、勇者の芹沢凪だ」

「セリザワ・ナギ……なるほど、では勇者セリザワ……これから貴方を浄化します」


 凪の名前を聞いて、ステラは改めて青白い稲妻の槍を構えた。その圧倒的な力の奔流を感じさせる雷の塊に、凪達は息を飲みながらも咄嗟に武器を構えた。

 そして、ステラが動きだす前に凪は口を開く。目の前の少女は何者なのか、そして何が目的で自分達に対峙しているのか、浄化とはなんなのか、それを知らないままに戦うことは出来ない。何故なら、相手が自分よりも圧倒的に強い上に、理由次第では戦わなくとも済む可能性があるからだ。


 桔音の時は碌に話を聞かずに拳を振るったというのに、凪も多少は状況を把握する事を学んだようだった。


「じ、浄化って……どういうことだよ」

「ああ……そういえば、同じことをあの少年にも聞かれましたね」

「……少年?」


 凪は、会話を続けて時間を稼ぐ。時間が出来れば、それだけこの状況を打破する策を考えられるからだ。自分はあまり知略を練るのが得意ではない。だから、セシルやジーク達がこの状況を打破出来る策を考える時間を作る。これは、凪がグランディール王国を出た後に、セシルに言われたことだ。

 もしも、自分達よりも強い相手に出くわした時は、そうして欲しいと。


 それを実行すると、功を為したのかステラは会話に乗ってきた。


「ええ、此処に来る前に……グランディール王国という所に寄った時、片目がない少年に出会いまして」

「っ! ま、まさか……きつね先輩、か?」

「名前は聞いていませんが……一緒に居た魔族が『きつね君』、と呼んでいたので、おそらくは貴方の考えている通りの少年だと思います」


 目の前の少女と、桔音も出会っていることを知って、凪は目を丸くする。いや、凪だけではない。セシルも、そしてフィニアとルルも、驚愕の事実に目を見開いている。

 あの『最弱の冒険者』である桔音が、自分達が束になっても敵わないであろう相手と、会っている。そこに何があったのか、気になるのは当然のことだった。


「戦った、のか?」

「はい」

「きつねさんはっ……きつねさんは無事なの!?」

「貴女は……思想種の妖精、ですね……ええ、取り敢えずは生きている筈です」


 フィニアが前に出て、青褪めた表情で桔音の安否を聞くと、ステラは無表情のままそう答える。そしてその答えに、フィニアはほっと安堵の息を吐いた。ルルも、ホッと胸をなでおろしている。

 だが、凪は別のことを考えていた。勿論、桔音が死んでいないことを残念に思った訳ではない。目の前の少女と戦って、桔音が生き延びられたという事実に驚愕しているのだ。

 おそらく元の世界に居た頃の自分でも、桔音と戦って負ける気がしないというのに、何故桔音は彼女を相手にどうやって生き延びられたのか、それが全く分からない。


「話を戻しましょう……異世界からの来訪者がこの世界へやって来た事で、この世界に空間の歪みが出来てしまったので、私はその原因である異世界人を浄化しに来ました。簡単に言えば、貴方をこの世界から排除し、この世界の均衡を取り戻します」


 そして、驚愕している凪に、ステラは更に驚愕の事実を突き付ける。

 つまり、彼女はこう言っているのだ。『異世界人である勇者を、殺しに来た』と。


「意味が、分からない……! 俺は魔王を倒して、人々を救いたいだけだ!」

「そんなことはどうでもいいのです。私の立場から言わせて貰えば、貴方の存在自体がこの世界にとって害悪です。それに、一目見た時から感じていたのですが……貴方、本当に『勇者』ですか?」

「っ!? な、何が言いたい……!」


 凪は動揺した。この世界にとって自分が害悪だと言われたことに対してではない。お前は本当に『勇者』なのか? という問いに対してだ。


 何故ならそれは、桔音にも言われたことだったから。


 ―――お前の、何処が『勇者』なんだ?


 ―――貴方、本当に『勇者』ですか?


 同じ異世界人である桔音と、圧倒的な格の差を感じさせるステラ、別々の人間から、同じことを言われた。勇者として、切実に人を救いたいと思っている自分が、何故勇者ではないと言われるのか、それが一番凪の心を揺らした。


「いえ……貴方の他にも、過去に召喚された勇者と何度か対面したことがあるのですが……彼らと貴方とは、大きく違う様な気がします。もっと、根本的な本質が」

「本、質……?」

「そうですね……私が過去に出会った勇者達は、『人を救おう』とはしていませんでした。でも、貴方は違います。貴方は、『人を救おう』としている……簡潔に言えば、そうですね……『善い人間になろうとしている』、といった所でしょうか」


 人を救うのが勇者。凪はそう思っていたが、それは違うのか? ステラが過去に出会った勇者達と、今の自分とでは、何が違うというのか。凪には分からない、その答えが分からなかった。

 ステラは言った。お前は勇者ではなく、勇者になろうとしている人間だと。ならば、勇者とは何だ? 勇者というのは、一体何を持って勇者というのだろうか? 凪には分からない。


 ただの高校生で、ちょっと力を得て、勇者だと言われ、周囲の期待に応えようと勇者になろうと決意しただけのちっぽけな少年に、分かる筈もない。


 勇者とは、そんなに簡単な存在ではないのだから。


「まぁ、そんなことはどうでもいいです。私は異世界人である貴方を、浄化するだけです」


 揺れる凪に対して、ステラはくるりと青白い稲妻の槍を回す。話は終わりだとばかりに、ステラはその口を閉ざした。

 そしてステラの青白い稲妻が空気に摩擦音を響かせ、甲高い音を立てて一瞬、膨張した。するとその先端から、彗星の様な光が一閃、放たれた。光の速度で放たれたその閃光の一撃が、未だに精神的に揺れていた凪に向かって迫る。


「ナギ様!」

「ッ!?」


 だがナギに当たる寸前で、その彗星の一撃が何かに阻まれた。それは、セシルの展開した結界。

 しかし、即席の結界だった故か、もしくはステラの一撃の破壊力が圧倒的過ぎたのか、もしくはその両方の理由で結界が砕けた。


 とはいえ、どうやら結界はステラの一撃を防ぐことは出来ずとも、逸らすことは出来たようで、凪の心臓を狙った軌道は逸れて、凪の左肩を撃ち抜いた。


「あぐっ……ッ……!?」

「……大人しくして、今治すから」


 茫然としていて躱せなかった凪は、肩を抑えて膝を地面に着く。

 そこへ、フィニアが近づき、治癒魔法を発動した。勇者に心を許している訳ではないが、戦闘では協力すると言ったし、例え桔音から自分を引き離した原因であろうとも、目の前で人が死ぬのを見過ごせるほど、フィニアは冷酷にはなれない。

 

 そしてフィニアの治癒魔法は、直ぐに凪の肩の傷を塞ぐ。完全に治ったわけではないが、それでも痛みが引き、多少動かせる程度には治った。


「……軽い一撃とはいえ、凌ぐとは思いませんでした」

「そいつは、どうも……」

「それでは次は、少し本気で行きます。何かするのであれば、どうぞ」


 舐められている、そう思った。凪は勇者云々を考える前に、命の危機に対して思考を切り替える。買い換えたばかりの剣を抜き、直ぐに『希望の光』を展開した。まずは、あの稲妻の槍をどうにかしなければならないと考えたからだ。


 しかし、『希望の光』が発動したにもかかわらず、稲妻の槍は消えなかった。


「なっ……その槍……スキルじゃ、ないのか?」

「んっ……どうやら、此方の力を制限する力みたいですね……私の槍が消えていないことを不思議に思っている様ですが……コレは『力』ではありません、こういう『武器』です」

「ッ……!」


 ステラの槍は、神を殺す為の武器『神殺しの稲妻(ブリューナク)』。スキルではなく、使徒としてその身に秘めた魔力によって顕現させる武器。故に、スキルを無効化させる『希望の光』では消すことは出来ない。

 そうでなくとも、ステラのステータスは凪のそれを大きく上回っている。スキルを封じた所で、意味は無い。


「それに、これは神を葬る為の武器……『神殺しの稲妻(ブリューナク)』。並の力では、抑え込めません」

「……ッ……!」

「それでは、世界の均衡を保つために……」


 凪だけではない。セシルも、ジークも、シルフィも、一応フィニアとルルも、戦う準備は出来ている。


 対峙するのは、白い使徒。


 ステラはくるりと青白い稲妻を回して、静かに告げる。



「貴方を―――浄化します」



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