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幕間 姉妹の会話と美人の先輩

 桔音が去った後、クレア・ルマールは迅速に行動を開始していた。

 

 元々、彼女はオルバ公爵が排除された場合の準備を着々と進めていた故に、行動はかなり速かった。

 彼女は、桔音の思っていた通り、住民票からアークス家を廃棄して、子供のニコ、父親のヒグルド、そして妻のエリーを、ゴブリンキングに殺されたものとして死亡扱いにした。

 

 本来、ゴブリンキングの襲来は予期していなかった出来事ではあるが、好都合ということで利用させて貰う。無ければ無いで別の死亡理由を作っていたが、都合が良かったのだ。

 そうでなくとも、オルバ公爵の後始末には色々と面倒事が多かったのだ。これから、敷かれた悪政の改善や、情報操作、兵士達への伝達等々、様々な後始末がある。とても彼女一人ではこなせない仕事量だ。


 だが、彼女とて一人でオルバ公爵を葬ろうと考えていた訳ではない。彼女の画策していた事には、ちゃんと仲間がいる。オルバ公爵が居て、困る人間が彼女の仲間なのだ。


 つまり、街の管理の『前任者』。元は、れっきとした規則正しい善政を敷いていた中級貴族にして、クレア・ルマールの『恋人』。


 元々、オルバ公爵がこの街にやって来る以前は、前任者として中級貴族『ティネリア家』の当主、『イスタ・ティネリア』という男が街の管理をしていた。彼は住民の事を考え、住みやすい街を作るべく誠心誠意粉骨砕身していた男で、住民にも、騎士達にも好かれる、所謂良い貴族だった。

 そして、その恋人として彼を支えていたのが、クレア。元々は彼の秘書であった彼女は、彼の事が好きだった。優しく、誰かの為に行動出来る彼の事を、心の底から愛していた。


 だからこそ、オルバ公爵がやって来た時は、不満しか抱けなかった。

上級貴族だからというだけで、中級貴族のイスタが半ば強制的に街の管理職から外されたのだ。しかも、オルバ公爵は悪政を強いる、悪徳貴族。苛立ちで周囲に当たり、騎士達を自身の欲の為に動かす。

 そんなトップに下の者は付いて行くだろうか? いや、行かない。クレアはオルバ公爵よりも、イスタの方が断然管理職に相応しいと思っていた。


 故に、オルバ公爵を排除することを決めた。イスタがまた管理職に戻れるように。


 管理職というものは、誰でもがなれるわけではない。それなりに経験があって、地位的にも上の人間がなれる職業だ。故に、オルバ公爵が消えれば、その後釜に起用されるのは前任者であるイスタ。一度その地位から外されたとしても、彼は仕事が出来なくなった訳ではないのだから、そうなるのは当然のことだ。


 だが、クレアやイスタ、そして兵士達がオルバ公爵を殺す、もしくは街から追い出すというのは、イスタと関わりがある者である以上、少し都合が悪い。自分達が殺したとバレれば、復帰は勿論、最悪殺人の罪で拘束され、死刑にあう可能性もある。

 彼女達には、自分達とは何の関係もない『第三者』の協力者が必要だった。



 ―――そこにやってきたのが、薙刀桔音(だいさんしゃ)だ。



 クレアは、彼の事を妹からの手紙で知っていた。優しく、面白く、気の良い人物であると思っていた。ニコの為といはいえ、都庁モドキへと侵入してきたのは驚愕だったが、こうなっては利用するしかないと思った。例え彼が善人だとしても、恨まれたとしても、クレアは恋人の為、そして自分の為に彼を利用する事を決めた。


 結果、オルバ公爵は死んだ。死体すら残さずに死んだ。


 そしてクレアは、人間の中の悪意を押し固めて一個の人間を作った様な存在を垣間見た。死神の様な得体の知れない化け物を見た。オルバ公爵よりも不味い物に関わった気がした。


「……いえ、考えないようにしましょう。もう会う事もないでしょうし……」


 クレアは顔を振って桔音の事を頭から消した。考えないようにすることにした。


「とりあえず……オルバ公爵は失踪したことにして……後釜としてイスタを要求しましょう。兵士達には……適当に誤魔化しておきましょう。あの公爵のやることですから、急に姿を消したとしても不思議ではないでしょう……ゴブリンキングを恐れて、というのもあり得そうですね。不謹慎かもしれませんが、ゴブリンキングの襲来は中々都合が良いです」


 クレアは淡々と部屋を片付けながら、思考する。オルバ公爵の血や散らかった書類などをテキパキと片付ける様は、中々手慣れていた。秘書としてはかなり有能なようだ。


「……あとは、それとは別に……妹にも手紙を送っておきますか……主にあの子の人を見る目について一言言っておかないと」


 そしてそこで思い出した様に部屋を出る。見られてもおかしくない程度には部屋も片付いた故に、次にやることを思い出したのだ。


 やって来たのは、自分の部屋だ。そこには棺桶が置いてあり、中にはニコの母親の遺体が入っていた。首の傷は縫合され、血液で汚れた部分も綺麗にしてある。肌は生気が抜け落ち、真っ白だが、眠っている様に綺麗な遺体だった。

 ニコの母親や使用人たちをレイスが殺したと聞いて、クレアは急いで遺体回収に向かったのだ。残念ながら使用人たちの遺体は証拠隠滅として、兵士達が既に燃やしてしまっていたのだが、妻の遺体だけはどうにか回収出来た。


 クレアは、愛する者を失う事の悲しみを想像出来なかった。だから、エリーの遺体を丁寧に埋葬しようと考えた。それが、せめてもの罪滅ぼしだと思ったからだ。


「……ごめんなさい……でも、貴方の命を奪ってしまったことは忘れません。必ず、この街を住みやすい素晴らしい街にします。そして、貴方の夫と、その子供には手を出させません」


 勝手な言い分だと思っている。命を奪っておきながら、そんなことを言われても仕方のないことだろう。それでも、そうするしか出来ないのも事実だ。クレアは、悔やんでも悔やみきれない様な表情で、棺桶の蓋を閉じた。




 ◇ ◇ ◇




 ―――とある姉妹の手紙のやり取り




 妹、ミシェルへ



 この前、貴方の言っていたきつねという冒険者に出会いました。

 正直、貴方の言っていたような人間ではないと思います。アレには得体の知れない不気味な何かを感じました。


 貴方は彼を見て何故あの様な感想が抱けるのでしょうか? 全く分かりません。悪いことは言いません、彼とはもう関わらない方が良いです。彼がまたミニエラへとやってくることがあれば、出来るだけ距離を置きなさい。先輩という方にもそう言っておいた方が良いですよ。


 それと、近況報告ですが、最近ではゴブリンキングが襲来してきました。どうやら冒険者達によって退けられたようですが、魔王が復活したせいでしょうか……魔獣達が活発化している様にも思います。貴方もどうか気を付けて下さいね。



 クレア・ルマールより




 ◇




 お姉ちゃんへ



 手紙ありがとう!


 でもあの人はそんなに悪い人じゃないと思うよ! 確かにちょっと変態で薄気味悪い所はあるけれど、とても楽しくて面白い人だったし……それにHランク冒険者なんだから、そんなに怖くもないでしょ? お姉ちゃんも人を見る目が無いと思う! それに、ミア先輩はあの人を弟みたいに可愛がってたからそんなこと言えないよ。


 次会った時は確認してお姉ちゃんに教えてあげるよ。楽しみにしててね。


 それとゴブリンキングが来たって書いてあったけれど、大丈夫だった? お姉ちゃん怪我はしてない? 心配です。

 ミニエラには騎士団長さんや頼れる冒険者さん達が居るから大丈夫! それに、あまり魔獣達も強くないしね。


 あ、でも最近というか……あの人がミニエラにいた頃だけど、『赤い夜』が現れたって話が出たなぁ……調査隊が調べたら、それらしい形跡はあったけどもう近くにはいないって。これも魔王復活のせいなのかな? こんな所にAランクの魔族が現れるなんて思わなかったよー。

 でも、私は元気でやってるから大丈夫! 心配しないでね!

 それより、あの恋人さんとはどうなの? 上手くやってる? 結婚する時はちゃんと呼んでね!


 それじゃ、また。



 ミシェル・ルマールより



 ◇◇◇



「……あの子は……本当に大丈夫なんでしょうか……でも……こんなにあの少年のことを良い人だと思っているあの子が、あの少年の危険性を思い知った時……きっと悲しむでしょうね……優しい子ですから」


 手紙を読んだクレアは、溜め息を吐きながら天井を仰ぐ。妹のことも大事に思っている彼女は、あまり良くないことばかり付き纏ってくるなぁ、と考えながら少しナイーブになる。


 でも、手紙に綴られた妹の文字に、少しだけ元気を貰えた。相変わらず少し汚い字に、くすっと笑みが漏れる。


「それにしても……こちらはゴブリンキングで驚愕したというのに……あの子は『赤い夜』ですか……全く、危険な世の中になってきましたね……やはり魔王の影響なのでしょうか……」


 人間同士の関係でもまいるというのに、魔王や魔族達のことまで降りかかって来ると、流石にめげる。クレアはどうやら貧乏くじを引いた様だ。一番はやはりあの少年なのだろうが、流石に疲れることばかりだ。


「でも、弱音ばかりは吐いてられませんね……もう少しですから、頑張るとしましょう」


 両頬をパチンと叩いて、気合を入れる。クレアは気を取り直して、また仕事に戻った。




 ◇




「あら? 何を見ているのですか? ミシェル」

「あ、ミア先輩! えへへ、姉からの手紙です。どうやらきつね様に会ったらしいですよ?」


 その頃、クレアの妹、名前はミシェル・ルマールも、クレアの手紙を読んでいた。ミニエラの冒険者ギルドで、話しかけてきたミアに対して、手紙を見せながら笑顔を浮かべる。

 その笑顔にミアは、この子はお姉さんが好きなんだな、と思った。そして、およそ一週間ほど会っていない桔音の話題に、平静を装いながら聞く。


「! そ、そうですか……それで、彼はどうでしたか?」

「あ、気になるんですね?」

「そういう訳ではないですが……一応知り合いですし」

「先輩が一番きつね様と関係が深かったですからねー」

「だからそういう訳ではないと……!」


 ミアはこと桔音のことに対しては弱い。想い人という訳でもない故に、少しばかり会話のイニシアチブを握れないのだ。


「えーと……なんでもお姉ちゃんはきつね様のことを危険な人間だと思ってるみたいです」

「? どういうことでしょうか?」

「良く分からないんですけど、また会うようなら気をつけなさいとの事です」

「……はぁ……一体何をやらかしたんだか……あの子は」


 ミシェルの言葉に、ミアは頭を抱えながら溜め息を吐いた。桔音の顔を想い浮かべながら、今度は何をやらかしたのかと想像し、碌な事をしてないんだろうなぁと考える。とはいえ、元気そうで良かったと、少しだけ微笑んだ。

 すると、それを見たミシェルが良い物を見たとばかりに笑みを浮かべる。


「うふふ、ミア先輩お母さんみたいですねぇ」

「なっ……私、そんなに老けて見えます?」

「母性を感じるって意味ですよー、だから前にもまして異性に絡まれるようになったじゃないですか」

「む……確かにちょっと話しかけられる回数は増えましたが……偶然じゃないですか?」

「男性は母性溢れる女性を好むものです! ミア先輩は美人でしたけど、以前は取っ付きにくい雰囲気でしたから。最近は表情が柔らかくなって話しかけやすいんじゃないですか?」


 ミシェルの言葉に、ミアは唇を尖らせて眉を潜めた。母性と言われても良く分からないし、今までと何か変わった訳でもない。対応だってそんなに変えたつもりは無いのだ。

 表情が柔らかくなったと言われても、自覚はないのだから良く分からない。


「知りません。ほら、そろそろ仕事に戻りますよ」

「はーい」


 これ以上は分が悪くなりそうだと思い、ミアは話を切り上げ仕事に戻る。ミシェルも素直に従って返事を返した。



 久々に桔音の話が聞けたからか、その日のミアは普段より笑顔が多かったという。



六章はこれで本当に終了。

次回から七章に入ります! シリアスよりはギャグ要素がメインになると思います。


感想御指摘お待ちしています!

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