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幕間 桔音に出会うまでと出会った後

ニコちゃんが逃げることになった経緯?

 時はしばらく前に巻き戻る。まだ、桔音達がグランディール王国へと辿り着いていなかった頃の話だ。

 今までの話で分かったように、オルバ公爵という男は、自身の地位と名誉を取り戻し、グランディール王国へと返り咲く為に、アークス家に目を付けた。

 アークス家は、けして裕福な貴族ではなかったが、貴族として最低限度の暮らしと地位を持っていた家だ。過去、魔法使いとして大成した者を輩出したこともあって、魔法使いの血筋としては中々に優秀。元々はその血筋の者がほとんど魔法を使える様な、大きな家だった。


 だが、今のアークス家は魔法を使える者が減り、その地位も名誉も貴族としては下級。上級貴族のオルバ公爵が目を付ける意味は、全くなかった筈だった。

 しかし、不幸なことにアークス家は魔法使いの血筋というだけで、オルバ公爵から利用するための駒として目を付けられてしまった。


 そして、それをアークス家―――つまりは、ヒグルド元伯爵とその娘ニコが知るのは、公爵が行動を起こした、後のことだったのだ。


 始まりは、唐突な出来事だった。


 貴族としては裕福でなくとも、父と母、そして一人の娘の囲む食事の場で、幸せな一時を過ごしていた時のこと。突然、その団欒が壊されたのだ。

 訪れたソレに、ヒグルド元伯爵とニコは、反応出来なかった。いきなり、唐突に、突然に、彼の妻―――名前はエリー・アークスが、首から大量の血を噴き出して倒れたのだ。まるで、首をすっぱり切られたかのような傷と、溢れ出る血液に、その場に居た誰もが動けなかった。


 無論、ヒグルド元伯爵もだ。


 そして、その硬直の一瞬の中で、使用人が次々と死んでいった。訳も分からない何者かが、高速で人を殺していた。伯爵は、無意識の内に娘を抱き抱えて逃げた。妻の死を理解出来ぬままに、使用人の死を理解出来ぬままに、視界一面を真っ赤に染め上げた血の色を刻み込まれた彼は、逃げたのだ。

 ただ一心に、娘を護ろうという父親としての本能がそうさせた。その手の中の娘が目を見開いて震えているのにも気付かずに、ただひたすらに逃げた。逃げ続けた。


「―――チッ、逃げられちまったかぁ……キヒッ……キヒヒヒャヒャヒャッ! まぁ良いか、ガキは殺すなって言われてるし……追い詰めて追い詰めて……追い詰められた時の表情を拝むってのも、中々面白そうじゃねぇの……キヒャハハハハハ!!」


 背後に姿を現した殺人鬼の、そんな笑い声は、伯爵の耳には届いていない。ただ、彼に抱きあげられていたニコだけが、その姿をはっきり見ていた。ニコに意識があったのは、此処までである。




 ◇




 そして、伯爵が気が付いた時、彼は汚い路地裏で意識のないニコを抱きしめながら倒れていた。意識を失う前の事を思い出し、初めて妻と共に過ごした使用人たちの死を理解する。涙が溢れそうになる。


 だが、その腕の中に、確かに娘の命があった。温もりがあった。希望が、あった。


 故に、彼は涙をぐっと堪えた。今、自分が悲しんでいる暇は無い。なによりも、今ここで娘を護れなければ、父親である自分を許せなくなると、そう思ったからだ。

 

 それから彼は、血の付いた衣服を脱ぎ去り、近くの衣服屋で安い服を買った。貴族である事がバレないように、そして自分達の姿を隠す為に、出来るだけ目立たない質素な服だ。

 元より、貴族としての自尊心など持ち合わせていない。質素な服を着た自分と、娘のニコ、それだけあれば何よりの宝だ。


 そして、そこからの行動は、早かった。まず、自分達が置かれている状況を把握するために、情報収集を行った。野蛮な者の集まる居酒屋や、冒険者ギルド、街の住民への調査、ニコを連れていけない場合は、何処かへ隠して情報収集を行った。

 元々は笑顔の多い子供だったニコは、目を覚ましてからずっと黙っていた。言葉を忘れてしまったかのように、何も言わなかった。それほどまでに、人が死ぬ光景が衝撃的だったのだろう。


「お前は……父さんが護ってやる……! 絶対にだ……!」

「…………」


 それでも、ヒグルド元伯爵に抱き締められている時は、抱きしめ返すといった反応を見せるので、完全に塞ぎこんでしまったという訳ではないのだろう。



 そして、情報収集を行って二日。


 遂に、オルバ公爵に辿り着いた。目的は見えて来なかったが、襲撃者のバックに居たのがオルバ公爵だということは分かった。

 そして同時に、情報を集めていたことがオルバ公爵にバレた。街を警邏していた騎士達が自分達を捕らえようとしてきたからだ。変装をして、顔が見えないようにもしているというのに、それでも正確に自分達を追ってきた。完全に、自分達の特徴がバレている。


 そこから一晩明けて、一日の殆どを逃亡に使っていた。ニコを抱き抱え、必死に逃げた。捕まれば、死ぬと思っていた。何故なら、妻達は話し合いの余地無く殺されたのだから。

 だが、逃亡が出来たのはたった一日だけ。翌日からは、一時間だって逃げるのは困難だった。走った先には騎士がいる状況が何度もあった。おそらく、逃げ延びた一日で自分の行動範囲が絞られたからだろう。他に回っていた騎士達が集まっていた。


 だが、彼は逃げた。逃げ続けた。娘だけは、娘だけはという一心で、逃げ続けた。

 心臓が破裂しそうなほど鼓動し、足だって膝が外れそうな程に痛かった。それでも、走った。走り続けた。


 しかし、それでも追手の数は多かった。追い付かれ、もう逃げ場がなかった。



 そこで出会ったのが――――桔音だったのだ。




 ◇ ◇ ◇




 時は戻って、現在。桔音達が街から出て行った後の話だ。


 幸いにも、桔音達の借りた馬車は無事だった。どうやらゴブリンキングの襲来の時、街の住人達は皆家に籠り、冒険者達と騎士達を信じて逃げなかったらしい。というよりも、グランディール王国とその庇護下の住人は全員そうらしい。


 ―――弱肉強食の国。


 そう呼ばれるこの国では、強い者は信頼と名誉を与えられ、弱者を護る。弱い者は強者の庇護を得て、強者を信じ脅威から逃げない。強者と弱者は、信頼と絆で繋がっている。


 桔音としては、弱者の方がなんだか得して無い? という感想しか抱かなかったものの、そういう訳で馬車は無事だった。

 故に、そのまま馬車を馬屋から引き取り、街を出発したのだ。搭乗者は、桔音、リーシェ、レイラ、そしてニコ親子である。


 桔音達は、馬車の扱いが出来ないことを思い出した。桔音も、リーシェも、レイラも、馬車を扱う技術を持っていなかったのだ。無論、子供であるニコも無理だ。

 だが、どうやらヒグルド元伯爵は馬車を扱えるようで、ソレが分かった時は心底良かったと思ったという。


「良かった良かった、危うく馬車を引いて歩くところだったよ」

「馬車なのにな」

「あはは、今のちょっと面白かった」


 桔音はステータスを見た所、ヒグルド元伯爵に『騎乗』や『御車』のスキルが無いことを確認した故に、スキルとその人の技術は別物なのかもしれないと考えた。もしくは、スキルを習得する条件というのが特別にあるのかもしれない。


 だが、それはまぁ関係のないことだ。今は、生きれるだけの力があればそれで良い。


「それにしても……まさかニコちゃんのお母さんが殺されてるとはねぇ……十中八九レイスの仕業だろうけど」

「あぁ……あの妙に甲高い笑い声をあげる人? 私『会った』よ♪」

「うわー、レイラちゃんに『遭った』んだ……御愁傷さまだねぇ……」

「生きてるか死んでるかは分からないけど、あのままなら多分死んだんじゃないかな♪ 不味かったから食べなかったけど♡」


 いやどっちにしたって食べられたくは無いだろう、桔音はそう思いながらレイラから若干距離を取った。直ぐに詰められた。


 桔音達は荷馬車の部分に乗っている故に、御者台に乗っているヒグルド元伯爵以外は荷物を積んでいる部分に乗っている。にも拘らず、レイラはわざわざ広い荷馬車の中で、桔音の隣にぴったりと引っ付いていた。そしてそのレイラの隣に、ニコがぴったり引っ付いていた。妙な光景である。

 リーシェは仲間外れという訳ではないが、少し距離の離れた所で自身の剣の手入れをしている。我関せず状態だ。


 ちなみに、桔音はヒグルド元伯爵から事の顛末を聞いている。妻が殺されたことや、家が差し押さえられたこと、ニコを押し付けた事の謝罪も受けた。その際、桔音が笑って許すと、全ての問題が解決したからか、それとも安心したからか、その場でぽろぽろと泣き始めた。どうやら妻が死んだことの悲しみが後からやってきたらしく、涙が止まらなくなったらしい。


 その際、桔音が思わず漏らした言葉は、『またかよ、泣く奴多すぎだろ』である。


「……でもまぁ、クレアちゃんのことだから、ニコちゃんのお母さん達の遺体は密かに回収してそう……予想でしかないけど」

「きつね君、クレアって誰? 女?」

「女だよ。青髪で美人だったなぁ」

「…………ふーん」


 桔音がクレアの話を出すと、反応したレイラの表情から感情が希薄になった。赤い瞳が細くなる。いつもニコニコと笑っている癖に、どうやら不機嫌になったらしく、眉を潜めて頬を膨らませている。

 嫉妬だな、と桔音は察した。レイラが自分に恋愛的な好意を持っていることは知っている故に、直ぐに察する事が出来た。だが、嫉妬は嫉妬でもレイラの嫉妬は少し冗談にならない。桔音は薄ら笑いを浮かべてはいるが、その実冷や汗を掻いていた。


「うん、レイラちゃんの方が可愛かったかもしれなくもない気がしなくもない」

「うふふっ♪ そう? 私の方が好き? 好きだよね♪ だって私は貴方が大好きだもん♡」

「…………うん、そうだね」


 だから桔音は誤魔化した。直訳すると、レイラよりクレアの方が可愛かったということになるのだが、レイラは『レイラちゃんの方が可愛かった』の部分しか聞こえていない故に、ころっと機嫌が良くなった。

 桔音はレイラの言葉に、無表情で頷くしかなかった。


「あーあ、しばらくは馬車生活だから窮屈だなぁ……まぁ瘴気でベッド作るから良いけど」

「おい待てきつね、そんなこと出来るのか? 私もベッドが良い」

「君も結構言う時は言ってくるよね」


 そんな感じで、桔音達は新たな街へと、進んでいく。



こんな感じです。次回はクレアちゃんの行動。後始末とか色々。

その後、七章に入っていく予定です。


七章は、レイラちゃんが可愛くなったりする話。新キャラも出るよ!乞うご期待!

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