進みゆく結末
前回の桔音君とオルバ公爵の少し前から、桔音君視点でスタート!
。
僕とリーシェちゃんは無事に階段を見つけて、上に登っていた。どうやらこの都庁モドキは三階建ての様で、二階に上がっても大して人の気配を感じない。一階層位なら僕も瘴気で空間把握出来る様だから、現在二階だけ瘴気を撒き散らして空間把握をしているけれど、兵士が数名いる程度。
まぁこの中にレイスとかいたら面倒だけど、どの気配も動きまわっていることからオルバ公爵はいないと予想。
あ、ちなみに階段を探して一階を歩いている時に気付いたんだよね、瘴気で一階層位なら空間把握出来るなって。まぁレイラちゃんの瘴気が既に一階から地下へ散乱していたから、あまり効果はなかったけど。
どうやら瘴気同士が同じ場所を空間把握しようとすると、その索敵効果が格段に落ちるみたいだ。
自身が操作している瘴気と、していない瘴気がぶつかった結果なのか、それとも空間を瘴気が埋め尽くしているから、後から発動した僕の瘴気がその空間を『空間』として認識出来なかったのか、はたまたレイラちゃんの方が瘴気の支配力が高いからなのか、その辺は不明だけど。
どちらにせよ、二階は正常に空間把握が出来ることから、レイラちゃんの瘴気は一階から地下に向かって展開されているらしい。
「なぁきつね、お前の左眼は右眼と違ってレイラの様に赤いんだが……何か変化があるのか?」
「んー……まぁレイラちゃんの瞳と同じものだと思うから、この赤い眼に何かしら特殊な力はないし、視界も普通だよ」
「……そうなのか、視界が赤かったりしないんだな」
「リーシェちゃん的には赤い瞳って珍しい?」
「いや、確かに珍しいがいないこともない……だが、あの謎の襲撃の一件の後でなくとも……無かった物が再生するのは珍しいだろう」
確かにそうかもしれない。フィニアちゃんの治癒魔法でも欠損は治らなかったし、リーシェちゃんの言葉からして、この世界でも欠損を治す事の出来る魔法やアイテムはそうないのかな? 治癒系の固有スキルならあり得るかもしれないけど、固有スキル自体持ってる人は少ないもんね。
いいなぁ固有スキル。便利だよなぁ固有スキル。僕も欲しいなぁ固有スキル。
あ、僕もう持ってた。三つもあるじゃん、滅茶苦茶希少じゃん僕。
「リーシェちゃんはどう? 戦闘の調子は」
「ああ、今日は剛拳猿を三体倒した。支障無く戦えた……私も少しづつ強くなってると思う」
「へぇ……良かったね、リーシェちゃん」
凄くすっきりした様な表情を浮かべるリーシェちゃんに、僕もなんだか嬉しくなる。仲間が強くなれば僕の生存確率も高くなるし、フィニアちゃん達を取り戻すのも幾らか楽になるもんね。
とりあえず、ステータスを確認。
◇ステータス◇
名前:トリシェ・ルミエイラ
性別:女 Lv32
筋力:1670
体力:1890
耐性:100:STOP!
敏捷:1780
魔力:500
【称号】
『冒険者』
『魔眼保有者』
【スキル】
『剣術Lv4(↑1UP)』
『先見の魔眼Lv0』
『身体強化Lv4(↑2UP)』
『俊足』
『直感Lv2(NEW!)』
『見切りLv3(NEW!)』
【固有スキル】
『先見の魔眼』
【PTメンバー】
◎薙刀桔音(人間)
レイラ(魔族)
ニコ(人間)
◇
これは、確かにステータスが上がってる。前回はレベル27だったのに、たった5レベル上がっただけでこのステータスの上昇……やっぱりステータスやスキルには精神が大きく関わってくるみたいだ。リーシェちゃんの場合、今まで獲得出来た経験値を不安定な精神状態が上手くステータスに変換出来なかったんだと思う。
でも、今のリーシェちゃんはかなり安定した精神状態だし、強くなろうという強い向上心がある。本来獲得出来る筈の経験値とステータスが、本来の形で反映されてる。
ちなみには僕はどうだろう?
◇ステータス◇
名前:薙刀桔音
性別:男 Lv1
筋力:400
体力:2500
耐性:3450
敏捷:2620
魔力:1220
【称号】
『異世界人』
『魔族に愛された者』
『魔眼保有者』
【スキル】
『痛覚無効Lv5』
『直感Lv5』
『不気味体質』
『異世界言語翻訳』
『ステータス鑑定』
『不屈』
『威圧』
『臨死体験』
『先見の魔眼Lv6』
『瘴気耐性Lv5』
『瘴気適性Lv6』
『瘴気操作Lv5(↑1UP)』
『回避術Lv1』
『見切りLv1』
【固有スキル】
『先見の魔眼』
『瘴気操作』
『初心渡り』
【PTメンバー】
トリシェ(人間)
レイラ(魔族)
ニコ(人間)
◇
「あれ?」
おかしい、また僕のレベルが1に戻ってる。それに、筋力の『STOP!』が消えてる、これは一体どういうことだ? いや限界値に到達したからこれ以上上がるとは思ってなかったし、消えたなら消えたで良いことなんだろうけど、なにが起こったんだ?
ステータスがそのままなのは良いし、瘴気ボールや瘴気の空間把握、それにレイスとやり合った時もナイフを何十本か作ったし、此処に来るまでもお手玉やってたから『瘴気操作』のレベルが上がったことは凄く嬉しいんだけど……ちょっと不気味だなぁ、『不気味体質』だけに。
「どうしたんだ?」
「……いや、なんでもないよ」
「……そうか」
まぁステータスはそのままだし、なんの支障もないから良いか。放っておいても。
それにしても、いつの間にかリーシェちゃんの攻撃なら生身で防げるようになったんだなぁ僕。まぁ攻撃力で言えば、やっぱり凄い弱いんだけどね。筋力がこれじゃ幾ら速くて堅くても、魔獣なんてこれっぽっちも倒せない。とはいえ、死なないようになっただけ良いかな。
と、そんなことを考えている内に三階へ上がる階段を見つけた。瘴気の空間把握で階段の位置は把握していたし、兵士にも会わずに済んだから、やっぱり便利だなぁこのスキル。
「階段だな……」
「行こっか、多分この上にオルバ公爵いるよ。いや根拠はないけど」
「まぁ『瘴気操作』が使える以上きつねに付いて行くのが最善だから、行くさ」
階段を上る僕の後ろを、なにやらブツブツ言いながら付いてくるリーシェちゃん。この子結構脳筋っぽいかなぁと思ってたけど、意外に合理的な考え方するんだねぇ。
さり気なく『瘴気操作』のスキルを受け入れてるし、結構図太い精神してるのかな? でも人見知りっていうか、視線に弱かったんだよね。繊細なのか図太いのか、どっちなんだ。
「―――お待ちしておりました」
すると、階段を上る途中、上から透き通るような女性の声が聞こえた。
視線を上げると、そこには階段の下からでも背が高いと分かる女性がいた。手足が長く、ギルドの受付嬢にも似た制服を綺麗に着こなした美人だ。ミニエラにも居た青髪の受付嬢と同じで、長い青髪を持ち、冷たい瞳をしている。
一見するとオルバ公爵の関係者―――もっと言えば秘書みたいな女性にも見えるけれど、それなら今の言葉はおかしい。お待ちしておりました、じゃなくてお帰り下さい、じゃないのかな?
「……待った?」
「いえ、大した時間は待ってないですので」
「リーシェちゃん、今のちょっとデートみたいじゃない? 待ち合わせ的な」
「思考停止して現実逃避に走るなよ」
分からなくなったからちょっと茶化しただけなのに。
「それで? 君は?」
「オルバ公爵の秘書……と考えて貰って構いません」
「ふーん……それで、待ってたっていうのは?」
「……貴方に、オルバ公爵をこの街から排除していただきたいのです」
排除、この街からということは、文字通り街の外へと追いやるか……それとも殺すか、ということになるのかな。追い出すのは面倒だし、殺す方が手っ取り早いな、最初に言った殺害プラン実行フラグかな?
「……どういうことか、説明して貰えるんだよね?」
「はい、その為に私は此処で待っていました」
さて、どういうことなのか、オルバ公爵は何をどうしたら排除して貰いたくなるようなことになるんだろう。小説であるような乱暴な暴力貴族だったり、悪徳商法に手を出した闇貴族だったり、それともただ単に生理的に無理とかそういうこと?
僕としては三番目の理由だったら重くなくていいなぁ。
そう思っていると、彼女は此処で待っていた理由を語り始めた。
◇ ◇ ◇
――――街の外、戦闘を繰り広げていたその場所は、風の音が吹き荒ぶ静けさがあった。
立っているのは、巨大な魔獣……ゴブリンキング。
Dランク上位の、魔族の領域に半分足を踏み入れている強者。その手に持っている巨大な棍棒にはべっとりと赤い色がこびり付いており、その足下には、大量の狼や猿、ゴブリン達の亡骸に加え、勇敢に立ち向かい、剣を振るっていた冒険者の無残な遺体があった。
あの時、前に出てきたゴブリンキングの棍棒は、一人の冒険者を圧死させてから、次々とその場にあった命を奪い去っていった。冒険者も、獣系の魔獣も、時には仲間である筈のゴブリンですらも、邪魔だと判断した者は全て潰して行った。
それは、残虐の光景で、勇気と信念だけでは覆せない地獄。おそらく、九分九厘こうなる筈だった光景が、その可能性の通り実現されていた。
「…………フン……脆イ、勇猛ナダゲデハ……己ガ死ヲ覆ズゴトズラ、出来ハジナイ」
「―――っはぁ……! はぁっ……! クソ……よくも、よくも……!!」
残っているのは、あの最初に剣を抜いた勇気ある新人冒険者。己の心の内にあった背中を、ひたすらに、我武者羅に、夢中で追い掛けてきた青年と、ゴブリンキング、そして数体のゴブリンやゴブリンナイトだけ。
彼以外の冒険者は、皆死んでいった。彼を護って、死んでいった。
―――……お前が、俺にとっての……『冒険者』だったからだ。
―――私も焼きが回ったかねぇ……アンタに賭けてみたくなったんだよ。
―――未来の芽は……摘ませる訳にはいかない……君は可能性だ。
―――生きろ……そんで、俺の命を持ってけ……! それが、お前の力になる……!
―――さっきの啖呵……足を震わせて、生まれたての小鹿みたいでした……格好良かったですよ。
彼を護った冒険者達は、そんなことを言って、死んだ。
きっと、戦えば自分よりもずっと強い冒険者達が、自分なんかを護る為にその命を使ってくれた。自分の可能性を信じて、自分の未来に賭けて、その命を自分が生きる道を繋げるために使ってくれた。
なのに、彼は今……たった一人だ。
「……なんでこんな俺の為に……!」
ゴブリンキングも、ゴブリンナイトもゴブリンも、満身創痍の彼の命を奪って、今度は街へと乗り込むだろう。
彼には、ここから生き延びる手段が見つからない。新品の剣も、少し前に折れた。体力も気力も尽きた。残ったのは、戦うことを決めたあの時の自分への後悔と、そしてまだ先があった筈の、冒険者達の命を散らせてしまったことへの無念。
故に、彼は気力は尽きても、最後まで戦うつもりであった。
折れた剣を構え、歯を食いしばって逃げそうになる足を抑える。心の中で、逃げろ、逃げても責める者はいない、と甘い考えが浮かぶ。
「くそっ……くそっ……くそぉ!! 死にたくない……死にたくない!! でも逃げたくない!!」
誰かに言っている訳ではない。自分の中で逃げろと囁く自分自身に反論していた。
ゴブリンキングは、そんな彼を見下して、一歩、また一歩を近づいてくる。棍棒を振りかぶり、彼がその棍棒の届く範囲に入るまで、そのゾウの何倍も太い足を進めてくる。
「―――俺は…………冒険者に……なりたかったんだ……!!」
涙がこぼれた。そして、ゴブリンキングの棍棒の影が、彼の身体に掛かる。
彼の意識があったのは、それまで。涙でぼやけた視界と、すぅっと白く染まっていく意識の中、彼が最後に見たのは、肌色の、
―――手の様な影だった。
どうなったのか……!!