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襲撃

 さて、恐らく私の所属するパーティのリーダーであるところの、薄ら笑いに定評があるあのきつねという男が、宿へ帰りニコのおねしょの後始末をしていた頃の話。


 私はEランク依頼である、『Eランク魔獣 剛拳猿(クレイジーモンキー)三体の討伐』を達成し、討伐の証拠である討伐部位を剥ぎ取っていた。猿の討伐部位はその特徴的な拳だ。左右両方の拳を三対、持っていた剣で斬り落とし、そして紐で括って腰袋に入れた。

 そして戦闘で溜まった疲労が回復するのを待ってから、私は街へと帰ろうとした。ギルドへ報告して、報酬を貰おう。Eランク依頼だから多少報酬も高い。きつねも頑張っているのだから、頼まれた通り纏まったお金を稼がないとな。


「……ふぅ、レイラは大丈夫かな……ニコを食べてないと良いんだが」


 彼女は魔族だ。きつねはどう考えているのか分からないが、ニコと一緒に居させるというのは些か危険ではないだろうか。その辺が少しばかり心配だ。

 まぁきつねの頼みを断ったり、無為にする様な奴ではないとは思っているが、良くも悪くも欲望に忠実な奴だ、確実な確証は得られない。


「……帰ろう」


 そう呟いて、私は踵を返す。そして、視界に見える街へと足を踏み出そうとした。した瞬間に、



 ―――背筋に走る悪寒が足を止めた。


 

 振り返ったばかりではあるものの、私の視線は勢いよくまた背後へと戻ってしまう。レイラに感じた恐怖と、似たような感覚だ。そう、これはきつね達と『暴喰蜘蛛(アラクネ)』を討伐しに行った時の、『喰らい手』を見つけた時の感覚に似ている。一体一体では大した事のない脅威ではあるものの、手を出せば終わる魔獣。



 そう、一線を越えれば凄まじい脅威が降り注ぐ危機、そんな感覚だ。



 そしてその感覚は正しかった。私の視界のずっと先、豆粒よりも小さくはあったが―――先程倒した猿が大量に、大群で、遠方から迫っているのが分かった。此処へ来るまでまだ時間は掛かるだろうが、それでもあと三十分もすれば、あの大群は一直線に街を襲う筈だ。


「これ、は……! 不味い……ッ!?」


 私が眼を見開いてこの状況の危険を理解した瞬間、街の方から警鐘が鳴り響いた。どうやら街に配属されていた周辺監視の人間もまた、あの魔獣の大群に気が付いたらしい。恐らく、すぐにでもあの街の冒険者や、グランディール王国の冒険者から応援を呼ぶだろう。


 そのことに少し気を落ち付かせることが出来た。そしてまた視線を魔獣の大群へと向ける。


「……猿だけじゃないな……狼に……ゴブリンにゴブリンナイト……ッ! な、あれは―――!?」


 私が冷静になって、大群の中に居る魔獣達がなんとなく遠目で理解出来る。

 その中には、猿や狼といった獣系の魔獣達が『逃げるように』大群の戦闘を走り、その後ろを『追う様に』ゴブリンやゴブリンナイト達が走っている。



 そして、その後ろに更に大きな影があった。



 後々聞かされるが、きつねが戦ったという猿の亜種と同等かそれ以上の、巨大なゴブリン。

 おおよそ5mは越えるであろうその巨大なゴブリンが、大きく距離が空いているにも拘らず、身の竦む様な圧倒的威圧感を放って此方に走って来ていた。


「ゴブリン……キング……!?」


 推定Dランク上位の、全力を出せば魔族の領域に手を掛けることも出来る、巨大な醜鬼。

 ともすれば、後に聞くことになるきつねの戦った剛拳猿の亜種以上の実力を持った魔獣だ。いや、もっと言えば、中途半端に知能を持った個体もいることから、半分魔族、半分魔獣と言った方が正しいのかもしれない。


 だがどちらにせよ、Dランク以上の冒険者が数十名で掛からなければ勝てない怪物が、そこまで迫っていた。


「しかし何故だ……何故今……!」


 私は歯噛みしつつそう吐き捨て、街に向かって駆けだした。まずはきつねと合流しなければならないだろう。最悪、レイラがいればなんとかなる。そう考えた。




 ◇ ◇ ◇




 その頃、オルバ公爵は帰ってきたレイスからあまり良い結果が聞けなかったことで、少しばかり苛立っていた。

 報告ではさして大した実力もないと判断された少年であったにも拘らず、犯罪者ではあるが用心棒として実力は信用しているレイスを退けたというのだ。驚愕な事態以上に、不愉快な事態だった。


 故に、その憂さ晴らしという訳ではないが、オルバ公爵は自ら、捕らえた男―――ニコを桔音に預けた男の下へとやって来ていた。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

「フン、そこまで痛めつけられてもまだ吐かないのか」

「はぁ……はぁ……あの子は、渡さない……!」


 男は尋問され、何も吐かなかった。

 故に、彼は拷問に掛けられることになった。痛めつけられ、身体がボロボロになった所で治癒魔法を掛けられ、そしてまた痛めつけられる。その繰り返し。吐くまで行うつもりだった。


 そして、既に拷問が始まって一日は経っている。それでも彼はニコの意場所や預けた桔音のことは何一つ吐かなかった。


「お前の大事なクソガキはとっくに居場所を特定してある。問題は……お前がガキを預けた人間だ」

「……何?」


 だが、それは問題ではない。結局、桔音が状況を理解していない以上、ニコが見つかるのは時間の問題だったのだ。

 問題だったのは、預けた男にとっても、オルバ公爵にとっても、桔音という人間が予測不能な人格者だったこと。


 事実、ニコを預かってはくれたものの、桔音はこの街を出ようとはしなかった。Sランク犯罪者を差し向けたものの、桔音はそれをHランク冒険者の身でありながら退けた。


「あの男……何者だ?」

「……知らない、俺は逃げている最中で偶然出会っただけだからな」

「……だろうな、お前に接点のある人間は全員抑えてある。あのガキを預けていればこんなしみったれたくせぇ場所になんか来ねぇよ」


 苛立ちのせいか、口調は乱暴になっているオルバ公爵だが、男は自分の大切な娘を預けた人物が、どういう人間なのか少しだけ、不安を抱いていた。


 もしも、娘を痛めつける様な人間だったら。もしも、娘に欲情する様な変態だったら。


 今更ながらにそんな考えが浮かんでくる。もしかしたら、自分はとんでもない人間に娘を預けてしまったのかもしれない。そう思った。


「だが、それでもこの街から出てねぇってことは……少なくともこの街に何か用があるって事だ。そんで、あのガキを匿ってることも考えれば……十中八九奴の目的はお前だと俺は睨んでる」

「ッ!?」


 オルバ公爵は考えたのだ、あの人間―――桔音を打破する最大の手段を。


 シンプルかつ単純に効果的な方法……『人質』だ。オルバ公爵が欲しいのは、父親では無くその娘、ニコの方なのだ。その為ならば、目の前で膝を付いている満身創痍の父親など、寧ろ殺してしまっても構わないくらいなのだから。


「だからさぁ、ちょーっとエサになってくんねぇ? まぁ拒否権はねぇけどな」


 両手を合わせて、お願いとばかりに笑うオルバ公爵。年齢的にはもう三十路後半の彼だが、その言動や言葉遣いからはかなり若さが感じられる。同じくらい、子供の様な無邪気な狂気も感じられるが。


「ッ……くっ……!」


 拒否権も、抵抗する力もない男は、悔しそうに項垂れる。それを見て、オルバ公爵は楽しそうに口端を吊り上げた。


 と、そこに―――



「オルバ公爵様! ご報告があります!」

「あー? なんだー?」

「中央北側、約2㎞先に魔獣の大群が現れました! その数、およそ300体! しかもその中に……ゴブリンキングがいます!!」

「なっ……にぃ!!?」


 ―――突然の危機が告げられた。




 ◇ ◇ ◇




 街は騒然としていた。


 唐突に訪れた魔獣の大群の知らせを受け、冒険者や騎士達はすぐさま態勢を整え街の入り口へと出向き、その魔獣の大群を視界に入れていた。

 集まった冒険者は、およそ二十人。その中で一番ランクが高い者でも、Dランクが一人、その他はEランクやFランクがほとんどだった。


 ちなみに桔音達はその場にいない。宿でおねしょの始末をした後、普通に寛いでいた。


「……なんだか外が騒がしいね♪」

「そうだねぇ……魔族でも出たんじゃない?」

「私ならここにいるよ?」

「君じゃない魔族だよ……魔王とか?」

「きつね君目当ての可能性が高そうな予想だね♪」

「だとしたら最悪の事態だ、引き籠ってやり過ごす」


 桔音達はある意味、迫りくる危機よりも到底あり得ない危機を想像していた。

 レイラや勇者、使徒と、凄まじいチート連打が続いたせいで危機の感覚がかなり麻痺しているのだ。

 恐らく、今の桔音にゴブリンキングが迫ってきたという事態を伝えたとしても―――



「きつねっ! 大変だ! 魔獣の大群が攻めてきた! しかもその中にはゴブリンキングがいる!!」

「へぇ、ゴブリンって美味しいのかな?」

「うーん、微妙かなぁ……でも量はあるから小腹が空いた時とかにいいかも♪」



 ―――この程度の反応しか得られないのだ。部屋に飛び込んできたリーシェは、桔音の反応にきょとんと眼を丸くしている。

 ニコだけは、ゴブリンキングの名前を聞いてなんか凄そう、と眼をキラキラと輝かせていたが、思っていた反応と違う。


「いや、あの……ゴブリンキングなんですけど」

「ねぇリーシェちゃん」


 もっと驚いて欲しい、とリーシェは何故か敬語で再度ゴブリンキングだと言う。

 だが、桔音は薄ら笑いを浮かべながらリーシェに視線を向ける。リーシェも桔音の視線を受けて少し身じろいだが、唇を尖らせて不満気に見返すした。


「……なんだ?」

「僕の目の前に居るのってなんだっけ?」

「……『赤い夜(レイラ)』」

「ね?」

「ねじゃないが」


 と言いつつも納得してしまったリーシェ。Sランク魔族が一緒に居るのに、Dランク上位のゴブリンキングなど、最早恐れるには少しインパクトに欠けるのだ。

 いや確かに桔音よりも幾分ステータスも高く、Cランクの下級魔族であっても十分善戦出来る実力を持った半魔族半魔獣の怪物なのは間違いなのだが。


「……取り敢えず今、この街の冒険者と騎士が総出で迎え撃つ準備をしている。私達はどうする?」

「どうする?」

「どうする?」

「……えっ……」


 リーシェが桔音に振ると、桔音はレイラに振る。桔音に振られたレイラは、そのまま笑顔でニコに流した。そして、最後の最後に回ってきたニコは、まさか来るとは思ってなかったのか硬直してしまった。

 そして、その反応が予想通りだったのか桔音とレイラはクスクスと笑う。リーシェは子供をからかう二人に呆れた表情だ。


「あはは、そうだねぇ……どうしようかな―――あっ!」

「どうしたのきつね君?」

「オルバ公爵はゴブリンキングの対処の為に慌ててる可能性が高いから、今の内にニコちゃんのお父さん奪い返しちゃえばいいんじゃない?」


 桔音は思い付く。どさくさ紛れにニコの父親を奪還する事を。今がその絶好の隙だということを。


「ついでだし、あそこにあるお金になる物とか貰って行こうぜ」

「それは盗賊という奴じゃないかと思うんだ私?」


 桔音は薄ら笑いを浮かべて、オルバ公爵の居る場所へ乗り込む事を決めた。ゴブリンキングはとりあえず放置することにしたらしい。


感想御指摘お待ちしてます!

ちなみにゴブリンキング、めっちゃ強いです。

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