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瘴気の活用法

 グランディール王国と桔音のやってきた街の間には、舗装された道が設置されているが、その周囲には当然の様に森があれば、岩山だって存在する。

 無論、そういう場所には必ずと言って良いほど、魔獣が存在しているのだ。


 ―――森から現れる影があった。


 ソレはこの近辺を縄張りにしていて、同じ種の中でも一際大きく育った屈強な肉体は、幾多の生存競争にて勝利してきた証だった。ソレには自信があった、自分は強いという自負があった。

 現に、この縄張りの中では負け無しで、強く、もっと強くと必死に戦ってきた過去の自分が、今の自分を支えている。


 ソレの名前は、『剛拳猿(クレイジーモンキー)』。


 猿型の魔獣で、その体躯は通常の物でも地球のゴリラを大きく上回る。数体で群れを成して行動する習性を持った魔獣だが、ソレは突然変異だった。

 生まれて、成長して、戦えるようになった時から一匹で戦ってきた。身体は一回りも二回りも、周囲とかけ離れて大きくなり、その力は本来格上であった筈の種族でも上回っていた。


 所謂、亜種と呼ばれる存在であり、ソレは格上の魔獣を倒し、喰らうことで更に強くなった。本来はEランクの中堅クラスである魔獣ではあるが、突然変異のソレの実力は確実に、Dランクの中堅クラスにまでその手を届かせていた。

 自分に勝てる者など、存在しないとばかりに、己の胸を叩く。ゴリラのドラミングと同じ行動で、その音は空気を振動させ、周囲にいた魔獣や動物達に恐怖心を植え付ける。


 今、此処に居る自分こそが―――最強だと。


「グルルルルルァァァァ!」


 銅鐸を鳴らす様な音と、亜種に生まれて大きく成長したその身体から打ち出す様な咆哮、その二つが混ざり合って、凄まじい迫力と威圧感が周囲に振りまかれた。


「――――ッ!?」

 


 だが、その次の瞬間だった。


「……何やら騒々しい奴がいるなぁと思ったら……君かな? さっきから近所迷惑……は違うか……僕に迷惑な騒音を立ててたのは」

 

 目の前に、小柄な人間が現れた。黒い服を着て、両眼で色が違う少年だった。

 猿も、魔獣である以上冒険者と戦ったことは幾度かある。そのどれもが自分のランクがEだと判断し、油断して死んでいった。猿は魔獣にしては頭が良い、冒険者が身に付けている鎧や小手が身を護るものだと理解していた。自分の厚く堅い毛皮と同じ様な鎧を身に付けているのだと、理解していた。

 死なない様に防御力を上げるその知恵と、防具の利便性は認めていたというのに、目の前の少年はなんの防具も身に付けていない。一見すれば、自分の敵ではない相手だった。


 だというのに―――


「大きいねぇ、何を食べたらそんなに成長するのか知りたいもんだよ」


 ―――この少年が言葉を紡ぐ度に、猿の身体に走る悪寒が理解出来なかった。

 猿に少年の言葉の意味は理解出来ていない。頭は良くともチンパンジーレベル、言葉を理解し、操ることは出来ない。故に、その言葉がどんなものなのかを理解出来ないまま、ただ目の前で言葉を紡ぐ少年に、『恐怖』を抱いていたのだ。


「さて……やるか」


 少年の手に、黒い瘴気が集まってナイフになり、左の赤い瞳が翡翠色に輝くのが見えた。そして、少年から発せられる不気味な威圧感が増す。

 猿はまず最初に、『逃走』の念が浮かぶ。だが、それは直ぐに振り払う。これまで戦ってきた自分の実力は強い、こんな小さな少年に対して逃走するなど、自分自身が許さなかった。


「グルルルルル……!」


 唸り、猿は全身に力を込めて、臨戦態勢を整えた。少年も、薄ら笑いを浮かべながら猿を見据える。

 そして少年の足下から砂をじゃりっと踏む音がした。瞬間、猿が地面を蹴り、猛スピードで少年に突撃した。


 戦闘が、火蓋を切って開始する――――




 ◇ ◇ ◇




 レイラちゃん達と話して方向性を決めた後、僕は街を出て魔獣と戦ってレベルを上げることにした。

 ミニエラに居た頃、人の住む場所に近い場所には雑魚魔獣がいたから、今回もそういった魔獣を相手にしようと思っていたのだけど、明らかに実力のおかしい奴が出てきた。


 ステータスを覗いてみると、本当にヤバい。


 ◇ステータス◇


 名前:剛拳猿(クレイジーモンキー)

 種族:猿型魔獣・亜種 Lv54

 筋力:3230

 体力:5400

 耐性:890

 敏捷:4900

 魔力:100

 

 【スキル】

 『怪力』

 『威圧』

 『剛拳Lv3』

 『身体強化Lv4』

 『跳躍Lv3』

 『威嚇咆哮Lv3』


 【固有スキル】

  ???


 ◇


 猿じゃないだろうコレは。ゴリラの域も完全に超えている上に、その体格はあり得ない。全長3m位あるじゃないか。

 でも、『不気味体質』を発動すれば逃げる素振りを見せた。精神的には、やっぱり僕の方が高いらしい。まぁ大した魔獣じゃないってことか。ステータスは幾らか僕よりも上だけどね。


 向こうも僕と戦う気になったようで、全身に力を込めているのが分かる。でも、『先見の魔眼』を発動させると、猿がどう動いて来るのかが見えた。見えているのなら、幾ら速く動けるんだとしても、対応出来る。

 地面を踏み鳴らすと、勢いよく飛び込んできた。


「―――見える」


 でも僕は迫りくるラリアット気味の腕を事前にしゃがむことで躱す。僕の頭上を丸太よりも太い剛毛の腕が通り抜けていく。

 なるほど、これは確かに凄い力だ。攻撃が分かれば事前に躱す事が出来る、躱す事が出来れば隙が出来た魔獣に攻撃出来る。常に後の先を取れる力、今の僕にとってとても有益な力だ。


「ふっ……!!」

「ガァァァッッ!?」


 そして、通り過ぎて行く腕を追って、僕は黒いナイフを突き立てた。瘴気で作ったナイフの鋭さは凄まじく、猿の耐性値を超えて毛皮を貫き刺さった。でも、力の差が違う。腕の勢いのままにナイフは持っていかれてしまった。


 でも、瘴気を解除して再度手元にナイフを形成する。後に残ったのは、猿の腕についたナイフの刀傷。


「グルルル……!」

「最初の一手は僕の勝ち、ほらもう一回だ」


 そう言って、くいっと手招きする。するとそれだけで、腕を傷付けられて少し頭に来ている様子の猿にとっては十分な挑発になったようで、再度全身に力を込めていた。




 ◇ ◇ ◇




 それから何度かの衝突を繰り返し、僕と猿の命の削り合いは30分程続いている。結論から言えば、勝負は僕の方が優勢だ。『先見の魔眼』を使って先を読むことで、僕の攻撃は当たるけれど、向こうの攻撃は当たらない。

 故に、今なお僕の身体には掠り傷一つ存在しない。逆に、猿の身体には幾つもの刀傷があった。毛皮には溢れ出た血液が滲んで、毛が赤く染まっている。このまま行けば、出血多量で猿もいずれ力尽きる。僕は初めて、強敵に対して一人で勝てるかもしれない。


 そう考えた時だった。


 もう何度目になるかとばかりに、突撃の体勢を取る猿を見て、僕は『先見の魔眼』を発動させる―――いや、させようとして、発動しなかった。


「ッ!?」

「グルァァァァァ!!!」


 発動しないことで、先は見えない。襲い掛かってくる猿の拳が、今度は未来を見る感覚ではなく、現実のものとして目の前に見えた。


「うがッ……ッ……ぁあ……!!」


 完全に、完璧に、猿の大きな拳は僕の顔面を捉えた。ミシミシと、骨が軋む音がする。

 上体が仰け反り、吹っ飛ばされるというよりは、地面に叩きつけられる様に僕の身体はその場で地面を跳ねた。


 一瞬、意識が飛んだ気がする。

 

「ッはぁ……! やっば……鼻血出た……!」


 痛みは無い、でもこの一撃で脳が揺れたらしい。身体が上手く動かせない。耐性値が高かったから死なずに済んだみたいだけど、一撃で形勢逆転だ。これは不味い……!


「グルァァァァァアアア!!!」


 さんざんやられた鬱憤が溜まっていたのか、一撃入れられたことが嬉しかったらしく、猿は雄叫びをあげて歓喜している。

 猿がドラミングでドコドコと胸を叩いている内に、僕はこの状況を整理する。身体を起こして、立ち上がりながら『先見の魔眼』を発動させようとする。だけど、発動しなかった。


「ッ痛ぅ……!」


 もっと言えば、左眼にズキッと痛みが走る。

 どうやら僕の魔眼は何度でもいつまでも発動し続けられる様な便利な代物ではないらしい。30分、発動させっ放しだったから、もっと小休止を入れつつの発動ならもっと持つだろうけれど、それでも大体1時間程度が限界だろう。それを過ぎればしばらく目を休めないといけないってことか。


「後は瘴気での勝負か……武器にする以外に何か使い道はないのかな……」


 このままじゃちょっと死ぬかもしれない。元々雑魚探しに来たのに猿だもんなぁ……災難だ。まぁ近づいたの僕の方だけどさ。

 とはいえ、このままじゃヤバいのは変わらない。少し冷静に瘴気の使い道について考えてみようか。

 瘴気―――つまりは瘴気(ウイルス)な訳だけど、その正体は細胞レベルで極小な細菌だ。


 そしてその特徴として、遺伝子を有してはいるものの細胞は持っていない故に、非生命体であると定義されている。ある意味、非科学的存在ともいえる。生命に喰らい付き、その命を削って生きる最強にして最悪の脅威。


 そして、その性質は―――ッ!


「…………増殖(・・)?」


 少し考えて、そして思い付いた。

 試してみる可能性は、十分ある……レイラちゃんの、というか『赤い夜』の特徴も条件(・・)に当て嵌まる。もしも上手く行った場合、瘴気次第だけど次の一撃で勝負が付くかもしれない。

 そこはまぁ、レイラちゃんを信じよう。Sランクの、脅威の力を。


「グルルルル………!」

「……さぁ……もう一回だ、お山の大将」


 此方を見ている猿に向けて、ふらつく身体を支えつつ瘴気を生み出した。

 ナイフの形にはしない。たった一回、この瘴気をあの巨体にぶつけることが出来れば……それで勝負は付く!


 一歩、一歩と、僕と猿は距離を取りながら、相手の出方を窺う。『先見の魔眼』が使えない今、まばたきの一瞬ですら見逃してはいけない。一挙手一投足、地面を蹴る瞬間を見逃してはいけない。

 じりじりと構えて、睨み合う。



 そして――――猿が地面を蹴った………!



「グルルルァァァァアアアアアア!!」



 トドメとばかりに、今まで以上の咆哮と共にその腕が迫る。躱せるような速度ではない、僕は地面を蹴ったと理解した瞬間に、『直感』で横に跳んだ。それでもしっかり―――腕から視線は離さない。


 幸いなことに、猿の腕は僕の顔のすぐそばをすれすれで通り過ぎる。その瞬間に、僕は猿の腕に瘴気を全て纏わり付かせる。

 そして猿は腕に黒い瘴気を付けたまま、僕の後方へと猛スピードで通り抜けて行き、地面を削る勢いで停止する。


 追撃は無い。猿は自分の腕に付いた瘴気を振り払おうと腕をぶんぶんと振っていた。


 でも、ここからは僕の反撃だ。



「―――あまり動くなよ……喰らうぞ?」



 そう言って、僕は瘴気を操作する。『猿の身体の中へと侵入するイメージ』で、瘴気を猿の身体へと押し付ける。

 すると、体毛の生えている毛穴から瘴気が侵入するのが分かった。空間把握の応用なのか、血管に入った瘴気が血の流れで動いて行くのが分かる。漠然とした感覚だけど、体内に浸食出来たことが重要だ。


 瘴気とは、ウイルス。そして瘴気(ウイルス)とはその構造と特徴から、とある性質を持っている。


 それが、『他生命体の細胞を利用して増殖出来る』というもの。


 細胞を浸食し、増殖出来る瘴気(ウイルス)。しかも、僕の操る瘴気は世界崩壊級(Sランク)の超危険で最強最悪の怪物……『赤い夜』の瘴気(ウイルス)だ。その浸食速度は、世界一。


「が、ぁ……ぁぁぁぁ……ぐっ……るぁ………!!」


 その証拠に、猿の3mもあろうかという程の巨体が壊れた人形の様に固まる。そして、その大きな口や耳、鼻から黒い瘴気が溢れ出てきた。その量は、僕が生み出せる瘴気の量を大きく越えている。


 そう、猿の細胞を喰って瘴気が増殖しているのだ。


 僕の予想が正しいのなら、僕が最初から生み出せた瘴気の量は、多分僕がこの世界に来て食べた肉の量に比例した量だ。レイラちゃんは幼い頃から毎晩毎晩人も魔獣も喰らって生きてきた故に、その食べてきた細胞の分だけ瘴気を生み出せるんだと思う。

 だからあれだけ大量の―――それこそ、巨大なギロチンを生み出せるほどの瘴気を生み出せるんだろう。レイラちゃんはあくまで、摂取した細胞を瘴気へと変えることが出来、それを自在に操ることが出来る魔族なんだ。


 つまり、そのレイラちゃんから生まれた瘴気にも、細胞を喰らって瘴気を増殖させる性質がある筈。


 そしてその予想は当たっていた。体内に浸食させた瘴気は、見事に猿の細胞を恐るべき速度で喰らい尽くし、その細胞の分だけその量を増やした。

 遂には猿の体中の毛穴から瘴気が溢れ出て、猿の姿が黒い瘴気で見えなくなった。


 それからしばらく待つと、瘴気が全て僕の下へと戻って来る。その量は、3mの猿を瘴気で形作ることが出来る程の量。これならナイフを百本作ってもお釣りが出そうだ。


 そして瘴気が離れて、猿の居た場所には―――何も残っていなかった。


 肉も、皮も、骨も、内臓も、何もかもが全て瘴気に変換された。その結果、この縄張りに於いて最強を誇っていたあの巨大な猿は……その存在そのものが無かったかのように、姿を消したのだった。



「つくづく規格外だなぁ……レイラちゃんは……」



 僕は周囲をふよふよと浮遊する瘴気を消して、苦笑気味にそう呟いた。




チート、その一『瘴気増殖法』


レイラは自分で食べて摂取した細胞を瘴気に変えるが、桔音は瘴気そのものを使って増殖活動させる模様。

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[気になる点] 魔族の力を持ってるってことは魔人なんですかね
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